77 心強い援軍①
「――そうとも知らず、哀れなことよの」
「全て自分達の手のひらの上だった」そう告げた女に冗談を言っている素振りはない。
つまり、本当に僕らは彼女達の思い通りに動いていたということだ。
聖女様含め、皆んなの顔には明らかな動揺が広がる。
唯一の救いは、市民や民兵は全員気絶しているので、その動揺が致命的なパニックにつながることはないだろう、ということだ。
一応全員、集団でパニックになることの恐ろしさを理解しているし、そうならないための訓練も受けているから、その点においては心配ないだろう。
問題は、当然こちらに手の打ちようが全く無い、ということの方だ。
聖女様達は突入して来たは良いが、なにかする前に意表を突かれてしまって結局無駄に姿を晒しただけで終わってしまった。
そして、ここまで(自主申告通りなら)こちらの動きを完全に操作していたと言う魔王軍の目的が「その事実を告げて僕達を動揺させる」なんてものなはずはない。
「出てこい」
フード女がそう言うや否や、突然同じような格好の人影が一斉に現れた。全員が避難民を一人ずつ抱えている。
当然、不運にも事故に遭った避難民を優しく保護してくれていたわけではない。
紛うことなき――人質だ。
「勝手に動くなよ、『聖女』。どうなるかは……言わずとも分かるな?」
「ええ。……なにが目的なのですか?」
「ふっ、分かっているだろう? 我らがお前にある用事など一つだけだろう?」
意地の悪い質問だ。気絶しているサイロ達を除き、この場にいる全員がその答えを知っている。
聖女様に夢中な間に奇襲を仕掛けられないかと思っていたが、僕の目の前にはオクが目を光らせているし、後ろに残してきたアレクス達にもいつの間にか謎の人影がついている。
この場を打開する策は、残念ながら今の僕には用意出来ないな。
「大人しくその身を差し出せ。代わりにこの猿どもは解放してやる」
「……やはり、そのようなお話なのですね」
聖女様も言われるまでもなく、彼女達の目的は分かっていただろう。
だから、ある程度の覚悟もしていたはずだ。自分がこの後どのような目に遭うのか、その覚悟を。
……これはだいぶマズいぞぉ。
『聖女』様の性質的に民のためならば、その身も生命も躊躇いなく差し出しかねない。
でも、さっきサイロ達を説得する際にも言ったが、敵はオークを連れて来ている。結果は人族にとって最悪なものとなるだろう。
オーク――豚頭鬼は、ゴブリンやオーガと並び人界でかなり有名な俗に言う『四大亜人』の一角だ。
他の『四大亜人』同様に、オークも厄介極まりない固有スキルを引っ提げている。
それは〈食能〉。
「食した相手の保有するスキルをランダムで一つ所有出来る」という恐ろしいスキルだ。
そして最も厄介なのは、このスキルによって取得出来るスキルの上限は個体によって変わるが、ユニークスキルやレアスキルも関係なく取得可能、ということだ。
つまり、『聖女』様や『勇者』、『四大剣士』なんかが〈食能〉で喰われた場合、下手するとそのスキルを持ったオークが誕生するかもしれないのだ。しかも、一体で喰わずに複数体で喰うことで、そんなオークが複数体出現する可能性まである。
発動条件は満たさなければ発動出来ないが、種族や称号に関する条件は無視出来るオークは、人族よりよほど上手くスキルを扱ってくるかもしれない。
一度手に入れられてしまえば、そのオークを喰って何体も量産されることとなる。
そうなれば、同時に一人しか発現しないユニークスキル持ちのオークの大群と戦わなければならなくなる。
もはや人族に勝ち目はなくなるだろう。
だからこそ、なにがあっても『聖女』様を、『聖女』の身体を渡すわけにはいかない。
「待て」
「は?」「えっ?」「んなっ」「うっ」
……だから、まぁ、口から出ちゃったもんは仕方ないと思うんだよね。
周囲の意識ある者全ての視線が僕に集まる。
そりゃそうだ。僕だって当事者じゃなきゃガン見してるよ。こんな緊迫した状況で突然言葉を発した命知らずがいたら。
マジでなにも思いついてない。でも、今は全員の注意が僕に向いてる。なにかやったら状況を多少なりとも改善出来るのでは?
