1 敬介、付きまとわれる
翌日の昼休み。
俺は校舎の廊下をズカズカと早足で歩いていた。
そしてその後を追うように、背後をついてくる女子生徒が一人。
俺の片想いの相手である糸山月さん。の、妹の、糸山美千や。
彼女は俺が入ろうとしていた演劇部の部員やったが、昨日付けでそこを辞め、自分で新しく部を創ると宣言した。
それはまあええとしよう。
自分でやりたい事があるのなら、それに向かって突き進んでくれたらええ。
しかし、何で俺がこいつの創ろうとしている部に入らなあかんのや?
俺が入りたいのは、あの月さんが居る演劇部の方なんや!
それやのに、何でまだ部としても成り立ってないような所に入らなあかんねん!
それにこのままやと、俺と月さんの距離はますます離れてしまうやんけ!
演劇部に入りさえすれば、俺は月さんと結ばれる事が出来るというのに(ベロベロの占いが当たっていればの話やけど)!
・・・・・・でもまあ、美千が無理矢理俺を勧誘せんかったとしても、俺があの演劇部に入部するのは無理やろう。
あの超冷たい菊井先生を俺だけの力で説得するのは、まず無理っぽいし・・・・・・。
と頭を悩ませていると、後ろから、
「おぉ~い、ちょっと待ってよ敬介く~ん」
という、何とも能天気な声が聞こえてきた。
声の主は言うまでもなく美千。
俺は聞こえないフリをして、更に歩く速度を速めた。
すると背後の美千がまた声を上げる。
「ちょっと、何で無視するんよ?あなたは敬介君でしょ?敬介く~ん、敬介く~ん・・・・・・・これだけ呼んでも反応しないという事は、あなたは敬介君やなくて、ダニエルさん?」
「誰がダニエルやねん⁉」
俺は思わず立ち止まり、美千の方に振り向いて怒鳴った。
しかしこいつはそんな俺に全く構わずにこう続ける。
「あ、やっと返事してくれた。という事は、あなたはやっぱりダニエルさんやったんやね?」
「ちゃうわい!俺の名前は桂木敬介や!」
「桂木ダニエルさん敬介」
「勝手にミドルネームにするな!そして『さん』までミドルネームに入り込んでいる!」
「よろしくどうぞ、ダニエルカールさん」
「完全に変わっとるやないか!俺の本名は何処に行ってん⁉」
「駅前のパチンコ屋に行きました」
「俺の本名は暇な時のオトンか⁉訳分からん事言うな!」
「そういう訳で早速本題に移りたいんやけど」
「どういう訳やねん⁉」
「敬介君、これから私が創る部に、部員として入部してくれへん?」
「断る!」
「ホンマに?良かった~、断られたらどうしようかと思った~」
「お前は鼓膜が腐っとんのか⁉ワシ今ハッキリと断るって言うたやないかい!」
「え⁉あれは『琴を割るっ!』って言うたんとちゃうの?」
「そんなモン割ってどないすんねん⁉話の流れと全然関係ないやないか!」
「うまく琴も割れたので、こちらの入部届けにサインを」
「割れてねぇよ!琴も無ぇわ!ほんでもってサインなんか絶対にせぇへんからな!」
「じゃあせめて、コサインだけでも」
「何がやねん⁉意味の分からん妥協の仕方をすな!」
そう言って俺は踵を返して歩き出した。
こいつと喋っていると頭がおかしくなりそうや(もうなってるけど)。
しかし美千は尚も俺の横についてきて、言葉を続ける。
「何で敬介君は、私が創ろうとしてる部に入るのが嫌なん?」
「俺は演劇部に入りたいんや!お前の創る得体の知れん部になんか入りとうないねん!」
「失礼やな~、私がこれから創ろうとしてる部も、演劇部やのに」
「ああ?何で演劇部を抜けたお前が、また演劇部を創るねん?」
「興味、あるやろ?」
