78 心強い援軍②
「――待たせたな。よく耐えた」
姿は見えない。と言うか見れない。
それでも、声だけで分かる。忘れるはずがない。この声を。
「……と言うとでも思ったかぁ!! ふははははははぁ!!!」
勝手に一人で盛り上がり大声ではしゃぐ。
……狼軍曹(仮称)だ。
声の方向から聞こえる他の音や振動から、どうやら一人(一体)ではないらしい。
戦闘音は聞こえないから、来たのは魔王軍――敵だけだろう。
……ざけんなよ、カスがぁ?
なんでこの状況下でおかわり来るんだよ。いらねぇよ。誰も頼んでねぇ。
マジでオーバーキルにもほどがあんだろぉが。
クソっ、もう無理だわ。
勝ち目があるとかないとか、もうそういう次元じゃないわ。
一秒後に負けるか、五秒後に負けるか、そういう次元だわ。
……てか僕、めっちゃ恥ずかしくない?
さっき『今回もマジでヤバそうなとこで助けがくるんじゃないかなぁ』『もはや何らかの強大な意志の介入を疑うレベルで生かされてる』とか思ってたよね?
いや、ヤベェわ。思い上がりも甚だしいわ。
挙句の果てに『救いは、求める者にしか与えられない』、とかカッコつけて言っちゃって。
マジで恥ずかしいわァ。穴掘って、入って、埋まりたいわァ。
いやガチで今すぐ殺してぇーー。恥ずかしくて死んでしまうわ。
あぁーー、ころしてくれぇえええ――
「――どけぇい!!」
――いや、やっぱ死にたくないわ。
こんなところで、アホ丸出して終わりたくないわ。
圧倒的膂力で引き剥がしにかかられていたところに、このバッドニュースだ。その隙を突かれて遂にフード女――と剣――から引き剥がされてしまっていた。
そこへ狼軍曹は、僕を引き剥がそうと群がっていたフード軍団ごと例の荒メイス(仮称)を撃ち込んだ……ようだ。
背骨が数本砕ける音がする。そんな音聞いたことないけど。
あいにくこの身体の背骨は(神経通ってないから)痛くないし、すぐに分体で接げるから折れても全く問題ないんだよね。
……まぁ、身体にめり込んできたこの吸血鬼のがダメージ受けてるだろうけど。
間にクッションのように入ってくれたおかげで僕へのダメージは若干抑えられた。
にしても、吸血鬼ごと攻撃するとは、コイツは嫌われそうなタイプだな。
強ければなんでも許される、そんな考えの持ち主だろう。
……こんな所で部隊指揮官なんてしてる時点で、たかが知れてるってのに。
一回でも徹底的に負ければ、部下にリンチされそう。
まぁ、こんな奴のことなんてどうでも良いけど。
「おい、お前あまり調子に乗るなよ」
「はあ? なんだ、文句あるのか?」
流石に部下ごと……てかほぼ吸血鬼に攻撃されて、黙っていられなかったらしい。フード女が狼軍曹を詰る。
それに対して狼軍曹は僕――ないし吸血鬼――への攻撃を中断し、応戦した。
敵が勝手に仲間割れを始めた。もうここに付け入るしかないな。
「だいたい、貴様らが『聖女』に手こずっていた故わざわざ俺が助けに来てやったんだろうが」
「黙れ黙れ黙れ黙れぇい! 図に乗り過ぎているようだな」
結構ガチ目の諍いが始まりそうだな。
タイミングを見誤らなければ、未だ諦めるのは早そうだな。
ちょっと可哀そうだけど、僕にめり込んできているヴァンプに密かにトドメを刺す。
武器はない。さっきフード女に刺したままにしていた剣は引き抜かれ捨てられてしまった。
拾えなくはない。なくはないが……この状況では難しいなぁ。
なにかしら考えないとな。流石に丸腰は無謀すぎる。
「亜人風情が……殺すぞ」
「はっ、こちらのセリフだ。先に貴様から消してやるわ!」
完全に狼軍曹の意識が僕からフード女へ移った。
フード女は声的に、あまりダメージを引きずってる感じはないな。
やせ我慢してるだけかもしれないけど……まぁ僕が気にしてやる義理はないな。
どっちにしろ、ここが狙い目だ。
このヴァンプをどのタイミングで押し退け走り去るのか、それが重要だ。
「うらぁああ!!」
「がぁあああ!!!」
両者が(僕そっちのけで)激突する。
周囲の部下たちもそれぞれの上官に従い、戦闘を始めているようだ。
つまり……脱走の絶好の機会が巡ってきたということだ。
……よし、今だ!
