81 心強い援軍⑤
「――うらぁ!」
「ウグァ、ガッ」
僕が振り下ろした槍が、トロールの頭を捉える。
しかし、焦りからか急所を少し外してしまい、手応えはあまりない。
焦ってしまった理由は、僕の周りを見れば言わずとも分かってもらえるはずだ。
三対十四で始まったこの戦い、現在の戦力差は一対二だ。
その僕以外のもう一人は、この直前に殴り飛ばされて、すぐ傍に横たわっている。
五人目が中身を噴き出しながら沈んだところで歩兵が四人ほど逃げようとしたが、その五人目を――五人目だった塊を投げつけられて一人が失神、その後潰され、二人が腰を抜かして圧殺、残る一人はそのまま逃走を図って、もう一体に文字通りひねり潰された。
その間にこっちでは一体車輪を活けて倒しながらもサイロを含む三人が始末され、今ここだ。
さっき一体目の脳天に馬蹄をめり込ませてから一分も経ってない。
実際は未だ生きてる人もいるかもだけど、動いてないなら戦力の勘定には入れられないな。
相方だった兵士も地面から戻ってこない。、
こりゃ本格的に僕が一人でこの最後の一体を倒さなきゃならないな。
……倒せるのならば、の話だけど。
さっきの攻撃で、斃れた兵士から拝借したこの槍は折れてしまった。
別に槍で倒すことにこだわっているわけじゃないが、なにぶん他に有効打を打てそうなものが何一つ手元にない。
……正確には一個だけあるけど、これは最後まで取っておこう。
「ウグゥアガァ!!」
「なに言ってんのか分かんねぇよ!」
そんなこと言っても、あちらさんは亜人なんだから別に僕に伝わる言葉を話す義務なんてないんだけどさ。
マジで追い詰められてイライラしてるから、こんな理不尽を言っちゃうのは許してほしい。
トロールが振り下ろした拳を間一髪で避けるも、傍を通り過ぎただけで風圧がすごい。
改めてまともにやり合うのは無理だな。
さっきまでの二体は、他の兵士――言い方悪く言えば捨て駒――が注意を引いてくれたからなんとか致命傷を与えられたが、今回は僕をガン見して、僕だけに攻撃してくるトロールとサシだ。
正直、致命傷どころか攻撃当てられるビジョン自体、まるで思い浮かばない。
「ゴラァ、アァ」
「うくっ、かっ」
〈回避〉でだいぶ避けられてはいるものの、反撃に繋げられない以上、じり貧であることに変わりはない。
しかし、攻撃しようにもしようがないのだ。
下手に剣を振ろうもんなら弾かれる。
それだけならまだしも、万が一剣を弾き飛ばされれば、もう打つ手はない。
自然、根がビビりの僕は慎重にならざるを得ないが、そんな姿勢で勝利を譲ってくれるほど甘い相手ではない。
「ガァア!」
「っか」
その一瞬の隙を突かれ、僕は吹き飛んだ。
幸い、意識を手放すほどのものではない。
しかし、宙を舞っている状態なので〈縮地〉は使えず、〈回避〉はもはや手遅れ、〈浮遊〉は操作が難しいので遠慮したい。
そんなわけで、素直に行くとこまで行くことにした。
こういう時に、思考がクリーンになるタイプなんだよね、僕って。
だから、なんか良い案浮かぶんじゃないかな。
……そんな風に考えていた時期が僕にもありました。
「ウゴッッチ!」
「それは、ダメだろ!」
トロールの身体の向きが変わってのを見て、全力で身体を地面に落とす。
慣性に逆らうこの所業に、あちこちから非難の声が上がるが、一旦ガン無視する。
それは、マジでダメだわ。絶対に止めないと。
――トロールが避難民の馬車に近付いていく。
「止まれぇ! このデカブt――ぎゅがっ」
〈縮地〉で一気に距離を詰めて背後から斬りかかった僕は、呆気なくノールック裏拳を腹に喰らって再度吹き飛ばされた。
ダメだ。焦った状態でなにかしたところで、大したことは出来ない。
受け身をとって素早く体勢を立て直しつつ、息を鎮める。
……落ち着け。
…………よし、行くぞ。
「ウギイィ――ガィ、ガ!!」
〈縮地〉で背後から迫り、今度は膝裏目掛けて一撃を繰り出した。
馬車に殴りかかるとしていた、まさにそのタイミングだったこともあり思いの外手応えがある。
これで姿勢を崩して頭を晒してくれたら良かったんだけど、流石にそこまではいかなかった。
それでも、さっきからひたすら一方的にやられていたことを考えれば、だいぶ良い感じじゃないか?
