3 幼なじみの正樹
「はぁ~・・・・・・」
その日の昼休み、俺は教室の自分の席で、海より深い溜息をついた。
今朝はホンマに散々やった。
姉ちゃんにチャリンコをパクられ、走って学校に行く途中に、変な女にジャンピングクロスチョップをかまされ、しかもその女と訳の分からん口論をしていたせいで、思いっきり学校に遅刻してしもうた。
くそ!次に会うたらオモクソ文句言うたるからな!
いや、出来ればもうあいつとは会いたくない。
会ったらまた訳の分からん事を言うてきそうやしな。
しかしホンマに変な女やった。
一体何なんやあいつは。
どうやらこの学校の生徒みたいやったけど、一年生か?
もしそうやとしたら、学校で遭遇する確率がかなり高いやんけ。
どうか違う学年であってくれる事を願う。
そして卒業まで顔を合わしませんように。
それにしてもあいつ、あの人に何処となく似とったよな。
あの人というのは言うまでもなく、糸山月さん。
でも顔の作りが似てるからって、同一人物と考えるのはあまりにも短絡的やし、姉妹と予想するにも、この二人は性格が違い過ぎる。
糸山さんは例えて言うなら、その名の通り夜の空に清楚に輝く月。
かたや今朝のあの女は、夏場になるとやかましく鳴きまくるミンミンゼミってところやな。
この二人に一体何の共通点があるやろうか。
何処を取っても全然違うやないか。
だからこの二人は全くの他人同士や。考えるまでもないやんけ。
と、頭の中で結論を出した、その時やった。
「カッちゃ~ん」
と言いながら、クラスメートで俺の幼なじみの、田名沢正樹がやってきた。
この男は幼い頃から体が弱かったせいか、体の線や手足が、男とは思われへん程細い。
そんでもって肌は色白でアゴが小さく、目はくりっとしていて声が女の様に高い。
まあ要するにこいつは、一見すると男か女かよう分からん、極めて中性的な奴なのやった。
おまけに性格の方もその見た目に通りにひ弱で、極度の引っ込み思案&人見知り。
小さい頃からずっと俺に付きまとってきて、この学校に入学したのも、俺がここに入学したからやった。
そんな理由で入学する高校を決めてええのかと言いたい所やけど、それは俺にも言える事なので、まあ置いておこう。
それはともかく、正樹とはそういう奴なのやった。
その正樹は俺の前の席にこちら向きに座り、机の上に自分の弁当箱を置いた。
「どうしたのカッちゃん。今日はずっと機嫌悪そうやね?」
正樹は弁当箱の蓋を開けながらそう言った。
確かに今日の俺はすこぶる機嫌が悪い。なので正樹にこう返す。
「今日は朝から散々な目に逢うたからな」
「朝に会ったっていう変な女の子の事?まだ怒ってるの?」
俺の今朝の事情を知っている正樹は、そう言いながら弁当の卵焼きを頬張った。
俺はふてくされた口調で続ける。
「あいつのせいで俺は遅刻してもうたんやからな。絶対に許されへん」
「まあまあ、その事はもうええやんか。お弁当食べてお腹膨らましたら機嫌も直るよ」
「お前、それやと俺は食い意地で生きる単純馬鹿みたいやないか」
「そんな事ないよぉ。それより、今日もカッちゃんのお弁当は、時子さんの手作りなん?」
「おう」
「ええな~カッちゃんは。毎日あの綺麗なお姉さんに、おいしいお弁当を作ってもらえるんやから」
そう言って羨ましそうに俺を見る正樹。
こいつは前々からウチの姉ちゃんに憧れている。
正樹だけやなく、ウチの姉ちゃんに想いを寄せている男子生徒は結構居るのや。
それは姉ちゃんの(表面のみの)ルックスの良さもあるが、それ以外にも姉ちゃんは学校では優等生として振舞っているので、その猫かぶりに多くの男子生徒がコロッと騙されているのや。
あの女はホンマに恐ろしい。それを踏まえて、俺は正樹に言った。
「出来る事なら俺はお前と替わってやりたいよ」
俺は本心でそう言うたが、正樹はそれを嫌味と取ったらしく、苦笑しながら、
「ホンマはそんな気サラサラないくせに」
と言った。
ま、知らん方が幸せという事もあるしな。
こいつにはこのまま夢を見させてあげよう。
