幕間 冒険者達と地竜
「――はあ⁉︎ どゆことだ⁉︎ 地竜が出た? 何で猿共のボス叩きに行ってそうなるんだよ」
『蜂蜜よりお酒』やその後を追った他のパーティとの連絡の為に派遣した盗賊の報告にBランクパーティ『酒盛の戦士団』リーダー、ゴリゾウは耳を疑った。
オッポタットという魔物の恐ろしさはその固有スキルにある。
〈不感知〉というスキルは簡単に言うと「そこに居ると思えば見えるが、居ないと思えば見えない」というものだ。
よっぽど索敵能力に優れていないとこの魔物を見付ける事は難しい。
このオッポタットの対処方法は、唯一隠れられない群れのボスを倒す事。
群れのボスさえ倒してしまえば、ボス不在である為誰も隠れられなくなる。
その間に一網打尽にするのだ。
とは言っても、誰かが見付けてそれを共有すれば、そこに居ると思えば見えるのだから一体一体倒す事も不可能では無い。
まぁそれ程の索敵能力の持ち主は限られてはいるが。
「仕方ねぇ、二手に分かれるぞ! 騎士さんよ」
「はっはい、何でしょうか」
「あんたは先に外出てお嬢さんの周り固めとけ」
「はっはい、了解しました」
「冒険者は分かってんな? 片方はオレが行く。残る方は、ワリモ! テメェに任せる」
「うん、任された」
「よし。じゃあ各パーティごとに大体二十ずつで集まれ!」
冒険者には、比較的大人数で同じ依頼を受ける時、無駄な揉め事を避ける為にいくつかの暗黙のルールが存在する。
その一つが「非常時には最も“強い”者の指示に従い、必ず“二つ”以上に分かれて事に当たる」というものだ。
例えば今回は「地竜が現れた事」が「非常時」に当たる訳だが、地竜が“一体”である保証は何処にも無い。
そんな時に抑止力となり得る冒険者が一塊で動いた場合、みすみすもう一体の地竜を野に放つ事になりかねない。
その為、冒険者は必ず二つ以上に分かれてから事に当たるようにしていた。
冒険者の本来の目的は危険な魔物を「倒す」事では無く、危険な魔物の情報を「伝える」事だ。
名のある魔物を倒してランクを上げる事を目的とする者が若い、特に中途半端に実力のある冒険者に多いが本来はそれが目的なのではない。
少なくともクロムウェル公爵領の冒険者はそれを理解していた。
そんな訳でBランクパーティ『安酒同盟』のリーダー、ワリモに後を任せたゴリゾウは半数の約二十名の冒険者を連れて地竜が現れたという横穴を目指した。
◇◇◇
「――はぁ⁉︎ 大穴だと⁉︎」
「はい。先程の横穴の奥に大穴が空いていました。恐らく地竜はそこから登ってきたのではないかと」
「マジか。でも登れんのかそんなもん」
「いけますよ。平均ステータス四桁のオーバーSランクモンスターです。『天災』には届かなくとも『災害』級は堅い。十分可能です」
「災害級ってマジかそれ⁉︎」
「はい、マジです」
神官の治療を受けていたムスラとシンガは戦闘中に手に入れた情報の共有を行っていた。
「ムスラ! スイッチ!」
「シンガ、代われい」
「おっおう!」「はい」
約十名の冒険者は交代で休憩しつつ地竜の足止めを図っていた。
やはり最高戦力となり得るのはBランクパーティ『耄碌爺』だろう。
同じBランクパーティでも『酒盛りの戦士団』や『安酒同盟』では相手にならない。
ルクセンとシンガは、この場に不釣り合いな程に強かった。
「〈強撃〉!」
「『雷箭』!」
先程から地竜にダメージを与えているのは殆ど彼ら二人だった。
「硬いのぉ」
「そうですね。かなり硬い」