「ウゲガアアァ!!!!」
「おらっ、こっちだ!!」
〈斬撃付与〉〈斬撃強化〉〈硬化〉に加え、〈酸攻撃〉まで載せた全力の一撃だっただけに、剣はそれなりにボロボロだ。
予備の剣はあるから、剣の補充で悩む必要はないけど、出来ればこの剣が保つうちに勝負を決めたい。
次で終わらせる、そのつもりで行く。
「ゴロス!」
「おお、ことばうまくなりまちたねぇ? 来いや、デカブツ!!」
僕の挑発の言葉を理解出来ているのかは分からないけど、とりあえず馬鹿にしていることだけはしっかり伝わってらしい。見るからにブチギレた様子で突っ込んでくる。
奴の狙いを馬車から逸らせただけで、既に上出来なんだが、まぁ、ここはパーフェクトも達成しにいくよね。
剣にさっきと同様のバフをかける。
思えば、この一日くらいだけで散々かけまくったことで、この作業にも、慣れた。
正確には自分の身体じゃないからかスキルレベルの上りが異常に悪いけど、作業効率は格段に上昇した。
万全の態勢で敵を待つ。
例えこの剣が届かずとも、トドメを刺すのが僕でなくとも、僕の役目はここで敵を待ち構えることだ。
「グロォオァアーーーーーーー!!!!!」
「うらぁああああああああああ!!!!!」
「――死ねぇええええええええ!!!!!」
「グガゴィ」
僕の突き出した全力の突きと交差するように拳を繰り出したトロールを、背後から剣が襲ったのだ。
その攻撃の主は、実は死んでいなかったサイロだった。
案外繊細な作業の出来る男であるところのサイロは、僕に対する怒りに完全に支配されていたこともあるが、トロールに気付かれないように背後に忍び寄り、見事奇襲を仕掛けることに成功したのだ。
「見たか! コイツを討ち取ったのは、このぼくだ! お前じゃない!」
「はいはい、そうですね。すごいですよ」
こんな適当な感じになってしまったのは、まぁ仕方ないよね。
一応僕の渾身の一撃もヒットしてはいたけど、まぁ、一番の致命傷を与えたのはコイツだろうな。
それに関しては大人しく認めよう。
……でも、残念ながら討ち取るのは君じゃなさそうだ。
「ッガァアアア、グハッ」
最期の力を振り絞り、自分を襲った思い上がりを道連れにしようとしたトロールを、人の頭部が襲った。
頭突きというわけでは――厳密に言うとそうなのかもしれないけど、一応――ない。
さっきの非人道的な投擲で飛んで来た哀れな兵士が、追突の衝撃で四散したその一部を、イカレ野郎共の一員である僕が掴んで振り下ろしたのだ。
人体の最も頑強に作られた部位――頭部を攻撃に使う。
初めこの考えが頭に浮かんだ時は、僕も堕ちるとこまで落ちたなぁ、って思ったね。
なるべくやりたくはなかったが、さっきの攻撃で予想通り剣がおしゃかになった上に、サイロの態度に何故か猛烈にイラついたこともあり、図らずも披露することになってしまった。
案の定、サイロはこっちを信じられないものを見た、って感じの目で見ている。
まごうことなきドン引きである。
弁解する気はない。
死者に対する敬意云々への配慮が著しく欠けているのは重々承知の上だ。
それでも、もう僕には戻ることは出来ない。
死体だろうが、生者だろうがなんだろうが、それが必要と判断すれば、一切迷うことなく使う。
――後は堕ちるだけだ。
「ぼけぇーっとしている場合じゃないぞ、他にも生きている者がいるならただちに治療を。死者は丁重に埋葬の準備を」
おまいう? って顔で見られたが、僕はなにか変なことを言っただろうか。
なんでも利用するとは言ったし、さっきの行いで特に胸を痛めたりもしていないが、それはそれとして死者には敬意を払うし、なるべく静かに弔うさ。
……使う時は容赦なく使うだけで。
まぁ、サイロの気持ちも分からんではない。
若干の気まずさを感じた僕は目を逸らし――それを目撃した
――マジか。マジなのか?
