82 心強い援軍⑥
「――以上です」
「……うむ、分かった」
フィリスに、僕が知っているだけの現状をかいつまんで話す。
僕の残念極まりないおつむで編集したこの情報が、どれだけ役に立つか分からないけど、まぁそこは大隊長閣下の優秀な(はずの)頭脳に期待することにしよう。
「ただちに避難民を救出。その後中央へ向かう」
「「「「はっ」」」」
フィリス配下の四中隊が一斉に動き始めた。
既に城壁上の制圧に向かった中隊とは別の部隊が、拠点を包囲する亜人討伐に向かう。
フィリス以下、この場に残った数人の騎士は、兵士の手当てをしてくれる。
僕は下手に治癒魔法をかけられて死んでしまっては元も子もないので、うまい具合に誤魔化す。
……せっかく生き延びたってのに、こんなことでおっちむなんて笑えないからね。
僕がそんなことを考えているなんて露知らず、第四大隊は各々が割り振られた役割を正確にこなしていく。
無傷で温存されていただけあって、その動きは極めて的確かつスピーディーなものだ。
……疲労というものが、どれだけ人のパフォーマンスを下げるのかが嫌というほど分からされるなぁ。
それにしても、改めて何故ここにいるんだ? 彼女達は。
ラポン陥落を受けて『聖軍』を分けた際に、彼女達は街道の警備のための遊軍として出発したはずだった。
ここに現れるのは遊軍としては正しいし、正直とてもありがたいが、あまりにも早過ぎる。
街道の各所に散らばっていたはずなのに、見たところ一個大隊全員そろっている。
民を思う気持ちが可能にしたんだ、とか言われたらどうしようもないが、ちょっと気になる。
その疑問は、素直にぶつけてみることにした。
なんか、フィリス相手にはこういうこと言っても大丈夫な感じがするんだよね。
「ザ・貴族」って人ではあるけど、無礼とかそういう理由でキレたりはしないタイプと言うか。
「大隊長殿、このような迅速な救援、どのようなからくりで?」
「なんだ、気になるのか? ははっ、特別に教えてやろう。それはな――」
「――我ら第四大隊は〈飛行〉持ちが多いのです。ですので、緊密な連携と機敏な展開が可能なのです」
言葉と裏腹にウキウキで答えようとしたフィリスを遮って、別の騎士が解説してくれた。
〈飛行〉持ちが多いねぇ。羨ましい限りだな。
〈飛行〉は僕の持ってる〈浮遊〉に近いけど、性能は異なる。
〈浮遊〉が浮かぶだけで、空中での方向転換や、移動は本人任せでほとんど出来ないのに対し、〈飛行〉はその名の通り「飛行」を可能にする。方向転換も移動もお手の物だ。
ただし、持続時間はそれなりに短く、『飛行』の魔法のように長時間飛び続けて都市から都市へ移動、なんてことは出来ない。
〈浮遊〉より使い勝手が良いのは確かだろう。
使ってみたい気はしないでもないが、まぁ無理だな。
……どうもゾンビもスライムも〈飛行〉――ついでに〈跳躍〉――は取得出来ないみたいで、僕は〈浮遊〉しか持ってないし、この先手に入れることもないだろう。
僕のことはどうでも良いけど、人族の中でも取得している人はかなり限られるレアスキルの一つだ。
それを部隊単位で揃えるとは、やはりコンセプト部隊は強いな。
関心する僕を他所に、フィリスは自分の解説を遮られたことが不満なようだ。
「おいおい、シルフィ。私のセリフを奪わないでくれ」
フィリスにシルフィと呼ばれたその女騎士は、何故かこちらを若干睨んでいる美少女だった。
髪は鮮やかな黄色がかった金。まぁ、間違いなく帝国貴族だろうな……キツイ目で僕を睨んでいる。
身長は平均より少し高いくらいか? とは言っても、190近くあるフィリスと比べるとやはり小さい。
全体的に真面目そうで、眼鏡とかかけたら似合いそうだ……ひたすらこっちを睨んでるけど。
……僕何かやっちゃいました?
何故このシルフィ女史に睨まれてるのか分からないけど、僕が既に開いている扉を完全開放する前に早くやめていただきたい。
シルフィ女史が僕を睨んでいることに触れる人は誰もいない。
この緊急事態にそれどころじゃない、ってのが一番の理由だろうが、どうも気にしているのは僕だけのようだ。
僕の気にし過ぎか? 彼女は元からこんな顔なのかもしれない。
「ちっ」
舌打ちしたよね? 今絶対に舌打ちしたよね?
