84 蘇ったもの①
――じゃあ、状況説明してくれる? 僕
〔御意のままに、僕〕
僕――神獣は久方ぶりに出会った気がするルカイユから報告を聞く。
シナラス含め六都市同時襲撃の報告を受けて急いで来たわけだが、想像よりヤバい状況だな。
打つ手打つ手がどうも一歩遅かった感が強いな。
文字通り、終始手のひらの上で踊らされ続けていたと言うか……
……どうも怪しいな。僕らの把握していない〝なにか〟が裏にありそうだ。
〔――それじゃ、報告はしたからな。僕は隊に戻るよ〕
――待て待て、君はもう少し外にいてくれ。先に僕が隊長達と話す。
報告を終えたルカイユが立ち去ろうとするので、慌てて止める。
せっかく〈念話〉より安全で確実性の高いパスを持ってるんだから、同じ場所に二人いる必要はないだろう。
〔……それが命令とあらば〕
若干拗ねちゃった気もしないでもないが、まぁ元は僕だ。多少粗雑に扱ったところで問題ないだろう。
ルカイユには城の外で待機していてもらうことにして、僕は分体が掃討した道を伝って都市中央部に足を踏み入れる。
後ろにはラポンから連れてこられた、と言うよりついてこられた〝赤い神殿兵〟が五人だけついてくる。
……残りは残念ながら戦闘不能だったので置いてきた。
先程までかなりの激戦が繰り広げられていたのだろう。辺りには帝国軍の兵士と思われる遺体が散乱していた。
そして、それに比べれば圧倒的に少なくはあるものの亜人の死体も……おっと、忘れるところだった。
さっきルカイユから受けた報告を元に立てた仮説に基づき、『分体統括』を通じて都市中に放った分体への命令を追加する。
これでひとまず大丈夫だろう……たぶん。
仮に予想が外れてても、僕にとって損は無いし、まぁ良いや。
亜人無限湧き疑惑は別のアプローチを試せば良いだけだ。
「『神獣』が来たと指揮官に伝えてくれるか?」
「はっ、たっただいまっ!」
近くにいる中で比較的元気そうで、多少は階級の高そうな奴を選んでそうお願いする。
疲れている人に面倒ごとを押し付けるのは論外として、階級が低すぎると指揮官のとこに辿り着くのに時間がかかりそうだ、という判断もある。
待っている間に、シナラスの外に配置している分体の様子を調べる。
さほど多くもないHPを割いて作ったそこそこの性能を誇る分体(達)だ。それに見合うだけの成果を出してほしい。
彼(?)らに「核」は搭載していないので、帰ってくる報告は『分体統括』や『ルカイユ』とは比べものにならないほど味気ないものだ。
まさしく機械的な感じだね。
ともかく、その分体達の報告によれば、とりあえずこの都市を目指して進んでくる敵の新手はいないようだ。
ひとまず安心しても良いかな。
「『神獣』様!」
「ん? 都市長殿か。たしか……」
「はい。シナラスを預かっておりますカストディオ・マッケロウでこざいます」
僕を出迎えたのは、思いの外高位の人物だった。
……ヤバいな。本気で名前忘れてたわ。危うく変な名前で呼ぶところだった。
「そうだったなマッケロウ卿。カストディオ卿の方が良いのか?」
「皆の緊張をほぐそうとのお心遣い、誠に恐れ入ります。ですが、このような状況下ですので一刻も早く本題に入りたく思います」
……結構本気で聞いてたんだけどなぁ。まぁいっか。
見たまんま、シナラスには余裕はなさそうだな。
都市長に若干急かされながら僕は指揮所に入った。
そこには恐らくシナラスの守備隊の士官であろうおっさん達と、『聖軍』の指揮を執っている軍司祭やら軍司教やらと思われるおっさん達、そして――
「『神獣』様……よく駆けつけてくださいました。お礼申し上げます」
「……聖女様、お久しぶりです。ご無事でなによりです」
――『聖女』様がいた。
次々に挨拶してくるおっさん共に適当に返事をし、聖女様にもう一度向き直る。
「この様なお見苦しい姿で申し訳ございません」
確かに、聖女様の装束は土埃と飛び散った血やなんやらでお世辞にも綺麗とは言えなかった。
でも、儚げな聖女様の美しさに疲労がプラスされたことで、人によっては更に美しくなったと感じるのでは無いだろうか。
「なにを仰いますか。都市が攻撃を受けて綺麗な格好のままである方がよっぽど恥ずべき状況ですよ。上に立つ者として民を守るため動いていないということなのですから」
……おい、お前らに言ってるんだぞ。ちゃんと聞いてるか?
