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笑かせ!紺高第二演劇部!  作者: 椎家 友妻
第一話 彼女までの距離
3/30

2 憧れのあの人と、食パンの少女

朝食の後片付けを終えた俺は、戸締りをして家を出た。

表のガレージには、いつもならあるはずの俺のチャリンコはなく、代わりに後輪がペタンコになった姉ちゃんのチャリンコだけが残されていた。

「コンチクショウ!」

 俺は仕方なく学校へ走って行く事にした。

さっきも言うたけど、俺の家から紺戸高校までは、チャリンコで行っても二十分はかかる。

だからのんきに歩いて行ったら到底間に合わない。

なのでジョギングくらいのペースで走って行くしかない。

マッタク、あのワガママな姉にも困ったモンや。

今更どうこう言うてもしゃあないけど、まあええわ。

とりあえずここで、誰にでもなく俺の身の上話なぞをしとこうかな。

紺戸高校の文化祭の演劇でヒロインをやっていたあの人に憧れて、この高校に入った俺やけど、入学してからその後の生活はどうなっているのか?

俺が紺高に入学してからもう半月程が経つんやけど、結論から言うと、特に何もどうなってもいなかった。

そりゃあんた、いくらお目当ての子が()ってその学校に入学したと言うても、そんな簡単にその子とどうこうなれる訳ないでっしゃろ?

それに今回の俺の恋は、今までのそれとは全くの別物、ホンマの恋、オリジナルラヴなんや。

だから不用意にホイホイ告白する訳にはいかん。

この恋は何としても実らせたい。

その為には慎重且つ確実に、彼女との距離を縮めていかんとあかんねん。

まあでもさっきも言うたように、俺と彼女の距離は、全く以て近づいてないんやけど。

向こうは俺の存在自体知らんやろうし。

そやけど彼女の事については、色々と情報を掴む事は出来た。

まずは彼女の名前。

俺が憧れるその人の名前は、糸山(いとやま)(つき)さん。紺戸高校三年の十七歳。

そして部活は演劇部に所属し、部長を務めている。

非の打ち所のない美しい容姿に加え、糸山さんは真面目で責任感も強く、男女関係なく人気がある(何処ぞの姉も見習って欲しい)。

特に男子の人気は凄まじく、糸山さんは演劇部のヒロインどころか、紺戸高校のヒロイン的存在なのやった。

その糸山さんには今の所彼氏は居ないようで、本人は恋よりも演劇の方に打ち込んでいるようや(これを知った時の俺の歓喜の気持ちを想像して欲しい)。

ちなみにこの糸山さんが所属する紺戸高校演劇部は、府内(言い忘れとったけど、ここは大阪です)だけでなく全国でも有名で、去年の全国高校演劇コンクールでは見事金賞に輝いた。

そんな凄い部の部長を務め、おまけに学校中の人気者で、凄い所だらけの彼女。

対して俺はこれといった取柄もなく、ただ糸山さんに憧れて、この高校に入っただけの男。

よくよく考えてみると、こんな俺が果たして糸山さんの様な素敵な人と、結ばれる事は可能なんやろうか?

(著者注※無理なんじゃ、ないですか?)

誰やねんそんな縁起でもない事いう奴は⁉

っていうか今の声何処から聞こえた⁉

・・・・・・まあとにかく、俺は学校に急いだ。

ていうかこのままやとマジで学校に遅れるわ!俺はメロス並みのスピードで学校に向かって走った。

チクショウ、何で朝からこんなにしんどい思いをせんとあかんのじゃ!

何かイライラしてきたぞ。

このイライラを治めるには、そこの曲がり角で食パンをくわえて走ってきた女の子にぶつかって、

美少女『キャッ!ごめんなさい!』

 俺 『いや、俺なら平気だよ。それより君の方こそ大丈夫かい?』

美少女『あ、少し膝をすりむいちゃったみたいで・・・・・・』

 俺 『それは大変だ。俺が常に持ち歩いているこのマ○ロンで消毒するといい』

美少女『あ、ありがとうございます。お優しいんですね』

 俺 『なあに、マキ○ンを持ち歩く事くらい、男として当然のたしなみですよハッハッハ』

美少女『素敵なお方・・・・・・ポッ(頬が赤らむ音)』

というドラマチックな出会いでもないと気が治まらんぞ!

などという妄想に(ふけ)りながら、とある住宅街の曲がり角に差し掛かった。

すると、その時やった。

何とその曲がり角の向こうの方から、ホンマに口に食パンをくわえた女子学生が、数十メートル先から俺の方に向かって走って来た!

現実世界にそんな人物が()ったとは!

 制服はグレーのブレザーとスカートを身に着けているので、同じ紺高の生徒やろう。

濃い赤髪をポニーテールにし、雪の様に白い肌、どこまでも透き通るつぶらな瞳。

そして、その瞳をすっぽりと覆う大きな四角い眼鏡。

 はて?よく見るとその女子生徒は、俺が憧れるあの人に何処となく似てない事もないけど、雰囲気が何となく違う。

今こっちに走って来るあの子は、上品とか清楚というより、やんちゃでお転婆という印象やけど、俺の憧れのあの人は、もっとおしとやかで優雅なイメージなんや。

そんな事を考えながら、何気なく足を止めて彼女を見ていると、段々その彼女がこっちに近づいて来て、俺と目が合った。

あまり見過ぎると不審者に思われてしまうので、俺は目を逸らしてまた学校に向かって走り出そうとした。

すると、

 「うぉおおおおっ!」

 という叫び声がした。

その声を上げたのは、食パンをくわえた彼女やった。

そして彼女はくわえていた食パンを右手に持ち、左手には鞄を持って、全速力で俺に向かって突進してきたのやった!