やっぱり睨まれてるのは気のせいじゃない?
……考えないでおこう。
「隊長、城壁は完全に制圧いたしました」
「うむ、ご苦労。負傷者の保護と残党狩りに二小隊置いていく。カーラ、君の隊から選べ」
「御意」
「ではな、ルカイユ六等騎士。後で追いつけ」
僕がフィリスに質問している間に、城壁の上の制圧を終わったようだ。次々に騎士が合流してくる。
後のことを小隊に任せると、僕含め馬を持っていない兵士達を置き去りに、フィリスは拠点へと向かった。
やることなすこと思い切りが良いな。文句を言いたいことがないわけじゃないんだが、誰にも言わせない迫力がある。
護衛役の両小隊長は口を出す気はないらしい。周囲の警戒に集中している。
となると、自分達のことは自分達でなんとかしなきゃならないな。
つまり、誰かが音頭をとる必要がある。
残された人たちの中で一番偉いのは(一応)指揮官サイロのはずだが、あいにく重傷で動けなさそうなので、僕が代わりに仕切ろう。
文句は出ない。
……こういう時、この『修道騎士』って身分は良いな。
内情は全く異なるが、他の人から見ると一応は「騎士様」だ。
命令を出したり、場を仕切ることに身内以外から文句がつくことはほぼない。
「動ける者で、動けない者を担ごう。門には担架かなにかはないのか?」
「あると思いますが、ここからは取り出せません」
そりゃそうだわな。地上からも入れる仕様になってたら、昇降の魔道具の意味ないわ。
となると、誰かが取りに行くしかないな。
さて……どうやって昇降機を呼べば良いんだ?
前もこんなことを考えた気がする。
その時は結局昇らなかったんだよな。ちょうど降りてきた人と会って、そのまま同行したんだったはず。
……なんかはぐれ旅してそうな名前だったから覚えてんだよね。読んだことないけど。
そんなことは今はどうでも良い。
重要なのは、どうやって担架を持ってくるかだ。
よし、ここは正直に言おう。
変に見栄張ったら痛い目を見るのは、過去を振り返れば疑う余地はない。
「誰か上と連絡をとれる者はいないか? 私はやり方が分からない」
「えっ」「なっ」「……ウソだろ」「アレか?」
正直に言った結果、その場の全員に「マジかコイツ」みたいな目で見られてしまった。
ここまで驚かれるとは、偉い人ってのも楽じゃないんだな。
ごめんね、一方的に無能とか、お気楽とか決めつけちゃって。
呆れたように立候補してくれた班長が担架を運んで来てくれた。
それに手分けして重傷人を乗せていく。
自分で歩ける人は歩いてもらい、補助ありなら歩ける人には手を貸す。
足りない人手は護衛の小隊に頼む。
……気持ちは分からなくもないが、男と話すのが嫌なのが顔に出てますよ、お姉さん。
◇◇◇
「――はあぁああ!!」
勢いよく斬り飛ばされたオーガが、地面に叩きつけられる。
これで、リカルドの拠点を襲撃していた百体弱の亜人は全滅した。
つまり、中央へ援軍を送ることが出来るようになったというわけだ。
「治癒の出来る者は瀕死の者を癒した後は傷の浅い者を癒せ! 動ける兵を一人でも多く届ける」
「「「「御意」」」」
フィリスのさらっと鬼畜発言を無視しながら、ようやく拠点にたどり着いた僕らは重傷者の担架を降ろす。
彼らはさっき治療を受けたので、フィリス基準では後回しにされる可能性もあるな。
念のために包帯とか用意しておこう。
そう思い、怪我人の世話をしている軍属を呼び止めようとしたその時――
「ちょっといいでs」
「ルカイユ六等騎士、貴様も会議に参加しろ」
――フィリスが僕を呼びだした。
上官の命令は絶対だ。当然その後ろに続くしかなく、重傷者の包帯の替えを探すことは出来ない。
せめてこれだけはしておかなきゃ。
「包帯の替えを探しておいてくれ。一人も死なないように、頼む」
そんなこと、僕に言われるまでもないとは思うが、念のためだ。
これで具体的にどうなるってこともないが、こんだけ大きな声で言えば軍属の人にも聞こえてるだろう。
これで手を貸してくれる……ってのは(誤用の方の)他力本願過ぎるかな。
「待たせたな。始めよう」
指揮所に入るや否や、そう言い放ったフィリスは、さも当然のような顔をして上座に向かう。
ほらぁ、軽傷を負ったようで手当てを受けていたリカルドがとんでもない目で見てるぞ?