そのルクセンとシンガと言えども普段ならそろそろ討伐が終わってるくらいの時間が経っても未だ敵に倒れる気配は無い。
その後も途中で合流したゴリゾウ達も加えて戦闘は継続された。
「出たぞ! 敵のステータス一覧!」
「本当か⁉︎」「見せろ!」「んなっバカな!」
背後で鑑定石を使っての鑑定を図っていた冒険者の一人が遂に鑑定に成功したようだった。
「そこの若いの、少し代われ」
「おっおう」
鑑定結果を見て驚愕していた冒険者と入れ替わりにルクセンはシンガを伴って結果を確認しに行く。
「どれどれ。……ん……これは……」
【地龍LV17
攻撃能力値:6579
防御能力値:6198
速度能力値:5808
魔法攻撃能力値:5512
魔法防御能力値:6321
抵抗能力値:6098
HP:2147/7845 MP:1458/7763
スキル:〈地龍LV3〉〈龍鱗LV2〉〈龍砲LV1〉〈毒牙LV10〉〈火棘LV10〉〈土棘LV10〉〈縮地LV4〉〈立体機動LV2〉〈超回避LV3〉〈超硬化LV5〉〈貫通LV6〉〈命中LV9〉〈気配探知LV2〉〈危険探知LV3〉〈火魔法LV10〉〈火炎魔法LV10〉〈獄炎魔法LV6〉〈土魔法LV10〉〈砂魔法LV10〉〈岩石魔法LV10〉〈大地魔法LV10〉〈斬撃付与LV8〉〈刺突付与LV5〉〈打撃付与LV3〉〈衝撃付与LV10〉〈破壊付与LV10〉〈獄炎攻撃LV5〉〈大地攻撃LV8〉〈猛毒攻撃LV1〉〈思考超加速LV5〉〈視覚大強化LV4〉〈聴覚大強化LV2〉〈嗅覚強化LV8〉〈触覚強化LV8〉〈味覚大強化LV4〉〈斬撃強化LV9〉〈刺突強化LV4〉〈打撃強化LV1〉〈衝撃大強化LV2〉〈破壊大強化LV4〉〈火大強化LV5〉〈土超強化LV3〉〈毒大強化LV2〉〈痛覚大耐性LV6〉〈幻覚耐性LV4〉〈混乱耐性LV5〉〈恐怖耐性LV5〉〈斬撃大耐性LV1〉〈刺突耐性LV5〉〈打撃大耐性LV1〉〈衝撃大耐性LV6〉〈破壊大耐性LV9〉〈火超耐性LV5〉〈水大耐性LV6〉〈風大耐性LV3〉〈雷大耐性LV1〉〈土超耐性LV8〉〈光大耐性LV2〉〈闇大耐性LV2〉〈酸大耐性LV3〉〈毒大耐性LV5〉〈麻痺大耐性LV5〉〈石化大耐性LV1〉〈死滅耐性LV4〉〈剛力LV4〉〈鉄壁LV4〉〈烈風LV3〉〈邪攻LV3〉〈邪防LV3〉〈辛抱LV4〉〈体髄LV5〉〈魔髄LV5〉〈生髄LV4〉〈HP高速回復LV6〉〈MP高速回復LV6〉〈MP消費大軽減LV3〉〈魔導使LV1〉〈支配者LV1〉〈威圧LV2〉
称号:《竜》《龍》《人族殺し》《人族の災害》《魔族殺し》《魔族の災害》《亜人殺し》《亜人族の災害》《魔物殺し》《魔物の災害》《竜殺し》《捕食者》《統率者》《支配者》《覇者》】
「……まさしく“バケモノ”じゃな」
「……はい。ステータスの高さもそうですが……」
「……うむ。バランスが恐ろしく良い」
「……何より一番の問題は……」
「……うむ。こやつ『地竜』では無く『地龍』じゃな」
レベルこそ低いが、竜族最高峰の『龍』の一体に変わりはない。
正直ここにいる冒険者では普通なら相手にならない程に強い。
「奴は〈HP高速回復〉〈MP高速回復〉を保有しています。早くけりをつけないと直ぐに回復されて太刀打ちできなくなります」
「そんな事は分かってる! じゃあどうすりゃ良いんだよ!」
シンガの冷静な分析にムスラ達は食ってかかる。
しかしシンガはそれを無視して話を進める。
「ただし、気になる点が二つあります」
