4 謎の占い師とマゾのツッコミ
次の六時間目。
俺と美千は授業をサボり、数日前に一度訪れた、旧校舎にやって来ていた。
何も授業をサボってまでスカウトに出向く必要はないと思うんやけど、一刻も早く舞台の稽古を始める為に、部員を揃えたいと美千が言うので、こうして無理矢理引っ張って来られたのや。
相変わらず強引なやっちゃ。
ちなみに正樹は今ここには居ない。
どうやら前にここに来た時のアレがトラウマになっている様で、ここへ来るのをあいつは激しく拒否した。
しょうがないやっちゃ。
という訳で俺と美千は二人でこの旧校舎へとやって来たんやけど、美千曰く、『ここに四人目の部員候補が居るんよ』という事やけど、この建物に居る人物と言うたら、あいつしか居らんやんけ。
まさか美千の奴は、あいつを部員としてスカウトするつもりなんか?
不安が更に膨らんだ俺は、この校舎に入る前に、一応美千にその辺の事を確認しておく事にした。
「なあ、美千よ」
「何?」
「お前が今からスカウトしようとしている奴っちゅうのは、この旧校舎の中に居るんか?」
「そうやよ」
「お前はその人物と、知り合いなんか?」
「そうやで」
「あの、その人物の名前ってもしかして・・・・・・」
「ミスターベロベロさん」
「OH・・・・・・」
俺の悪い予感は的中した。
こいつはあの超が付くほど怪しい占い師を、部員としてスカウトするつもりの様や。
そういえばベロベロの奴はあの時、女子生徒の友達が一人居ると言うとったけど、それは美千の事やったんやな。
そして美千が初めて俺と会うた時、こいつは友達の占いがどうたらで、食パンをくわえて俺に体当たりをしてきたんや。
あの時言うてた占いをやってる友達っちゅうのが、ミスターベロベロやったんや。
ややこしいけど、これで話が一本につながった。
つながっても全く意味はないが。
それよりも俺はもっと根本的な疑問があったので、その事を美千に訊いた。
「俺もそいつとはいっぺん会うた事があるんやけど、何であいつをスカウトしようと思うたんや?あいつはどう見ても、人前に出てええ人間とちゃうと思うんやけど。そもそもこの学校の生徒でもないし」
「敬介君」
「な、何やねん?いきなり改まった口調で」
「私はね、これからお笑い劇を作るにあたって、『ツッコミ』と『ヒロイン』の次に重要視している役どころがあるねん。何か分かる?」
「え?・・・・・・ヒーロー、とか?」
「惜しい。正解は、『謎の占い師』でした」
「ムカツク程に惜しくないな」
「謎の占い師を劇中に登場させる事によって、ストーリーにミステリアスなテイストを加えようと思うねん」
「劇の趣旨そのものがミステリアスになりそうやな。謎の占い師はホンマに必要なんか?」
「必要やよ。『謎の占い師』と『マゾのツッコミ』。このふた役は外されへん」
「待て待て待て!何やねんそのマゾのツッコミというのは⁉誰がマゾやねん⁉」
「汝」
「古風に言うな!俺はマゾとちゃうわい!」
「いやいや、謙遜せんでええよ敬介君」
「してないわい!っていうかマゾは決して誉め言葉とちゃうやろ⁉」
「敬介君はこの学校のマゾンナやから」
「マドンナみたいに言うな!」
「マゾゾンモンロー」
「マリリンモンローや!」
「アマゾン」
「アマゾンはアマゾンでええわ!今は関係ないけどな!」
「まあそういう訳やから、今からベロベロさんをスカウトに行くで」
美千は笑いながらそう言うと、旧校舎の中へと入って行った。
その後ろ姿を眺めながらひとつ溜息をつく俺。
あいつと居るとホンマに疲れる。
シミジミそう思いながら、俺も旧校舎の中へ足を踏み入れた。
と、その時やった。
ダンダン、ダンダン。
と、校舎の奥の方から、何やら足音の様なそれが聞こえてきた。
「何の音や?」
俺が言うと同時に、前方に居った美千が俺の方に走り寄ってきて、背後にピトッと身を寄せて隠れた。
「何やお前、怖いんか?」
からかうように俺はそう言ったが、内心では美千にいきなり身を寄せられ、ちょっとドギマギしていたというのは内緒の話。
それはともかく、そんな俺の言葉に、美千はいつもと変わらぬ素の口調でこう言った。
「もし悪霊とかが襲ってきたら、私の代わりに犠牲になって死んでね?『おう、任しとけ』ありがとう敬介君」
「俺のセリフを勝手に捏造すな」
こいつに少しでもか弱い所があると期待した俺がアホやった。
そう考えながら、俺達はこの前ミスターベロベロが居た、資料室の前にやって来た。
そしてあの『ダンダン』という音も、この部屋の中から聞こえてくるみたいやった。
基本的にお化けの類は信じへん俺やけど、こんな薄暗い建物の中でこんな不可解な音が聞こえてくるというのは、決して気味のええ事ではない。
流石の俺も、資料室の引き戸を開ける事をためらった。
すると隣に居た美千が、
「早く開けてぇや」
と急かしてくる。
こいつには恐怖心というものがないのやろうか?
