80 心強い援軍④
「――本当に来た! さっきまでいなかったよなぁ⁉︎」
サイロが騒ぐのも無理はない。ほんの少し前まで、外には誰もいなかったんだから。
しかし、今は文句を言っている場合ではもうないのだ。
この場に亜人達がなんの前触れもなく現れたのだから、もはや腹を決めるしかない。
市庁舎からもたらされた情報はやはり間違いではなかった。
実際、サイロ……と僕以外の周囲の人達、要するに帝国軍の面々は思考を既に切り替え、この急襲に対処すべく動き出していた。
「数は? 種族は?」
「はっ、推定百から百二十。現在も増加中」「オーガ十五から二十、オーク二十から二十五、トロールs――」
役割は事前に割り振られていたようで、リカルドの問いにすぐに答えが返ってきた。
種族名とかは僕には分からないし、素早く数を数えることも出来ない。
この身体は他の騎士に比べて格段に強いとかいうこともない。
……いったい僕はなにでなら、この場で貢献出来るのだろうか――
「――ケン隊は左、バーラン隊は右へ展開。テリド隊は入口を固めろ」
「「「御意」」」
僕が考え込んでいる間に、リカルドはテキパキと指示を出していた。
そうだよな。自分がなにを出来るのか考えてる暇があったら、目の前にあるタスクを片付けろって話だよな。
今はなにをするにも人が足りないんだから、ぼーっと突っ立ってる奴なんて邪魔なだけだ。
「ルカイユ、歩兵をいくらか預けるから、避難民の護衛を頼む。隙があれば、逃がせるかどうかも考えておいてくれ」
「お任せください」
僕は避難民の護衛か。まぁ、妥当な割り当てだろうな。
幾度となく危険な目に遭い続け、ようやく助かると思ったらまたこの襲撃だ。不安に思っていることだろう。
僕になにが出来るかは分からないけど、精一杯彼らが安心してくれれるように、頼りにしてもらえるよう振舞うとしよう。
「おい、ぼくを置いていくな」
「ん? ああごめん」
『――忘れてた』とは流石に言わなかった。
……実際に忘れてはいたが。
一人恨み言を吐いて現実逃避をしていたサイロが、拗ねたように僕に話しかけてきた。
突っかかってくるけど、根は人見知りなのだろうか。
僕以外に話せる相手がいないのか、妙に絡んでくる。
……と言うか、リカルドも僕じゃなくてサイロに指揮を任せるのが筋だろ。なんか、変に拗れちゃったじゃん。
「サイロも一緒に護衛に就こう。ずっと一緒だった君がいた方が市民の方々も安心するだろうしね」
「当たり前だろう。ぼくは『修道騎士』なんだからな」
見るからに嬉しそうな様子だが、「やれやれ仕方がないな」みたいな仕草をしている。めちゃウザい。
これがもう少し好感度高い人がやってたらたぶん感想180°違ってたし、やっぱり好感度って大事だな。切実に感じたわ。
「ご苦労様です、歩兵指揮官殿」
物見櫓から二人で降りると、僕に付けられたと思われる歩兵が待っていた。
見た目は落ち着いたおじさん風だな。班長とか、そんな感じかもしれない。
「ん? ああ、出迎えご苦労。早速案内しれくれ」
「……こちらです」
なにを思ったか、初対面でそんな失礼をかましたのは僕ではなくサイロだ。
班長(推定)は若干面喰いながらも、そこは大人の対応でスルーして案内してくれる。
マジで出来た人だな。僕もサイロも見習わなきゃ。
「……ふん、ここか」
「はい」
なんでコイツはいちいち偉そうなんだ? 謂れのないマウントを取らないと死ぬ病気なのか?