哀れなヴァンプを、なるべく誰にもぶつからないように押し退け、〈縮地〉で一目散に逃げる。
全員の意識が僕から離れているこのわずかな間に、なるべく距離を稼ぐ。
……さっきの狼軍曹の物言い、周囲の敵の動き、なんとなく違和感がある。
もしかすると、もしかするかもしれない。
未だ希望は――ある。
◇◇◇
〈獅子騙し〉!
進路上にいた吸血鬼を、相対していた亜人ごと静止させてその脇を駆け抜ける。
〈獅子騙し〉はかなり使えるスキルだけど、対象が強ければ強いほど成功率が低くなる。相手は慎重に選ばないと無駄撃ちのリスクもある。
ここはなるべく弱い奴に使う方向で。
本当は弱い奴(失礼)にも失敗の可能性あるし、成功しても他の奴の目を引きかねないから、使いどころはそれなりに選ばなきゃいけない代物なんだけど……今は交戦自体極力避けたい。戦わずに済むのなら、使うしかない。
初手で捕まるわけにはいかない。多少のリスクはあるが、初っ端からガンガンに使っていく。
トップ二人は幸いなことに(?)自分たちの喧嘩に夢中で周囲の声が全く聞こえていないみたいだ。僕の方を見向きもしない。
まぁ、僕にとっては好都合なことこの上ない。
二人の動きを不自然に止めてしまったことで、既に数人には気付かれてしまったようだ。こちらを向く者、向かってくる者までいる。
〈獅子騙し〉だけでどこまで足止め出来るかなぁ。まぁ、とりあえずやってみるか。
「おっお前、なz」
「どけ、邪魔するな。〈獅子騙し〉」
なるべく大声も出さない。静かに逃げる。
今は時間との勝負だ。
あの化け物二人にどれだけ気付かれずにこの場を離れられるか、それに全てかかっている。
武器がないのは、心もとないとかいうレベルではないが、今は我慢だ。
「まt」「どけ」
「いk」「いやマジで」
「どk」「道開けろ」
どんどん僕の逃走に気付く奴が増えていき、行く手を遮ろうと次から次へと出てくる。
それを片っ端から〈獅子騙し〉でかわしていく。
剣がなくとも、全く戦闘手段がないわけではないのだが、正直あんまり自信ない。
特に今回は否が応でも多対一の勝負になる。戦闘は避けたいと思っても責められはしないだろう。
そんなこんなで、あまり目立ちたくなかったものの、めっちゃ目立ってしまった。
周囲の敵のほぼ全員がこっちを見ている。
今はまだ僕のことを単なる手負いの猿だと侮っているかもしれないが、じきにここまで生き延びている異常な生存能力を疑問に思われるかもしれない。
そうなれば、もう油断を誘ってそこにつけ込むことも難しくなる。
敵がまだ僕を舐めてかかっている間に、化け物二人が僕の捕獲・抹殺に来る前に、絶対逃げ切ってやる。
……まぁ、その二人は、完全に二人の世界に入っていて、僕の存在など忘れてしまっているようだが。
二人は互いに相手を少しでも長く痛めつける、という共通の目的のもと殴り合っている。
本来のフード女の実力を発揮すれば、狼軍曹がいくら強かろうと瞬殺だろうから、やっぱりダメージは確実に入っていたようだな。少なくとも多少は引きずる程度のダメージは。
そんな弱体化した状態でも、今の丸腰の僕程度なら一撃で潰せるだろうから、狼軍曹とのくだらない内輪(?)揉めに注力してくれていることはありがたいとしか言いようがない。
敵が増えたと絶望していたが、案外状況が好転したと言えるかもしれない。
やはり考えなしの底抜けのバカは世界を救うんだなぁ(白目)。
「くっ、逃すk」
最後の一人を振り切った。
〈獅子騙し〉は対象者を視界に入れる必要があるから、基本目の前の相手にしか使えないけど、まぁそこは分体の一体を背中側へ回して発動させることでカバーした。
こういうところはめっちゃ便利なんだよなぁ、スライム。
……まぁ、それ言い出すと『本体』ならもっとスムーズに使いこなせるし、なんなら逃げる必要もないから、この程度でいちいち喜んでらんないんだけども。
