19 囚われのスライム②
[まさか喋れないのかい? スライム君]
僕の身体を縛っていた鎖は宙に消えたけど、怖くて全く動けない。
そんな僕にお構い無しにユリシーズ――源志郎は一人で勝手に話を続けている。
そんな事より今こいつ『勇者』って言ったよね?
絶対言ったよね?
『勇者』ってあの『勇者』だよね?
よく世界救ってるあの英雄of英雄。
確かに転生者が勇者になるの流行ってたもんね。
こいつが勇者でも納得……出来るかぁ!!!!!!
いや何でいきなり『勇者』なんて僕の目の前にいる訳?
僕何もしてないよ。いやマジで。
未だ人様に迷惑かけてないよ。
だからさ、取り敢えずその物騒な物仕舞お。ね?
[喋れないならこれを使ってよ]
そう言ってユリシーズ――源志郎、ああ面倒臭い!
もう勇者でいいや。
勇者が取り出したのは――
五十音表?
[これを指さして僕と会話しよう]
は? 何言ってんだこいt……
[…………]ニコッ
[は・い・た・だ・い・ま? 「はいただ今」って言ったんだね?]
「そ・う」
[よし、でもやり辛いから『ネンワ』を取ろう。『スキルポイント』持ってる?]
「す・き・る・ぽ・い・ん・と・?」
[そう、スキルポイント。その様子じゃ何も知らないみたいだね。試しに「スキルポイント」って念じてみて]
スキルポイント!
『個体ゾンビソルジャーLV4が現在所持しているスキルポイントは2981です。スキルポイントを消費してスキルを取得しますか?』
うわっ⁉︎ 何か聞こえた⁉︎
「で・た」
[そうか。じゃあそれで『ネンワ』ってスキルを取得してみて。確か100かそこらで取れる筈だから]
[り・よ・か・い]
ええっと、『ネンワ』っと。
『スキルポイント1000を消費してスキル〈念話LV1〉を取得しますか?』
おい勇者! 今お前スキルポイント100で良いって言ったよな?
なんか1000も要求されてんだけど。
[…………]ニコッ
分かったよ取るよ。取れば良いんでしょ。
〈念話LV1〉取得っと。
『スキルポイントを1000消費してスキル〈念話LV1〉を取得します』
『取得に成功しました。スキル〈念話LV1〉を獲得しました』
「し・ゆ・と・く・し・た・ぞ」
「じゃあ、念話って思いながら何か話してみて」
はぁ? 何言ってんだこいつ。
念話って思いながら何か話せって?
[無理だろ]
あ? 何だ今の声。なんか聞き覚えのある声だった様な……
[おお、使えたね]
[えっ? 今の声、僕が出したのか?]
[そうだよ]
[マジか?]
[マジだよ]
マジかよーーー!!!
久しぶりに誰かと話しちまったぜーーー!!!
人間時代から数えても、かなり久しぶりだと思う。
あの糞塵粕共とは使っている言語こそ日本語だったが、碌にコミュニケーションとれて無かったからなぁ。
そこでふと疑問に思ったので、剣を鞘に収めている勇者に一つ質問してみる。
[ところで、あんた誰なんだ?]
[えっ? もう一度名乗った方がいいかい?]
[いや、そうじゃなくてだな……]
どう言えばいいのだろう。
言いたい事はあるのだが、どう言ったら良いのか……
あー、もう、分からん!
[つまりこういう事かい? 「何故自分が転生者であると簡単に見抜けたのか」「自分の味方なのか敵なのかハッキリさせろ」みたいな?]
[まぁ言葉は悪いがそんな感じではある]
こいつ妙に勘が鋭いな。そして凄い。尊敬しちゃう。
人が隠してる事を見抜くのも凄いが、それをサラッと言えるメンタルもバケモンだ。
[僕は君の味方だと思うよ。少なくとも君を害そうとは考えていない。むしろそういう手合いから守ってあげれると言えるね]
[どういう事だ? そんな勢力がいるのか?]
