85 蘇ったもの②
「――さて、そろそろ姿を現してもらおうか。なぁに心配するな、悪いようにはしない」
「誰がそんな言葉を信用するものか。虚仮にするのも大概にすることだな」
僕の呼びかけは変な邪推をされた挙句、無視されてしまった。
こちらにそんな意図は全くない。
そう聞こえたのなら謝るが、そもそも穿った見方をし過ぎだと思う。
こちら側が圧倒的に優位に立っていて、こんなことを言い出したのなら虚仮にされていると感じるのも分からなくもないが、生憎とそこまで優位に立っているとは言い難い。
むしろ、苦し紛れの発言だ。
こっちは悪いようにしたくとも出来ない状況なのだ。
正直、とっとと出て行ってほしい。
もちろん、今後のことまで考えればここでヤっとくべきなんだろうけど、それはいくらなんでも状況が見えてなさすぎる。
……て言うかそもそも、
「閣下、ごぶずばぁ」
駆け込んできた兵士が瞬く間に倒れた。
これで何人目だ?
最低でも一人は捕まえたってのに、全く攻撃が止む気配がない。
一応人質みたいな感じになってるはずなのに、全く考慮している様子はない。
それだけこちらを舐め腐っているのか、それともこの粘槍に貫かれている奴を信頼しているのかは知らないけど、なかなかに思い切ったことをするもんだ。
まぁ、僕としてはどうでも良いことだ。
既に捕えた一体に追加の粘槍を突き刺しつつ、粘手による捜索は続ける。
「扉を閉じろ! 中は私がなんとかする。誰も入れるな!」
室内の人数には限りがある。全員殺したら、もう用はないだろう。
僕のところに集まってくれればいかようにも対処出来る。
……まぁ、それを絶対に許さないだろう連中がまさに目の前にいるんだけど。
「ふざけるなぁ!! 我らを見殺しにするつもりごゃぁ」
惜しい、あとちょっとだったのに言い切れず死んじゃった。
そう、何故か指揮所の中に性懲りもなくこびりついていた大ダニだ。
武装すらせずに奥にいたところを見つけられて殺されそうになっている――殺されているらしい。
ここにいるということは武官、もしくは武寄りの貴族家の奴らなんだろうが、見た目からはそんな感じは全くしないな。反乱が起きたら五秒で殺されそうなタイプだ。
要するに見るからに弱そう、と言うより弱い。
まぁ、正直どれだけ死んだところでなんとも思わん。
もはや「ざまーみろ」的な感情すら湧かない。奴らの生死に興味などない。
当然声にならないSOSなど無視だ。
助ける価値があるのかどうかは分からないけど、助けたくないので助けない。
――根源的なゴミ共への嫌悪感から少々辛辣になっているが、自分では抑えられないものなので許してほしい。
……さてと、奴らが時間を稼いでいる間に、こちらも何かしら手を打つか。
流石にこのまま手をこまねいているわけにはいかない。
「くぅえいや」
とんでもない顔で貴族の一人がこちらに倒れてきた。
咄嗟に避けてしまったが、残念ながらコイツに構っていられる場合じゃなさそうだ。
わずかに感じた気配を元に攻撃されそうな箇所に〈硬化〉を張って防御する。
結果は、ギリギリ耐えた。
危ねぇー、どんだけ鋭いんだよ、コイツら。
ピンポイント〈硬化〉でギリギリとか、とてもじゃないがまともに相手取りたくないわ。
『スキルレベルアップ条件を達成しました。スキル〈貯蔵〉LV4→LV5にレベルアップしました』
とんでもないタイミングで〈貯蔵〉のレベルが上がった。
思わずドキッとしちゃったじゃないか!
いや、マジで心臓に悪いわ。僕に心臓(ry
「くっ、だぁ!」
「させるか!」
僕が勝手に動揺しているどさくさに紛れて粘槍から脱出しようとしている不届き者を発見したので、追い粘槍を刺しておく。
さっきからずっと粘槍を突き刺して〈強酸〉とか〈麻痺毒〉とか流し込んでるんだけど、全くくたばる気配がない。
なんなら、刺さってると思っていると僕が思い込んでいるだけでとうの昔に脱出されている可能も普通にある。
今も脱出を阻めたと思っているだけで、実は脱出に成功されているかもしれない。
もしくは、脱出されそうだとか勝手に思い込んでいるだけで全くそんな事実はなく、大人しく刺さったままだったのに更に一本追加されたのかもしれない。
うーん、全く分からん。
目に見えないからなんとも判断がつかん!
