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不死者に平和を  作者: 姫神夜神
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幕間 第四教皇女と勇者

「――勇者様! お久しぶりです!」

「ん? ああ、誰かと思えばアリーナちゃんじゃないか。こちらこそお久しぶりです」


 神聖アゼルシア教皇国の首都にして、人界最多宗教神能教の総本山でもある聖都アゼルシア。その中央に位置するのが、ここアゼルシア大神殿である。

 より厳密に言うならば、『神聖アゼルシア教皇国・聖都アゼルシア・アゼルシア大神殿・アゼルシア教皇庁第二階教皇執務室兼応接室通称「アゼルシアの間」前廊下」である。

 ある用事で聖都に戻っていたユリシーズは、教皇に会う為に執務室を訪れる道中だった。

 そこで彼が出会ったのは現神能教教皇オーゼフォン・ソファリム、本名エブラハム・ソファリムの四女である、神聖アゼルシア教皇国第四教皇女アリーナ・ソファリムだった。

 四女と言っても血の繋がりは無く、アリーナの髪はオーゼフォンの銀髪に似ても似つかない綺麗な紅色であるし、瞳は鳶色ではなく翠色だ。

 初代教皇オーリック・オーゼフォン・ソファリムが十人の孤児を養子にした逸話から、歴代教皇は就任と同時に男女五人ずつの計十人を養子にするのが習わしになっている。

 神能教では、教皇が退任する時に後任の次の教皇を自分の養子の中から選ぶ事になっている。

 現教皇オーゼフォンもまた、先々代の教皇オーゼフォンの第二教皇子であった。

 何故次の次の教皇を指名するのかと言うと、大体の教皇の就任期間は十年から二十年の為、自身の養子を次代にするのは幾らなんでも若過ぎるのと、教皇の子では無くなる期間に、養父では無い別の教皇の下で働く経験が必要であるという思想から、そして何より、教皇が急逝しても後継者争いを起こさない為に、初代オーゼフォンと、二代目ドリーシュの名を交互に受け継ぐ教皇が立つ事になっている。

 神能教に〇〇何世という表し方は無いが、第二百九十七代教皇である現教皇オーゼフォンは百四十八人目(初代は「オーゼフォン」ではなく「オーリック・オーゼフォン」である為)の「オーゼフォン」という名の教皇という事になる。

 因みに今まで女性の教皇は全部で五十一人誕生しているが、いずれも「ドリーシュ」であり、「オーゼフォン」は今まで一人も居なかった。

 このアリーナは「オーゼフォン」」の名を持つ初の女性教皇になるのでは無いかと期待されている教皇国一の才媛である。

 ――ユリシーズに言わせれば「インチキ」らしいが……


「お父様にご用ですか?」

「うん、王国の件でね。アリーナちゃんは何の用なんだい?」


 現オーゼフォンが就任してから十年の付き合いである為、ユリシーズはアリーナに親戚の様な気分で接していた。

 彼が勇者に就任したのもちょうど同じ年、と言うよりも同じ時、同じ場所で先代の教皇と勇者が亡くなったのだから二人の就任の時期が被っている当然と言えば当然だが……

 何にせよユリシーズは教皇の十人の養子達の中では()()この四女と仲が良かった。

 ――アリーナと特に仲が良い理由は別にあるが……


「はい。王国からの使者によるとあの『低能の幽霊』が関わっている可能性があるとか」

「僕も聞いたよ。……神能教や勇者に『低能の幽霊』は縁起が悪過ぎる。教皇国の方針は今のところどんな感じだい?」

「総軍司教猊下は軍の派遣を主張していらっしゃいました。ワースお兄様とマルティーお姉様、ヒサロスお兄様は総軍司教猊下に賛成みたいですね。お父様は、聖王国聖王陛下と聖騎士長閣下、そして勇者様と話してから決めると仰っていました」

「そうか……。僕は総軍司教猊下に賛成だね。仮に本当に『低能の幽霊』が生きていたなら早めに対処すべきだ。聖王陛下も恐らくは同意見だと思う」

「……そうですか」

「うん、でも……多分聖騎士長は反対するだろうね。彼としては受け入れられる内容じゃ無い」

「それはやっぱり……『連合王国』ですか?」

「うん、現在聖王国は連合王国との戦争の真っ最中だ。教皇国が軍を編成するなら聖王国は三割は兵を出さなきゃならない。でもその余裕はあの国には無いだろう。何せ冒険者や傭兵に加えて勇者パーティから二人も借りてるくらいなんだから」


 フラルガン大陸の西方に位置するアイラ大陸の南北には、異なる二つの世界『人界』と『亜人界』が広がっている。

 北方にあるのが人族の国である『タリスワニ聖王国』。

 その名の通り聖王に率いられた「聖」「善」をモットーとする半宗教国家である。

 人界五大国の一角にして、教皇国に次ぐ神能教第二の中心地でもある。


 対する南方にあるのが亜人族の連合国家である『ムルヌ・タル連合王国』。

 「オーガ」「オーク」「ゴブリン」「トロール」この四つの種族が共同で治める亜人界第二位の大国で、通常の亜人族ではまず実現不可能な大規模戦闘を行える程の大兵力を有している。