残念ながら僕の皮肉は指揮所の奥に集まっていた貴族共には通じなかったようだが、まぁ良い。奴らのことなんて今はどうでも良いや。
「ある程度の状況のあらましは既に聞いています。見たところかなり戦況は悪かったようですね」
「はっ、お恥ずかしい限りです」
なにを恥じているのかは知らないが、その言葉にどこか他人事めいたニュアンスを感じ取り僕は不快になった。
まぁ、今は僕の個人的(個スライム的)嫌悪感などどうでも良い。
「神獣様、我らをお救いいただき感謝の念にたえません」
「当然のことをしたまでですよ」
……お前らのためにやったわけじゃないし。思いあがんな。
「ですが、あまりにも早くはありませんか?」
「……と言われますと?」
「襲撃の報があってからどれだけ急いでもラポンからシナラスまで一日足らずでは達しえません」
コイツの言っていることは分からんでもない。
確かに、あの距離を一日で来るのは信じられないだろう。
シナラスとラポンとの間は2ゴドーある。
「ゴドー」が正確にどのくらいの長さかはよく分からないけど、半ゴドーが一般的な旅人が一日で進める距離らしいから仮に半ゴドーが30kmとすれば、2ゴドーは120kmってところか。
そう考えると、結構遠いな。
自動車やら鉄道やらがあれば別かも知れないが、この世界にその手のものは存在しない。
『転移陣』という便利なものがあるせいで移動手段の大幅な改善・改良は遅れているようだ。
120kmを一日で踏破するのは不可能という扱いなのも頷ける。
しかも、僕は五人とは言え神殿兵を連れてきている。彼らはぱっと見――ただのではないかもしれないが――人だ。
……実際、彼らの正体――第三聖典――をもってしてもこれは不可能だろう。
一時的になら時速5kmくらい出すことは可能だろう。
でも、それを二十四時間継続するのは不可能に近いだろう。
なんせ、街道は舗装されているとは言っても石畳だし、今は避難民でごった返していて到底全力疾走など出来ない。
山越えなど論外の極みだ。下手すれば死ぬ。
人間が持久力に優れていると言っても限界がある。
『火』はそれを伸ばすスキルくらい持ってるかもしれないが、残念ながらそんなものでどうこうなる距離じゃない。
確か一人の人間が頑張って一日で歩けるのは最大50kmくらいだったはず。二倍以上の120kmとかもう異次元だ。
しかし、残念ながら(?)僕は人ではない。
疲労を知らないアンデッドであり、速度能力値24000超えのゾンビシーフ(スライム)のゲイルさんだ。
山越えどころか〈浮遊〉で浮いて一直線で駆けつけた。
……途中色々迷ったりしたのは秘密だ。
飛ばし過ぎると変な方向に行ってしまう上に止まらないとは。次から気をつけよう。
五人は〈貯蔵〉で体内に納めて輸送した。行きと同じだ。
この方法ならもっと大勢連れて来れないこともなかったが、第五大隊はラポンの管理のために残してきた。
負傷者も多かったし、そっちのが絶対良いと判断した。
……そんな感じのことをかい摘みながら説明すると、一応納得はしてくれたみたいだ。
「……神獣様は、それほどお速いのですか」
「ええ、少なくとも貴方達が見たことないほどの速度は出せるでしょうね」
なんかめっちゃ自慢したい奴みたいになるので、このくらいで終わらせときたい。
「私のことはどうでも良いんですよ。現状の残存兵力はいかほどなのです? 都市内の敵の掃討は私の分体が行っているので、その兵力によっては即座に出陣したいのですが」
なんせ襲撃を受けたのはここだけじゃない。
アサリ、ヒーフラ、トンフ、スティカ、ナティの五都市も襲撃を受けた。
『聖女』様を奪われる危険性と重要度からシナラスに駆けつけたが、他の都市も落とされると困る。助けに行かないと。
「シナラス守備兵が四千、『聖軍』一千、『青海の騎士団』第一・第四大隊が二百……」
「それは当初の数でしょう? 今はどのくらい減ったのですか?」
「それは……」
「……聞き方を変えましょう。……どのくらい残ったんです?」
先程から僕に尋ねたり、逆に僕の質問に答えたりしているのは都市長ではなく守備隊の士官達だ。
今は言いにくそうに黙りこくっている。
気持ちは分からんでもないが、別に怒るわけでもないしとっとと言ってほしいんだが。