ほら、こっちを見てる他の兵士や避難民の中にも困惑顔の人がいんじゃん。
あの子供抱えた女の人に至っては、露骨に顔しかめてるし。
これもだいぶ危険な気がするんだよなぁ。
こんな顔見たら、ブチギレて斬首くらいならしかねない連中がそれなりにいそうなんだよね、この世界。
まぁ、僕に言わせればその煽り耐性の低さは自信の無さの表れだけどね。自分に自信のある奴は他人が自分に不満持ってても、非難してきても気にしないもの。
むしろ、自分の高尚なる思想を理解出来ない可哀そうな奴め、くらいの傲慢なこと考えて優しくするね。
そこでキレて攻撃するのは、深層心理では自分の行いに自信がないから。だから批判を気にするんだよ。
この差が、ラスボスの格の違いだと思う(個人の見解)。
信者に殺されかねないけど、某始祖様とか、某社長とか、煽り耐性低過ぎてネタキャラ化した節あるよね。油断と慢心は十分過ぎるほどあったけど、余裕は無いって言うか。
まぁ、これ以上言ったら普通に八つ裂きにされかねないから、もうなにも言いません。
サイロがそういう奴かは知らないし、興味もなかったが、確実にプライドは高いタイプだ。不快に思うくらいは想像に難くない。
まぁ、サイロの持病のことはどうでも良い。いざとなれば斬り捨てよう、物理的に。
それよりも、今は僕に預けられた戦力と、護衛対象の規模について考えないと。
兵士の方は、僕とサイロ含めて九人。
一方の避難民は以外にも多く、子供十三人を含む計四十二人。
単純計算で兵士一人で約五人を受け持つことになるな。
僕は全くの素人なので、この人数でちゃんと守り切れるのか分からない。
こういう時に頼りになる(と良いなぁと切に思う)のが、五等騎士サイロさんだ。
あんだけ偉そうな態度をとっていらっしゃるからには、期待しても良いんですよね?
正直、全く当てにはしてない。
常に高圧的で面倒くさいコイツに構ってられるほど僕はコミュ力高くない。そんなんあったらボッチもしてないし、ハブられてもない。
なにより、あんな死に方しない。
だから、僕が頼りにしてるのは、現場をよく分かってそうな班長以下帝国歩兵さん達だ。
この七人に避難民の命運は託されたと言っても過言じゃない。
……過言にするべく、全力で任務に当たらせてもらう所存ではある。
その前に一つだけ確認しておきたいことがあるので、班長に聞いてみる。
こういうのは、変に強がったり恥ずかしがったりして聞かなかったら、後で痛い目を見るんだ。ソースは今までの僕。
「……何故、こんなに避難民がこの拠点に残っているのですか? 門はすぐそこでは?」
「……門を開けて外に出した後の護衛が足りないのです。先程まで聖女様の捜索に兵が割かれておりましたから」
そして、今は亜人が攻めてきてそれどころではない、と。
確かに、避難民の護衛の確保は死活問題だな。
空はもう相当暗い。拠点内も灯りが付き始めた。
――で、外には亜人がうじゃうじゃ。
この状況で外に放り出すのはもう嫌がらせだな。
納得した僕は周囲の兵の配置などを見ながら、自分なりの護衛計画を立てる。
ただ避難民の前に九人並んで突っ立ってる、ってわけにはいかないだろう。
亜人が来ている方向や、周囲の配置なども考えながら、効率よく人員を割り振らなくては。
そんな僕の方へ近付いて来る影があった。
灯りが点いてるとは言え、結構暗い。顔なんて見ても誰か分からないので、そんなことはないとは思うが、一応警戒する。
「騎士殿、鎧をどうぞ」
「ありがとうございます」
それは、帝国軍の下士官だった。わざわざ鎧を届けに来てくれたのだ。僕とサイロの二人分。
……なんか警戒しちゃって申し訳ないな。
さっき南門で借りた軽装鎧に比べると、より頑丈そうだ。
重いけど、それなりに動けそうかな。
他にも、お湯を沸かしている人もいる。あっちは油か?
兵士じゃないっぽいが、軍属かな?
