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不死者に平和を  作者: 姫神夜神
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第三王子武勇録第一巻 『宣言』

「シスベル!」

「カイン!」


 俺の胸に小さな影が飛び込んで来た。

 シスベルは十六にしては小柄だ。

 本人も結構気にしてるらしい。

 そこも可愛いけど。


「もう!心配したんだからね!」

「……ごめん。その事は謝る」


 彼女の侍女であるエリスが気を利かせたらしく、辺りには俺ら二人以外誰も居なかった。

 部下達の前では気を張ってたけど、正直今回はかなり心細かった。

 彼女に情けない所は見せられないから我慢してるけど、シスベルの姿が見えた時から安心で泣きそう。

 それくらいシスベルは俺にとって大切な存在で、安心出来る存在だった。

 俺は王族として育てられた。

 現国王の第五子、第三王子として生を受けた俺、カイン・エイヘル・ゾン・ラルファスには誰にも言えない秘密がある。

 俺には前世の記憶があるのだ。

 前世の名は堀江恭弥。最後に覚えている限り高校一年生だったから、ちょうど今と同い歳って事になる。

 気付いたら突然赤ん坊になっていて、とても驚いた。

 戸惑ったし、上手く身体も動かない。

 言葉も分からず、とても心細かった。

 そんな俺が今ここにいるのは、シスベルのお陰だ。

 シスベルもまた、俺と同じ様に前世の記憶がある。

 彼女の前世の名は櫻井真理亜。俺と同じ高校に通っていた同級生だった。

 王家に近しいクロムウェル公爵家に俺と同じ年に産まれた彼女は、王子である俺の遊び相手として幼い頃から何度も王城に呼び付けられていた。

 そんなある日、偶然お互いに転生者だと分かった時の安心感は言葉に出来ない。

 その後、十年以上一緒に過ごしてきて、去年シスベルは俺の婚約者になった。

 いわゆる「政略結婚」らしいけど、俺からすればただただ嬉しいだけだった。

 シスベルにいいとこ見せようと勇んで『聖域』探索に志願したけど、結果はこのザマ。

 最初四百五十人いた騎士達は、三分の一まで減った。


◇◇◇


 「ああっ! おかぁs――」


 目の前で、血飛沫を上げて死んでいく部下。

 怪物がただ歩くだけで、騎士の一人が二度と動かなくなる。

 圧倒的ステータス差だった。


 「殿下! お下がりください! 今すg――」


 怪物が振った大剣で俺のすぐ横にいた騎士の首が有り得ない角度に折れ曲がった。

 覚悟はしていたつもりだった。

 今から行く所が、危険な魔物が多く生息する『聖域』だと分かっていた。

 ――でも油断していた。


「うわぁa――」


 何度も『聖域』を訪れた事があったから?

 違う


「ぐふu――」


 父上から四百五十人の精鋭をつけられていたから?

 違う


「くっ来るn――」


 副官に経験の厚いドリュフェスがいたから?

