89 蘇ったもの⑥
「――神獣様、こちらにおられましたか」
そう声をかけてきたのは……見覚えはあるが、誰か分からん。
たぶん、都市幹部かなんかだろう。背後に兵士を数人引き連れてるし。
軍服のデザインが若干違う気がするから、軍人じゃなくて文官かな?
まぁ、どっちでも良いや。
僕は、それどころじゃないし、コイツもなんか用があってきたんだろうから、なにかしら言うだろ。
「指揮所の復旧が完了いたしました。こちらへ」
「分かりました」
それをわざわざ言いに? 別に誰か一人で良くない?
流石にさっきの今では一人で出歩くのは怖いのか。
一箇所に集まってる方が狙われやすそうだけど……まぁ、素人には分からない理由があるのかもしれないから、迂闊なことは言わないでおこう。
強者を集めておいた方が安心、ってことなのかもしれない。
幹部(推定)の案内で指揮所へ向けて歩く。
その道中で、この身体の調整をしつつ、都市の現状を目の当たりにする。
シレネや他の亜人達との一連の戦闘に集中していて全く知らなかったけど、僕がこの都市に到着した時よりもっと酷いことになってる。
主戦場となっていた各方面の門付近や中央部だけでなく、それ以外の場所も崩れている。
吸血鬼が言っていたことから推測するに、亜人達が無秩序に暴れまくった結果なのだろう。
なまじ被害の確認などのために部隊を分けてしまっていた所為で都市中で戦闘が起きたのか。
他のことに気を使っていられないほど集中していたので、責任感じちゃうな。
まぁ、僕が今更責任感じたところでなんにもなんないけど。
「こちらです」
そんな瓦礫の山を抜けた先に、天幕が張られていた。
前までと場所が違う。前は都市中央にあったはずだ。
いや、でも確かに「復旧」って言ってたよな。
どういうこっちゃ?
戸惑う僕に全く構わず、幹部は天幕の中に入っていく。
なんかよく分からんが、とりあえず僕も後から入ることにした。
「おお、神獣様、ご無事でしたか」
僕が無事かどうかには議論の余地がありそうだけど、まぁわざわざ否定することもあるまい。
声をかけてきたのは例によって顔は覚えてないこともないけど、どこの誰かは全く分からない太ったおっさんだった。
下手なこと言えないので、軽く会釈するにとどめる。
ワンチャン、全然違うところに連れてこられた説も(未だ)あるし。
ざっと天幕の中を見渡すと、どいつもこいつも見た覚えはあるが誰か分からない。
はっきりと分かる人が一人もいない。
僕の中での猜疑心がどうしようもなく膨らみきったその時、
「すまない、遅れた」
そう言って天幕に入ってきた集団がいた。
この『要衝都市シナラス』の都市長、カストディオ・マッケロウとその部下達だ。
良かった、ようやく知っている奴がきたぞ。
どうやらたまたま知ってるようで知らない奴しか先に来てなかったってだけみたいだな。
これで一安心だ。
とは言え、未だ足りてない気がする。
『聖軍』の幹部も、帝国軍の幹部も見知った顔が全員揃ってるわけじゃない。
未だいるはずだ。
なにより『聖女』様がいない。
もし『聖女』様になにかあったら、呑気に集まってる場合じゃないから、特に問題はないとは思うが……
「まずは皆が無事にここに揃っていることを嬉しく思う。ここにこれなかった者たちの冥福を共に祈ろう」
おい待て、なんだその不穏な発言。見かけない奴全員死んだのか?