人間態ならともかく、スライム態ではこれ以上近付けない。
さっき人間態の時に足首とかいかれたので、スライム態に変えたんだけど失敗だったか?
〈浮遊〉は操作が難しいから使えるわけないし、〈縮地〉はこの室内で使ったら壁にぶつかる危険性がある。
……思いの外僕って弱点多いな。使い勝手悪いぞ。
「ええい、ままよ!」
思い切って人間態になり、それと同時に粘槍を貴族共が襲われている方面へ放つ。
貴族に刺さったらメンゴ、見えざる敵さんに刺さってくれたらラッキーくらいのつもりだ。
その間に粘槍で地面に縫い付けている奴に近付く。
まずはコイツをどうにかして視認しよう。
……実は正体にある程度の当たりはついているんだけど、それにしてはあまりにも性能が良過ぎるので、ちょっと自信がなくなっている。
僕が知る限り、奴らのこのスキルはそこまでの性能はないはずなんだよなぁ。だから、それに特化した別の種族の可能性も全然ある。
地面の影に潜っている以上、そこに絶対いるという確信は持ちようがない。
だから、別の方法を考える必要がある。
「というわけで先ずはこれだぁ!!」
近付くや否や〈衝撃付与〉をかけた粘手を振りかざし、その影のある周辺の地面を抉り取る。
結果は――
「なにが『というわけで』だ!!」
――ビンゴ、大当たりだ。
影から別の影が飛び出してきた。
声的に女、それも若い女だ。
まぁ、性別も年齢もどうでも良い。問題はその正体――種族だ。
影から出てすぐに別の影に潜られては意味がないので、周囲の地面も次々に抉り取る。
これではおちおち飛び込めないだろう。
そこへ〈粘槍〉を放ち、見事足に命中した。
これで見失う心配も、取り逃がす心配もなくなったな。
「くっ、『炎kぶげぁは」
「させるわけないだろうが」
魔法を放とうとしたので喉を〈斬撃付与〉粘手で斬り裂き、妨害する。
傷自体はすぐさま再生したようだが、魔法を再度繰り出そうとするそぶりはない。
ますます僕の予想が当たっている気がしてきたんだが、未だ断定は出来ない。
「――あまり私の部下を可愛がらないでほしいものだな」
「⁉︎ くぅあっ、かっ」
胴体が真っ二つにされたかと思うと別々の方向へ投げ飛ばされた。
全く気付かなかった。声をかけられるまで全く。
二つに分かれた僕は別々の地面に叩きつけられた後、更に何かに串刺しにされた。
……言うてスライムなんで、見てくれが人間だろうがなんだろうが二つに分かれた両方で周囲を視認出来るし、音も聞こえるし、他の感覚も――味覚以外は――全てある。
だからまぁ、分かっちゃったよね。
僕を貫く紅い槍。
どう言う仕組みか全く分からないけどかなり厄介な影に潜む謎の能力。
切断された喉を一瞬で治すほどの強過ぎる再生力。
〈硬化〉有りでもギリギリなほどの高い攻撃力と目にも止まらぬ速度――戦闘能力。
これから導き出されるコイツらの正体は――
「……戦うのは二回……いや三回目か。気が進まないな」
――吸血鬼だ。マーガレットとミモザ以来の。
◇◇◇
「……チェンジで」
「なにを言っている」
仰る通りで。
でも、出来れば今は吸血鬼とはやり合いたくないな。それも最低四体。下手すりゃ更に増える。
ルカイユからの報告に合った奴ら――〝フード女〟かその一派――だろう。掃討を潜り抜けてきたようだ。
今の状態でも普通に生活する上でなら特に困りはしないけど、こっちに僕も僕もいるから、あちらはほとんど戦闘不能だ。
『分体統括』なら遠隔操作は可能なんだろうけど、「核」の入ってない分体にどこまで出来るかは……未知数だな。
「どうした、何もせんのか?」
「……こうしといて、酷い言い草だな」
「はははっ、それもそうか」
どうも〝フード女〟で間違いなさそうだな。
最悪だ。
ルカイユの分析の通りなら、コイツはただの吸血鬼ではなく、その上位種。
体感的にマーガレットみたいに弱点を克服しているわけではなさそうだから――フードも被ってるし――上位吸血鬼ってところか。
なんにせよ、ヤバいのに変わりはない。
「お前が動かぬのなら、こちらとしても好都合。その間に間引かせてもらおう」
おいおいおい、なかなかに物騒なこと仰るじゃねぇですか。
都市内の亜人の掃討はかなり進んでいるので、残存兵力を結集すればコイツらにも対処可能ではあるだろうが、ほぼ防ぎようのない奇襲な上に油断しているとなれば初手でだいぶいかれるだろうな。
気付いたら都市長も聖女様もいなくなってるし、外でなんとかしてくれてると良いんだが。
……てか、マジでいつの間にいなくなったの? 全く気が付かなかった。
にしても、コイツ僕を真っ二つにしてからなんもしてこないな。
僕が〈自己治癒〉持ちだと知らないとしても、真っ二つでぴんぴんしてる(ように見える)ってのにこれ以上攻撃してくる気配は微塵もない。
なんか不気味だな。
いったいなにを企んでいやがるんだ?