一先ず、頭に浮かんだことをろくに精査もせずに垂れ流すことにした。
「『全て手のひらの上』とか言ってたわりに、僕の発言は予想出来なかったのか?」
やらかしたぁーーー。それは言わんでも良いやろ、流石に。
煽るつもりも微塵もなく、ただただ純粋に疑問に思ったことを述べただけだったんだが、冷静に思い返すと、これ完全に喧嘩売ってるわ。
ほら、登場以来ずっとクールでミステリアスだったフード女が、なんかプルプルし出したよ。
でも、もう後戻りは出来ない。しゃべりながら考えを整理しよう。
とりあえずなにかしら言おうと口を開いた僕は、なにも言えずにその口をあんぐりと開けて驚くことになった。
「ふはははっ、あっはははは」
フード女が笑い出したのだ。
さっきプルプルしてたのは、怒りからではなく、笑っていたらしい。
でも、なんで? 今の発言に笑うところあった?
「はははっ、ふっ、はっ、確かに、お前の言う通りだな。お前が口を挟んでくるとは思いも寄らなかった」
ふむ、このフード、案外話せる奴かもな。そこを指摘されて笑えるとは。
敵に対しても自らの矛盾点を認められるこの度量、是非とも見習いたいものだ。
……まぁ、このノリで平気で殺しにくる奴が一番怖いから、お友達にはなりたくないけど。
そして、この中であることに気付いちゃったんだなぁ、これが。
ギリギリのタイミングまで気付いたことを悟られないようにしないと。下手にバレたことに気付かれたら、全部終わりだ。
よし、時間を稼ぐために話し続けよう。
僕が入り込めば入り込むほど、あちらさんからすれば嫌だろう。
出来る限り嫌がらせに徹してやる。
「殺せ」
「「「「「「「っ⁉︎」」」」」」」
「オク、殺s」
オクが一回目で動き出さなくて助かった。
先手必勝で素早く首を刎ね飛ばす。
相手は魔族だ。これで殺せたかは分からないが、とりあえず無力化は出来たことにする。
そのまま聖女様の元へと全速力で駆け寄り、その首に剣を当ててフード女を脅す。
「動くなよ。『聖女』様を殺すぞ」
◇◇◇
まさかこんな一瞬で僕を消しにかかるとは予想外だった。
おかげでこんなに早く『聖女』様を人質に取るはめになった。
周囲の騎士達もなにが起きたのか理解出来ていない様子だ。
そりゃそうだわな。
肝が冷えるようなことをやり始めた下民が突然敵に斬りつけたかと思うと、次の瞬間には聖女様の首に剣を当てているのだ。一瞬で読み込めた奴の方が異常だわ。
でも、今は説明している暇はない。邪魔もされるわけにはいかない。
誰も口を挟まないうちに勝手に進めさせてもらう。
「お前達が欲しいのは『聖女』であってアイリス・ソファリムの死体じゃないだろ?」
『聖女』含め、同時に一人しか存在しない「称号」は、死亡した瞬間に次の者へ移る。
つまり、魔王軍は『聖女』様を生け捕りにしてオークに喰わせる必要があるわけだ。
人族側には「『聖女』様の自害」というカードが一枚だけ存在している。
もうこれに縋って急場を凌ぐ以外に道はない。
後のことは……後の僕が考える!