僕の裏技なんてどうでも良い、今はこのままどこまで逃げれるか、それだけだ。
〈獅子騙し〉の効果はそこまで長く続かない。
元ネタが一回こっきりの不意討ち技なだけあり、そんな便利なもんではない。
自然、最初の方にかけた連中はとっくに復活してる。そして、僕をかなり本気で追ってきてる。
僕の読みが正しければ、しばらく耐えれば大丈夫……なはずだ。
ここまで来れば武器の一つも手に入れておいた方が良さそうだし、それも探しながら走る。
さっきまでそれなりの激戦が繰り広げられていただけあり、武器はそこかしこに散らばっている。
問題は、地面に落ちてるそういった武器は、大抵ボロボロだってことだ。
いきなりの遭遇戦みたいなものだった上に、聖女様と一緒に拠点に籠ってた奴がほとんどだ。
要するに、ほとんど皆んな連戦に次ぐ連戦で、武器をだいぶ酷使した後だった、ってことだ。
「もう逃げル、ないゾ。カクゴしロ」
「うぅわっ、マジでそんなこと言う奴いるんだ。それ、取り逃がすフラグだからあんま言わない方が良いよ?」
……まぁ、僕としては逃げ切れるフラグ立ったってことだから好都合なんすけども。
そんなフラグをおっ立てたのは、オークだった。
今まで遭遇したオークの中では一番知能が高そうだ。ちゃんと何言ってるのか分かる。
……若干片言気味だから、脳内に数人のチャ◯ナ娘が浮かんできたわ。声自体はおっさん声だったけど。
そんなチャーシュー(仮称)は僕の行く手を阻まんと仁王立ちしている。
オークの中では比較的肌は黒めだな。身長は他のオークより頭一つ分高い。
知能も高いようだし、上位種かもしれないな。
得物は斧……のようだが、鈍器に近い形状をしている。斬殺より撲殺に向いてそうだ。
装備は革製の鎧に腰巻。さらに、亜人にしては珍しくズボンに靴まで履いてる。
そういや豚は綺麗好きって聞いた記憶あるな。そういうことなのかな?
なんにせよ、見るからに強そうだ。無理矢理押し通ろうと思ったら出来なくもないが、まぁだいぶキツいわな。
改めて武器が必要だ。
……問題は、どの武器を使えば良いのか、ってことだ。
僕は武器に関してもズブの素人だから、どの武器がガタがきてるとか、どれが見た目の割に未だ未だいけるとか分からない。
適当に拾った剣が、一回の打ち合いで折れるとかシャレにならないから、出来れば慎重に選びたい。
「カクゴ、しロ! オレが、殺ス!」
「死にたくないので、遠慮します」
どうもチャーシューはわざわざ覚悟を決める時間をくれるつもりらしい。すぐに攻撃してくることはなさそうだ。
それはそれでタイミング計りづらいけど……まぁ丸腰で戦うよりましか。
それより問題なのは、背後から確実に迫ってきている他の敵だ。
このままじゃ挟み撃ちにあうぞ。
チャーシューはオークにしては知能高めっぽいけど、他の種族と上手く連携出来るタイプには見えない。
それでも、油断は禁物だ。
挟み撃ちが上手くいこうがいくまいが、僕が圧倒的に不利なことに変わりはない。
武器を早急に確保しなければ。勝負にすらならなくなってしまう。
……よし、この剣にしよう。
もう勘だね。なんとなくだ。
僕の勘はそこまで当たらないけど、なんか予想外のことが起きがちなんだよね。
今回も、なんか良い感じになる……そんな予感。
「おいッ、オレのチサビになレ!」
「ん? ちょっと何言ってるか分かんない」
「バカにすル、許す、なイ!」
背後から迫る敵に追い付かれる前に抜きたい。
チャーシューは獲物の殴斧(仮称)を構え直し、僕へ向けて突進してきた。
やっぱり、僕を追ってきている他の亜人と協力する気は皆無らしい。
まぁ、こっちとしては喜ばしいことだ。
僕も剣を構え応戦する。
理想的な流れとしては、一撃でそこそこのダメージを与えて背後に迫る追手が来る前に離脱することだな。