じゃあ、つまり
「聖女様は負傷者の治癒を行われているので、こちらには来られない」
僕の心配を読み取ったように都市長が説明してくれた。
危ねぇ、流石にそんなことは有り得ないと分かってはいるが、それでも怖すぎだろ。
そうか、聖女様は負傷者の治癒を、ねぇ。
……それってさ、つまりは――
「そこまでひっ迫しているのですか? 治癒術師は」
「ああ。全員魔力が枯渇状態にあると」
――蘇生魔法が使えるほどの術師が一人も残ってない、ってことじゃん。
この天幕に来るはずだった、ってことは幹部だ。
当然、蘇生の優先順位も高いはず。
帝国は蘇生に否定的、ってことを差っ引いても、蘇生出来てないってことは、蘇生出来ない、蘇生するだけの魔力が残ってない、ってことだろ。
――止めても勝手に使いそうな『聖女』様含めて。
「各員、把握している限りの部隊の被害状況を報告せよ」
若干ザワつきだした天幕内を、都市長が指示を出して静める。
流石の威厳だな。僕には無理だ。
その後、天幕内ではしばらく各隊の指揮官や文官達などによる報告が行われた。
ひとまずは誰も口を挟まずにただひたすらに現状の把握を行う。
でまぁ、僕も黙って聞いてたんだけど……ヤバくない? この状況。
ざっと聞いた限りでも無傷の部隊は限りなくゼロに近いし、ほとんどの部隊は壊滅状態。
都市機能もほとんど使い物にならなくなってるし、市民や避難民への被害も尋常じゃない。
四方の門のうちまともに機能しているのは北門のみ。
他は一度落とされたり、燃えたり、穴開いたりして修復が必要。
さっきも言った通り治癒術師は魔力が枯渇してまともな治療は不可能。
第一昨日から続く連戦で全員へとへとだ。
「辛勝」そのものだ。
「勝った」と言うより「耐えた」って感じだな。
正直言って「マグレ勝ち」って言葉が一番似合いそうな結果だね。
後数分亜人の撤退が遅かったら負けてたかも、ってレベルだ。
報告は一巡し、最後に僕の番が回ってくる。
……はぁ、これやっぱり僕も報告しないとダメかな? めっちゃ嫌なんだけど。
「――以上です」
「神獣様、お願いいたします」
「はい。私は襲撃部隊の指揮官と思しき上位吸血鬼並びに上戦鬼と交戦しました。それぞれオーリ・シレネ、クルサォスと名乗っていました。通常個体に比べれば戦闘力はかなり戦ったように思われます」
小学生の作文みたいになっちゃったな。嫌過ぎて手抜きそのものと化してしまった。
ちなみに、どちらの名前も既に報告に上がっていた。
『転移陣』の欠片を用いて亜人軍を都市内に引き入れたのはシレネで間違いないようだな。
クルサォスの方は思いっきり名乗りを上げて暴れまくっていたらしい。
――『ルカイユ』が一度討伐した、という報告は誰からも上がらなかった。
……こりゃあ、本格的にきな臭くなってきやがったな。
どうして僕の予想は当たって欲しくないやつに限って当たるのかねぇ?
「どちらも『英雄』級に迫る強さであったとのことですが?」
「私の体感としてはそこまでではありません。しかし生半可な戦力で討伐可能な相手でないのは確かでしょう。単純に私と相性が良かった、ということかもしれませんが」
手遅れ感は否めないけど、一応フォローは入れておく。
これだけ言うと――事実かもだけど――ただの嫌な奴だし、僕。
幸い(?)僕のイキリ――と捉えられても仕方のない――発言に気を悪くした様子の人は一人もいなかった。
少なくとも表立って不快感を露わにしてる人はいない。
皆んなそれどころじゃない、ってのが正解か。
僕で最後だったので、僕が未だ報告していない案件を除けば全部出揃ってるわけじゃん?
で、全員の報告を突き合わせれば今回の襲撃部隊の全容がある程度は見えてくるのね。
この襲撃部隊の指揮官は全部で四人(四体)。
上位吸血鬼(推定)――オーリ・シレネ。
上戦鬼(確定)――クルサォス。
狼鬼(推定上位種)――本名不詳。
豚頭鬼(推定上位種)――知らん。
このうち、二体を『神獣』が、一体を都市長が抑えていた。
よって、実質残るオーク一体によって、都市は壊滅させられたわけだ。
件のオークは二刀流の使い手で、嵐のようにあちこちで暴れまくっていたそうだ。
なにそれ、ちょっと見たかった。
それと、狼軍曹の種族名だね。
『狼鬼』か。かっこええやん。
ルカイユによるとだいぶイカれた奴っぽいけど、やっぱり強いことには強いんだろうな。
それに妙に気に入られた挙句つきまとわれ続けた都市長はご愁傷様。
……とまぁ、現実逃避したところで何一つ解決なんてしない。分かってるよ。ちゃんとやるってば。
もちろん、『神獣』参戦で一回収まる前に受けた被害も大きかったよ?