僕は思わず自分の目を疑った。
それでも、目に映っているのは恐らく現実なんだろう。
この場で対応出来るのが僕らしかいない以上、一刻も早く動かなきゃ事態は悪化の一途を辿るだけだ。
そう考えた僕は入口付近で戦闘を繰り広げているリカルド達にも聞こえるように大声を上げる。
「――城壁上を亜人が接近中! 東門が上部より攻撃を受けている!」
◇◇◇
「――なっ、どっ、何故ぇ⁉」
サイロがそう言うのも無理はない。
僕も全く同じ気持ちだ。
未だ息のあった兵士は八人だったので、犠牲は四人もいたが、ほとんどが重傷でまともに戦えるのは僕ら二人だけな状況に変わりはない。
「きっ、騎士様⁉ 大丈夫なんですか⁉」
「出てくるな! 布も上げるなよ。見てはならない」
馬車の中からそんな不安げな声が聞こえてきた。
幌馬車の入口を覆っていた布がかすかに開きそうな様子を見せたので、慌てて止める。
これは……見ない方が絶対に良い。
僕は論外として、こんな感じだがサイロも見慣れてるので特に騒ぎ立てたりしないが、見ないまま人生を終えられるのなら、見るべきではない。そんな光景が僕の目の前には広がっている。
「サイロ、流石にここにいる戦力だけではどうしようもない。僕が増援を連れてくるから、応急処置は任せた」
「えっ、あっ、ああ、任せろ。……ってぼくの方が上d――」
サイロがなにか言ってるけど、途中からは無視して走り出す。
見た感じ、「壁」の上はなんとか押し返すことに成功したようだが、依然として予断を許さない状況であることは間違いないだろう。
そんなところから兵を引っ張ろうというのがどれだけ馬鹿げたことなのかは理解しているつもりだ。
それでも、この状況を黙って見ているわけにはいかない。
――なんせ、東門が陥ちかけているのだ。
とは言え、流石に今まさに戦っている「壁」から兵を引き抜いたりはしない。
僕が狙うのは、こっちだ。
「地上にいる部隊は全員集合してほしい! 東門の救援に向かう!」
僕らの方へ向かっていたトロール以外にも、侵入していた亜人がいたようで、地上に配置されていた部隊がそれぞれ処理していた。
その現場を回り、残存兵力を集める。
先程のデキンズ様(笑)のように反発してきた人もいたけど、そこは全力で〝説得〟して従ってもらう。
なんとか三十人強を集めることが出来た。
「皆も理解しているとは思うが、東門が襲撃を受けている」
「何故あんなところに敵がいる」
「考えたくはないが――」
――他の門、若しくは別の地点が陥落、突破された。
これが可能性としては最も高いだろう。
……信じたくはないが。
「なんにせよ、今まさに東門が攻撃を受けていること、そして東門を押さえられれば勝ち目は無くなることに変わりはない。よって全力で阻止する」
異論は誰にもないようだ。
……まぁ、仮にあったとしても握り潰すけど。
すぐに人員を割り振る。
全員で向かって、万が一抜かれたら丸腰の避難民が襲われてしまう。最低限の兵力は残していく。
最終的な兵力は二十九人。指揮官は一応サイロということにした。
理由は色々あるけど、一番はコイツが五等騎士、つまりこの場で最も階級が高く、しかも帝国ではないが貴族の出である、ということだ。
こんな奴が貴族とは世も末だと思うが、僕がコイツのことを嫌いなあまり公正な目で判断出来ていない可能性もあるから、これ以上言うのはやめよう。
「騎士様、本当に大丈夫なんですよね?」
「ええ、任せてください。皆さんの安全は必ず守ります」