フィリスは特に気にする様子はない。その後ろに従っている中隊長達も全く疑問に思っていそうにない。
「さて、ハーゼナス卿。時間がない、早速情報の擦り合わせを行いたいのだが……報告を」
「……ええ、当方の損害は死亡十四、重傷十二、軽傷j――」
ここで踏みとどまって報告出来るリカルドはやっぱり大人だな。
修道騎士団の大隊長と帝国軍の防衛部隊長、どっちのが偉いのかは分からないんだけど、少なくともフィリスの中では二等騎士の方が上ということになっているようだ。
フィリスの中では正当性のある行動なのかもしれないけど、帝国軍の面々は明らかに不満に思っている。
そんな中でも己が職責を果たすためにグッと堪えたリカルドのことは素直に尊敬するわ。
「――ふん、いくら動かせる?」
「……五十、いや八十」
「百出せ。私の隊から一個中隊を民の護衛に回す。門の守りは貴様らだけで行え」
「…………承知した。ただちに編成に移る」
……なかなかに無茶を言いなさる。
この拠点に元々いた兵力から考えて、東門の防衛もある以上その数を出すには怪我人まで動員しなきゃならないぞ?
非常事態とは言え、そんな無理をさせ続けたら肝心の戦闘で足手まといになるんじゃ……。
まぁ、フィリスも動ける兵を連れてすぐに出発、なんてことはせずに時間をとって帝国軍側で編成をさせようとしている辺り、何も考えてないってことはないんだろう。
……ただ、自分の正しさを微塵も疑ってないから、そこに他人が異議を挟む可能性を考慮出来ていないだけだ。
指揮所内は中央の机を挟んで入口から見て右側に修道騎士、左側に帝国士官が並んでいる。
僕は入口の前に立っている。
理由? 僕が知りたいね。
まぁ、六等騎士である以上、右側に並ぶべきなのかもしれないけど、なんとなくフィリスが僕を連れてきたのは僕に間に入ることを期待してのことなんじゃないかと思うんだよね。
だから、僕はここで睨み合っている二国の間を取り持つことにしよう。
……どっちも僕の嫌いな貴族しかいないのがだいぶ気に入らないけど。
「――よし、では出撃する」
かなり険悪な雰囲気の中行われた両軍による編成の結果、修道騎士百騎、帝国軍騎兵三十騎、歩兵七十の計二百人からなる部隊が出来上がった。
この場で唯一その険悪なムードに気付いていない(ように見える)フィリスは、意気揚々と馬に跨り、兵達を振り返る。
「皆もよく理解しているとは思うが、これはこの都市を救うだけでなく、この国を魔の手から救うためにも絶対に負けられない戦いである。卿等の奮戦を期待する!」
「「「「「「「うぉおおおお!!!!」」」」」」」
お前に言われるまでもないわ、って顔の奴も中にはいたが、おおむね皆この状況は把握出来てる以上、それを表に出す奴はいない。
士気はそれなりに高い。
むしろ、ちょいちょい挟まれるフィリスの余計な一言がある分、実際より低いまである。
その士気が高いうちに戦闘に目的地につきたいんだろう。中央が今にも陥落するかもしれないという焦りもあつだろうが、拠点を飛び出した部隊の足はかなり速い。
……と言うか、ちょっと速過ぎる。
「大隊長、この速度では歩兵が遅れてしまいます」
「構わん! 我らの主力は騎士だ。騎士の突撃で戦場に穴を空けることを第一とする!」
そりゃ我らの主力は騎士だわな。
でも、帝国軍は七十人の歩兵を連れてる。
しかも、肝心の突撃能力と言ってるけど修道騎士はいわゆる「重装騎兵」よりは「軽装騎兵」に近い。
一方の帝国騎兵は疑う余地もないほどの純然たる「重装騎兵」だ。
ここでも速度には違いが出ている。
体感的にも修道騎士だけで突撃したところで大した威力にはならないだろう。
騎兵の国の王国出身らしい考えだが、あれはある程度まとまった騎馬の大群が平野で行うことを想定しているんじゃないか?