でも、その後の再拡大は目も当てられないくらい酷い。
それがほぼ一体によって起こされた――一体すら抑えられなかったっていうのは衝撃だろうね。
その前の戦闘での疲弊などもあったとは言っても、普段は『神獣』も『聖女』様も『聖軍』もいないと考えると、敵の襲撃の時期がずれていたらいったいどうなったことか。
考えるだけでも恐ろしい。
「スコルは討伐しきれなかった。オークは最終的に仕留めたと聞いたが?」
「はっ、しかし死体は他の亜人共と同じく撤退時に持ち去られました」
「そうか……神獣様の方は、どうでしたか」
「私も二体とも致命傷は与えましたが、とどめを刺す前に邪魔が入り(手も足も出なかったけど)、そのまま(見逃してもらったまま)撤退されましたね」
ふふふっ、どうせバレないからと僕が見栄を張ってると疑ってるな?
残念、ほとんど事実でーす。
事実とは言い難い部分があるとすれば()の中かな。
わざわざ口には出さなかったけど、まぁ良いよね。
……あれ、なんで見逃してもらえたのか僕もよく分かってないからよそ様に説明出来る感じじゃないんよな。
なにか理由があるのなら、十中八九ろくでもないようなやつだから、出来れば知りたくない。
でも知らないと対処出来ない。
……ヒドいジレンマだよ、まったく。
「……皆の報告を元に、状況の整理と対策を話し合うこととしよう」
これ以上僕からは有益な情報は出てこないと結論づけたのか、都市長が総括に入った。
僕としても文句はない。
なんなら、とっととこの話を終えて欲しいくらいだったから、ありがたいくらいだ。
「敵の詳細な狙いは不明だが、この都市の奪取を目的としていたことは間違いない」
都市長の言葉に、反論するものはいなかった。
僕もそう思う。
あんだけやっといて、流石にこの都市の奪取は目的じゃありませんでした、はない。
……まぁ、それだけではないんだろうな感も端々に滲ませてたから、そこが怖いんだけど。
「奪取こそ阻止出来たが、こちらの被害も甚大。もしこれが小手調べに過ぎなかったとすれば、次は保たないだろう」
なかなかにはっきりと言い切っちゃうな。
まぁ、間違ないだろうけど。
さっきも言ったけど、今回守りきれたのは色々運が良かったからだ。
僕だって、タイミングが悪けりゃ今頃ここにはいなかっただろうね。
……二つの意味で。
他の連中も都市長の冷静な分析に押し黙るばかりで、否定出来ないことは認めているようだ。
「こちらは満身創痍だが、敵はそうでもないだろう。こちらの手の内はだいぶ晒さざるを得なかったが、あちらの手の内は全く見えなかった。言いたくはないが、我らは「敗北しなかった」だけだ。「勝利した」わけではない」
言うねぇ。
ここまで言い切った奴はちょっと記憶にないな。
でも、ここまで言い切れるからこそ、彼は支持を得られるんだろうな。
……僕は日和って言葉を選んだ挙句当たり障りのないことだけ言って、終わっちゃいそう。色んな意味で。
まぁ、実際のところ都市長の言う通り一方的にやられただけで終わっちゃったな。
敵の大規模蘇生としか思えない復活の謎も、破格の性能過ぎる転移の謎も全く分からないまま撤退されちゃったし。
目の前からいなくなったとしても、いつ襲ってくるか分からないんじゃこちらが不利過ぎる。
さっきから誰も口を開いていなかったが、もはや露骨に下を向いている奴まで出てきたぞ。
指揮所内はどんよりムード一色だ。
なんとかしたいのは山々だけど、僕にいったいなにが出来るのやら。
「しかし、我ら上に立つ者が絶望的な状況に足を止めていてはならない。私達はこの都市と民を守る責務を負っている。下を向くな! 前を見よ!」
「「「「「「「⁉」」」」」」」
「民に、情けない姿など絶対に見せるな! 陳腐でもありきたりでも構わん、それで事態がわずかでも好転するのなら安いものだ。背負った重過ぎる責任は、虚勢でも胸を張って背負うのだ。それが我らに課せられた最も重要な使命である」