いるとしたら大問題だ。
今の僕はスキルが使えない。
戦う事が出来ないんじゃ、今、この瞬間に殺されても不思議では無い。
[いるさ]
[それはマズい。……取り敢えず、今現在敵となりそうな奴の情報をくれ]
[うん。でもその前に先ず、簡単にこの世界について教えておく必要がある]
そう言って勇者は戸棚から地図を持って来た。
[先ずここはフラルガン大陸という大陸で、一応世界最大の大陸って事になってる]
そう言って勇者は地図の真ん中に描いてある横長の大陸を指さす。
[で、そのフラルガン大陸西方にあるこのオーツド半島にあるのが、僕らが今いる『神聖アゼルシア教皇国』だ]
勇者が大陸から突き出た人参のヘタの様な形の半島を指さす。
[『神聖アゼルシア教皇国』?]
半島にはウネウネした意味分からん文字らしきものが書いてある。
これで『神聖アゼルシア教皇国』って読む訳か。
うん、読めんな。
[うん。さっきここに来る前に一人お爺さんに会わなかった?]
[ああ、会った。何か「強く無いのに弱く無い」みたいな雰囲気を感じた]
ぶっちゃけかなり不気味だった。
[それがこの国の元首である『神能教』第二百九十七代教皇、オーゼフォン・ソファリム聖下だよ。勇者である僕のオーナーでもある]
やっぱこの世界でも勇者は教会のバックアップを受けてるんだな。
まぁ当然か。人族の英雄だもんな。
宗教的に崇めた方が何かと都合がいいか。
その後も勇者による説明は続いた。
[君を狙う一つ目の勢力はこの『神能教』だ]
[えっ? でも今ここは神能教の……]
[うん。ここは神能教の総本山、聖都アゼルシアのアゼルシア大神殿だよ。この部屋にいる間は安全だし、教皇聖下は君の、少なくとも敵ではない。でも……]
[でも?]
[――でも、神能教も一枚岩では無い。中には教皇聖下と敵対してる人もいるんだよ]
まぁ大体の組織にはトップと対立するグループがいるもんね。
話を聞く限りでかい教団みたいだし、そういう事も十分有り得る。
[第一、本来神能教において魔物は敵だからある意味教皇聖下や僕の方が異端とも言える]
[えっ? それはちょっと問題なんじゃ……]
だって教皇って宗教のリーダーでしょ?その人が率先して教えを破ったらダメなんじゃ……
それに勇者って教会勢力に全面的に援助されてる立場でしょ? 教えに背くのは……ねぇ?
[そこで君には『神獣』になってもらう]
[は? 『神獣』?]
何言ってんだこいつ?
[初代勇者様は神が遣わした神獣を連れていたというのがこの宗教の神話の中にあってね。君をそれの生まれ変わりっぽく宣伝させてもらう]
[え? それはちょっとマズくね……]
宗教勢力が教義に沿って民衆をコントロールしてる話はよく読んでたけど、流石に『神獣』語るのはマズいでしょ。
神罰とか降るんじゃないかなぁ?
[まぁ未だ初代神獣は死んで無いから「生まれ変わり」って言葉自体真っ赤な大嘘なんだけどね]
[もう救いがねぇ! それはいくらなんでも教皇や勇者がして良い事じゃ無い!]
嘘って分かってて、しかも根本から有り得ない法螺話をその「善の象徴」「the正義の味方」みたいな人達がしちゃいかんよ。
[何故そこまでして僕を庇うの?]
[僕らにはある野望があってね。君はそれに使えそうだと判断したんだよ]
うわぁ、「勇者から聞きたく無い台詞ランキングTOP10」の内から二つも飛び出してきたよ。
「野望」を持つな。
「使えそうと判断」とか言うなよ。
勇者は高潔な精神を持った清く正しい人間がつく職じゃ無いのか?