石や矢筒の替えもずらっと用意してある。すぐに運べる位置にちゃんと。
こんなところも、南門とは全然違う。
あっちも油とか用意されてはいたけど、沸かしたりしてなかったし、全体的に来た奴をぶん殴る的な脳筋思考だった気がする。
事前に準備する内容や、それに軍属を使うことで兵士を戦闘に集中させることを見越して連れてきておくとか、後から来た僕らにこんなものを支給してくれる、正確には用意してあるあたり、リカルドは相当準備してここに臨んでるんだな。
僕も改めて気を引き締めないと。
「避難用の馬車は確保してあるのですか?」
「はっ、こちらにあります。一応の改造も施してあるとのことです」
そう言って班長が示したのは、見た目は普通の幌馬車だった。
でも、よく見ると板を立てたりと、一応の補強がなされている。
班長が伝聞調なあたり、これも軍属の人がやったのかな。
「では、皆さんを順に乗せていきましょう。中にいた方が少しは安全でしょうし、音も防げるかと」
「了」
戦闘音をじかに聞くのと、布一枚だけでも挟むのとでは、恐怖も少しはマシになるだろう。
見えない方が怖い、って人もいるかも知れないけど、どうせここで起こるであろう戦闘なんて暗くてよく見えないだろ。
それなら、ちょっとでも恐怖が緩和される馬車の中にいた方が絶対に良いはずだ。
僕の指示で、避難民は比較的素直に馬車に乗ってくれた。
逆に今まで乗ってなかったのは何故なのか気になったけど、まぁ良いや。
ダメだったとしても、今ここの責任者は僕だ。僕が最善と思った方法で避難民を守る。
……最悪、僕にこの役目を振ったリカルドの所為にして乗り切ろう。
第一、アイツ隙を見て逃がせとか言ってたし、乗せても良いだろ。
馬車には馬は繋がれていない。
馬を借りるのはなんか断られたので、折角乗ってもらっておいて悪いけど、逃がす時は降りてもらうことになるかもしれない。
馬を一頭でも多く騎兵隊に確保しておきたいのは分かるが、あんなに段取りの良いリカルドが避難用の馬を用意していないというのは、少しどころでなくだいぶ違和感があるな。
この違和感、覚えておこう。なにか重要なことかもしれない。
「……来ないな」
「そうだね。……確かに全く動きがない」
サイロの言う通り、亜人の姿が確認されて以降、なんの動きもない。
こっちの方が直近の問題だな。
扉付近の「壁」には大勢の兵が上り、亜人が迫る方向を全力で警戒していたが、全く戦闘が始まる気配がない。
それでも、全く気が緩むことがないのは流石だな。
当たり前に思われるかもしれないけど、並の人間なら気が抜けてもおかしくない。
それを狙っての停止なのかもしれないが、どうもイメージに合わないな。
『聖女』様の拠点も囲んでるだけで手を出してこなかったけど、その時とは状況が異なる。
あんな連絡を寄越してくるくらいだ、中央に『聖女』様を遊ばせておく余裕なんて絶対にない。
『聖女』様がここにいらっしゃらないことは奴らも分かっているはずだ。
仮にその情報が中央の部隊からもたらされていないとしても、何故このタイミングで『聖女』様を捉えるための部隊がここに現れたのか、という疑問がある。
……となると、最も可能性が高いと考えられるのは、やっぱり――
「――援軍の妨害、だろうな」
「は? なにをいきなり言い出すんだ?」
僕の独り言にサイロが反応してるけど、今は無視する。
僕の予想、あながち的外れではないと思う。
中央の状況を聞く限り、事態はかなり緊迫している。
一刻も早くなんらかの手を打たないと、このままでは市庁舎――この都市が陥落してしまう。
しかし、逆を言えば魔王軍からしても、ここは正念場のはずだ。
この機を逃せば、奴らがシナラスを手に入れる機会は二度と訪れないかもしれない。