 違う

 俺が油断していたのは――


「ぐぁああa――」


 ――自分ならどんな敵でも倒せると思っていたからだ。


「うぐっa――」

 自分は「転生者」で「選ばれた人間」だと思っていた。


「殿k――」


 『神童』と持て囃され、転生特典でスキルも手に入れた。


「うぎゃa――」

 その油断がこんな事に――


 気付けば俺は走り出していた。


「でっ殿下⁉︎」


 顔に掛かった部下だった肉片を払う事なく、俺は剣を手に怪物に斬り掛かる。

 何も考えるな。

 罪悪感など覚えるくらいなら初めから何もするな。

 無心である事が、死んだ者へ出来る唯一の弔いだ。

 仇を討つ事じゃない。そんな事は頭から消し去れ。

 悪いなど微塵も思うな。

 それは必死に生きて、そして死んだ彼らへの侮辱でしかない。


 ――誰だって自分が大切で、他人は二の次なのだから。

 「他人が大事」なんて偽善以外の何物でもない。


「はぁー!! 〈水閃〉!!!」


 師匠から教わった奥義を発動する。

 倒す事などハナから捨てている。

 時間さえ稼げればそれでいい。


「逃げろ! 今すぐに! 急げ!」


 そう生き残った部下に叫ぶと、俺は怪物を蹴って一目散に逃げ出した。

 足には元々人だった残骸が纏わりつく。

 それを何の躊躇いも無く踏み潰し、剥ぎ取る。

 死者を思うのは後で構わない。

 謝るのも、罪を悔いるのもその時だ。

 今重要なのは――


 ――生き残る事。恥も外聞も捨てて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げて、逃げる。

 それが生き残った者――共に逝けなかった者の責務だ。

 任務も何もかも忘れて、ただただ逃げる。

 怖いからじゃない。

 誇りを失ったからじゃない。

 一時の恥は、その後の人生で償えばいい。

 ――元より人の生命を償える他人など居はしないのだから。

  