「なにが言いたいか、分かるよな?」
「……笑っている場合じゃなくなったな。ちと猿を侮り過ぎたか」
僕の窮鼠猫噛みな脅迫に、フード女から今度こそ緩い雰囲気がなくなってきた。
笑いは鳴りを潜め、生物としての本能が「ヤバい」と警鐘を鳴らすレベルの威圧を放っている。
悔しさが微塵も湧き上がってこない程の隔絶した実力差だ。
さっきまで纏っていた絶対的強者としての〝余裕〟はもはやなく、完全に僕らを〝敵〟として警戒している。
そこまで馬鹿ではないと思うが、これで視野が多少なりとも狭くなってくれたら上出来だ。
〝余裕〟があったからこそ俯瞰して見えていたものが、臨戦態勢に入ったことで見えなくなる……というのは希望的観測が過ぎるか。
それでも、もうやるしかない。
フード女は、体感的に『神獣』なら勝てそうだ。『勇者』もいけるだろう。
あのクソマッドの〝秘密兵器〟でもいけるかもしれない。
だが、ソイツらは一人たりとも、一体たりともこの場にはいない。来る予定も――〝例外〟を除いて――ない。
この場にいる、あるモノをフル活用して逃げ切る。それしかない。
「分かっているのは、お前の方であろう? 私が一言命じるだけで全滅だぞ?」
「そんなことは百も承知! そこをどうにかする方法を今考えている!」
そんなアホなことを言っているのは、もちろん僕――ではなく聖女様の連れてきた騎士だ。
何故そんなことを急に言い出したのか、僕も分からず混乱しているが、まぁこっちからすれば好都合だ。その調子でフード女のペースを乱してくれ。
「……お前、なんなんだ、お前は。状況が分かっているのか」
「分からん! しかし、そこの騎士が頑張っておる故、ワシもなにかしなければと思い、口を挟んだ!」
「……はぁ、そうか」
……うん、まぁそうとしか言いようがないわな。
こんなアホな感じだったっけ? 何かにつけて噛みついてくるサイロに意識を持っていかれていたけど、こんなアホが混じっていたとは。
つくづく思うんだが、僕含めヤバい奴しかいないのか? 修道騎士は。
……と思ったら、コイツさっき拠点にいた奴じゃない。別の修道騎士だ。
東門にいたのか? 言っちゃ悪いが、こんなんで大丈夫なのか?
僕の(勝手な)心配をよそに、そのゲン騎士(仮称)はフード女相手に好き勝手に話しかける。
「ワシはなにが起きてるのか、正直言って全く分からん! そこ騎士が聖女様に刃を当てている理由も、何故貴様らがここにいるのかもな!」
「ならば、ひっk」
「しかぁし! そこの騎士がこの場をなんとかしようとしておることは分かる! よって、貴様を討つ!」
言うや否や、ゲン騎士はフード女目掛けて特攻した。
その場にいた誰もが一瞬呆気にとられたことだろう。僕もその例に漏れず、びっくりした。
いやだって、まさかこのタイミングで行く? ふつう。
戦力差は歴然、普通に戦ってはどう考えても勝ち目がないから、なにかしら付け入る隙がないか探すために時間を稼いでいるこのタイミングで、まさか突撃するとは。
僕は予想だにもしなかったし、それは敵さんも同じだったようだ。明らかに一瞬――ほんの一瞬だがされど一瞬――対応が遅れた。
当然、そこに僕は付け入る。
「逃げてください!!」
「えっ⁉︎」
「早く!! すぐに!!!」
聖女様をほぼ突き飛ばすぐらいの勢いで東門方向へ押す。
説明しているひまはない。
ここでわずかなりとも距離を稼げれば、敵の視線をバラけさせられる。
そこに更なる隙が生まれる。
……もう、ここにしか勝機はない。
「行け!!! 聖女様をお連れしろ!!! 急げ!!!!」
「おっおう」「こちらへ」「聖女様」
突っ立っていただけの騎士や兵士がようやく動き始めた。
行手を阻もうとするフード軍団に斬りかかり、聖女様が逃げられる時間を稼ぐ。
これもそれも何もかも、全て自分の生命を賭けて特攻してくれた彼のおかげだ。