こんな街中で僕らがやったところで、上手くいくとは思えない。
――『修道騎士』の真価は、もっと別の形で発揮される。
「敵軍を発見! 推定五十! オーガ多数!」
そんなことを考えている間に亜人の姿が見えてきた。
都市中央までは未だ距離がある。
あれは中央攻略の部隊とは別の部隊なのだろうか?
それとも……
「突撃ぃ!!!」
「「「「「「「うぉおお!!!!!」」」」」」」
自分たち目掛けて突撃を開始した修道騎士に対し、亜人達は武器を構えて応戦する。
結局、一塊になっての突撃は上手くはいかず、数人の騎士対亜人一体での個々の戦いに移る。
「はぁああ!!」
「ブォアハァ!!」
何気に、馬上から亜人と戦うのは地上とは勝手が違って苦労したりもする。
僕が戦っているオーガの身長は、まぁ2.5mってとこだろう。
対する馬上の僕の高さは2.6mくらいか? ちょっとこっちの方が高い。
で、そこから剣を振り下ろして戦うんだけど、まぁ上手くいかないよね。
自分の足なら、無意識に動き回れるのよ。
でも、馬を操りながらだとなかなかに難しい。
これが人間の歩兵との戦いなら高低差を活かして有利になるのかもしれないけど、オーガとじゃ高さもほとんど変わんないし、的が大きく小回りが利かない分僕の方が不利だ。
しかも、オーガ――戦鬼ってのはその名の通り戦闘特化だ。
ほとんどなにも出来ずに一方的にやられてる。
これじゃ埒が明かない。
「つあっ!」
「グアッ」
馬から飛び降りざまにオーガの顔を斬りつける。
このまま乗ってても馬が死んじゃうだけなので、僕はあえて降りることにした。
見た感じ、他の騎士は馬上でも戦えているので、僕も経験を積めばいけるのかもしれない。
しかし、今は無理なので、大人しく慣れている徒歩でいかせてもらう。
馬を戦場から離れられるように送り出し、オーガの脚を狙ってスライディングする。
「ウゴオオ!! ゴゥオ!」
図体の割にやっぱり動きが速い。洗練されてる。
各種スキルも漏れなくスキルレベル高いだろうし、正直そんな長いこと戦いたい相手じゃない。
僕と一緒にコイツと戦っている騎士は、僕のサポートに回るつもりのようで、前に出てこない。
さっきから僕の後ろで魔法を放っている。
「『風球』!」
「ガッ、ゴイヤァ!」
「うっ、かぁっ」
……まぁ、まったく効果はないようで軽くあしらわれてしまっているが。
それでも、彼女が――この騎士は女性だった――わずかでもオーガの気を引いてくれれば、僕が付け込める隙が生まれるかもしれない。
「グアアゥガ!!」
「とぅあああ!!」
オーガが全力で振り下ろす戦鎚を、剣で受ける。
身体能力の差で押し込まれそうになるも、そこは〈打撃耐性〉に任せて一歩も引かず何度も斬り結ぶ。
昨日から今日にかけて幾度となく僕より背の高い亜人と戦ってきた。
無意識でもそれなりに動けるようになってきた気がする。
所詮この腕では亜人の膂力に対抗は出来ない。
それでも、上手くいなせば一応それっぽい戦いは出来るもんだ。
「おらぁあ!!」
「グハッ、ガァ!!」
戦鎚をかわし、オーガの首筋を一突きする。
大したダメージではないだろうが、これで奴は首にも意識が向くようになるだろう。
何度も何度も鬱陶しく飛んでくる魔法にも意識を割かなければいけない以上、相対する僕への対応が鈍ってくる。
ここで決める!
