79 心強い援軍③
「――うぎゃあ」
……ほらやっぱり。僕の言った通りじゃん。
状況を簡単に説明すると、知能は高めだけど身体能力的には弱めの複想人っていう水色で頭の長い宇宙人みたいな見た目の亜人が、横盗りを狙って奇襲を仕掛け――当然の如く二人に返り討ちにあった。
ちなみに、当然ヒャダイも亜人、つまり魔王軍なわけで。
僕からするとなにも状況は良くなってないわけで。
なんなら背中には未だ殴斧(仮称)、刺さったままなわけで。
……もうマジでやめたいわ。これがゲームなら、確実に電源ごと切ってるね。
「……チッ、邪魔が入ったな。雑魚が、手間を取らせおって」
ヒュダイの横槍が相当ムカついたらしい。狼軍曹は彼らの死体を徹底的に荒メイス(仮称)で破壊している。
その間、フード女はオークを一体ずつ処理していた。
リーダーであるチャーシューが僕の背中に深く刺さって抜けなくなった殴斧をなんとか引きぬこうと悪戦苦闘している間に、オークは唯一の強みであった〝数〟を失ってしまった。
さっきから見てる(聞いてる)感じ、このオーク達は希少だったり強力だったりするスキルは持ってない、若しくは持ってても使いこなせていないみたいだ。
最初から二人はそんなこと警戒してなかったっぽいけど、〝数〟という優位性を失った今、オークに勝ち目はないだろう。
僕を巡る――と言うとだいぶ語弊があるが、まぁそんな感じの争いは、フード女と狼軍曹の二人の間で決することになった。
……もう、こうなったら致し方ない。今思い付いたばかりの策を使おう。
僕の予想……と言うよりスキルに対する理解的なものから導き出される想定からして、これが上手くいく可能性は極めて低い。
『本体』なら特に問題はないだろう。
……と言うより、この身体に使用したやり方の応用なんだから、『本体』が出来るのは当然のことだ。
でも、『ルカイユ』でそれをやるのはリスキーだ。まず間違いなくこの身体とはおさらばだろう。
この場を切り抜けるだけならそれで構わないかもしれないが、後のことまで考えるとそう簡単には踏み切れない。
――戻れる保証はないのだから。
「大人しく俺様に渡しておけ! 貴様には他にやるべきことがあるのではないのか?」
「それはそちらも同じことだろうが! 奴は私に任せて、お前は早く探せ! そのためにわざわざ連れてきたのだぞ?」
なんかよく分からんが、戦闘音が激しくなってきた。
声を聞いてる感じ、どちらもまだまだ余裕そうだが、はたしてどこまで続くのか。
そして、チャーシューはいつまでちんたらしているのか。
「ヨし、抜けタ!」
「良かったな、死ね」
遂に殴斧を引き抜き、歓喜の声を上げたチャーシューを、傷口近くに集めた分体で作った即席の〈粘槍〉で奇襲する。
ここで貴重な分体を消費するわけにはいかないので、引っ込められるようにした改良型だ。
「グッ、グルアァーー!!」
良い感じに急所に当たったらしい。
引っ込める前にありったけの〈強酸〉と〈麻痺毒〉を放ち、手応えを感じるとすぐに引っ込める。
傷口はそのまま分体で塞ぐ。今は見た目はいったん後回し、この場を脱すること最優先だ。
「あそこだ!」「ルゴォーー!」「ガァア!」「ゲプッ! ゲプッ!」「ドォーー!」「ミツ、ゲタァーー!」「ギュビーー!」「グゥオゥ!」「コーオゥ!」
ヤバい、新手が来た。
亜人の声の聞き分けなんて出来ないけど、さっきも聞いた気もしないでもない声も混ざってる。
チャーシューも仕留められたわけじゃないし、あの二人が潰し合ってる間にあの連中に捕まったらそこで終わり、ジ・エンドだ。
カッコつけてる場合ではない! 取り合えず乗っかかられた弾みで取り落とした武器を回収して、この傷口を隠せるものを羽織らないと……。
見つけた。見つけたことには見つけたんだが……。
…………背に腹は代えられない。僕はそこにあった〝布〟を剥ぎ取り、マントのように首に結んだ。
振り向けば、僕に迫っている亜人はざっと二十ほど。