僕は聖女様が逃げれそうな隙が出来たのを確認すると、フード女の方へ駆け出した。
ゲン騎士のことを信じていないわけじゃないが、彼一人で時間を稼ぎ切れるかは不透明だ。もう一人ぐらい〝潰れ役〟がいた方が良いだろう。
「ぐうぉ」
見ると、ゲン騎士は僕の予想を良い意味で裏切り大健闘――などしておらず、アッサリとやられてしまっていた。
アホっぽいけどめちゃ強い、とかはなく、普通に平均的な騎士の戦闘力だ。
勝てるわけもなく普通に負けた。
でも、彼が稼いでくれた貴重な時間は、人族にとってもっとも有利になるように使わせてもらった。
その犠牲は決して無駄にしない。
「ぐぶぉほ」
僕の胸から槍が生えてきた。
色は紅い。胸から迸る熱い血液とよく似た真紅の槍だ。
あまりにも急過ぎて、なんの対処も出来ず顔から地面に落ちる。
「えぅ」
すぐさま頭を踏みつけられた。
余裕があれば「ご褒美だ」なんだと言ってられたけど、残念ながら今は無理だな。
「我らから逃げられると思ったか?」
「……ぃや、あまり思っ、ては、なかった」
見えてないけど、遠くから聞こえた悲鳴的に聖女様も逃げれなかったっぽいな。
胸を貫かれようが動けないことはないけど、頭押さえられて胸に穴空いた状態で平然と動き回れる理由を思いつかないのでやめておこう。
「『聖女』以外殺せ。もう用はない」
フード女が恐ろしいことを言っている。
まぁ、僕も今から殺されるんだろうな。
魔法で作り出したっぽい槍は既に消えており、胸には穴が空いている。
〝血袋〟は補充しといたけど、そんな保たないので、出来ればなんとかこの状況を脱したい。
具体的には、一思いに殺すか、治癒魔法とかをかけて血が出てなくても不思議じゃない状態にするか。
「お前には聞きたいことがある」
この様子じゃすぐに殺してはくれなさそうだ。
頭を押さえつけていた力がなくなり、ちょっとだけ楽になった。
周囲からは次第に戦闘音が消え、それと同時に人の気配も消えていった。
フード女は未だ近くにいるようだ。
聞きたいこと、とやらがなんなのかは分からないけど、もったいぶってる辺りそれなりの内容なんだろう。
「うこっ」
戦闘音が完全に消え、最後の一人の呻き声が聞こえなくなってようやく、フード女が口を開いた。
「お前は、どこk――」
「死ねぇ!!!」
言葉を遮り、正確にフード女の胸――心臓目掛けて剣を突き立てる。
勢いよく飛び起きてそのまま行けるか若干不安だったけど、思いの外上手くいった。
僕が立ち上がれなかったのは、胸に穴が空いてたからじゃない。空いてるのを人族に見られるからだ。
全員殺されたんなら、誰に気兼ねすることなく動けるさ。
「なっ、なんだ、と」
「これで死んでくれるとは思ってないが、流石に心臓は弱点だろ?」
反撃がくる前に剣を回転させて少しでも抉る。
登場の仕方、身体能力、真紅の槍。
確証はないが、だいたいフード女の正体には見当がついてる。
まぁ、分かったところで今の僕では弱点を突くのは難しいが、ここはとりあえず攻撃しといたら大丈夫だろ。
「こ、こほせっ! ほいつを、ころせぇーー!!」
「っ、はぁ!!」
「ぐっぐぁあああ」
フード女の指示で僕に襲いかかってきた奴のフードを取り払った。
案の定激しく苦しんでいる。
その姿を見て、他のフード達は僕の方へ来るのを躊躇いだす。
やっぱりな。予想通りか。
『本体』の遭った奴とは特徴が違うようだが、まぁあっちは上位種だったっぽいし、コイツが通常種ならこんなもんだろ。
僕にフードを取られた奴は必死にフードを戻したが、それでも未だ苦しんでいる。
もうほぼ確定だな。
コイツらは、『古代大戦』の折、亜人種でありながら魔神に与し、『魔族』として扱われることになった、神の理を無視した不浄の一族、吸血鬼だ。
◇◇◇