「「「「「「「……」」」」」」」
下を向いていた者達も顔を上げた。
自分達がなんとかしなければどうしようもないと思い出したのかもしれない。
そうだ。そのいきだ。
お前何様だよ、って感じだけど、彼らが動かないことには状況は絶対に良くならない。
……悪くなることはあっても。
上層部がいつまでも下を向いているわけにはいかない。
現状を一刻も早く改善させるためにも動き出さなきゃ。
「……そのことを踏まえ、早急に都市機能と軍の復旧を急がねばならん。皆、もう一度奴らが来ても返り討ちにするつもりで心してかかってくれ」
「「「「「「「御意!!」」」」」」」
都市長の言葉を受け、気持ちを切り替えた幹部達が一斉に動き始める。
……僕はなにすりゃ良いのかよく分からなかったので、皆んなには共有していない僕だけが知っている情報の整理をしておこう。
まずは、僕は未だ未だ本調子じゃない。
シレネやクルサォスとの戦闘――例の赤髪にあしらわれた際に出た被害は再生済みだ。
でも、その前に失った粘体の一部は復活することなく亜人達は撤退してしまった。
考えられる可能性は、僕の分体――粘体を飲み込んだ奴がそのまま撤退してしまった、ってことだ。
これが一番しっくりくる。
で、たぶんだけの噂のオーク。ソイツに僕の分体は食われてると思うんだよね。
種族上敵を口に入れることに抵抗なんて感じるわけないし、むしろ積極的に食ってそうだ。
分体を食ってもスキルが手に入るのかは分からないけど、身体の一部を食っただけでもスキルを取得出来るんなら、可能性はあるか。
まぁ、今更取られて困るスキルなんて何一つないけど。
〈自己治癒〉ありきの捨て身戦法や使い捨て戦法を多用する僕のスキル構成はそこそこ偏ってる。
でも、そんな珍しいスキルは持ってない。
粘体で構成されてない身体を持つオークにスライム系統のスキルは使えないし、それ以外のスキルは使ってる奴にあったことないだけでそこまで貴重でも厄介でもない。
だから、『本体』が弱体化したままってこと以外は、別に問題はない。
……問題なのは、むしろ次だ。
シレネとクルサォスに仕込んでいる分体とのパスが切れた。
前と違って、どこに仕込んだのかちゃんと把握してるんだから、本来なら切れることは有り得ないはずなんだ。
それが切れたというのは、ただ事じゃない。
単純な距離の問題かもしれないけど、どうもただそれだけではない気もすんだよね。
僕の勘が正しければ、これは赤髪が姿を消すと同時に亜人が全軍撤退を完了させたカラクリに関係してる。
それがなんなのか微塵も見当がついてないから、どうしようもないんだけどさ。
――後はまぁ、小さい引っ掛かりがちょいちょいあって、荒唐無稽な妄想があったりもすんだけど……これは今はいっか。
それよりも他に考えなきゃいけないことは山ほどあるからね。
……いつまでも突っ立ってるわけにはいかないし。
皆んなが働いてる中ボーッとしてるのは、流石にいたたまれない。
僕だって、それくらいの感性はあるさ。
「――閣下! 至急、お伝えしたいことが!」
「なんだ。どうした」
そこへ飛び込んできた人がいた。
格好的に帝国軍の士官かな。かなり動揺している。
内容は分からないけど、どういう類のものなのかは手に取るように分かる。
コレハ、キタイガモテルナァ(遠い目)。
「シナラス以外の、襲撃を受けた五都市について本営より連絡と指令がありました」
「話せ」
「はっ。五都市中――」
その報告は、指揮所内にいる全員を凍り付かせるには十分過ぎるような内容だった。
信じたくはないけど、まぁそんな大掛かりなドッキリを仕掛けて帝国になんの益があるの、って話だし、本当のことだろうね。
……むしろ、その後の指令の方に僕としてはドン引きなんだが。
なんにせよ、シナラスを取り巻く状況は一層悪くなった。