「ラァアア!!」
「っ、うっ、かっ」
思ってたより、コイツ速い。
予想より早く到達した攻撃に、合わせるのが精一杯だ。
なにかスキルを発動する暇もない。本当にギリギリの戦いになっちゃうかも。
マズいな。本当にマズい。
後ものの数十秒で追手が到着する。
もうそれまでにケリをつけるのは諦めて、なんとか僕にとって有利になるように場を整える方向で動こう。
そうと決まれば、チャーシューの動きを捉え、一撃だけでも当てれるようにならないと。
「動くナ! 殺せないだロ」
「動くに決まってんだろ。死にたくないからな!」
それなりに大振りだが、なにぶん速度がだいぶ速い。
未だ受けてないけど、威力もそれなりにありそうだ。
そのくせ、勢い余って殴斧が地面にめり込む、みたいなことにはならない。すんでで止めて方向転換している。
大雑把かつ力任せだけど、なまじパワーがあるし最低限のテクニックも持ち合わせてるから普通に強い。一番めんどくさいタイプだな。
幸い、動きは速過ぎて追うのは大変だが、動作がいちいち大雑把で無駄も多いからある程度予想出来るので避けられている。
とは言え、避けてばかりでこっちは一切反撃出来ていない。
この状況は早めに打開しとかないと、普通にジリ貧だ。
「ル、ラァアアア!! ラァア!!」
結構可愛らしい声をあげるもんだ。字面だけ見るとラ行ってこともあり可憐な少女のようだ。
……まぁ、声は完全におっさんのソレだし、見た目は二足歩行のしゃべる黒豚だ。
そう思うと、一気に萎えるのは、なかなかにコンプライアンスに引っ掛かりそうな案件だな。
失礼なことを僕が考えてるとは夢にも思わず、チャーシューは殴斧を振り回している。
いつかは避けきれず当たるだろうな。それまでにせめて反撃に繋がるなにかを探しださなきゃ。
〈回避〉と体捌きでかわしつつ、チャーシューの動きを観察する。
焦って攻撃してデカいのを喰らったら目も当てられない。ここはぐっと堪えて分析に専念すべきだ。
なにがなんでも見つけ出して、この窮地を脱する――
「――遂に」「ガァア!」「オゥヤァ!!」「殺す!!」「ボォゴオゥ!!」
――と思ってたけど、無理そうだな。
追いつい(てしまっ)た追手が背後から僕に襲い掛かってきた。
しかも、コイツらはチャーシューと違って連携する気があるだろう。
『前門の虎、後門の狼』ならぬ、『前方の豚、後方の鬼(達)』ってところだな。
……馬鹿な事言ってる場合じゃない。
なんとか初撃は避けられたけど、次は難しいかもしれない。
よく考えれば、チャーシュー側に連携の意思がなくとも、亜人達が勝手に攻撃のタイミングを合わせれば問題ないわけだ。
これはいよいよ勝ち目がなくなってきたぞぉ。
「とるナ! これはオレのエモノだゾ!!」
「ぬぁ⁉」「ゴェア⁉」「貴様っ⁉」「コーアッ⁉」
と思ったが、どうしても僕をこの手で始末しなければ気が済まないのだろうか。チャーシューが突然攻撃対象を僕から他の亜人達へ変更した。
いきなりの奇襲をモロに喰らい、数人の亜人が倒れ込む。
そして、その数倍の怒った亜人が攻撃対象を僕からチャーシューに切り替え、壮絶な仲間割れが始まった。
……いや、彼等は元々仲間などではなかったような感じもするので、その表現はおかしいかもな。
前から思ってたけど、亜人ってやたら自分の獲物への執着があるよな。
下手すれば横入りしてきた味方にすら襲い掛かる。
そのくせ、他亜人が戦ってる敵にも躊躇なく攻撃する。
変なとこで全く想像力が働かないとは、難儀なことだな。
下級兵だけでなく指揮官クラスのフード女や狼軍曹までもその習性には抗えないらしい。
――ここまで多彩な固有スキルを持ち、数も多く、身体能力も高い奴がそろっているのに覇権を握れず、人族や魔族の風下に立たなければならない理由がよく分かる。
