20 キャンプはタノシイナ①
「※※※※※!」
「※※※※※!」
「※※※※※※!」
「※※※※※!」
「※※※※※※※※※※※※※!」
[……]
勇者ってこんなに人気なんだな。
何言ってんのかは相変わらず分かんないけど、歓迎されてるのだけはよく分かる。
街を馬車で進むだけでこの反応。
アイドルみたいな扱い。まさに英雄だな。
……アイドルはヒーローかもしれないけど別に英雄って訳じゃ無いけど。
熱狂的な声援に笑顔で手を振る勇者を若干冷ややかな目で見ながら、僕はせっせと毒リンゴを吸い込む。
「〈吸収〉と〈貯蓄〉と〈毒耐性〉と上手くいけば〈麻痺耐性〉他まで手に入って超お得」とぬかし出した勇者によって半ば強制的にやらされてるんだけど……
正直、クソキツい。死ぬ。
だって食ってるんじゃ無いんだよ。
吸ってるの。
お腹は〈貯蓄〉を発動してるから一向に膨れない。
そして味が死んでる。
スライムに味覚なんて無いと思ってたんだけど、吸収しまくってると段々感じてきた。
――この毒リンゴがいかに不味いかという事を。
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル〈毒耐性〉LV3→LV4にレベルアップしました』
ハァソウデスカ
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル〈吸収〉LV7→LV8にレベルアップしました』
フゥンヨカッタネ
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル〈貯蓄〉LV5→LV6にレベルアップしました』
ソレハウレシイナ
[大丈夫かい? ゲイル。顔が死んでるよ]
[ダイジョウブダ。モンダイナイ]
[問題しか無さそうな声だな……]
器用にも声援に応えながら念話で話しかけてきやがった。
こいつ能力高すぎだろ。
因みに『ゲイル』ってのはこいつが僕につけた名前だ。
生前飼ってた犬の名前らしい。
僕は犬の代わりか⁉︎ ペットにする気か⁉︎ スライムを⁉︎
……何て馬鹿げた事考えてないとやってらんないよ。
よく「無心で作業すれば楽」とか言ってる人いるけど、彼らは〈吸収〉で毒リンゴを吸い込んだ事ないからそんな事言えるんだ。(元よら人間にスキルは無いし、毒リンゴを食っただけで死ぬ)
一回やってみるといい。キツいぞ。想像の十倍はキツい。(死に十倍もクソも無い。死は死だ)
放り込んでも放り込んでも無くならない。
目に見えるのは五つかそこらなのに、一つ取ったら一つ現れる。また一つ取ったら一つ現れる。その無限ループ。
どうゆうからくりか知らないけど、毒リンゴは何処からともなく補充されていく。
永遠に続く様なゴミみたいな時間。
これが「地獄」か。
「ついたよ」
地獄は勇者の一言で突然に終わりを迎えた。
良かったぁー。やっと終わったぁー。
マジキツかった。
単純作業もキツいけど、作業の内容もかなりキツかった。
どれくらいって、語彙力が死んで、同じ事繰り返すくらいにはキツかった。
本当に助かったぁーーーーーー!
――これから起きる事を知ってたらそんな事絶対言わなかっただろうけど
◇◇◇
[ここがランペルス領。今回の目的地だよ]
[ランペルス? て事は……]
[うん。名目上は僕の領地って事になってるよ。勇者は教皇国で唯一爵位を持った貴族なんだよ]
[昔からずっと「ランペルス領」なのか?]