さっき見た時より少ないのは、互いに潰し合って数を減らしたからだろう。
「……さてと、どこまでいけるかな」
手持ちの武器は剣が一本。
体内の分体の中で攻撃に回せるのはほんの僅かだ。正直大したことは出来ない。
でもまぁ、ただ黙ってやられるだけか、と言われればそんなこともない。
「ウギャーー!!」
「っ、はぁ!!」
一体目、魚みたいな顔の亜人。
上裸だったこともあり、迷わずにその腹に攻撃を叩き込む。
色々な亜人からなる混成部隊である以上、連携の練度はそれほど高くない。
上官達と違って、僕を取り合って同士討ちする気はないようだが、この連携の穴を突くしかないだろう。
「ギユフッ」「クゴッ」
〈縮地〉であえて敵のど真ん中に突入し、立て続けに二人斬りつける。
これが人なら、同士討ちを恐れて攻撃を躊躇したりすることもあるだろう。
――勿論、鍛え抜かれた精鋭がそんなヘマをするはずはないが。
しかし、コイツらは亜人だ。
自分が武器を振るったことによって、味方――ということに今はなっている目の前の他人――に当たるかもしれない、ソイツが怪我したり、死ぬかもしれない、なんてことはこれっぽっちも考えていない。
よって――こうなる。
「ウガァg――グボホッ」「ジn――ガハッ」「ギィy――パギャッ」
トロールが振り下ろした棍棒がコボルトの脳天を砕き、コボルトが放った横薙ぎがオーガの胴を捉え、オーガが下から振り上げた大剣がトロールの首を開く。
それを目の当たりにしても、他の亜人が怯む様子は微塵もない。
「ゲレェーー!! ゲヘッ」「オラァ、アン」
次から次へとかかってくる亜人をひたすらさばいていく。
正直反撃に精一杯で逃走の筋道なんて全く立てられていない。
しかも……
「ゴゴz――ギヒッ」
「あっ……やっべ」
何体目か分からないゴリラっぽい亜人を斬り倒し、剣が折れた。
ここにきて剣が折れるとは、あまりにも間が悪すぎる。
さっきまでなんともなかったじゃん。全くそんな気配なかったよねぇ?
まぁそんな泣き言を僕がどれだけ言ってようが、そこを見逃してくれるほど甘い連中じゃない。
「ウラァ、シネェ!」「オワタァ!」「タッハァーー!!」
……もう今度こそ終わりだな。
武器無し、完全に包囲されてる。こんな状況で逃げ切れるわけはない。
今回は僕を取り合って醜い争いが繰り広げられるなんてこともなく、殺意高めの亜人が集団で襲ってきてるだけ。
どう考えても終わりだろ、こんなの。
「――突撃ぃーー!!」
そこへ聞こえてきた声。
2m近い長身に囲まれボコボコにされていた僕には最初全く見えなかったけど、すぐにその姿は見えるようになった。
「ナガ? ゴボべッ」
しばらく前にかなり目にした鎧を纏い、突き出した槍で目の前にいたオークを串刺しにしながら笑われたのは、イカしたちょび髭のナイスミドルだった。
「ユッケン隊、そこの彼を救出しろ。テリド隊は私とこの亜人共を片付けるぞ」
「「御意」」
その背後からも十数騎の騎兵が続いてきた。
どの人もかなりの手練れだ。奇襲を受けたということもあるが、亜人達を一方的に翻弄している。
ユッケン隊? と呼ばれた小隊が倒れ込んだ僕に近付いてきて、その内の一人に引っ張り上げてもらった。
「ここらで良いだろう。一旦引き上げる!」
ナイスミドルの号令で一斉に騎兵達は戦闘を止め、方向転換をする。
僕を乗っけた騎兵も当然その流れに乗り、遂に僕は亜人に囲まれ続けていた窮地を脱することに成功した。
◇◇◇
「――扉を閉めよ!」
ナイスミドルの号令で僕らが通るか通らないか、ぐらいの本当にギリギリのタイミングで扉が閉まる。
……なんなら、最後尾の騎兵のマントがちょっと挟まりかけたまである。
「ご苦労だったな。君は……」
「はっ、『青海の騎士団』第一中隊所属、六等騎士ルカイユです」
「第一中隊……南門側で戦闘していたのでは? 何故ここにいる」
「はっ、都市長閣下より東門で市民の避難を助けよ、とのご命令をいただいたからです」