なるべく安心してもらえるように力強く宣言しておく。兵士の士気高揚にもつなげられそうだし。
これで、なにがなんでも突破されるわけにはいかなくなったな。
――古今東西、騎士というのは一度立てた誓いは死んでも守るものなんだ。
「行くぞぉ!!」
「「「「「「「おおぉ!!」」」」」」」
この拠点には東門から避難民を逃がす時に使う入口が門側についている。
そこから飛び出した僕らの目の前に落下してきたのは、全身に無数の斬り傷を受けた兵士だった。
「いっ」「うえ」「ぎゃ」「んっ」「えぁ」
数人の兵士が声を漏らしたけど、構わず走り抜ける。
彼らも今処置すれば、もしかすると助かるのかもしれない。
それでも、門に一人でも多くの兵を集めることを優先する。
恨むなら恨め。それで都市が守り切れるんなら、僕の呪殺体の一つや二つ、経費みたいなもんだ。
「上方、警戒! 飛翔型二体接近!」
「私が対処する! 先に行け!」
そう言って剣を引き抜き、僕は皆よりも前に躍り出ると、こちらへ向かってくる飛翔型――件のバーガーを引き付けた。
二体を相手取って時間を浪費するのは嫌だけど、下手にここで別の人を割くよりは確実だと思う。
「ギョギェーー!」「ギョギョーー!」
「はいはい、とりあえず死ねぃ!」
出発前に交換した剣を全力で振る。
それなりに長持ちさせたいから、諸々のバフはかけない。
流石に初撃は当たらず、二体ともに簡単に避けられてしまった。
まぁ、良い。ここまでは想定内だ。
「ギギュギョッ!」
僕の背後――拠点、そしてその先の都市内部へ進もうとするクソ鳥の脚に斬りつける。
やっぱりコイツらはそんなに高度は出せないっぽい。
今も、もっと高い所を飛んでいけば僕に邪魔されることなく内部へ突入出来たのに、変な高さを飛んでいたから僕の攻撃を受けた。
「ギャーギャ」
もう一体が襲い掛かってくるものの、先の戦闘時と同様にワンパターンな突撃を繰り返すだけで代り映えしない。
サイクルを覚えてしまえば、避けることは難しくない。
上手く捌きつつ、さっきのもう一体がこちらに来るのを待つ。
一体仕留めたところで、もう一体に逃げられては話にならない。仕留めるなら、ちゃんと二体ともだ。
その後しばらくチクチクダメージを蓄積しつつタイミングを見計らって〈獅子騙し〉で動きを止め、二体とも仕留めた。
「さてと、急がないとな」
予想よりスムーズに終わったとは言え、時間を食ってしまったことは事実だ。
取り戻すためにも急いで向かわないと。
走り出した僕目掛けて、帝国軍の冑によく似たナニカが投げつけられた。
……と言うか、帝国軍の冑そのものだな、〝中身〟入りの。
見上げれば、猿っぽい亜人が城壁から身を乗り出し、僕に解体ショーを見せつけてきていた。
本当に悪趣味だな。吐き気がするほどに憎たらしい。
「うっ、うわぁーーー」
今度は兵士が落ちてきた。
僕は慌てて受け止める。
30m上からの落下だ。
普通の人間なら受け止められないかもしれないが、僕はスライム……的なものだ。
インパクトの直前に〈浮遊〉を発動させ、衝撃を軽減する。
……思ってた感じにならず、想定を遥かに上回るダメージを受けたのは内緒だ。
「が……あが……」
「大丈夫……なわけないわな」
あのエテ公にやられたと思われる傷がそこかしこにある。
引きちぎられたと思しき腕の肉に、噛み千切られたような跡のある脚。正直直視に堪えない。
それにしても、確実に遊ばれてるな?
こんなことを出来るほど奴らには余裕があるのか……そんなに戦況はマズいのか?