 何でや⁉

 とか考えている暇は全くなかった!

彼女と俺の距離は(またた)く間に縮まり、そして何と彼女は次の瞬間、

 「ちぇすとぉっ!」

 という叫び声とともに、俺の首元にジャンピングクロスチョップをお見舞いしやがったのや!

ここは大阪プロレスのリングか⁉

 「ぐへぇっ⁉」

 そのチョップをもろに喰らった俺は、そのまま後ろにすっ転んだ!

凄く(いて)ぇ!

チョップを喰らった首元を押さえながら上半身を起こす俺。

痛いというより息が詰まって物凄く苦しい!

何でこんな目に⁉

 「ゴホッ!ガハッ!ゲヘェッ!」

 苦しさのあまりに咳き込む俺。

そんな俺を目の前の彼女が、身を屈めて覗き込んできた。

そして、申し訳ない事をしたと思ったのか、それとも思っていないのか、よく分からない調子で口を開いた。

 「苦しそうですね」

 「当たり前や!」

 俺はブチ切れたが、彼女は特に気にする様子もなく続けた。

 「やっぱり苦しいですか」

 「あんな事されたら誰でも苦しがるやろ!」

 「じゃあ話題を変えましょう」

 「何で変えるねん⁉この話はまだ終わってないやろ⁉」

 「あなたは、スリランカの首都の名前をご存じですか?」

 「知らんわ!それよりまず俺に言わなあかん事があるやろが!」

 「あ、そうでしたね。『皆さん!家に帰るまでが遠足です!』」

 「そういう事は遠足の解散前に言えや!そうやなくて、謝れって言うとんねん!」

 「五円野菜」

 「ゴメンナサイやろ⁉えれぇ安い野菜だなオイ!」

 「キャベツの葉っぱ二枚セットの値段」

 「キャベツをそこまで小分けにして売るな!ていうかそんな事はどうでもええねん!それより何でいきなりジャンピングクロスチョップやねん⁉」

 「すみません、ちょっとヨソ見してて」

 「嘘付けや!思いっきり俺と目ぇ合っとったやないけ!そもそも何でお前は食パンなんかくわえて外を走っとんねん⁉ラブコメ漫画のつもりか⁉」

 「あ、これはですね、実は食パンではないんですよ」

 「ああ⁉どっからどう見ても食パンやんけ!それが食パンやなかったら一体何やねん⁉」

 「食パン型のお弁当箱です」

 「何やねんそれ⁉」

 「ビビった?」

 「ビビるか!しかもそんな食パンみたいな薄っぺらい弁当箱に、一体どんなメシを入れんねん⁉」

 「本物の食パン」

 「アホやろ⁉」

 「今度こそビビったね?」

 「だからビビらんわ!ああもう腹立つなぁ!一体お前は何やねん⁉何で朝から食パンが入った食パン型の弁当箱を口にくわえて走って来て俺にジャンピングクロスチョップを喰らわすんや⁉もう何から何まで訳分からん事だらけやないか!」

 「これはですね、私の友達の占い師が言っていたんですよ」

 「ああ⁉占いやとぉ⁉」

 「はい、今日の朝、食パンの入った食パン型のお弁当箱を口にくわえて学校へ行くと、私の力になってくれる人が現れるだろうって」

 「どんな占いやねん⁉そんな胡散臭(うさんくさ)いアドバイスをする占いがあるか⁉」

 「その胡散臭いアドバイスで出会えたのが、胡散臭いあなたなのです」

 「俺は胡散臭くないわい!それに初対面のお前の力になるような人物でもない!」

 「それでは早速、お名前を教えてもらってもよろしいですか?」

 「よろしくない!俺はお前みたいな変な奴とは関わりたくないんや!」

 「そこを何とか」

 「嫌や!」

 「じゃあせめて、フルネームだけでも」

 「全部訊いとるやないけ!何をちょっと妥協した風を装っとんねん⁉」

 「分かりました。人に名前を訊くには、まず自分から名乗らなければ失礼ですよね?」

 「ていうかお前の場合は、それ以前に失礼な事を腐る程やっとるけどな」

 「私の名前は、フジワラノリカ」

 「おお、あの美人女優と一緒の名前かいな」

 「ちなみに、偽名です」

 「何で偽名を名乗るんじゃい⁉」

 「それではあなたの本名を教えてください」

 「おいやぁあぁっ!オドレは偽名を名乗ってんのに何でワシだけ本名を名乗らなあかんのじゃい⁉」

 「あの、『おいやぁあぁっ!』って何ですか?」

 「何でもないわい!腹立ち過ぎて思わず叫んだだけじゃ!」

 「じゃあせめて、これだけは訊かせてください!」

 「何やねん!」 

 「スリランカの、首都の名前は?」

 「それはもうええっちゅうねん!エエ加減にせぇ!」

 「どうも、ありがとうございました!」

 「漫才みたいにまとめるな!」

 「とりあえず、このネタはこんな感じでいきましょうか」

 「誰もネタ合わせなんかやっとらんわい!俺とお前は漫才コンビとちゃうやろ!もう俺に関わるな!」

 俺はそう言うと同時に、学校に向かって一目散に駆け出した。

すると背後からあの女が、

 「また会いましょうね~」

 と声をかけてきた。

 誰が会うかい!

と心の中で叫びながら、俺は振り向きもせずに駆けた(著者注※ちなみにスリランカの首都名は、スリ・ジャヤワルダナプラ・コッテです)。

 マッタク!今日は災厄の日や!

(著者注※スリ・ジャヤワルダナプラ―――――)

 うっさいねん!しつこいねん!っていか誰やねん⁉


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