「ほぉ、カスt――都市長が……分かった。歓迎しよう。見た所、階級のわりに相当の修羅場を生き延びてきたようだしな」
今、一瞬都市長のこと「カストディオ」って呼びかけてたよな。
このナイスミドル、ただのおっさんじゃないのかもしれない。頭の片隅に置いておこう。
「それで君は……何故そんなものを巻いているのだ?」
「あぁ、これですか」
ナイスミドルが示したのは、僕が背中の傷口を隠すために首に巻いていた例の〝布〟――オークの腰巻だ。
なんのかは分からないけど、動物の毛で出来たそれは、かなり丈夫そうだった。
……まぁ、見るからに汚れてるし、生理的嫌悪感を誘う得体のしれないナニかを漂わせていることは否定出来ないが。
「先程戦闘の最中に背中が大きく開いてしまいまして、それを隠すために羽織っていたのです」
「そうか。服は貸してやろう。その襤褸は捨てろ」
「はっ」
ナイスミドルの指示で兵士が持ってきてくれた制服に着替える。またまた帝国軍のものだ。
さっきは修道騎士のマント羽織ってたけど、今回はそれすらない。
剣も帝国兵のものを借りて腰に提げる。
……これで何本目だろ。替え過ぎてもう覚えてないや。
一応無事だった「帝国軍臨時歩兵指揮官」の徽章も付けとく。
これで、見た目は完全に帝国軍人だ。修道騎士要素はゼロ。
イヤァ、アコガレノテイコクグントオソロイダナンテ、ウレシイナァ。
着替えた後、周囲を軽く見回してみる。
見た所、帝国軍が即席で作った拠点のようだな。
さっきまで僕がいた聖女様の拠点よりも明らかにちゃんと出来ている。
瓦礫を積み上げただけ、みたいな感じではもちろんない。それなりにちゃんとした設計の下に造られている。
しかも、そこに詰めているのは、寄せ集めではなく、帝国軍の正規部隊。ナイスミドルも確実に帝国軍の士官だろう。
僕が着替え終わったのを見て、ナイスミドルが近付いてきた。
「都市長の命令でこちらへ来たと言っていたな。聖女様とはお会い出来たか?」
「はっ、先程まで聖女様の率いられていた避難民を護衛しておりました。そこで魔族の襲撃を受け、自分は足止めのためその場に残りましたので、聖女様のお姿はそれ以来拝見しておりません」
「そうか。ご苦労だったな」
嘘は言ってない。口にしていないことがあるだけだ。
それを感じ取ったのかどうかは分からないけど、ナイスミドルは考え込むようなしぐさを見せる。
まぁ、この様子じゃここにいるとかではなさそうだな。
でも、魔王軍が身柄を抑えたわけでもなさそうなんだよなぁ。
いったいぜんたい、どこに行ったんだろうか、聖女様は。
「私は帝国軍百人隊長、リカルド・ハーゼナス、東門の防衛部隊指揮官だ。聖女様から民を逃がすと連絡を受けて、この通り門前に陣を敷いていたんだが、なかなか到着しないので様子を見に出たら君を見つけたというわけだ」
なるほど。東門の防衛部隊か。そりゃこんだけ練度が高いわけだぜ。
修道騎士、『聖軍』、警邏隊と雑多な部隊を抱え込んでいた南門と違って、ここには僕以外異物は紛れてないようだな。
必要最低限の人員だけを下ろしたのか、数はそこまで多くない。
それでも、全く不安には感じない。
やっぱり、隊員達の動きも無駄がなく、なにより隊長を信頼していることがありありと見て取れる。
メルヘンの南門防衛部隊とはだいぶ雰囲気が異なるけど、とても頼もしい部隊のようだな。
「もう一度出撃する! 悪いがルカイユ、君も来てもらえるか? 聖女様を最後に見た地点まで案内してほしい」
「はっ、かしこまりました」
まぁ、僕に断るなんて選択肢はない。答えは「はい」か「Yes」か「OK」だけだ。
僕がナイスミドル――リカルドについていくと、さっきとほぼ同数の騎兵が扉の前に待機していた。
さっきいた人達とは微妙に顔ぶれが異なっている気がする。交代で何度も出撃するのか。
「ルカイユは私の隊に入ってくれ。馬を一頭貸し出そう」
「はっ」
リカルド直属の小隊は本人を入れて五騎。僕を入れると六騎だ。