上がろうにも、上から魔道具で引き上げてもらわないとどうしようもないしな。
先に行かせたサイロ達も下で足止めを喰らっているようで、降りてきた亜人と戦闘していた。
未だ昇降の魔道具を奪われたわけではなさそうだ。いるのはどれも自力で下ってこれそうな亜人ばかりだ。
それは良い情報……とも言い難いな。あくまで「未だ」だしな。
「ぐっ、うおはっ」「うぐぬっ」「いがぁ」
しかも、お世辞にも戦況は良いとは言えないようだ。
僕は腕の中で苦しんでいる兵士を傍に横たわらせる。
申し訳ないが、僕に出来ることはなにもない。
強いて言うなら、彼の犠牲を無駄にしないためにも、あのクソエテ公含む亜人を全滅、ないし追い返すことだけだ。
――僕の分体を入れたら、傷くらい簡単に治せるんだけど、それは絶対にダメだろう。
第一、別に試したことがあるわけではないので、この身体限定なのかもしれない。
「おらぁあああ!!」
「グブテッ」
背後から、兵士の一人と戦っていたオークの親戚っぽい猪みたいな亜人を斬る。
なかなかの厚さの脂肪を蓄えていたようで、深く斬り込んだ割にいまいち反応がよろしくない。
実際、僕が攻撃したってのにほとんど気にする様子もなく兵士への一方的な攻撃を継続している。
「グフォー―!!」
「うぐぁ」「……くっ」
最初に戦っていた兵士は槍の一突きで絶命、戦闘は振り向かれ正面になった僕に引き継がれた。
逸る気持ちを抑え込み、僕は落ち着いて的確かつ素早くコイツを仕留めるための算段をつけながら戦う。
僕らは、現在少なくともこの場における数の上では若干上回ってはいるものの、このペースなら逆転されるのにそう時間はかからないだろう。
他への援護に回るためにも、なるべく早くこの猪を倒したい。
逆に手間取っていると、他の亜人がどんどんここに集まってくる可能性まである。
どちらにしても、猪の速やかな駆除は急務となる。
しかし、別にこの猪も弱いとかそんなことは全くない。
むしろ肉の鎧を纏ってるわりに動きが素早く、恐ろしい奴だ。
あれだな、お相撲さんみたいに脂肪だけじゃなく筋肉もすごいんだろうな。
「ブガァ! ゴッフ!」
「きぅ、かはっ」
……まぁ、それが分かったところで戦況はミリたりとも良くなどならないってのが悲しいところだ。
僕がいくら剣を振り回そうとも、厚い脂肪に阻まれて致命傷にならない。
歴史上の太った権力者の暗殺に失敗した暗殺者の気持ちがよく分かるよ。
なんでコイツこんな太ってんだよ! だね。
ただし、猪の槍は見た目に似合わぬスピードで振るわれているものの、身のこなしに比べるとだいぶ粗削りだ。
〈回避〉に加え、素体の回避技術も上達してきた僕を捉えることは出来ない。
さっきまでとは逆に、時間さえかけられば僕が勝てるな、この戦い。
……かけられるのならば、だけど。
「ぎぃあ」「うぐへっ」「ぶ、ふ」
次々に味方だけが減っていく。
やはり、元々の戦闘能力の差が如実に表れてしまった、その結果だ。
本来、素体の戦闘力の差を数と信仰でカバーするのが人族の戦い方だ。
その数が揃わないように入念な計画の下襲撃され、デバフの効果の薄い亜人が主戦力となるとなかなかに厳しい戦いになるのは当然のことだ。
昇降機も門の開閉機も奪われていないようだが、この折角の援軍が辿り着く前に全滅しかけてる時点で、先は見えてるな。
僕らが今相手にしているのは先行部隊だろう。
本隊より先行隊が多いなんてはずはないから、確実に上はもっとヤバい戦力差になってるだろう。
もちろん、守備部隊の戦力もこの「援軍」とは名ばかりの寄せ集めよりよっぽど優れてはいるだろうが、避難民の保護やらなんやらに兵力を割いた上で、本来想定していなかった城壁上での戦闘だ。かなり厳しいだろう。
東門が陥落するのは時間の問題。となると、その次のことを考えておくべきだろう。
――この都市を捨てる、その可能性を。