僕そっちのけで戦いだした亜人連中を尻目に、逃走を再開する。
元々チャーシューに邪魔されなければこのまま逃げるつもりだったし、当初の計画に回帰するだけだ。
僕がそんな動きを見せても、目の前の敵を滅することに夢中な亜人達は気付きもしない。
やっぱり亜人は絶望的に軍隊行動に向いてないな。
狩りの延長線くらいの認識で人界に攻め込んできたんだろうか。
なるべく音を立てないように、その範囲内で出せる全速力で走る。
僕の予想通りならもう少し走れば見えてくるはずだ。
と言うより、視界にはずっと入っていた。
ただ詳細が分かるほど近くはなかったのと、目の前の敵から逃げ切ることに全神経を注ぎ込んでいたから、ちゃんと見えていなかっただけだ。
都市守備隊と魔王軍の戦いで倒壊したと思われる建物群を抜け、広場に差し掛かるところまで来る。
「ブガッ?」「ビヒッ?」「ブファ?」
そこへ新手のオークが現れた。僕の正面から。
急過ぎる。あまりにも急だ。
よく考えたら、チャーシューだっていきなり目の目に現れたし、アイツもたぶんこっちから来たんだろう。
考えれば分かることかもしれないけど、そんなこと分かるかぁ! こちとらそれどころじゃなかったんじゃい!
どうしよう。ばっちり目合っちゃったし、流石にスルーは無理だよな。
こんなところで戦闘なんておっぱじめたら、すぐに囲まれちゃうよ。
一縷の望みに賭け、スピードは落とさずに走り続ける。
オーク達の中に突っ込む形になるけど、コイツらが呆気に取られている間に抜けられる可能性も未だなくなったわけじゃない。
諦めた方が良い時も往々にしてあるけど、今は未だその時じゃない。
――僕のサイド◯フェクトがそう言ってる。
「殺セ! コイツらを殺セ!」
――そんな僕の希望的観測は、だいぶ形は違ったものの現実となった。
先ず僕の目の前にオークが降って来た。
次いで数体の亜人も降って来た。
飛来してきたのは僕が逃げてきた方向から。つまり――
「よく私から逃げられるなどというくだらない幻想を抱いてくれたものだなぁ? 後悔させてくれるわ!」
「はあ! それは俺様のセリフぞ! 手始めにそこの豚を脂身に変えてやろうか?」
「ナニしてル! 早く殺セ! 早ク!」
降って来たのは、フード女、狼軍曹、そしてチャーシュー。
何故彼らが空を飛んで来たのかは全く分からなかったけど、この状況は絶好の機会だ。
……フード女のセリフとか、気にかかる点はあったが、一旦ガン無視する。
チャーシューの命令は恐らくこのオーク達に発せられているはず。
その攻撃対象たる「コイツら」の「ら」に僕が含まれてるのかは分からないけど、オークも分からないと決めつけ、全速力で逃走する。
裏を返せば、オーク達がここにいるってことは、僕の予想は間違ってないし、未だ未だ逆転の目はある……はずだ。
「逃げられると思うなよ、と言ったはずだがなぁ!!!」
――と思った矢先、本日何度目か分からないけど、槍で貫かれた。
……すっげぇデジャブなんですけど。
地面に倒れ込んだ僕の上に誰かが乗っかってくる。
まぁ、ほぼ間違いなくフード女だろうな。
「おい、それは私が仕留めた獲物だぞ。どけ」
「黙れい。元はと言えば俺様が狩るはずだったのだ。俺の方が先よ」
……違った。狼軍曹だった。
まぁ、どっちでも大差ないや。今の僕がだいぶヤバい状況であることに変わりはない。
いやぁ、本当にあと少しだったんだけどなあ。実に惜しい。
今度こそ終わりか?
なんか死ぬ死ぬ詐欺の亜種みたいな状況に度々置かれ過ぎて色々バグってきた感あるなぁ。
まぁ、なんでも良いや。
このまま僕をどっちが仕留めたことにするかで揉めてくれや。
その間になんとかする手を考えよう。
「ウラァ、死ネェーー!」
「っ⁉ なんだ貴様ァ! 邪魔するな!」
そこへチャーシューが参戦したようだ。
音的に狼軍曹に殴りかかったのか?