僕が案内役な以上、この小隊が先頭を行くことになる。
うわぁ、緊張するなぁ。
こんな真面目な顔した完全武装の男共に注目された経験なんてほとんどないし、流石に調子狂うわ。
「開け!」
扉が開き、リカルドが先頭を切って駆け出した。
周囲の騎兵の様子を見るに、このおっさん、普段からこんな感じみたいだな。
てか、案内しろって言われても記憶をたどった限りどこで分かれたか全く覚えてないなぁ。
だって、聖女様を逃がした後、フード女に突撃して速攻槍で胸貫かれ、地面に叩き伏せられていたからね。マジで全く見てないし。
なんなら、聖女様捕まったと思ってたもん。
……まぁ、亜人達の様子を見るに捕まえ損なったっぽいのを感じ取ってはいたんだけど。
「前方に敵影!」
「バーラン隊、排除しろ! 残りはそのまま直進!」
「御意」
一行四十騎余りの中から十騎が抜け、亜人へ向かう。
さっきまでいた連中はいなくなっているな。
僕を(何故か)取り合っていたフード女とか、狼軍曹とかはともかく(?)、関係ない他の亜人達が死体も残さず姿を消しているのは少しひっかかるな。
残っていた亜人はそこまで強くなかった。
バーラン隊がすぐに再合流した。
……ヤバいな。そろそろマジでヤバいぞ。なんとか誤魔化す方法を考えないと。
「ルカイユ、どの辺りだ? 未だ先か?」
「はっ、もう少し先です。その建物を曲がった先かと」
「……分かった。マハティ隊、裏から回り込め。規定以上に遭遇したら笛を」
「御意」
『マハティ』? なんか人名と間違えられがちな某『◯当なる・◯言者の・◯』みたいな名前だなぁ。
……はははっ、そんな現実逃避してる場合じゃないね。僕がとっさに言った出まかせで小隊が動いちゃったよ。
結構ガチめに警戒してらっしゃるし、今更嘘ですとは言い辛いなぁ。
まぁ、その角を曲がったのは事実ですよ。僕がね。
だから、その先で聖女様と別れたのは嘘じゃない。
ただ、そのすぐ先で分かれたわけじゃないし、聖女様がここを通った確証はない、それだけだ。
「総員、警戒!」
角に差し掛かる直前で、僕以外の全員が一瞬息を呑んだのが分かる。
そりゃそうだ。この先では聖女様を巡る争いがまさに繰り広げられているかもしれないのだから。
攻撃向きじゃないとは言え、『聖女』様は『英雄』の一人だ。
そんな人が未だ戦ってるなんて、相手の実力も推して知るべし、だろう。
角を曲がり切ったその先には――
「……いない、か。総員、引き続き警戒」
――いなかった。聖女様どころか、誰も。
回り込んで前から現れたマハティ隊の報告も、同じものだった。
なんの痕跡も、気配もない。
確かにここで亡くなった騎士や兵士や、兵士達が殺したはずの亜人達の死体もなくなった、ということだ。
もう、明らかにおかしいな、この状況。
「……隊長殿、死体がなくなっております」
「……死体が? どういうことだ」
「……この場所で私が確かに死亡を確認した同僚の遺体がなくなっております。殺した亜人の死体も」
「…………総員、周囲を警戒しつつ停止。状況を確認する」
リカルドが停止の命令を出した。
各小隊長がリカルドを中心に集まり、その周りを残りの騎兵が囲む。
そのリカルドの目の前にいる、この僕に、小隊長隊の視線が集まっていた。
僕は簡単に状況を説明する。
「……遺体が消失、か」
「回収するゆとりが都市側にあるとは思えません。魔王軍にそれをする理由があるとしか……」
「では、それはいったいなんなのだ。とって食ったにしても綺麗過ぎるだろう」
そうなんだよなぁ。
あまりにも地面が綺麗過ぎる。
血の跡もほとんどない。こんなの異常だ。
僕含めそれなりに戦ったんだよ? ゲン騎士なんて身体を張って時間を稼いだ。
あの場ではそこまで効果があったかどうか分からなかったけど、聖女様が逃げおおせたのを見るに、確実にあの犠牲には意義があったと言えるだろう。
なのに、血の跡が地面に無いんだ。こんなのおかしいだろ?