それじゃ狡猾な精神を持った醜く汚ない人間じゃないか。
非難の眼差しで勇者を見つめると――
[……それが何かは、……悪いけど今は君には言えない]
急に勇者が真剣な顔で、深刻そうにそう呟いた。
え? 何これ?
え? この人何か悲しい過去とか持ってる系だった?
そういう重いのは僕には受け止めきれないからちょっとしんどい。
悲しそうな顔で勇者が黙りこくったので、部屋には沈黙が訪れる。
え? 何この人。勝手に喋って勝手に黙っちゃったよ。
僕はどうすれば良いのだろうか。
慰めた方が良いかな。
でもこのコミュ障にそっち方面を求められてもなぁって感じなんだけど。
[それは良いとして、次は隣国『レギオン帝国』だよ]
[……おっおう……]
こいつ急に話変えてきたな。そんなに触れられたくなかったの?
そんな僕を無視して勇者は話をどんどん進めた。
[この国は――]
その後も、僕を狙う勢力の解説は続き、その結果――
[まぁ、簡単に言うと君は全部で六つの大国と巨大な二つの宗教と一つの種族とその他大勢の雑魚に狙われてる訳だね]
[いや多過ぎだろ⁉︎ 何? 僕そんな価値有る?]
[有る人には有るよ。「人語を解する魔物」ってだけで城が建つ程の金額で売買されるだろうね]
まぁ「人語を解する魔物」が高く売れるのは間違い無いだろう。
僕も大金払う程では無いにしろ、興味はあるし。
……まぁ取引されるの、僕なんですけどね。
[まぁ君を狙ってる大きめの勢力は、さっきも説明した通り金の為に狙ってる訳じゃ無いけど]
ですよね〜。結構恐ろしい理由で狙ってるところもあったし、意味分からん理由のとこもあった。
何だよその「魔物は外に出てはいけない」って法律。
魔物に法律守らせる気?
守る訳ねぇだろうが!
第一僕出たいとか言う前に連れ出されたんだし。
それで狙われるのは納得いかんわ!
まぁ勇者が取り敢えず僕を守ってくれる気でいる事は確かだ。
今は彼の言う事に従っておくのが得策かな。
[各勢力に対抗するためにも……]
[対抗するためにも?]
だから勇者の話をしっかり聞いておこう。
が、そこで勇者は言葉を切ってしまう。
[……]
[……]ニコッ
いや長いわ!
ニコッじゃねぇ!
散々勿体つけた後に奴はこう言い放った。
[取り敢えず僕とキャンプしよっか♪]
[…………は?]
◆◆◆
「――何? 第二軍が〝カレ〟を取り逃したと? それは本当か」
「はっ、間違い御座いません。第二軍に潜ませておいた密偵の報告に御座います」
「……そうか」
「はっ、どうやら〝蜥蜴〟に逃げられ、その対応に追われていた隙に連れ去られた模様です」
「……は? 〝カレ〟だけで無く〝蜥蜴〟にまで逃げられたのか? 馬鹿な……」
自室で部下の報告を聞いていた第七軍長は、同僚の無能さに呆れを通り越して恐れを感じた。
「……よくもまあそこまで醜態を晒せるものだ。……まぁ逃げられてしまったなら仕方あるまい。第五軍の準備は?」
「整っているとの事」
「なら第五軍長にこれを渡し、こう伝えろ――」
第七軍長は書いていた作戦書を部下に渡す。
「――敵は無能ごと消して構わない。とな」
「はっ!」
「それともう一つ、『四騎士』をここへ呼べ。話がある」
「畏まりました!」
部屋を出て行く部下の後ろ姿を見ながら第七軍長はふと考える。
――何故この世には自らが〝無能〟であると気付けない程に愚かな〝無能〟が多いのか。と
「……出来れば私は〝無能〟であると気付けていると良いがな」
第七軍長の呟きは、宙に消えた――