「――間違い、ないのだな?」
「はっ、軍務省、大将軍府の連名です。間違いないかと」
「そうか……悪いが、今行っている作業は中止だ。軍の復旧を優先させる。外の者達も呼んで来てくれ」
「はっ!」
都市長の指示で外で指揮を執っていた幹部が再度呼び戻され、臨時の会議が行われた。
本営からもたらされた恐ろしい事実と指令に、幹部達も絶句している。
それでも、命令を果たさなければならないのが彼らの辛いとこだろう。
現実的に可能なラインで命令に沿えるように即席の計画案が出来上がった。
「これを基に部隊を再編、少数でも良いから出撃出来るようにするぞ! 皆、頼む!」
「「「「「「「御意!!」」」」」」」
都市長の号令にその場にいた――僕を除く――全員が返答し、各々の役割を果たすべく動き出した。
流石の僕も何もせずに突っ立っとくのは気が引けるのでなにかやることがあるっぽくその場を離れる。
……ってか、実際にやることあるし。今、出来た。
次から次へと、よくもこう嫌がらせが出来るもんだ。
尊敬しちゃうよ、まったく。
まぁ、あちらさんはそんだけ準備をしてきた上で仕掛けてきてんだろうな。ここまでも奴らの筋書き通り、ってわけだ。
それを受けて、「現場で対処しろ」で片付けようとする帝国も帝国なんだけど。
……なんにせよ、僕が出来ること、求められていることは変わらない。
僕ァはただ戦うだけだ――――この腐った世界で……!
…………ちょっと寒いな、あとイタい。正直めっちゃくちゃはずい。
やっぱ、カッコつけて良いのは、元からカッコいい奴だけだね。cv子安◯人様とか。
◆◆◆
「――只今戻りました」
「ご苦労だったな」
「有難きお言葉」
ある任務のため別行動を取っていた部下の帰還に、その部屋の主人は労いの言葉をかける。
全く計画通りに動かない友軍の尻拭いのような任務を与えてしまっただけに、その声には申し訳なさが滲んでいた。
それに対し、部下の方は特に気にした様子もない。
むしろ、敬愛する主人からの労いの言葉に感無量の様子だった。
「それで、実験は成功した、ということで良いのだな?」
「はっ、私の把握している範囲では成功と言って差し支えないかと」
「うむ、なら良いが」
今回の一連の作戦は、この後に控える本命の、いわば予行であった。
敵に完全に手の内を知られない程度に、様々なことを試す意図もあった。
想定を上回る被害に仕方なく直属の部下を向かわせたが、一応当初の目的であったデータの収集は成功したと聞き、主人は安堵の溜息を吐く。
「そうだ、〝アレ〟には会ったのか? 想定外に暴れられて被害が出たそうだが」
ふと思い出し、そんなことを質問する。
この作戦が始動する前から一方的に注目していた〝アレ〟には、ある意味想定内だったとは言えだいぶ計画を狂わされた。
予想に反して敵の対応が遅いかと思えば、既定路線の横槍が入ったとは言え、瞬く間にせっかく取った拠点を奪い返され、想定外の地点で活躍された挙句、二度も無駄撃ちをさせられる羽目になるとは。
流石に自慢の部下に対抗出来るほどの脅威ではないだろうが、それだとしても厄介であることに間違いはない。
警戒しなければならない〝刺客〟は出来れば一人が良い。それが主人らの偽らざる本心であった。
「はい。話に聞いていた通り、面白い方でした」
「そうか。それはなにより」
前にも別の部下が相対していたが、その部下達からの評価もまずまずであった。
やはり単純な「武力」とは別の強みを有する者は誰であろうとも厄介だが、面白い。
部下の報告と言うよりも雑談に近い話を聞きながら、主人は未だ見ぬ〝アレ〟――に思いをはせる。
「……私たちが逢う日も、そう遠くないかもしれないな」
そんな主人の呟きを聞き取り、報告という名の雑談を終わらせた部下は、表情を引き締める。
「……では、いよいよですか」