「うらぁああああああああ!!!!!!」
「ガァ」
この間合いで〈縮地〉を起動し、懐深くまで入り込む。
その勢いで〈衝撃付与〉をかけた身体で体当たりする。
剣の痛みを気にするうちに考えついた手だ。
ぶっつけ本番だったが試してみた。
結果は――
「ガャ、ガァ、ガア!」
――かなり効いたようだ。
僕のタックルを喰らい体勢を崩したオーガにトドメを刺す。
突き刺した剣を動かし、首を斬る。
落とすまではいかなかったが、手応えはある。
色々上手い具合にはまってくれたから、なんとか倒せた。
ふぅ、次はどいつと戦えば良いのかn
「――危n、ぎゅぽっ」バギッ
「っ⁉ っあ⁉」
間一髪だった。
あの騎士が声を出してくれなかったら、僕もああなってたかもしれない。
僕に危険を身を張って知らせてくれた騎士は、首が変な方向に曲がった状態で地面に突っ伏している。
たぶん、即死だったろう。
そんな状態に彼女をしたのは、新たに現れたトロールだ。
「オマ、クレ」
「……なるほどね。さっぱり分からん」
彼女にダイナミック落馬させたのは、コイツの持ってる棒で間違いないだろう。
僕の脇腹もかすめていったこの棒は、たぶん如意棒の親戚だ。
要するに――伸びるのだ。
「グォアア!!」
「ワンパターンは、嫌われるらしい、ぞ」
今のところ避けるので精一杯だが、とりあえず伸びるのとは少し違うことが分かった。
アニメとかで見たことある気がする先端が飛び出して攻撃するタイプの武器――名前分からん。「忍び杖」で良いのか?――のデカいバージョンってところか。
なんでトロールがこんな武器持ってんのか分からんけど、なんにせよ僕を狙うのやめてもらいたい。
僕は六等騎士だし、別に特別強いわけじゃない。ちょっとズルしてるだけだ。
真っ先に潰すべきなのは、僕じゃなくてフィリスとかリカルドとかもっと別にいるだろ?
「グアアッ! ゴゥアァ!!」ボガッ、バゴォォン!
「うっ、くぁっ、く」
棒を振ると先端から鎖的なものが飛び出す仕掛けのようだ。
戻っていく方のからくりはよく分からないけど、とりあえずまともに喰らったらどうなるかだけはよく分かったので、僕の近くで振り回すのをやめてほしい。
いや、結構マジで。
さっきから執拗に僕だけ狙ってるけど、なんなん。僕のこと好きなの? 気になるあの子にイジワルしちゃうオトシゴロなの?
「オガァ、ザッサ、ジネガァ!!」
「うぅ、とぅあ! く、がっ!」
直撃を避けつつなんとか接近を試みる。
飛び道具がないわけじゃないけど、周囲に気取られずにコイツを倒せる気がしない。ここで使うのはやめておこう。
……まぁ、ぶっちゃけ「近付けたからなに?」って感も否めないんすけど。
僕の接近をトロールがどう思っているかは計れないけど、これだけは断言出来る。
コイツ、僕の生命を殺りに来てる!
コイツにさっきのタックルが効くかちょっと、てかだいぶ自信ない。
けど、やるしかない。
トロール相手に頭部以外への攻撃があんまり意味ないのはもう分かってるんだ。
このタックルで体勢を崩せれば、頭部への攻撃が通るかもしれない。
「うらぁあああ!!」
「ウグルアァア!!」
「はぁあああ! 〈風斬〉!!」
僕とトロールの激突に割り込んだ斬撃が、トロールの頭を真っ二つに割った。
この斬撃、クルサォスの〝飛ぶ斬撃(仮称)〟に似ているが、違うっぽいな。
名前的に斬撃に風属性を乗せた感じか。
見ると、案の定フィリスだった。
……これが素の実力の差か。
僕があんだけ苦労して戦い、倒してきたようなバケモンを一撃で仕留めるとは。
僕はひねてるので、露骨にやる気失いますね。
「おいおい、この程度に苦戦するとは、なにをしておるのだ」
……そういうとこだよ、フィリス様。
これで悪気が皆無なのが、また性質が悪い。
たぶん、本気で不思議なんだろうな、〝この程度の〟敵に他の騎士が苦戦していることが。
でも、冗談抜きでパワハラだからね。気を付けた方が良いよ。
……この世界にコンプラがあるのか未だに知らないけど。
「……申し訳ございません、大隊長」
「貴様、馬は?」
「……あちらへ退避させました」
「おいおい、騎士が馬に乗らずしていかがする。貴様には騎士の誇りはないのか?」
「……私は下賤の生まれです故、そのようなものは持ち合わせておりません」
「なにっ⁉」
「しかしながら、その誇りを失ったお貴族様の代わりに民を守るべく戦っている自負がございます」
……言い過ぎたか?