 毎年両国は、国境となっている大河オーフアン周辺で大規模な戦闘を行う。

 今はまさにその戦争の真っ最中であり、聖王国は世界中から名のある冒険者や傭兵を集めて戦争に投入していた。

 更に今年は勇者パーティから「弓使い」と「大魔導師」の二人が勇者の名代として参戦している。

 とてもでは無いが、王国へ兵を出せる状態では無いだろう。


「となると僕が出るのも筋違いだろう。となると教皇国主導の義勇兵派兵で手を打つ事になるだろうね。帝国と中央小国群から合計五、六万ってとこかな? 王国も兵をもっと投入するだろうし十万近い大軍になるかもしれない」

「……そうですか。義勇兵派兵となれば教皇子から一人は出陣ですかね」

「まぁ事実上の教皇の名代だし、後継者候補の筆頭になるだろうね。……実は狙ってたりする?」

「……実を言うと狙ってたりします。私は戦闘は得意ではありませんが、現在現場では王国第三王子のカイン王子が指揮を取っているとか。私は王子と親しくさせていただいていますし、「もしや?」とは正直思ってます」

「ははは、本当に正直だね。……まぁ正直僕は君が指名されると思ってるけどね」

「えっ⁉︎ 本当ですか⁉︎ 冗談じゃ無くて⁉︎」

「うん、義勇兵と王国軍が揉めるのは教皇国としては最悪のシナリオだろうし、王子と上手くやれそうな君を()()()指揮官とする可能性は極めて高いと思うよ」

「……()()()ですか。……では正式な後継者とはみなされないという事ですか……」

「いや、そうとは限らないよ。ただ……」

「ただ何なんですか?」


 急に身を乗り出したアリーナに身振りで静かにする様に伝えたユリシーズは(こういう場合は、口で注意すると事態が大きくなる危険性がある)続きを口にする。


「君がこの一連の騒動で、王国軍との交渉以外の部分で大きな功績を挙げて見せれば、教皇聖下はその事を見越して第四教皇女を送ったのだと世間は取るだろう。こうなれば世間は君を次期オーゼフォンだと思うだろうね」

「……成る程、参考になりました。有難うございます」

「いやいや、別に構わないよ。本当は勇者である僕が出なくてはいけない案件なんだから。……僕も別件で今ちょっと忙しくてね。流石に『聖域』から奴が出たら僕も出ざるおえないけど、それ以外の場合はその件にかかり切りだと思うからさ。今のうちに打ち合わせだけ終わらせて、いつでも出撃出来る状態にはしておくから安心してね」

「例の新種の魔物の件ですか?」

「うん、今はランペルスの森でレベル上げをさせてるけど、ゆくゆくは僕らと一緒に戦わせるつもり」

「お父様も仰っておられました。『神獣』として担ぎ上げるつもりだと」

「うん、ゆくゆくはね。まぁ見た目は『神獣』から程遠いけど……」

「えっ? どんな見た目なんですか?」

「……まぁ一言で言うと「※※※※」だね」

「すっ、※※※※? 本当に※※※※ですか? 私の知ってる?」

「うん、大体の人が「※※※※」って言われて思い浮かべる※※※※で間違いないよ。色は水色じゃなくて灰色だけど」

「へぇー、私も一度会ってみたいです!」

「いつか機会があったらね」


◇◇◇


 その後も暫くアリーナと話をして、教皇との打ち合わせを済ませたユリシーズは、日が落ちる前にランペルス領へと帰還した。


「おお、遅かったでは無いか!!!!!!」

「ああ、ごめん。ちょっと色々長引いてね」


 相変わらず声の大きな仲間に苦笑しつつ、ユリシーズはせっせと倒した魔物を吸収している未来の神獣を眺める。


(彼が戦う機会が来ない事が最善だよなぁ)


 一日でかなりステータスを上げたと推測される彼は、前日より少し大きく、強くなったように見えた。

 ――そう見えるのは気の所為であるとユリシーズはちゃんと理解している

 が、


(まぁそんなもんは夢物語だけども)


 ユリシーズは『勇者』という荷物を背負ったあの日、ある事を悟ったのだ。


 『この世に本当の意味での“平和”は永遠に訪れないのだから、そんな事は有り得ない』


 という不変の摂理。

 どうしようも無いこの事実が、ユリシーズの心に深い影を落としている。


(飲んでないとやってらんないな、全く)


 かつて父親が飲んでいる酒を舐めて、とても苦かった記憶を持つユリシーズにとって、酒とは苦い物という認識だった。

 だが、その事に気付いてからは毎日の酒がやめられなくなってしまった。

 決して美味しい訳じゃ無い。

 元より自分に酒を楽しむ資格など無い。

 多くの人が死んでいく事を知りながらも、わざとそれを見過ごして多くの人を見殺しにしてきた。

 だが、それが間違っていたとは思わない。

 間違った事で他者が死んだとは認めたくなかった。

 ――自分が正しいとも思えなかったが

 今日も顔見知りの少女を焚き付けて戦場に送り込んだ。

 見知った顔だから助けたいというのが身勝手な願いだとは重々承知の上だ。


 『見知った顔だから助けて、知らない顔は何人死んでも構わない』


 などという考え方を持つ者はいるかもしれないが、勇者が持っていい思想では無い。

 勇者は顔見知りだろうが、見知らぬ他人だろうが差別などしない。

 全ての人を平等に見捨てる。

 それが勇者というものの本質だとユリシーズは確信している。

 だから後悔と共に“苦味”を無理矢理飲み込む。

 その“苦味”がこの安い酒の所為なのか、それとも別の何かなのかは、ユリシーズには未だ分からない――

 

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