「らぁ!! 死ね!!」「消えろ!!」「猿がぁ!!」
……まぁ、状況が好転したかって言ったら、全くそんなことはないんだけど。
味方は全滅。
フードを取ろうにも、距離を取って魔法を浴びせられたらどうしようもない。
さっきから絶え間なく飛んでくる魔法に対処するため、フード女への攻撃はやめなければならなかった。
距離をとり、〈回避〉を全力で行使しながらなんとか致命傷を避けている感じだ。
それでもどんどん追い込まれ、遂に崩れた建物の壁際に追い詰められ完全に包囲された。
……控えめに言って、ゲリヤバい。
吸血鬼ってことは、再生能力持ちだ。生半可な攻撃は全く効果がない。
弱点である心臓も、そう簡単には攻撃させてくれないだろう。
日光は間違いなく効くけど、近付けないし飛び道具もない僕にはどうしようもない。
「お前、何故その怪我で動ける」
「薄々分かってんだろ? 僕は……」
いや、折角あっちから話しかけてくれたんだ。絶好の時間稼ぎチャンス。そう簡単に終わらせてなるものか。答えを言いかけてたけど、慌てて取りやめる。
いきなり黙り込んだ僕に対し、フード女は部下に魔法攻撃を続けさせながら問いかけを続ける。
少なくとも、彼女の中での疑問が解消されるまでは殺されることはなさそうだ。
「……答えないか。まぁ良い。ただの猿でないことは確かだ」
「それより、自分で遮っておいてなんだがさっき僕になにか聞きかけてなかったか?」
僕の正体の話は、フード女の中で早々に結論を出されてしまってここで話が終わりそうだったので、慌ててさっき言いかけていた質問がなんだったのか逆に問うことにした。
フード軍団からの魔法攻撃はだんだん精度が上がってきて被弾する回数も増えてきた。
だいぶ厳しくなってきたなぁ。
なにかしらこの状況を打破する術を思い付かないと、このまま磨り潰される。
少しでも会話で時間を引き延ばしつつ、ひらめきに賭けるしかない。
「もう結構だ。そろそろ殺せ」
はい、終わったぁ。僕、しゅうりょーー。
フード女が魔法の詠唱に入った。
こちらに飛んでくる魔法からもいよいよ遠慮がなくなってきた。
……こうなったら仕方ない。
全弾直撃を覚悟し、剣を防御ではなく攻撃だけに使う。
「っ⁉ ふぐっ」
「くっ、くぁああ!!」
〈縮地〉で一瞬で距離を詰め、ぱっと見一番弱そうな奴を下から斬り上げる。
致命傷までいかずとも、あわよくばフードが取れたらいいな、ぐらいのつもりだ。
フードまではもっていけなかったが、それなりに手ごたえがあった気がする。
「とぅあ! ぐ、かぁ! はぁああ!! っ⁉ たぅあ!」
後は完全にやられる前にひたすら斬りまくる。
こうなれば一体でも多く道連れにしてやる。ただで僕を殺せると思うなよ?
……正直に言おう。
今まで、てかこの一日の間に、何度か死を覚悟した気がするんだよね、僕。
でも、なんだかんだで助けが入ったり、敵が引き上げたりして、未だ生きてる。
だからさ、今回もマジでヤバそうなとこで助けがくるんじゃないかなぁ、とか思ってんだよね。
もはや何らかの強大な意志の介入を疑うレベルで生かされてる。
そこにどんな理由があるのかは分からないけど、今回も助かるんじゃないかな。
だとしてもだ、たぶん助けをただ待ってるだけじゃ助からない。
と言うか、戦わなきゃ助けがくる前にやられちゃう。
だから戦う。死力を尽くして。
救いは、求める者にしか与えられない――
「ぐぁはっ」
左肩の筋が完全に終わった。剣を握る手に力が入らなくなってしまった。
右手で握り直し、必死に戦い続ける。
一体の胸を横に斬り裂く。
感触的に心臓にまで到達してはないと思うが、それなりにダメージを与えられた気がする。
連戦、連戦でぶっ続けで酷使し過ぎたこともあり、攻撃に回せる分体もMPもほとんど残されていない。
一発だ。一発だけ撃つ。