「守備兵は二千を少し切るほど、『聖軍』は六、七百。修道騎士はほぼ無傷だった第四大隊が先程大損害を被りましたので、なんとか百に届くかどうか……と言ったところでしょうか」
「……つまり、ほとんど全滅に近い、と?」
「左様ですな」
なにが『左様ですな』だ。
想定よりヤバいじゃないか。
これが戦闘可能者の人数なら良いけど――いや良くはないんだけど――生存者の人数ならもっと少なくなる可能性まであるじゃないか。
この都市を保たせるだけなら僕はだけでどうとでもなるが、僕もあちこち行けるわけじゃない。
この規模の分体を操るには、やはり現場に『分体統括』がいないと話にならん。
『分体統括』と『本体』を分けても良いけどそうなれば戦闘力は単純計算で半減だ。
一度に操れる分体の数の減少まで考えれば四分の一以下まで落ちるだろう。
――残念ながら『ルカイユ』には大規模な分体の操作権限はない。
容量も既に一杯一杯だ。新しく与えるとなると、あの身体を維持出来なくなるだろう。
それはダメだ。
……最悪、聖都に置いてきた『――』を呼び出せばなんとか……いや、それは最後の最後の手段だ。
となると、僕が一度にどうにか出来るのは一都市だけ。
それに、なんかよく分からん奴がいきなり来て亜人を皆殺しにしていったら怖いだろ?
やっぱりそれなりの数の軍が助けに来た方が士気も上がるし相手にもインパクトがあるはずだ。
――僕はお世辞にもインパクトのある姿じゃないしね。
「……施設の被害は? 既に奪われたと思われる方面へは分体を向かわせてはいますが」
南門と東門の間の城壁のどこかに登られた可能性が高いとの報告は既に受けている。
今のところ城壁上に亜人は――生きている亜人はいないようだが、ルカイユが把握していないだけで他にも陥落した施設があることは十分にありえる。
都市中央部の目前まで攻め込まれていたのだ。守備兵力も十分とは言えないだろう。
「四方の門は損傷大なれどもいずれも健在であります」
「警邏隊、都市守備隊の屯所は一部占拠されていますが奪還は容易です」
「神獣様のお手を煩わせることはないかと」
「そうですか……では最後に人的被害です。兵以外でどれだけ死んだのですか」
当然、これが一番重要だ。
市民に多大な犠牲が出ているのなら、他都市救援の軍は更に縮小せざるをえない。
少なくとも『聖軍』は動かせない。動かすことなど許されないだろう。
都市自体の被害も相当のものである以上、復旧に多数の兵が必要なのは理解している。
その上で更に市民の被害も甚大となれば、当然そのケアもしなければならない。
損傷の激しい城壁と傷ついた軍が守る弱りきった都市など、格好の獲物だ。
そんな重要な質問に対し、答えたのはまたもや都市長――ではなくその横にいた髭の濃いおっさんだった。
「市民、避難民ともに被害は軽微です。中央の一角に匿っております」
「なにを申されるか! それは一部の市民だけでしょう! 大部分の市民は中央にも門にも辿り着けておりませんぞ!!」
お? どっちを信じれば良いんだ……って、どう考えてもこっちだよな。
髭のおっさん――たぶんルカイユが言ってた厳髯公(笑)だな――に割り込んだのは、我らが『青海の騎士団』第一大隊長ルーカスだ。
僕が駆けつけた時には亜人に囲まれていたが、分体が掃討したことで戻って来られたようだ。
頭には血が赤黒く染みた包帯を巻き、騎士の一人の肩を借りてこの場に立っている。
とてもじゃないが「無事」とは言えないような状態だな。
そんなルーカスは、厳髯公(笑)の発言に明らかにキレている。
「ルーカス大隊長、詳しく説明を」
「大隊長に代わり、小官がご説明させていただきます」
「貴方は確か……次席参謀でしたか?」
「はっ、『青海の騎士団』次席参謀バルトレイ・リードリッヒ二等騎士であります」
「ではバルトレイ二等騎士、説明してください」
修道騎士の制服を来た長身の男が出てきた。
制服の状態を見るに、前線には出ていなさそうだ。
まだ厳髯公(笑)の軍服の方が汚れている。
なんかいけすかない奴だが、まぁどうでも良い。僕の個人的嫌悪感(以下略)
そんな次席参謀の報告によると、状況は想定を遥かに上回るほどにマズそうだ。
「推定ではあるが、建物の下敷きになった者だけでも数千人が死傷、亜人に喰われた者は分かっているだけで五百を超える……か」
なにが「軽微」じゃ、とんでもない被害じゃねぇか!!