そんなことをされて黙っている狼軍曹でもない。すぐさま反撃し、僕の頭上で戦闘が始まった。
僕そっちのけで亜人が戦闘を始めることにはもう慣れたけど、コイツらもう重症だよ。
なんで、この状況で戦闘を開始出来るわけ?
「だから、私の獲物だと言っておろうがぁ!!」
はい、案の定フード女も参戦しました。
もうヤバいよ、コイツら。
亜人国家を率いてる王様、マジでパネェわ。連合王国の王様、マジリスペクト。
しかも、今回は下手に動いたら踏み潰されかねないから、迂闊に動けない。
……ほんと、どうしよっかなぁ。
この三つ巴の戦いは、普通に考えてもチャーシューが有利だろう。
何体いるか分からないけど、オークは他の二人と違って数で攻めることが出来る。
質も戦術も確実に拙いだろうけど、オークはその固有スキル上予想外の戦法を取ってくる可能性がある。
二人には他に警戒する相手がいるわけで、この状態でオークと戦うのはなかなか厄介だろう。
あぁクソッ、僕の上でドンパチやってさえいなければ、今すぐにでも逃げられるというのに。
「邪魔をするな! これは私の獲物だ!」
「違う! 俺様のものだと言っておる!」
「オレのダ! 返セ!」
ヤメテ。ボクノタメニアラソワナイデー。
そこまで熱烈に取り合うんならさ、もうちょっと僕に気を使ってくれても良いんだよ?
……いや、ホントに。マジのマジで。もうちょっと僕に配慮して戦ってほしいもんだよ。まったく。
さっきからチャーシューの殴斧がちょいちょい僕の脇を掠めてるし、フード女の槍やら剣やらが顔のすぐそばに何本も突き刺さってるし、狼軍曹は僕をがっつり踏んだ状態で、めっちゃ踏ん張ってる。
……って言うか、どいつもこいつも攻撃が上から下に繰り出されるんだよね。
いやまぁ、理にかなってるよ? 重力を味方につけるのは戦闘の常識と言える。
でもさぁ、こんだけ「誰が僕を殺すのか」で揉めてるんだから、こんな配慮無しで戦うのは遠慮してくんないかなぁ。
このままじゃ戦闘の余波で僕、死んじゃうよ?
そんな誰が殺したか曖昧な感じで終わって本当に良いの?
「ラァアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!」
「っ⁉」「やるなぁ!」
「ぐぶぉほっ」
遂にチャーシューの渾身の一撃が僕にクリーンヒットした。
それをかわすために狼軍曹は僕の上からどいたので、晴れて自由の身になったわけだけど、こんなんダメだろ!
普通にこの攻撃、僕じゃなきゃ死んでたよ?
もう我慢ならない。なにがなんでも脱出してやる。
問題は、三人(+オーク数体)に囲まれてること。そして――
「ぬっ抜けなイ!」
――殴斧が完全に僕の背中にぶっ刺さったことだ。
いや、はよ抜けや。力任せでも良いからさ。
そんな状況でも一切情け容赦なく他の二人は戦闘を再開してるらしい。
怒号と武器のぶつかり合う音が響き渡っている。
今が絶好の機会なんだよ。二人の目が僕から離れてる今が。
だから早いこと殴斧回収してよ。
いや、マジで頼んますわ、チャーシューさん。
「オマエら、手伝エ! 抜けなイ!」
……なんかめっちゃダメそうだなぁ。
ヤバいな。マジで早いとこ傷口を塞ぎたい。
感染症とか今更全く怖くないけど、この身体、ガワは一応人間なんよ。パックリ割れた状態を放置しとくと取り返しのつかないとこまでいきかねない。
そんな状態を他の人族にでも見られた日には……軽く死ぬる。
だから頼む。見てくれだけは君に倒されたことにしてやっても良いから、とっとと殴斧を引き抜いて――どけ。
「いたぞ!」
そんな僕の耳に、謎の声が聞こえてきた。
なんかこの感じ、前にもあった気がするんだよなぁ。
これ以上状況が悪くなるのは勘弁してくれよ?
「あのくらいの数なら大丈夫だな。今ならいけそうだ。行くぞぉ!」
……ホントに。