「ああ? 何だそれは?」
「先程からこちらの損害は軽微です。敵は火属性最高峰の〈獄炎魔法〉〈獄炎攻撃〉、土属性最高峰の〈大地魔法〉〈大地攻撃〉を高レベルで取得してるのに先程から一度も使っていません」
「……確かに」「言われてみりゃその通りだな」
「その上、〈支配者〉〈威圧〉の両スキルを発動した形跡がありません。発動していればこの中の誰か一人は確実に死んでいるでしょう」
〈支配者〉というスキルは「相手の“支配権”への挑戦」という効果のスキルで、戦闘中に発動した際の成功率は20%程。MPの消費が大きい事を差し引いても六回やれば一回は成功する事から恐ろしいスキルと言える。
成功すれば短くて十分、長ければ三十分近く相手を従える事が出来る。
元仲間である事などから戦闘を躊躇する冒険者が多く、戦闘に多大なる影響を与えるスキルだ。
〈威圧〉はその名の通り相手を威圧するスキル。
威圧された相手は身動きが取れなくなる他、動きが鈍ったり、スキルや魔法の発動が遅れたり妨害されたりする。
どちらも相手、それも災害級の龍が持っているのなら死者が出ていてもおかしくない強力なスキルだ。
「二点目は敵のHP、MPが共に殆ど0に近い状態で戦闘が始まった事です」
「はぁ? それが何で分かるんだよ」
「敵は〈HP高速回復〉〈MP高速回復〉の両スキルを獲得しています。両スキル共に一分でLV×100を回復する強力なスキルです。にも関わらず敵のHPは現段階で2000代前半、MPは1000代中盤です。僕らが一分にあの防御を突破して600以上のダメージを与えている訳がありませんし、MPに至っては相手は先程から戦闘に使用していません」
「ああ、そうだな」「無理だな」
「それなのにこの数値なのは明らかにおかしい。この二点が僕が気になった事です」
シンガの話に、集まっていた冒険者は皆黙り込んでしまった。言われてみなければ気付かなかったが、確かに不可解な点だ。
そんな中ルクセンがおもむろに口を開いた。
「……まるで『低能の幽霊』の様じゃな」
「「「「『低能の幽霊』⁉︎」」」」
「そっそれはあれですか師匠。あのステータスを下げると噂の?」
「うむ、ワシも会った事はないが噂に聞く奴の能力とよく似とる」
『低能の幽霊』とは十年程前まで『聖域』に生息していた魔物の通称である。
姿を確認出来ない程動きが素早いのと、遭遇して生き残った者が少なくて容姿に関する情報が極端に少ない事から、「実は実体の無い幽霊なのでは?」とこの名がついた。
その強さは全モンスター最強の『神話』級。
下手すればこのラルファス王国の軍事力に匹敵する力を持つ強力な魔物で、過去には一ヶ国の軍を丸ごと消滅させた事もある。
無論噂には尾ヒレが付くのが普通だが、ここにいる冒険者では手に余る可能性が高い。
「でも、『低能の幽霊』は死んだんじゃなかったのか?」
ただし、発見された際には、僅か一ヶ月で千人を超える冒険者を虐殺したという逸話も持つこの魔物は、十年前のある戦争以来、死んだという事になっていた。
「あの程度で神話級が死ぬ訳ねぇだろ!」
神話級は冒険者最高位のSランクパーティが複数でも敵わないとされている。
実は生きていても少しも不思議で無いので、彼らが恐れるのも無理はない。
「何にせよ上に報告しましょう。『低能の幽霊』がいるかどうかは別として取り敢えず被害を抑えつつ、地龍をこの横穴に封じ込めるのを目標に」
「「「「「了解」」」」」」
シンガの作戦に従い、冒険者が動き出す。