「ない。俺が興味あるのは、本家演劇部の方や」
「えぇ~?そんなイケズ言わんとってぇや~」
とかいうやり取りをしているうちに、俺は職員室の前に辿り着いた。
別に美千から逃げる為という訳やなく(それも多少はあるけど)、純粋にここに用があって来たんや。
「敬介君、職員室に何か用なん?」
そう訊ねる美千を無視し、俺は職員室に足を踏み入れた。
後に続いて美千が、
「もうっ!」
と怒った様な声を上げてついてくる。
ホンマにしつこい奴や。
それはともかく、俺は部屋の中をキョロキョロ見回し、目的の人物の姿を探した。
演劇部の顧問である、菊井先生の姿を。
そしてあの人に改めて、演劇部に入れてもらえるようお願いするのや。
その菊井先生は、外の窓側のデスクに居た。
俺は早速菊井先生の近くまで歩み寄り、声をかけた。
「菊井先生」
菊井先生はデスクで何かの書類を書き込んでいたが、その手を止め、俺の方に向いてこう言った。
「駄目よ」
「えぇっ⁉俺まだ何も言うてないですけど⁉」
「言わなくても分かるわよ。演劇部に入れてくれって言うんでしょう?」
「そうです!その為に俺はこの高校に入学したんですから!」
「ほう、それはまた大した心構えね。でもあなたは、これから美千が創ろうとしている部の方に入るんでしょう?言っとくけどウチの部は、掛け持ちで出来る程甘くはないわよ」
「分かってますよ!ていうか俺はこいつの創る部になんか入りませんよ!こいつが勝手に俺を入部させようとしてるだけです!」
すると美千。
「人聞き悪いな~、それやと私がまるで、敬介君を無理矢理勧誘するパリコレモデルみたいやないの」
「誰がパリコレモデルやねん!もうええからお前はあっちに行け!」
「冷たいなぁもぉ」
「それよりも、ちゃんと入部届けも持ってきたんですよ。ほら、菊井先生、受け取ってください」
美千を追い払いながら俺が菊井先生に入部届けを差し出すと、菊井先生はヤレヤレという様子で首を横に振りながらこう言った。
「悪いけど私、年下の男からのラヴレターは、受け取らない事にしているの」
「誰がラブレターを受け取れなんて言いました⁉そうやなくて俺は、入部届けを受け取ってくださいと言うてるんですよ!」
「似た様な物じゃないの」
「全然違いますよ!」
俺がそう言って声を荒げると、懲りもせずに一向に帰ろうとしない美千が、再び口を挟む。
「敬介君ってもしかして、菊井先生の事が好きやから、そんなに演劇部に入りたがるの?」
「違うわい!」
「それを聞いて安心したわ。もしそうだったら私、冥王星まで逃げていたもの」
「どんだけ遠くまで逃げるんですか⁉そんなに俺の事が嫌いなんですか⁉」
「まざまざと」
「まざまざと嫌わないでください!」
「とにかく、これ以上あなたと話す事はないわ。私は忙しいんだから、あまり時間を取らせないでくれる?」
「そうはいきませんよ!俺の話はまだ終わってないんですから!」
「美千、彼をここから連れ出して」
「ちょっと!」
「分かりました!」
菊井先生の言葉に美千はそう返すと、ギュッと俺の右の二の腕をつねり、そのまま俺を職員室の入口の方へと引っ張っていった。
「痛っ!イタタタタタ!おい!美千!二の腕つねるな!地味に痛ぇよ!」
「これ以上菊井先生の仕事の邪魔をしたら悪いって。ほら、早く行こ?」
「イタイイタイ!分かったから!とにかくつねるのヤメテ!」
「つねられるのをやめて欲しいのなら、ウチが作る部に入るかい?」
「それは断る!」
「じゃあ、ウチを女王様とお呼び!」
「何でやねん⁉」
もう・・・・・・何やねん一体・・・・・・。