口ぶり的に詳細は全く分かっていないようだが、そんな曖昧な情報ですらこのレベルの被害だということは、到底「軽微」などと呼んで良い程度の被害なわけがない。
本気でムカついたので厳髯公(笑)の鼻の穴目掛けて分体を飛ばす。
……こよりみたいにして皆んなの前でくしゃみさせてやろ。
「ぐはっちょん!」
◇◇◇
「『聖女』様がここにおられるところを見るに、治癒術師は魔力切れですか?」
「…………はい」
次席参謀の報告を受け、中央部周辺の亜人が掃討されたのを確認してから比較的無事だった騎馬隊を送り出して市民の保護を急がせた。
それを待っている間、何故かずっと黙りこくっている『聖女』様と都市長に話を振る。
……なんか僕が最上位者みたいな振る舞いになってるけど、本来ならだいぶ微妙な立ち位置だったりするので、一刻も早くこの二人には復活してほしい。
「都市内に医官は配置されていなかったのですか?」
「……少しはおりますが、この状況下で十分に機能する程では」
「……なるほど」
いや、マジでどうした?
なんでそんな元気ないんよ。
上に立つ者がそんな辛気臭い顔していたら、全体の士気に関わるでしょうよ。
聖女様はともかく、都市長はその見た目で戦闘の素人なんてこたぁないでしょうが。ちゃんとしてもらわなけりゃ困りますぜ。
……僕が内心でどんだけおどけて見せようが、外に出せないんじゃ意味ないんだけどね。
[神獣様]
そんな僕に〈念話〉が届く。
コミュ障にはキツい状況だったので、正直渡りに船だ。
――たぶん二つの意味で。
[見つかったか?]
[はっ、ご指定の瓦礫の下から発見いたしました]
[ご苦労。念の為、本体と合うか試しておけ。制止されたら眠らせて構わん]
[御意]
ルカイユの報告通りの場所に埋まっていたようだ。
とりあえずこれで心配事の一つは解消されたな。
後は市民の正確な被害を確認して――
「閣下! 書記官の方々が至急聖女様にお話があると」
「通s」
「私が聞きましょう。案内してください」
それはダメだろ。
駆け込んできた下士官にとんでもないことを言いそうになった都市長を遮り、強引に両者の間に割って入る。
このタイミングで聖女様にする話なんて片手で数えるほどしかない。
そして、その内容なんて聞かなくても見当がついている。
そして、それはどう考えてもこの弱りきった状態の聖女様に聞かせるべき内容じゃない。
僕の横入りに困惑の表情を浮かべた下士官だったが、都市長が頷くと大人しく僕を案内してくれた。
……やっぱり、あの様子じゃ本当に不調なわけじゃなさそうだな。何か隠し事でもあんのか?