でも、あまりにもなフィリスの物言いにムカついただけではないし、これで僕を処分すればそれこそ筋金入りの阿呆だ。
言い過ぎたかもという反省はあるが、口にしたこと自体に後悔は一切、微塵も、毛ほども無い。
僕の発言に何故か黙りこくったフィリスのことは無視して、馬を呼びに行く。
どうも騎兵達は亜人を片付けたらしい。
逃げていく後姿が見えるから、皆殺しにしたとかそういうわけではなさそうだが、数さえそろえれば亜人相手でもそれなりに有利を取れるもんなんだな。
改めて「貴族」ちゅうのはズルいなぁ。
平民出身の兵士と同じだけの努力をしただけで、単純計算で二倍の力が身につくんだから。
――なんで戦わねぇんだよ。お前らが戦ってれば絶対に――
◇◇◇
「――くぅあああ!!」
逃げた亜人の後を追って角を曲がると、そこには見覚えのある面々がいた。
戦闘に突入した騎兵達を他所に、フィリスはその集団に近付いていく。
「――フィリス、よく来てくれた。まさか君達が来てくれるとは」
「貴様らは相当困っているようだな。まぁ、精々この私に感謝することだ。この私にな」
僕の本来の所属部隊――『青海の騎士団・第一大隊』だ。
大隊長ルーカス以下、一個中隊くらいの騎士がそこにはいた。
顔ぶれ的に、第二中隊か? 少なくとも第一中隊ではない。
人によってはかなり久しぶりに会ったような気もするが、実際は精々昨日か一昨日ぶりだ。
でも、とても懐かしく感じる。
過ごした時間は短くとも、ここは僕の居場所になっていたのか?
「ん? ルカイユ? ルカイユじゃないか! お前、今までどこに……」
「隊長、お疲れ様です。ははっ……色々ありまして」
「そうか。……ふっ、なんであろうとも、お前が無事で良かった」
ワオッ、嬉しいこと言ってくれるじゃん。フィリスも見習った方が良いよ?
……まぁ、その『無事で良かった』発言はどの観点から出てきたのかによっては、僕の感動は霧散しちゃうかもだけどね。
それと、そこにいるサイロにも声をかけてあげた方が良いんじゃないかな? 可哀想だよ。
「話は後だ。何故貴様がここにいる。囲まれているのではなかったのか?」
「ああ、それなのだがな――」
幹部連中が話し合いを始めた。
ルーカスに声をかけられことでそちらへ寄っていた僕も、戦闘に加わるために馬首を翻す。
戦闘自体は、人族有利で進んでいた。
図らずも挟み撃ちの形になったことに加え、僕を含む一部の例外を除いてここにいるのは貴族や騎士階級出身者がほとんどだ。
言うならば人族の上澄み。
数の暴力に敵の動揺、位置的有利、ありとあらゆる要素が人族優勢の盤面を作り出していた。
――この珍しさにもっと意識を配っていれば、ああはならなかったのだろうか。
「聞いていたぞ。貴様、小国出身ですらなかったらしいな?」
「はあ……何の話でしょうか?」
そう話しかけてきたのは、登場直後にこの世を出禁になったデキンズ様(笑)だった。
死んだと思っていたが、実は生きていたらしい。
それにしても、いったいどこで何を聞いてそんな結論に至ったのだろうか。理解に苦しむ。
確かに僕の出身国は帝国だから、『小国出身』ではないな。
僕としての出身地(?)は『聖域』だから、まぁ『小国出身ですらない』と言えるかもしれない。
でも、たぶんそんなことを言っているわけではないんだろう。
僕の反応が気に食わなかったらしいデキンズ様(笑)は、声を張り上げる。
「おい、俺様を侮辱する気かァ! 貴様は小国の貴族ですらなかったらしいな、と言っているのだァ!」
理不尽なキレ方ではあるが、教えてくれる辺り根は素直なんだろう。
まぁ、「あなた前僕のこと〝下民〟って言ってましたよね?」とか「もしかして他国の貴族のことを〝下民〟て呼んでるんですか?」とかツッコミどころは大いにあるんだけど、そこは触れないでおいてあげよう。
第一、だったらなんなんだよ、って言いたいわ。あなたに何か関係ありますか?
僕がどう思っていようが、どうやらデキンズ様(笑)的には関係あるらしい。
妙にこの件が引っかかっているようで、距離を詰めながら怒鳴ってくる。
「俺を待たせるなァ、早くこt」パシャ