僕を例に挙げても、胸を槍で貫かれて地面に崩れ落ちてる。
その痕跡くらい残ってるはずだ。
もちろん、フィクション御用達の「掃除屋」にかかれば、このくらいの後始末は簡単だろう。跡形もなく戦闘の痕跡を消すことなど容易いだろう。
でも、ここに「掃除屋」はいない。そんな手間のかかることをする奴はこの場にはいないんだ。
思えば、都市長が言ってた『亜人の死体の数が合わない』ってのも、これと同じことが起こっていたのだろう。
「ルカイユ、君が戦闘していたという亜人は、どの種族だった?」
「浅学故種族が分からないものもおりましたが、オーガ、オーク、コボルト、吸血鬼などです。獣人もいたかと」
「……なるほど、となると食われた可能性もないわけではない、か」
その通りだ。亜人の中には「食人」を行うものもいるが、それは大きく分けて二種類に分かれる。
好き好んで食べる亜人と、それが主食な亜人だ。
オーガやオークの主食は人ではない。奴らは人間の肉が美味いからわざわざ食べているだけの、グルメだ。
一方、吸血鬼やその親戚筋の混血鬼、屍食鬼なんかは明確に人間を主食としている。
……まぁ、厳密には人間以外でも大丈夫みたいだが、少なくとも生きた人とそれ以外の動物を並べたら迷わず人を食うらしい。
とりあえず、「食人」を行う種族がいたことは確かなので、兵士の死体が消えた件に関してだけ言えば、その可能性もなくはない。
……まぁ、それはまず有り得ないなんてことは、この場にいる全員が理解しているだろうけども。
「……捜索を続行する。この場で考えていても答えは出ないだろう。先ずは我々の成すべきことを成す、それが私達の仕事だ」
「「「「御意」」」」
「……はっ」
小隊長達が戻っていき、一行は再び動き始めた。
さっきより足取りは重い。警戒の程度が上がった感じだ。
リカルドも、ぱっと見はさっきと変わらない様子だが、わずかに緊張の色が濃く見える。
「隊長殿、この先で襲撃を受けました。本来なら馬車の残骸と護衛の死体があるはずです」
「……分かった」
避難民を乗せた馬車がフード軍団に襲撃を受けた地点に差し掛かる。
僕の予想通り、そこには馬車だけが残されていた。
「……やはりここにも死体はない、か」
「……はい。不気味なほどにそれだけが存在を抹消されています」
リカルドの言葉通り、ここに来る間にも、戦闘の痕跡らしきものはいくつもあった。
しかし、どこにも死体とそれに伴う血や体液の跡だけが不自然なほど姿を消しているのだ。
誰も言葉にこそしないが、騎兵達の間にも明らかな動揺が広がっている。
実際にこの目でこんな現場を見てしまったら、戸惑い、恐怖を抱くのは当然のことだろう。
僕だってまともな感性のままならビビり散らかしてただろうしね。
でも、残念ながら今の僕はもうまともじゃない。
スライムだ。ゾンビだ。この状況で、僕はなんとも言えない感覚に襲われていた。
今までも何度か感じてきたこの感覚。僕が僕じゃない〝ナニカ〟に浸食されていくような、そんな感覚だ。
でも、不思議と嫌じゃない。あるべきものがあるべきところに収まる、そんな安心感さえある。
それがなんなのか、その答えが出る前に、僕らは当初の目的を一部果たすことに成功した。
「あっ、騎士様ぁ、助けて、ください」
「なっ、お前ぇ、どこにいたんだ!」
避難民――とついでにサイロ――が馬車の陰に隠れていたのだ。
◇◇◇
「この者らになにか温かいものを。毛布も用意してやれ」
「「「「御意」」」」
その場にいた避難民――とおまけのサイロ――を救出し、僕らは一度拠点に戻った。