◇◇◇


「――イン? カイン、大丈夫?」

「……ああ、大丈夫。ちょっと考え事してた」


 シスベルのお陰で我に帰った。

 どうやら考え込んでいたらしい。

 そんな事してる場合じゃないのに。

 ――今も悔いる時ではないのに

 『聖域』から脱出出来たのは奇跡としか言いようが無い。

 なんとか最後には新種と思わしき魔物を捕まえれたけど、あれで帳消しになる失態じゃ無い。

 ――なんとか挽回しないと。 

 死んでいった部下の為じゃなく、これから死んでいく部下の為に。


「カイン、本当に大丈夫? 無理してない?」

「ああ、本当に大丈夫だよ」

「本当に? ……それなら良いけど」


 簡単に状況を確認して、俺達は臨時の会議室になっている司教の部屋に向かった。


◇◇◇


「第三王子殿下のおなーりー!」


 扉の前に立っていた兵士の声と共に扉が開かれる。

 中では軍人達が一斉に頭を下げていた。


「「「「殿下、ようこそお越し下さいました」」」」

「うむ」


 ――王族に対する礼か。未だ軍人としては認められて無いか……

 そのまま上座の議長席まで向かい、誰にも確認せずに勝手に座った。

 ここで迷ったりしてはいけない。

 「王族はいつでも堂々とあれ」というのが我がラルファス王家の格言の一つとなっている。

 自信の無い王には誰もついてこないからだ。


「皆、誠に大義である。話し辛い。座れ」

「「「「有難き幸せ。失礼させていただきます」」」」


 全員、一糸乱れぬ動きでそれぞれの席に着いた。

 王国は誇り高き騎士の国であり、多くの将兵を率いる指揮官はいずれも名のある騎士だ。

その騎士達が俺にこう敬意を払ってるって事は__

 ――俺は相当舐められてるみたいだな。当然と言えば当然だけど、やっぱ少し寂しい。

 どう扱われるのか調べる為に、さっきからわざと「王族」として振る舞っていたけど、誰もそこに突っ込まなかった。

 つまり、俺は「王族」として迎えらているのであって、「王の名代として兵を率いる者」とは認められていなという訳だ。

だが、ここで折れていては何も成せない。


「これより指揮権は、現王陛下の第三王子たる私が引き継ぐ。異論は?」

「「「「御座いません、殿下」」」」


 あまり歓迎されていない様だ。

 いきなり来た奴に託せと言われても無理なのは分かるが、敵意は隠した方がいいと思う。

 ヘスラ兄上なら斬首ものだったぞ。

 何にせよ王族としての権力で指揮権はもぎ取った。

 これで思う存分やれる。


「先ずは、君達に言ったおかなくてはならない事がある」


俺が言ったその一言で、その場にいた全員の目が俺を向く。

 ここが勝負だ。

 成功させないと。

 シスベルを見ると、彼女は頷いた。

 俺も頷き返すと、口を開く。

「敵は地龍でも、『低能の幽霊』でもない」

 俺の発言に、数人の貴族が怪訝そうな顔をした。

 それを無視して俺は続ける。


「敵は単なる魔物でしかない。……多少強い程度のな」

「お言葉ですが殿下。敵は推定脅威度Sオーバーの――」


 貴族の一人が口を挟んだ。

 当然だろう。

 彼は自らの私兵を率いてこの作戦に加わっている。

 無能な将の所為で兵を無駄に死なす訳にはいかないだろう。

 敵の戦力を正しく評価出来ない者が無能以外の何だというのか。


「貴公の意見、まさしくその通りである」


 俺が認めたのを聞いて安心した様にその貴族は小さく礼をした。

 彼の発言は、兵を思う将の鑑の様なものだった。

 非常にごもっともだ。

 ――無論、無視するが


「――が、敵はあくまで魔物にすぎん。そこを曲げる気は無い」

「「「「なっ何ですと!」」」」

「君達が敵の強さを気負う必要は無い。王家の一員たるこの私が指揮を執る以上、全ての責任は私、ひいてはラルファス王家が取る。貴公らはその生命と、兵の生命を私に預ければ良いのだ」

「「「「……」」」」

「元より、我ら貴族が戦うべきは魔物でも他国でも無い。己が弱き心だ。敵の強さは敗北の言い訳には成り得ない。己が非力さは敗北の言い訳には成り得ないのだ」

「「「「……」」」」

「人は弱く、脆い。勝利の理由は自分に求めるくせに、敗北の責任は他者に押しつける。だが、それではならぬのだ」

「「「「……」」」」

「我らはいついかなる時も常勝無敗でいなくてはならない。それは己が誇りの為でも、家の名誉の為でもない。それは――」


 かつてこの世界で出会った有る人が言っていた。

 『常勝無敗なら出来ぬ事が、常敗無勝なら出来る』と。

 その人の言葉を丸パクリさせてもらう。


「――それは、一度でも負けた者は、次も負けるからだ。一度負けてしまえば、それを言い訳に出来る。何度でも負けられる。だが、それではならぬのだ。我らは王に仕える貴族であり、剣を捧げた騎士である前に、一人の領主だ。一対一の決闘で負ければ、損をするのは自分だけ。だが、戦争は違う。我ら貴族は民から兵を徴収し、我らが敗北すれば民がその分死ぬのだ。勝っても一定数死ぬのに、負ければ更に死ぬ。それで貴族が言い訳など始めたらどう思う?」

「「「「……」」」」

「「死ね」と思うに決まっているだろ? その思いが積み重なって、反乱が起き、国は滅びるのだ」


 そこで俺は言葉を切り、深呼吸をする。

 ――俺が本当に伝えたいのはここからだ。


「だから未来の自分に言い訳をさせるな。言い訳になる要素を全て排除しろ。「敵が強い」だ? 知った事か! 我らは弱いのだ。相手より弱いなどいつもの事だ。言い訳には成り得ない。敵を必要以上に恐れてはならない。敵を見縊るのは論外だが、敵を恐れる必要は無いのだ。何故なら我らは元から弱いのだから。だから敵は「単なる魔物」でしかない。……いつも通り我らより格上の魔物でしかない」

「「「「……」」」」

「「諦めなければ結果はついてくる」とは言わん。が、諦めるな。仮に敗北するとしても、言い訳が出来ないように負けるのだ。全てを出し切って……それで負けるのだ」

「「「「……」」」」

「安心しろ。私は未だ死ぬ気は無い。負けると分かっている戦の指揮をして責任を被ろうとする程、私は物好きでも無いし、人ができてもいない」

「「「「……」」」」「…………ぷっ」


 笑う所だったんだけど、シスベル以外誰も笑ってくれなかった。

 皆真剣な表情で考え込んでいる。

 仕方ない、時間も無いしそのまま進める。


「確実に勝てる戦など存在しないが、確実に負ける戦も存在しない――」

「「「「……」」」」

「――存在するのは、「必ず負ける」という思い込みだけだ」


 最後に俺は大きく息を吸い込み、こう言い放った。


「私が貴公らのその幻想を打ち砕いてやろう!」

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