[うん。初代勇者様から代々の勇者は就任と同時にこの地をあたえられ、自分の姓の代わりに「ランペルス」を名乗ってるんだよ]
[へぇ、そうなのか]
[僕の本当の姓は「テスリオン」って言うんだけどね。僕はこの隣のレギオン帝国出身なんだ。テスリオンはそこの地名。地方の豪族が僕の実家なんだよ]
[へぇ]
詳しく聞くと、ここは教皇国と帝国の国境にあたるらしく、屋敷とその周りに小さな町があるだけで他は全て森になっていて、そこで貴重な薬草を採取したりして生計を立てているらしい。
[君にはこの森に入って、そこの魔物と戦ってレベル上げをしてもらう事になる。勿論この前話した通り僕と、あともう一人と一緒にね。彼はもう到着してる筈だから、屋敷で準備を整えてくれてる筈だよ。ああ、噂をすれば――]
勇者が向いた方へ僕も目を向けると、ちょうど屋敷から何者かが出てきたところだった。
[…………なんと言うかその……]
[変な格好だろ? 初めて見た時は僕も「うわぁ」って思ったよ。あれは彼らの制服なんだってさ]
現れたのは緑色と茶色の混ざった毛糸っぽい服の上から、短めの緑のマントを羽織った大男。
なんと言うかその……絶妙にダサいのだ。センスが。
迷彩柄っぽい服なんだけど、色が二色ともかなり主張強くて目がチカチカする。
マントはマントで本物の葉っぱか? ってくらいに完成度高くて、正直違和感しか無い。
人が着ていなければ、謎の怪しげな気持ち悪い物体に葉っぱが乗っかったみたいな恐ろしい物体に見えそうだ。
今は人が着てるから、謎の怪しげな気持ち悪い物体に葉っぱが乗っかったみたいな恐ろしい物体から人の生首が生えてるみたいなグロい状況と化している。
因みに足は同じ材質のズボンを履いてるけど、丈が足りてないで、おっさんの汚い臑毛が僅かに見えている。キモい。
「※※※※※※※※!!!!!※※※※※※※※!!!!!! ※※※※※※!!!!!!」
すごい大声だ。耳が潰れそう。スライムに耳無いけど。
[「久しぶりだな。元気にしてたか」だってさ。それとごめんね、この人声がでかいんだよ。先に言っとけばよかった]
「※※※※※※※※」
「※※※※※※※※※※※※※※※※!!!!!! ※※※※※※!!!!!! ※※※※※!!!!!!」
[「ああ、お陰様で」「それが噂のスライムか。俺はブイだ。よろしくな」]
「※※※※※※※※※※※※※!!!!!! ※※※※※※※※※※※※※※!!!!!!]
[「俺は森祭司をやっている。森の事なら俺に任せろ」]
[えっ? 森祭司って神能教と信仰してる神違うんじゃ無いの? 勇者の仲間が信仰してる神が違って大丈夫なのか?]
[ドルイドの信仰してる『大地神アノカリフト』は神能教における『最高神アゼルシア』の十四柱の従属神の一柱だからね。大まかにはその主神である『最高神アゼルシア』を信仰してる神能教の子分みたいなものだから大丈夫だよ]
そんなもんなのか。てっきり「唯一神以外の神は論外」系の宗教かと思ってたんだけど、「従属神」なんていたのか。
今思うと、僕この世界について碌に知らないな。
……って言うか勇者がほとんど教えてくれて無いんじゃ……
ええい! 気にしたら負けだ! そうだ負けだ!
その後もおっさん――ブイの大声を勇者が念話で翻訳するのを続けて、あらましは理解した。
要約すれば、「この世界の森は初めてであろう僕の為に、森に詳しい森祭司であるブイが同行する」って事らしい。
まぁ妥当だろう。森は迷いやすいし、勇者の口振りから想像するに元の世界――地球の森とは多少異なるみたいだし。
まぁ地球にはモンスターなんて出てこないから、森の様子が異なるのは当然っちゃ当然だけど。
[でも、良いのか? 森祭司って事は「祭司」の一種だろ? 森に住んでる魔物ならともかく、迷宮出身の僕は討伐対象だったりしないか?]
というか、神能教の領域内に魔物の出現する森があって、ドルイドがそこに詳しいのってちょっとマズくね。
つまりそれって少なくともこのブイっていう森祭司が森に慣れるまでの間、魔物がいる状態で森を放置してたって事でしょ? 勇者の領地で。
職務怠慢とか言うレベルじゃないよね。勇者云々の前に領主として危険は排除しとかないと。
薪を取りに行く程度の利用頻度じゃ無いでしょ? 薬草の採取とかで住民は森に頻繁に出入りしてるんじゃ無いの?
この領地実はめっちゃ危ない所なのかも……
[そこは問題無いよ。森祭司は魔物討伐が仕事じゃ無いし、僕が連れてきたんだからブイ個人としても君と今争う気は無いと思うよ。第一、基本的に「襲ってきたら殺す。それ以外は無視」が神能教全体の考え方だから大丈夫だよ]
なにその考え方。
物騒なのか、違うのかよく分からないな。
でも後手後手に回っちゃう気が……
……まぁ勇者が後手に回った程度で負ける筈無いけど。
鑑定は出来てないけど、正直僕よりもかなり強そうだ。
速度で負けてるかはちょっと微妙だけど、僕の防御を上回る攻撃力なのは確かだ。
逃げてもあの謎の鎖を出されたら終わりだし、勝ち目は無いな。
[因みに魔物が生息している範囲と薬草の採取場所の間には結界が張ってあるから、人里に魔物が出てくる事は無いよ]
それなら心配は無いな。
二人は何やら打ち合わせた後、ブイが用意していた荷物を背負って森へと歩き出した。
「※※!!!!!! ※※※!!!!!!」
[「よし。行くぞ」だってさ。じゃあ行こっか]
二人が歩き出したので、仕方なく僕もついて行く。
[心配しなくてもヤバくなったら僕らが代わりに戦うからね。君はただ出てきた敵を指示通りに倒せばいいから]
それなら心配なi……ん?
今「指示通り」って言った?