これ以上の捜索は危険と判断したことと、避難民の中には小さな子供もおり、体力が心配だと親に泣きつかれたからだ。
サイロは服こそ汚れてはいるものの、掴まれた時に出来たと思われる首の傷以外に目立った外傷などはない。
でも、僕らを見つけた時の様子を見るに、敵を警戒して一番外側にいたようだ。
彼なりに避難民を守っていたのだろうか。
「おいっお前、なんでここにいるんだ。聖女様の護衛はどうした」
「僕は聖女様を逃がすために残ったからね、そこで別れたんだよ」
サイロは話しかけられる人が僕しかいなかったみたいで、ひたすら突っかかってくる。
別に構わないけど、僕にだってやることくらいはある。コイツにだけ構ってる場合じゃない。
「はぁ、あの帝国騎士、聖女様を連れて行くならぼくも連れて行ってくれれば良かったのに」
拠点内の観察をしながら、コイツをどうやって上手く突き放そうか、そう考えながら生返事をしていた僕の耳にとんでもない情報がもたらされたのは、そんな時だった。
「今、なんと? 聖女様を、帝国騎士が連れて行ったのか?」
「あ、ああ、中央から小隊が来て、連れて行ったぞ」
「……それがなんで共有されてないんだよ」
サイロは状況を全く把握していなかったようだから、責めるのは酷だろう。
それでも、早く話しといて欲しかったなぁ。
なんにせよ、これはかなり重要な情報だ。早速リカルド達と共有しないと。
「ルカイユ! 今城から速報が入った! すぐ来てくれ」
「ちょうど良かった。私もこちらのサイロ五等騎士から話を聞いていたところです」
そのタイミングで、リカルドが僕を呼んだ。
城からの速報、十中八九この件だろうな。
遅いよ、もっと早く伝えてくれればもっと有意義に時間を使えたのに。
とりあえず、駆け足でリカルドのいる臨時指揮所まで向かう。何故かサイロもついてきた。
「聖女様は城にお戻りになっていたようだ」
「はい、サイロ五等騎士もそれを目撃しておりました」
「だが、その先が問題なのだ」
「えっ」
城からの速報はこれで終わりではなかった。
深刻そうなリカルドは、各小隊長含む士官が全員集合したのを確認して、口を開いた。
「…………都市中央は今――」
その後に続いた情報は、耳を疑うものだった。
正直、全く予想だにしなかったこと、ではない。
それでも、常識がギリギリのところでその可能性を除外していた。そんなことあるわけがない、と。
明らかに〝これ〟は僕らの敗北を意味している。
この都市の陥落は、一都市の喪失で済む問題ではない。
ましてや、〝これ〟は他の都市でも起こりかねない。
しかも、そこには『聖女』様はいない。『勇者』もたぶんいない。対抗策は限られる。
この都市で、シナラスで僕らがどれだけ健闘出来るか――勝てるかに全て懸かっている。
とんでもないことになった。
周囲の士官達は全員互いに顔を見合わせている。
サイロが小さく『行かなくて良かった』と呟いてる。
そりゃそうだ。
正直、このスケールの話は僕らの手に余る。
それでも、やるしかない。
出来る出来ないじゃない、やるか――やるかだ。
――僕ら以外に動ける奴がいるのかも分からないのだから。
「直ちに全員で出撃するぞ! 避難民n――」
「敵襲です! 隊長!」
「なんだと?」
そこへもたらされた敵襲の知らせ。
その場にいた全員で拠点の物見櫓に上がる。
「キャキャキャーイ!」「ウゴォーー!!」「オリテコイ!」「ボゲガッ!」「プガハァ!」「ジネヨ! マジデ!」「カガッテ、ゴイヤ!」「ルガァア!!」「カラス!」
――そこから見えた景色を「敵襲」以外の言葉で表現する方法を、少なくとも僕は知らない。