「こちらです」
「ありがとう」
下士官に案内されたのは臨時指揮所の隣に作られていた書記官やその家族の待機所だった。
まぁ要するに、武官以外の都市中の貴族がここに集まってるわけだ。
「おお、お待ちしておりました。聖女s――誰だこやt、ひでこゃ」
早速無礼を働かんとする不届者がいたので、思わず捻ってしまった。
入室するや否や男一人を腕一本動かさずに捻った僕に、室内は騒然となる。
「だっ誰z、くきゅ」「追いd、ぐべっ」
追加で二人ほど転がすと、すぐに静まった。
やれやれ、この非常時にいつものノリを崩さないからこんなことになるんだ。
大人しくしておけば良いものを。
「それで? 『転移陣』なら使わせんぞ。他になにかあるか?」
「……」「……」「……」
今度はダンマリか。
面倒ごとはごめんだとばかりに、下士官は僕が捻った直後に姿を消していた。
よって、この室内にいるのは僕と貴族共だけだ。
武力で押さえ込もうにも、この数なら瞬殺だし、ステータス勝負なんて話にならん。
命令系のスキルは僕には効かないしね。
鍛えている武官ならともかく、文官如きに僕と戦って勝つなんてルートは存在しえない。
「他にないのなら、私から聖女様にお伝えしておこう。『文官達は自分達だけ後方で安穏としていることを恥じて出陣を望んでいるようです』とな」
「ばっ、なっなにを言うかぁ!」「我らに戦えと⁉︎」「ふざけるなっ!」
「ふざけているのはどちらだ? 民が今も苦しんでいるというのに自分達だけ逃げ出そうとは。それも門から堂々と出て行くのではなく『転移陣』でコソコソと」
――これは綺麗事だ。僕が嫌いな正論だ。
それでも、〝コイツら〟を見ていると心底腹が立つ。
前世でも下らない正義感を振りかざして馬鹿な真似をしたこともあったが、そんなものとは比べ物にならない。
なんなんだ、この衝動は。
〝コイツら〟のこういう姿を見るたびにどうしようもない程、ある欲求が湧き上がってくる。
自分ではもはやどうしようもない。
何度か行動に移しこそしたが、幸い大事にはならなかった。
結局〝コイツら〟は僕の想定を下回るほどのクズで、お話にならない程度の下らない存在でしかないのだ。
それでも、最後にこれだけは言っておかないとな。
このくらいは言ってもバチは当たらんだろう。
部屋を出る前に、色々ぶちまけた連中へ一言を言っておく。
「恥を知れ」
◇◇◇
「――南門周辺の敵の排除、完了いたしました」
「東門に集結させている馬車、準備完了です」
「よし。ならば第一陣を出発させよ」
指揮所に戻った僕は、市民の被害の報告を受けた。
予想を上回る被害は出ていたものの、一度動き出せば対処も迅速だったため、これ以上の被害拡大は抑えられそうだ。
その結果、当初の予定通り希望する避難民を送り出す準備が進められることになった。
その第一陣がもう出発するのだ。
ちなみに、この指揮を執っているのは僕ではなく都市長だ。
僕が戻ると何故か復活していた。
意味分からんが、まぁ不都合はない。
都市は本来の指揮系統で着々と動き始めている。
「神獣様。教皇国軍の指揮権はお返しいたします」
「了解しました」
都市長が握ってたことすら初耳だったが、まぁ返してくれると言うのなら遠慮なく返してもらおう。
……で、まぁ返してもらったんだけどさ。
『聖軍』はまぁそれなりに残ってるよ。
元々信仰心だけを胸に従軍してる人達だから、それが揺らぎさえしなければ文字通り死ぬまで戦えるだろう。
もちろん、そんな状態になったら終わりだから、出来うる限りそうならないようにするつもりだよ。
問題は、修道騎士の方だ。
まず第一に、シンプルに怪我人が多い。
ルカイユの分析では謎の自信と慢心でだいぶ無茶な行動をしていたようだし、こうなるのも当然ではある。
大隊長からして、ルーカスはあの怪我だし、第四のフィリスだかフェリスだかいう女隊長はと言うと……
「私は未だ戦える! あの気持ち悪いのをどけろ!」
「お姉さま!」
確かにまぁ、戦うことは出来るのかもしれない。
でも、たぶん敵味方関係なく片っ端から斬り刻む、そんな感じの戦いだ。
脳内麻薬が出ている間に、ひたすら力任せに剣を振るう、そんな悲しすぎる戦い方しか出来ないだろう。
ハイオーガに何度もボコされたわりにはだいぶ元気そうだ。
元々かなりタフな人なんだろう。
でも、見た目的にはそこまで大丈夫そうじゃない。
今はアドレナリンがドバドバ出てるし、なにより頭に血が上ってそれどころじゃなさそうだから本人は気付いてないのかもだけど、見方によればルーカスより酷い怪我だ。
何度も叩きつけられたことで、背中は血塗れになっている。