「とゅらぁ!!!」
「ブガ、ハッ」
僕の粘り強い一点攻撃で、ようやく猪にトドメを刺すことが出来た。
ギリギリ他の亜人の邪魔が入らないうちに勝負をつけることが出来た。
しかし、運命は無情にもその扉を開いた。
そう、目の前の東門が上がりだしたのだ。
向こうの様子など見えない。
しかし、わざわざ開いたからには、すぐ外には部隊が待機していたのだろう。
さっと見たところこちらの残存兵力はわずかに六人。
残っている亜人は見える範囲だけでも七体以上いる。
さらにそこへ上にいる部隊が加わり、極めつけは外からの部隊だ。
まぁ、流石に終わったな。
どうせやられるなら、せめて正面から受けたい。
僕は目の前の亜人へ向けて剣を構え直した。
こうなれば出来る限り盛大に暴れまわって、一体でも多く道連れにしてやる。
「ウガァーーー!!!」
「さぁ、僕と一緒に地獄へ堕ちようや!」
襲いかかってきた亜人に斬りかかり、激しく斬り結ぶ僕の背後で、遂に門が完全に開く。
そして、その声は聞こえた。
「――『風士槍』」
声を立てる間もなく、全身を不可視の槍で貫かれ、目の前の亜人が四散した。
「突撃ぃーー!」
「「「「「「「うぉおお!!!」」」」」」」
僕の脇を抜け、突入してきたのは、見慣れた白いマントの騎士達だ。
数の暴力で次々に亜人達を仕留めていく。
瞬く間に、ほとんど全ての亜人が討伐された。
「よく戦った、少年」
「お姉さま、そちらの彼は「少年」と言うよりも「青年」かと」
「そうか? 私からすればまだまだ子供の歳だろう」
「まぁ、お姉さまも十分お若いですよ」
「おいおい、マリー。そんなお世辞を言っても、今晩添い寝してやるくらいしか出来ないぞ」
「えぇー! マリーだけずるいですわ。ワタクシも混ぜてくださいまし」
「二人とも遊んでいる場合ではないぞ。制圧に移れ」
「「了」」
女性同士の百合百合しい会話が僕そっちのけで繰り広げられている。
普段なら興奮しているところだが、今はそんな場合じゃない。
僕の頭の中は、いるはずのないその人物、その部隊のことでいっぱいだった。
この部隊を率いている、『お姉さま』と呼ばれているこの人物は――
「フィリス大隊長、何故ここに?」
――フィリス・ルゥ・ホランディ。
神聖アゼルシア教皇国修道騎士団『青海の騎士団』第四大隊大隊長である。
そして、そんな彼女が率いてきたこの部隊こそ、修道騎士団内でも一,二を争う女性比率の高い部隊である『青海の騎士団・第四大隊』だ。
なんらかのスキルを使って、城壁の上まで到達した修道騎士の中隊が亜人の掃討を開始する中、フィリス大隊長は僕の愚問に答える。
「民の危機に我らが駆けつけることに、なにか理由が必要か?」
「……いえ、私が間違っておりました。愚かなことを質問してしまい、申し訳ございません」
「構わん。他者の間違いを赦せる心の持ち主こそ、上に立つに相応しい」
「……仰る通りでございます」
壺菫色の短い髪に、成人男性の平均を遥かに上回る190㎝弱の身長と芯の強そうな美貌を併せ持つ彼女は、ラルファス王国の出身者の良い方のイメージを体現する極めて高潔な人物として知られている。
女性ばかりを集めて部隊を編成したことや、幹部が女性しかいないことなど、色々言われている人ではあるが、まぁ確実に悪い人ではないだろう。
……若干やりづらさを感じるのは素直に認める。
だが、僕の個人的な彼女評などどうでも良い。
今重要なのは、このタイミングで訪れたこの「頼もしい」という感想しか浮かんでこない援軍を最……効果的に運用することだけだ。
「私は『青海の騎士団』第一大隊所属、ルカイユ六等騎士です。諸々の事情によりこのような姿で失礼させていただきます」
「うむ。貴様が修道騎士の誇りを全うしたことは良く伝わっておるぞ。誉めてつかわす」
……悪い人では、ないんだ。
…………うん。悪い人では、ない。