だから、今この都市内にいる動かせる戦力は全て動かしているはず。
その時、最も恐れるべきことは、人族側の戦力も全て中央に集まってくることだろう。
城攻めをしなきゃならない以上、人族軍に挟み撃ちされるのは目に見えてる。
流石にある程度の制限があるであろうことは想像に難くない例の手も、先立つものがなくては宝の持ち腐れだ。
だから、捨て駒を各方面へ配置して、援軍の到着を遅らせる、そういう腹積もりなのではないだろうか。
自分達から仕掛けてこないのは、少しでも兵力を温存したいから。
そう考えると、だいぶ理にかなっている気がする。
……まぁ、分かったからなんなんだ、って話なんだけど。
今の僕は一介の修道騎士に過ぎない。
それに、それが分かったところで援軍を送るには結局目の前の連中を突破しなきゃならないことに変わりはない。
「おい、お前。なんなんだ、さっきからぶつぶつと、気持ち悪い」
「すみません」
サイロに注意されてしまった。
まぁ、傍から見ればだいぶ気持ち悪いのは否定しない。
それはそうと……
「ところで、サイロの持ち場は僕の隣ではないはずですが。何故僕の横に来ているのですか?」
「そっそれはっ……」
この場に二人しかいない正規騎士であるのに加え、階級上は責任者である僕より上なのもあってサイロは僕が付いてる方とは逆側の指揮を執らせるために配置してあったはず。
間違っても、僕の隣に置くなんて無駄なことはしていない。
にも関わらず、何故かこの人ここにいて僕にウザがらみしてるんだよなぁ。なんでだろ。
そこを問うと、露骨に慌てた様子でサイロはゴニョゴニョ言い出した。
まぁ、意地悪な質問をしてしまったが、答えは聞かずとも分かっている。
コイツは、度を越したさみしがり屋のくせに人見知りの、悲しき業を背負った奴なのだ。
同情しないこともないが、コイツの性格は個人的に全く好かんし、なんなら憎悪の対象でしかないから、出来れば過度に馴れ馴れしくしないでほしいものだな。
……まぁ、面と向かって言える胆力とコミュ力があったら、こんなことしてないわな。
「お前が、お前がちゃんとしているかを見張るためだ!」
「そうか。必要ないから持ち場に戻ってくれ」
ようやくひねり出したっぽい、それらしい理由を一蹴し、僕は自分の考えをまとめることに集中する。
サイロのウザがらみをあしらいながら、一つ恐ろしい想像をしてしまった。
これが仮に当たっているとすると、だいぶマズいことになりかねない。
リカルド以下、有能がそろってそうなだけに、そこに頼りきりになる危険性もある。
一回、話しといた方が良いか?
「サイロ、ここを少し任せても良いですか?」
「は? なっ別に良いけど……ぼくに感謝しろよ!」
「はいはい感謝してますよ。じゃあお願いします」
サイロに放りなげつつ、念の為に班長にも声をかけておいた。
別にサイロを舐め腐ってるわけじゃないけど、彼だけに全部任せるのはちょっと心配だしね。
……特に、人見知り具合が。
「隊長殿、少しよろしいでしょうか」
「ん? ああ構わない」
物見櫓の下に設けられていた指揮所にリカルドを訪ねると、快く受け入れてくれた。
コイツも貴族だろうに、えらくフレンドリーだよな。僕の提案も特に抵抗なく検討するし。
僕の方も、貴族に対する偏見を改める必要がありそうだ。
……その度に阻んで来るのは、初対面最悪かつ別に評価が改まるようなイベントが実はなにも無かったりするヒネルオンだったり、聖都でマジで意味不明な理由で絡んできた「ごれんじゃあ」とかから受けた理不尽な仕打ちなんだよなぁ。
別にそういう連中しかいない、って言ってるわけじゃないんだよ? でも、そういう思考を持ってる奴がいることに疑問が挟まれないって時点で、もう終わってるよね、僕との考えの相違がさ。