ギリギリまで粘って、完全に不意を突けるタイミングで心臓にぶち込む。
「どけぇぇぇーーー!!!」
僕とフード女との間にいた奴を蹴り飛ばし、全速力で接近する。
進路が分かり切っている以上、当然全ての攻撃がクリーンヒットする。
〈痛覚耐性〉で和らげられてるとは言え、だいぶ苦しい。ちょっとでも気を抜いたら剣を取り落としそうだ。
それでも耐える。そのままフード女へ突っ込む。
僕の耐久力を敵が見誤っている内に接近して、絶対に傷をつけてやる。
「くっ、うかぁっ、ぁお、かぅぁ」
全身に被弾し、満身創痍になりながらフード女に肉薄する。
持っている剣は寸分たりとも狂わせることなくピンポイントにさっきも刺した胸に向かっている。
流石は吸血鬼、それも恐らく上位種だ。結構深く広くつけたつもりだった傷も跡形もなく治っている。
それでも、さっきは確実に効いていた。
もう一度大人しく喰らってくれるなんて考えてないけど、それでも今出来ることなんてこれくらいだ。
相打ち覚悟の特攻。奥の手もどこまで通用するかは微妙。
それでも、やるしかない。
「おらぁーー!! 死にさらせぇーー!!!」
「ふっ、馬鹿なことをっ、こぁ」
僕の特攻をかわし、すれ違い様に首をへし折ろうとでもしていたのか、中途半端に手を伸ばしたフード女の胸に、とっときの〈粘槍〉を叩き込む。
神獣のに比べればしょぼい上に一発だけだが、まさかそんなものが出てくるとは思いもよらなかった(はずの)フード女の意識外からの攻撃には成功した。
剣を避けたことでほんの僅かだが安心した心に上手くつけ込めたのだろうか。
撃ち込んだ粘槍から残っているMPを絞り出して〈強酸〉を放出する。
「ぐっ、うぐぁあぁ」
「きっ貴様ぁ」「隊長に何をしたぁ」「なんだそれはぁ」「やめろぉ」「抜けぇ」「くたばれぇ」
苦しみ倒れ込んだフード女の姿を見て周囲のフード軍団が一斉に魔法攻撃をやめ、赤い剣を作り出して襲いかかってくる。
剣を粘槍を撃ち込んだのとは逆側から交差させるように突き刺し、なるべく攻撃を受ける面が少なくなるようにフード女の上にしゃがみ込む。
滅多斬りにされるが、意地でも手を離さないし、粘槍も消さない。
ここまできて諦めてなるものか。絶対にこの状況で生き延びてやる。
ここで日和って剣を抜いたりしたら、その瞬間に確実に仕留められる。
戦ってみて分かる。
この吸血鬼共、相当戦い慣れてる。下手な動きをすれば死に直結するだろう。
半端な覚悟では潰されて終わりだ。
さっきと違い、剣を回転させて抉ることすら出来ない。この体勢から少しでも動けばそこで終わりだ。
服の下で〈硬化〉を発動、特に狙われている右腕の付け根などを守る。
こっちから反撃は出来ない。
剣はフード女に突き刺してるし、抜くわけにはいかない。
よって、ただただ耐える。
そしてMPの続く限り〈強酸〉を流し込む。
これは僕とフード女の我慢比べだ。
フード軍団の攻撃で僕が先に殺されるか、それともフード女が僕の粘槍と〈強酸〉に耐え切れず先に死ぬか。
正直どっちが勝つかは分からない。
冷静さを取り戻したフード軍団は、剣による攻撃を中断して僕をフード女から引き剥がそうとしてくる。
それも耐える。ここで離れたら僕だけ殺されて終わりだ。
でも、凄まじい膂力だ。
この弱り切った身体でいつまで抵抗出来るかはちょっと微妙だな。
引き剥がされたら即座に襲いかかり、噛みついてでも逆殺してやる。
例え僕がここで終わったとしても、その時は道連れを最低でも二人、いや三人……今度こそ五人連れて行く。
そろそろ耐えきれなくなり、身体がフード女から離れそうになった時、遠くからこちらへ近付いてくる音が聞こえ、聞き覚えのある声が僕の耳に届いた。
「――待たせたな。よく耐えた」
――救いは求める者にしか与えられないが、求める者が必ず救われるとは限らない。