制服もボロボロでところどころ肌が見えている。もちろん、漏れなく傷だらけだ。
前も前でズタズタになっている。下手すれば中が漏れてるんじゃないか、って思ってしまうくらいの滲み具合だ。制服の色もだいぶグロい。
事実を羅列してるだけで気持ち悪くなって――人外の僕は吐くものもないんだけど――吐き気をもよおしそうだ。
そんな状態だ。部下に必死に引き止められているけど、まぁ大して保たずにぶっ倒れるだろうな。
大隊長が二人とも全く本調子じゃないし、他の隊員も似たり寄ったりだ。
強いて言うのなら中央で温存されていた次席参謀率いる本部小隊だが、まぁたかだか十騎未満の騎士で何が出来るって話だわな。
正直そこまで強くもないし、期待は出来ない。
「両大隊長は安静にしておけ。いずれ力を借りることもあろう」
「ふざけるな! 私は未だt」
「かしこまりました。失礼させていただきます」
未だなにか喚こうとしていた〝お姉さま〟を背後から羽交い絞めにして、第四大隊の女騎士達は退出していった。
流石はあの大隊長の部下だな。
体格的には全く敵わないが、数人がかりで押さえ込んでしまった。
ルーカスも、口を開くのすら苦しそうだったが、頷いて出て行った。
自己申告通り、未だ自分で動けるだけ〝お姉さま〟のがマシだな。
となると、第四大隊を中核に据えて部隊を編成するか。
予想通り、亜人の掃討にそこまで時間はかからなかった。
命令通り、その死体を〝処理〟していた分体達だが、そろそろ容量がいっぱいになったきたようだ。
交代させるため遠くに行った奴から順に呼び戻していく。
こんだけやってもレベル上がんないんだな。
やっぱり影◯身とは違うか。
あの仕組みだいぶチートだよな。素直に羨ましいわ。
そんなことを考えながら、僕は〝お姉さま〟含めた騎士達の名前を思い出そうと記憶を探っていた。
勇者に紹介されたはずなんだよ。そこは間違いない。
それもたかだか一ヶ月前くらいの話だ。
その間に新しく覚えた名前は、まぁそこそこあるけど、大隊長五人の名前くらい覚えとかなきゃいけないでしょうよ。
……ウィルなんとかさんは未だに覚えられてないんだけども。
どの人もぼんやりとは覚えてるんだよね。
二択までは絞れていると言うか。
でも、最後の最後で自信がない。
どっちなのか、確信が持ちきれないのだ。
本当にここまで来てる、後ちょっとのとこまで来てるんだ。
たぶん、第四大隊長は……フェr
「たっ、てkぐゅあっ」
一人の士官が飛び込んできたかと思うと、次の瞬間には叫びながら倒れ込んだ。
「あ、がは」「んなんがっ」「ひぐえ」「なんどぅあ、がぉは」
それに振り向いた者達も、入口に近い人からどんどん断末魔と共になにも出来ず倒れていく。
いったいなにが起きた⁉︎
僕も戦闘体勢をとる間もなく、全身を斬り裂かれて立っていられなくなり、倒れてしまった。
よく分からんが、襲撃を受けたのは間違いない。
傷を受けた箇所を見るに、敵さんは確実に仕留めにきてるな。
恐らく三人以上。
一人目が足首、二人目が股下を斬り裂き、三人目が首を刈る。
斬り飛ばす必要などない。的確に頸動脈さえ切断してしまえば、人など、それも油断しきった人など容易く仕留められることだろう。
僕が再生するまでの間に、入口から遠くにいた数人が剣を抜き応戦しようとするも呆気なくやられていく。
敵の正体すら掴みきれず、姿すら捕捉出来ていない以上、一方的にやられていくだけだ。
そこでひとまず足の再生が終わった僕が立ち上がり、ありったけの粘手を出す。
どこにいるかは知らないが、ある程度の位置は新しく倒れた奴を目で追っていけば分かる。
その辺り目掛けて粘手を伸ばし、手当たり次第に動かす。
その中の一本に反応があったと思った瞬間、斬り落とされた。
「……透明人間、というわけではなさそうだな」
「ふんっ、我らをそのような得体のしれんものと一緒にするな」
……流石にこんな安い挑発には乗ってこないか。
時間稼ぎも兼ねて話しかけているものの、攻撃が止む気配はないし、依然として姿も位置も特定出来ない。
そこで僕は一か八か、賭けに出てみることにする。
ルカイユの報告と僕自身の経験から、思い切ってみることにした。
「⁉」
「ビンゴ。当たったようだな」
僕が大雑把に動かしていた粘手に紛れさせて放った粘槍が、姿の見えない敵の一体を貫いた。
地面――正確には地面の影に潜んでいた敵へ、僕は再度話しかける。
「さて、そろそろ姿を現してもらおうか。なぁに心配するな、悪いようにはしない」
「誰がそんな言葉を信用するものか。虚仮にするのも大概にすることだな」
……そんなつもりなんてなかったんだけどなぁ。