思考が大きく逸れている間に、話し合いたかった件に関してはちゃんと説明していた。
僕の考えに関しては、リカルド達も検討はしていたようだ。
流石だな。僕程度が思い当たることなんて、正規の軍事教育を受けている士官なら思い当たるのも当然か。
「こちらでも、そのことは注意している。君の方でも気を付けておいてくれ。民の錯乱は避けたい」
「はっ、お任せください」
リカルドと別れた僕は、馬車の前に戻った。
いざ僕らの嫌な予想が当たった時、確かに避難民がパニックを起こすのが一番恐ろしいかもしれない。
戦っているまさにその背後でパニックが起こっているのは、戦う身としては嫌で嫌でたまらない。
士気も削がれるし、人がパニックを起こした叫び声は精神をかき乱す。
こんな狭い場所でパニックの連鎖なんて起こった日には、簡単に全滅しちゃうぞ。
この拠点で、一番パニックに陥り易いのは、恐らく避難民――特に子供や若い女性――だろうし、僕がその管理を再度念押しされるのも当然のことだ。
入念に練り直した配置を徹底させる。
特に甘ったれたことをのたまうサイロには入念に言い含めた。
……ホントに、なんでこんな面倒くさいんだよ、コイツは。
この聞き分けの無さ、いい歳してガキかよ。
冗談は髪型だけにしてほしいもんだ。
結局、一晩なにも起こらなかった。
静かな夜に、避難民がずっと張っていた緊張の糸が切れたように眠れたことだけが唯一の救いかな。
そして、僕らの嫌な想定は的中することとなった。
「――ギィヤァーー!!」「ザザァーーン!!」「イグゴォーー!!」「ボゴゲェ!!」!「キャキャキャンッ!!」「ルグォウン!!」「ジネザエアス!!」「ワォフーーガ!!」「ウグレェ!!」
――夜明けと共に、ずっと動かなかった亜人が一斉に動き出したのだ。
◇◇◇
「――敵襲! 敵襲! 亜人共が動いたぞ!」
物見櫓が鐘を鳴らし、拠点中の兵士が臨戦態勢に入る。
これこそが僕らが可能性の一つとして警戒していた手――どうしても緊張の緩む夜明けを狙っての奇襲だ。
もちろん、その効果は微々たるものだろう。
亜人の方が夜目が利く者が多いという利点を捨てることになるし、警戒が緩むと言ってもこっちは「壁」の上に並び扉を押さえているのだ。
それでも、その一瞬の警備の空白と不意の一撃のダブルパンチが、拠点の入口の突破くらいまで到達しそうなのがこの亜人達なんだよね。
その危険性を鑑みて、対策を打っておいて正解だった。
「総員、馬車を囲んで待機。なにが起こっても勝手に動かないように」
……特にサイロ。
鐘がこんな大きな音を立てていて、遠くでは亜人が怒号を上げている以上、馬車の中の避難民にも聞こえているはずだ。
……なるべく不安にさせないようにしないと。
「うっうわぁ!」「そっちに行ったぞ!」
「壁」を越え、数人の兵士とともにトロールの頭が降って来た。
南門の城壁で僕が遭遇したのと同じだ。
30m上まで飛べるのなら、このくらいの「壁」なんて簡単に越えられるのは当然だろう。
……なんて言ってる場合じゃない。
地上にいる戦闘員はかなり少ない。
元々この拠点にはほとんど兵はいなかったんだから、その中でどうしても薄い所が出るのは当たり前だろう。
「軍属はこちらまで走れ! 勝手に戦うな! なるべく数人で囲んで戦え!」
僕は急いで周辺の人達を呼び集める。
一か所に集まっといた方が守り易いし、敵の狙いを絞り易い。
下手に好き勝手動き回られるよりも、こっちの方が楽だ。
……まぁ、それが心底気に食わない人が若干数人いるっぽけど。
「おい、貴様ぁ! 下民如きが何故俺を差し置いて命令する! 撤回しろ!」
「デキンズ殿」