とか思いながら、俺は鞄の中から時子お姉さま(・・・・・・)(この学校の男子生徒の間ではそんな扱い)のお手製弁当を取り出し、それをありがたく頂く事にした。
「ところで」と正樹。
「何や?」と俺。
「カッちゃんが前に言うてたあの憧れの人とは、あれから何か進展があった?」
あの憧れの人とは、言うまでもなく糸山さんの事や。
俺は弁当を頬張りながら答える。
「全くどうにもなってへん。まだ喋った事すらないし、お近づきになるチャンスも今の所ない」
悲しいけど、それが今の状況や。
「でも今年中に何とかせぇへんと、糸山さんは卒業してしまうよ?ライバルだってメチャメチャ多いんやし」
「そんなん分かってるがな。そやけど無鉄砲に告白した所で、玉砕するのがオチやし」
「中学時代はそれでことごとく失敗したしね」
「そうや。そうやねん。だから今回は、もっと慎重に事を運ぼうと思うてるんや」
「慎重に事を運んで、玉砕するんやね?」
「アホか!何で玉砕するのが前提やねん⁉成功させる気バリバリあるっちゅうねん!」
「本気なんやね、カッちゃん」
「おうよ!今回の俺の片思いは、今までのとは全く違う、ホンマモンの恋なんや!だからそう簡単に玉砕する訳にはいかんのや!」
「その為にこの高校に入ったんやもんね」
「そうそう!」
「でもやっぱり状況は厳しいよねぇ。何しろ相手はこの学校で、時子さんと一、二の人気を争う糸山さんなんやから」
「う~む・・・・・・」
実際その通りやった。
糸山さんに想いを寄せ、何とかこの気持ちを彼女に伝えようと、この高校に入った俺やけど、今の所、彼女と距離を縮める方法は何ひとつ見つからない。
このままやと、糸山さんはホンマに卒業してしまう。
一体どうすればええんや・・・・・・。
と、心の中でブルーになっていると、正樹が「あ、そうや」と、思いついた様に声を上げた。
「何や?何か思いついたんか?」
「うん、あのね、カッちゃんは知ってる?この学校に住むと言われる、占い師の事を」
「占い師?この学校にそんなんが居るんか?」
「この前廊下で女子達が話してるのを聞いてん。何でも、今は全く人が出入りしない旧校舎の資料室に、謎の占い師が住み着いているって」
「住み着いてるって、そこで生活してるんか?一体何者や?」
「それが分かれへんから、謎の占い師って事らしい」
「とてつもなく怪しいな。ただの不法侵入者と違うんか?」
「うん、でもこの占い師は凄い力を持っているらしくて、人の未来を透視する事は勿論、その未来を思いのままに操作する事も出来るらしいねん」
「嘘くさぁ~」
「他にもタロットカードを使って悪魔を召喚したり、魔法陣を描いて魔界への扉を開いたりも出来るとか」
「もはや占い師というより悪の魔法使いみたいやんけ」
「元々は魔界でかなり上位の魔法使いやったけど、その力があまりに強大過ぎる為に魔界から追放されて、今はこの世界で人の姿をしてひっそりと暮らしてるんやって」
「どこのファンタジー童話やねん。そんなん噂話が一人歩きしてるだけやろ」
「でも旧校舎にそれらしい人物が住み着いているのは、確からしいよ?」
「確かかどうか知らんけどやな、それで俺にどないせぇっちゅうねん?」
「だから、そんなに凄い占い師がウチの学校に居るんなら、その人の力を借りれば、カッちゃんの片思いも何とかしてくれるんとちゃう?」
「ええ?何で俺がそんな胡散臭い奴の力を借りんとあかんねん?そもそも未来を操作するなんて出来る訳ないやんか」
「でも占い師っていうくらいやから、カッちゃんの恋路は占ってくれるんとちゃう?」
「そうかぁ?」
「何かいい恋のアドバイスをしてくれるかも」
「う~ん・・・・・・」
「ねぇ、このお弁当食べ終わったら、ちょっと行ってみぃひん?」
「ええっ?そうは言うてもあの旧校舎はもうボロボロやから、立ち入り禁止になってるやないか」
「でも鍵はかかってないはずやから、中には入れるって」
「でもなぁ・・・・・・」
「ええやんか、行ってみようや面白そうやし」
正樹はそう言って一人で話をまとめると、急いで弁当の残りを口の中にかきこみ始めた。
その様子を俺は、げんなりしながら眺めた。
ホンマに、行くんですかい?