「戦士長、見つけました」
「そうか。よくやった」
そこへ入ってきたのは吸血鬼(仮)の五体目だ。
なにを見つけたんだ?
わざわざフード女――「戦士長」とか思いの外厳つい肩書きだな――に口頭で伝えにきたからにはそれなりに重要な事柄なのだろう。
コイツらが探しているとなると、候補は限られてくる。
……どれだとしてもこちらとしては困るな。
ふぅ、仕方がない。そろそろ動くk……ん? ちょっと待てよ。
〈念話〉なりなんなりもっと手っ取り早い伝え方があるってのに、わざわざ口頭で報告しにきたのはなんでだ?
……いや、違うな。わざわざ聞かせにきたんだ。僕に。
マズい、嵌められt
「ぎゅぷえっ」
「ふっ、流石、と言っておこうか?」
皮肉にしか聞こえねぇよ、このクソアマが!
奴らの報告を聞いて動こうとしたまさにその瞬間を狙って槍が抜かれると同時に特大の一撃をお見舞いされた。
抜け出そうとしているタイミングで先に抜かれると、支えを失ってバランスを崩すもんだ。
そこへこの一撃だ。
おそろしく速い拳、僕でなきゃ殺されちゃうね。
……まぁ、冗談を言っていられるうちは未だ大丈夫だ。
爆発四散した粘体をかき集め、人間態をとる。
「ぱぎゃっ」「ぴぐぁ」「ぷちん」「ぺけへっ」「ぽろてんっ」
正確にはとろうとして失敗した。
吸血鬼五体から放たれた無数の〝紅い剣〟が僕の粘体を突き刺していく。
別に「核」さえ無事なら再生自体は可能だから、粘体なんて最悪破棄しても良いんだけど、その場合粘体が消えるまでそのHP分弱体化しちゃうんだよね。
普段ならそういう粘体は消して、新しく作り直すから無問題なんだけど、今は消せないんだよね。
どうも前回の槍と違って、今回のあの〝紅い剣〟で貫かれた粘体はこっちこら操作出来なくなるっぽい。
……なにかしらが付与されている可能性は高いな。
だから、粘体の足りない弱体化状態で戦うしかない。
で、ここからが最大の問題点。
そう、この〝紅い剣〟、『本体』が入ってる粘体も貫いてんだよね。
ギリギリ『本体』の近くなら操作可能だけど、こんなんじゃ身動きすらまともに出来ない。
『分体統括』の方は逃げ切ったっぽいけど、あっちで操作出来る粘体をかき集めても大したことにはならなさそうだ。
第一、新しく粘体を作り出せるのは『本体』だけだ。
粘体を割いて分体を作り出すのなら『分体統括』や『ルカイユ』でも可能だけど、〈自己治癒〉以外の方法で粘体を増やせるのは僕だけだ。
……まぁ、そんな仕様だからこそ今まさに困ってんだけど。
「さて、出すものを出してもらおうか。我らはそれさえ戻ってくればすぐにでも引き下がろう」
「……あいにく、タマ◯ンの持ち合わせはないな。他所を当たってくれ」
せめてもの抵抗だ。下ネタを放り込んでやる。
今まで見てきた展開だと、だいたいこの手の強い女はそっち方面の免疫がなかったりすることがないわけではないこともなかったような気がしないでもなくはないので、ワンチャン動揺を誘えるかもしれん。
「つまらん冗談は良い。分かっておるのだろ? 引き伸ばしても互いに不幸になるだけだ」
全然、これっぽっちも、一ミリも動揺することはなかった。
……うん、知ってた。
こうなれば一か八かだ。
「〝亜人指揮官の首〟と〝『転移陣』の欠片〟、どっちがお目当てだ?」
「? 当然両方だ」
……へぇへぇ、僕が出せるカードは全部切れってかい。わぁーりやしたよ。
前回の反省からしっかりとどめを刺した上でバラして分体に〈貯蔵〉させてたんだけど……仕方ない、出すか。
〈貯蔵〉は当然『本体』のスキルなので、僕の分体全体で――一部例外を除いて――共有している。
よって、分体があちこちで〈貯蔵〉した亜人指揮官の首もこっちの方で取り出すことは可能だ。
……せめてもの嫌がらせに色々仕込んでやろっと。
これを欲しがってる理由は分かってる。
この様子じゃ僕の予想は当たっていたようだな。
魔王軍の蘇生には遺体が必要なのだ。
人族の使う蘇生魔法も遺体は必須だし、その点では同じなんだけど、どうも根本的に違う気がするんだよね。
上手く言語化は出来ないけど、こっちより遥かにお手軽に、でも相当な代償を支払ってる感じがする。
それだけ今回の侵攻に本気だってことなんだろうけど……この感覚は覚えておこう。
問題はもう片方――〝『転移陣』の欠片〟の方だよ。
普通に考えて、渡して良いわけないよね?