「デキンズ様だろうが! 俺こそがデキンズ家子息、カリh――ぶごへっ」
僕らの他に地上に配置されていたデキンズ隊の隊長、カリフッド・デキンズ様が、僕に文句を言うために周りを見ずに走って来た所為で飛んで来た兵士の遺体に当たりこの世から出禁にされた。
……これはちょっと不謹慎過ぎたか。でも、そのくらいムカついたから。
「でっデキンズ様ぁ!」「隊ty――ぼぎゃ」「うっ、うw――ぐでへっ」
デキンズ隊の面々も後先考えずに飛び出してきた隊長を追いかけて次々に仕留められていく。
ああクソっ、マジでなにやってんだよ、コイツら。
ただでさえ兵力が少ないってのに、そんな貴重な隊を無駄に潰しやがって。
下民に命令を出されるのが嫌なら、自分が先に出せば良かったんだよ。
本当に生まれしか誇れるところのない無能は、これだから嫌なんだよ。
「早く走れ! 立ち止まるな!」
「ひっひい」「うっ、たっ助けt――ぎゃぶっ」
必死に走って来た軍属やデキンズ隊の生き残りを受け入れる。
トロール達は、案外すぐには追ってこない。
既に頭だけから完全に再生したトロールが三体、自分達と一緒に落ちてきた兵士達をこちらへ投げつけながら、武器になりそうなものを探しているように見える。
「ゴルナ!」「オラ!」「ィネヨ!」
「ちょっと何言ってるか分かんない、な!」
そう言いながら、試しに石を一つ〈投擲〉で投げつけてみる。
体の頭に見事命中したものの、特に効いた様子はないな。
まぁ、良い。これの目的はこの石で仕留めることなどではない。
あの三体の注意をこちらへ向かせることだ。
「デキンズ隊、生き残りは何人だ?」
「無礼な。俺もf」
「何人、だ?」
「ひっよっ四人、です」
「最初から素直にそう言え」
デキンズ隊の生き残りを合わせて、この場の戦力は全部で十三人。
敵はトロール三体だから、単純計算で一体につき四人で当たれば良いわけだ。
……まぁ、四人や五人程度でかかったところで、馬鹿正直にいけば全員まとめてボコられて終わりだと思うけど。
入口方面からは戦闘音が聞こえている。
それも、かすかに「壁」の上にも戦闘が見えている。どうやら相当押し込まれているようだ。
となると、この場にいる戦力だけでこのトロールを相手取るしかないようだな。
「恐れるのは分かるが、戦わねばこうなるぞ」
「……」「うっ」「おえっ」「いぃぃ」
「神のご加護に身を委ね、身命を賭して戦え」
自分でもクソみたいなことを言っているのは分かっている。
それでも、彼らに戦ってもらわなくてはどうしようもない。
素早く辺りを見回す。
使えそうなものは……これとそれ、あれはちょっと危険か?
……まぁ、やらなきゃ100パー死ぬんなら、やった方がまだマシだな。
「一体ずつ狙う。他の二体とは無理に戦わず、馬車にだけ近寄らせるな」
ほとんど見た目だけでメンバーを振り分ける。
残りの二体を押さえるために二人ずつ残し、残る九人で一番手前にいる一体を狙う。
サイロは下手に動かれると面倒なので、攻撃班の極めて重要なポジションに就けることにした。
――「囮」という、とても大切なポジションに。
「総員、かかれ!」
一瞬の躊躇いが死に直結する。
僕はとどめを刺すために拾ったあるものを懐に放り込み、右手に握った剣を掲げて先頭を駆ける。
こういうのは、指揮官が先頭を走ってるだけで多少は士気が上がったりするもんだ。
ちょっとでも力を引き出すためにも、やれることはなんでもする。
「キュアガァアーーー!!!」
「ひっ」「うあっ」「いやぁ」
「うらぁ、死ねや!」
トロールの叫びに、怯んだ数人の足が鈍る。
トロールはそこを見逃すことなく丸太のような太い腕を、巨体に全く似合わぬ高速で振り下ろした。