「ああ、多少計画から逸れてはいるが、十分許容出来る範囲だ、第二段階に移行する」
「皆にそう伝えます」
「頼む」
「御意」
部下が立ち去るのを見送った後、主人は椅子に座ったまま姿勢を崩す。
かつての仲間が見れば顔をしかめるであろうその行儀の悪い座り方を見た人には、それが大量虐殺の立案者であるとは到底思えないだろう。
それでも、主人の立てた案に沿って、今から敵味方共に多数の犠牲者を出す作戦は既に動き始めている。
もう後戻りは出来ない、突き進むだけだ。
互いに伏せていたカードをこちらが切った以上、あちらも対抗してくるのは間違いない。
初手で稼いだ有利などあっという間に覆され、確実に夥しい被害が出る。
事態の深刻さを真の意味で理解している者は、敵にも味方にも自分以外はいないだろう。
他者を馬鹿にしているのではなく、それは純然たる事実だ。
ぬるま湯に浸かり続けたツケは、いつか払わなければならない。
その貧乏くじをたまたま今引いてしまった、ただそれだけに過ぎない。
それでも、出来る限りのことはした――したはずだ。
自分は与えられた使命の中で、取り得る最善の方法を選択した。
心からは自分を信じられずとも、信じてくれる部下や仲間のためにも絶対に成功させる。
そう自分を奮い立たせると、弾みをつけて勢いよく椅子から立ち上がる。
昔――子供の頃からの癖だ。
威厳がないだの、みっともないだの散々言われてきて隠してはいるが、何年経っても、どこへ行ってもこれだけは治らなかった。
それで良い。これでこそ自分だ。
我を忘れそうになった時でも、〝自分〟とは何か分からなくなった時でも、子供の頃の癖が自分の存在を繋ぎ止めてくれる。
今回も〝自分〟がここに確かにいると再確認出来た。
拳を握りしめ、気合いを入れて部屋を出る。
そこには四人の側近を含めた部下達が揃っていた。
彼らを従えて外に出ると、主人の率いる軍が整列している。
どの兵の目にも主人への尊敬と信頼が表れ、その顔には一切の疑惑も不安もなかった。
その信頼に応えるように彼らに頷くと、ゆっくりと語りかける。
「今回の主役は我らではない。しばらくは暗躍が続くことになり不満に思うこともあるだろう。だが、どうか私を信じて欲しい。諸君らはこの時のために時間をかけて集めた精鋭だ。間違いなくその力が必要となる」
「ふぉっふぉっふぉ」「有難きお言葉」「照れるぜ、まったく」「……感謝を」
主人からの言葉に対し、次々に喜びの声が上がる。
それに手を挙げて応え、主人は演説を続ける。
「我らは必ずや勝利を手にする。目に見える状況がどのように変化しようとも、理解を放棄した愚か者に我らが敗北するなど有り得ない」
「「「「「「「おぉ!!」」」」」」」
「理解を拒み、己に都合の良い〝真実〟しか受け入れぬ愚物共を下し、最後に笑うのはこの私だ! 我らだ!!」
「「「「「「「うぉおお!!」」」」」」」
「私に従え! 私を信じよ!! 私が諸君らに勝利の栄光を約束しよう!!!」
高らかに宣言した。
聞く者が聞けば、その中にわずかな含みを感じ、引っかかったかもしれないが、この場には主人に心酔した者しかいない。そんなことを気にする者など一人もいなかった。
最高潮に達した兵達は口々に主人を讃えだす。
「第七軍長、万歳!」
「「「「「「「万歳!」」」」」」」
「閣下に栄光あれ!」
「「「「「「「栄光あれ!」」」」」」」
「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」「万歳!」
大歓声に応える主人――魔王軍第七軍長は、そのまま高らかに宣言する。
「今こそ猿共に打ち勝ち、あの忌々しき神々から我らの世界を取り戻す時だ!!!」
「「「「「「「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」」」