偽物を渡すってのもアリっちゃアリなんだけど、後々のことも考えると普通にナシだな。
とは言え、渡せばヤバいってことは言わずもがなだ。
さて、どうしたものか。
「首なら渡してやる。それで手打ちには出来ないか?」
「無理だな。せっかく遊びにきたのに手ぶらで帰るのだ。せめて土産の一つや二つくらい、持たせてくれてもバチは当たるまい」
なんだそのクソ論法は。聞くわけないだろ。
でもまぁ、急いでそうなわりに話に付き合ってくれてることは嬉しい誤算だな。
僕は今、「核」を中心に少しずつ粘体を広げていっている。
気分はさながら、看守の目を盗んで穴を掘り進める脱獄囚だ。
少しずつ、一瞬だけ支配権を取り戻した粘体に〈破壊付与〉して〝紅い剣〟(の根本)ごと消去し、そこへ新しく作った粘体を押し込む。
バレたら追加を撃ち込まれて御破算だけど、やらないよりは遥かにマシだろう。
よって、やる。
「『聖女』も寄越せ、と言わないだけ良心的だと思うがな」
「嘘をつけ。『聖女』様まで持っていかれたら流石に教皇国が黙っていない。他の戦線など無視して全戦力で貴様らを追う。ただの保身だろ?」
亜人の蘇生は能天気なバカなら気にも留めないだろうし、『転移陣』だって本元を押さえていれば大丈夫、なんて甘い考えのアホもいるだろうが、『聖女』様を拉致されたとなると話が変わってくる。
『聖女』様は十中十で自害に近い死に方をするだろうし、『勇者』に『十四聖典』が確実に下手人をこの世から抹消する。
戦争に勝っても旨みがないんじゃ魔界も納得はしないだろう。
これはこの局面では使えない手だ。
――戦闘中に不慮の事故で戦死することは仕方なくても、撤退時に連れ去られることは許容出来ない。なんとも難儀な連中だこと。
「『転移陣』は諦めろ。僕の権限じゃ好きには出来ない。ついでに僕は持ってない」
「場所くらい把握しているだろう」
「それはそっちのが詳しいんじゃないの? 僕に聞くなよ」
「この戦力では力技は難しいから、こうしてお前に頼んでいる」
「これが? 人様にものを頼む態度か?」
「お前は人様ではないだろ?」
「揚げ足とんなよ。モテないぞ?」
ヤバいな。
この女、案外僕と気が合いそうだ。
戦場で出会っていなければ、友達になれていたかも……と言いたいところだが、それはないな。
人見知りの僕が仕事以外で異性とまともに会話出来るわけがない。
……僕が「男」かどうかは一旦置いておく。
とは言え、楽しいトークタイムもこれで終わりだ。
一撃離脱戦法ならワンチャンあるくらいには粘体が広がった。
すぐに決行する。
時間はあまりない。
第一に、外からの救援が来る気配がない。
と言うより僕ら以外の存在がまるで感じられない。
〝紅い剣〟の影響か、それとも全く関係ないのかは分からないけど外にいる(はずの)ルカイユとも連絡が取れない。
一刻も早く脱出してこの目で現状を確かめなくては。
第二に、元々根暗陰キャの僕にそこまで会話の引き出しがあるはずがないのだ。
端的に言うとそろそろ会話がキツくなってきた。
その意味でも一刻も早く脱出しなくては。
「そういうお前はそれ以前の問題のようd、がっ」
「アディオス」
個人的には日本人に蔓延している誤用じゃない本来の意味で言ったつもりだ。
もう二度と会いたくはない。
〈縮地〉で足元をすり抜け、全力で入口を目指す。
その際にありったけの〈強酸〉と〈麻痺毒〉を撒き散らすのも忘れない。
名前は忘れたけど、この噴射の勢いで更に加速したらラッキーくらいの気持ちもこめられてる。
この一撃離脱特化フォーム――なんともダサいネーミングになったのは、ひとえに僕のネーミングセンスの無さ故だ――は〈疾風〉を最も効率良く使えると思って作った形態だ。