ギリギリだったけど、僕の剣がトロールを捉える。
全然効いてる感じはしないけど、この横槍(横剣?)で作った隙に、誰も直撃を受けることなく避けることが出来た。
まぁ、咄嗟のことだったとは言え、とどめ担当だった僕がトロールの懐に入っちゃったのはだいぶマズいんだけど。
「こっちだ! ウスノロ!」
「ガ? キャガァア!!」
そこで注意を逸らしてくれたのは、意外なことにサイロだった。
全く効いてはいなかったものの、見事なタッチアンドアウェイでトロールの意識を自分に向けた。
その隙に僕は離脱して、チクチク攻撃しつつタイミングを見計らう。
攻撃班九人が、入れ替わり立ち替わり攻撃する。
戦闘に関して謎の勘を見せがちなトロールに気取られないように、攻撃のタイミングは僕が判断して、僕が勝手に動くことになっている。
……そうしとかないと、悲惨なことになるのは目に見えてるし。
そして、その時がきた。
体勢を崩した兵士の一人を仕留めようとトロールが拳を振り下ろしたその機を逃さず、〈浮遊〉も駆使して宙に舞い上がった僕は、(ギリギリ)トロールの頭上から馬蹄をめり込ませた。
「ギギヤァーー!!」
今まで数度トロールと戦ってきたけど、どいつもこいつも頭部から再生していた。
全員ではないが、最後は頭部への攻撃で仕留めてきた印象がある。
だから、今回も頭部への攻撃に望みを懸けて勝負に出た。
例えここが弱点であるわけでなくとも、上からの攻撃は重力の助けを借りれるし、この巨体だ。上から攻撃を受けることには慣れていないのではないか、という希望的観測もある。
そんなわけで放った渾身の一撃は――
「グ、ゲ、グオォ、グオォオオウンッ」
一撃必殺っ、とはいかなかったけど、それなりに効いてる……ぽい?
なんにせよ、〈超再生〉が発動したことにより、僕がめり込ませた馬蹄はトロールの頭に完全に取り込まれてしまった。
もがき苦しみ、のたうち回るトロールの姿は、そうなるように仕向けた張本人ながらも、同情を禁じ得ない。
そんな状況に陥ったことないから、想像しか出来ないけど、相当気持ち悪いだろうなぁ。
――文字通り、頭の中に異物が入り込むだなんて。
「未だ未だぁ、あと二体だ! 気を途切れさせずに行くぞ!」
そんな僕の声に、続く声は一つもない。
そりゃそうだ。ここまでに皆んなもう満身創痍になってしまっているのだから。
一体仕留めるために、既に二人が戦闘不能に陥っている。
片方はともかく、一人は踏み潰されてそれはもう無惨な姿になってしまった。
他の人も、お世辞にも元気満々とは言い難い。戦闘の続行こそ可能なものの、だいぶ傷付いている人も一人二人ではきかない。
士気の持続を考えても、このままスピード勝負で決着をつけたい。
「ゴゴゴッ、ゴロズ!」「グオォオーーーー!!!!」
「この調子で他の二体も仕留めるぞ! 一撃で殺せずとも、一撃さえ叩き込めれば、未だチャンスはある!」
仲間の苦しむ姿に怒った残りの二体が、押さえの兵士を押し退け突撃してくる。
それに対し、兵士達を鼓舞する僕の声には、残念ながらそこまでの喜びも、余裕もなかった。
言ってる自分でも、空元気な感が拭えないことは理解出来る。
これでどれだけの兵士が奮い立ってくれるかは不透明だけど、やってみるしかない。
……もう後になんて絶対に退けないのだから。
◇◇◇
――マジか。マジなのか?
僕は思わず自分の目を疑った。
それでも、目に映っているのは恐らく現実なんだろう。
この場で対応出来るのが僕らしかいない以上、一刻も早く動かなきゃ事態は悪化の一途を辿るだけだ。
そう考えた僕は入口付近で戦闘を繰り広げているリカルド達にも聞こえるように大声を上げる。
「――城壁上を亜人が接近中! 東門が上部より攻撃を受けている!」