前世のうろ覚えの知識から作った試作品はゴミカスみたいな結果になったけど、コイツのおかげでラポンからシナラスへ一日で辿り着けたところは無きにしも非ずだ。
……まぁ、この手のフォームにありがちな「真っ直ぐにしか進めない」とか「トップスピード時には操縦が効かない」とか大方のお約束は全部こなして、その所為でだいぶ時間を喰ったのも事実だが。
なんにせよ、この一撃離脱特化フォームがスピード重視に仕上がってるのは確かだ。
一撃でも喰らえば終わりだが、念の為に三段階に渡って後部を切り離せるようにしてある。動かなくなったとこを素早く切り離せれば、スピードを落とさず駆け抜けられるだろう。
因みに、三段階なのはなんとなくそれがしっくりきたからだ。別に何段階でも良い。
フード女以外の吸血鬼が動き出したが、どいつも一段遅れている。これなら逃げ切れるかも……?
「ったぁ⁉︎」
危ねぇ、まさに僕の進路上ドンピシャに〝紅い槍〟が立て続けに降ってきた。
ギリギリで〈回避〉が間に合ったけど、危うく正面から突っ込んで終わるとこだった。
やはり、油断したらダメだな。
しかし、当たらなかったのだからどうと言うことはない。
いくらギリギリだったと言っても、避けたのは事実。僕にはかすりもしていない。
入口までは体感で後一秒ってとこだ。
当然気を抜く気は一切ないが、ギアを上げラストスパートをかける。
指揮所の入口は簡易とは言え扉がついている。
吸血鬼に制圧されてからは閉め切られたままだ。
ここが最後の関門だな。
別に突き破っても良いけど、どう足掻いてもスピードは落ちてしまう。
ならやるべきことは一つだけだ。
考えてみてほしい。
扉というものは、古今東西千差万別だが一つ共通していることがある。
僅かだが、隙間が開いているのだ。
そこがなきゃ扉は開かないのだから、当然と言えば当然だ。
――宇宙船とか、核シェルターとかは違うのかもだけど、そこは一旦無視してほしい。指揮所の扉はそういう特殊な感じじゃないオーソドックスな内開きだ。
でまぁ、僕がなにが言いたいかは……分かるよね?
扉に接近した僕は一撃離脱特化フォームを解き、薄っぺらくなって扉と地面の接触面へ滑り込む。
おし、逃げ切った。
見事扉を開けることも壊すこともなく通過し、外にいるありったけの分体を呼び戻そうと指令を出しつつ、現状を自分の目で確かm
「ぷぎゃっ」
突然踏み潰された。
「核」はなんとか無事だったが、めちゃんこ綺麗に足跡をつけられてしまった。
しかも、薄っ広くなってたもんだから、なんとびっくり両足分である。
そんな僕に屈辱的な跡を刻んだ足の主は、僕には目もくれず扉を勢いよく開いて叫ぶ。
「大変です! 奴らが――」
何故そんなに慌てていたのか、その先は聞くまでもなく分かった。
明らかにさっきまでとは景色が一変している。
亜人は掃討され、都市内各所の市民の状況を把握するために騎兵が動き回り、負傷兵が運ばれている以外は特に動きはなく、戦闘終わりの弛緩した雰囲気が漂っていたはずだ。
なのに、現在は目に入るあちこちで戦闘が起きている。
負傷兵の収容も中断され、あちこちに置き去りにされてしまっている。
帝国兵、『聖軍』、修道騎士、帝国騎士が、所属に関係なくほとんど全員で眼前の敵と戦っている。
都市内の亜人は僕の分体で掃討したはずだ。こんなに残っているわけがない
しかし、実際問題として戦闘は起こっている。
そして、分体との連絡が取れなくなった理由もすぐに分かった。
信じたくはないが、どうやら――
「――亜人共が暴れ出しました。奴ら都市を焼き払う気です」
――僕の分体は亜人に敗れたらしい。