とか思っていると、美千がニヤついた顔でこう言った。
「あ、もしかして敬介君、ちょっとビビッてる?」
「な⁉そんな訳あっかい!こんな音くらいで俺がビビる訳ないやろ!」
根っからの負けず嫌い(見栄っ張りとも言う)根性を逆撫でされた俺は、その勢いに任せてガラッと引き戸を開け放った!
そして資料室に広がる光景を目撃した俺は、さっきから校舎内に響いていた音の正体を理解し、そして、言葉を失った。
一体資料室の中で何が起きていたのかというと、この前と同じ黒の装束を身に着けたミスターベロベロが、部屋の中央に置いた椅子を使って、踏み台昇降(※台に上ったり下りたりをひたすら繰り返す運動)をしていたのや。
「一!二!三!四!一!二!三!四!」
しかも自分で掛け声を掛けながら。
さっきから校舎中に響いていたこの『ダンダン』という音は、こいつが踏み台昇降をやる音やったのや。
それにしても何故にこいつは、こんな所で踏み台昇降なんていう地味にしんどい運動をしているのやろう?
それが気になった俺は、がむしゃらに踏み台昇降を繰り返すミスターベロベロの近くに歩み寄り、まずその事について訊ねた。
「おいベロベロ、こんな所で一体何をしとんねん?」
「一!二!三!四!一!二!三!四!」
「無視すんなやオイ!どんだけ一生懸命踏み台昇降をやっとんねん⁉」
「カツ!ラ!三!四!カツ!ラ!ブン!シ!」
「おいおいおい⁉何か掛け声がおかしくなっとるぞ⁉」
「ツキテイハッポウ!ツキテイハッポウ!」
「アホか⁉もはや掛け声ですらなくなっとるやんけ!とにかくその踏み台昇降をヤメロおい!」
するとベロベロはようやく踏み台昇降をやめて、俺の方に振り向いて言った。
ベ「あ、敬介さん?いつからそこに?」
俺「さっきから居るわい!何で気がつかへんねん⁉」
ベ「すみません、あえて無視していたので・・・・・・」
俺「あえて無視しとったんかい⁉お前は俺を馬鹿にしとんのか⁉」
ベ「アグレッシブに」
俺「アグレッシブに馬鹿にすな!」
べ「冗談ですよ」
俺「相変わらずふざけたやっちゃなマッタク」
ベ「ところで今日は何用ですか?おや?よく見ると美千さんもご一緒じゃないですか」
美「ヤッホー、ベロさん」
ベ「敬介さんと美千さんはお知り合いだったのですね。あ、もしかして、敬介さんがこの前言っていた片思いの相手というのは、美千さんだったんですか?」
俺「それは断じて違う」
美「ええっ⁉敬介君はこの私に片思いをしとったん⁉」
俺「だからちゃうって言うとるやろ!お前はその事を知っとるやろうが!」
美「はい、知っとります」
ベ「で、何の御用で?」
俺「おお、ちょっと色々あってな、俺はこいつが創った部活に入部する事になったんや」
ベ「ああ、もずく部ですね?」
俺「全然ちゃうわい!どんな部やねんそれ⁉」
ベ「じゃあ、ワカメ部ですか?」
俺「海草から離れろや!そうやなくて、俺は第二演劇部に入ったんや!」
ベ「肺に電撃部?」
俺「死んでしまうわそんな事したら!そうやなくて演劇や!演劇!」
ベ「ああ、演劇部ですか。それならそうとハッキリ言って頂かないと」
俺「ハッキリキッパリそう言うたやろうがい!ああもう腹立つなぁ!」
ベ「それで、第二演劇部の敬介さんと美千さんが、私に一体何の用ですか?」
俺「美千!お前から言うてくれ!俺もうこいつと喋るの嫌!しんどい!」
美「分かった。あのねベロさん、実はベロさんに、お願いがあるねん」
ベ「ほう、お願いとは何です?」
美「どうか、私らの創った『第二もずく部』に、入部してください!」
俺「うぉおいっ⁉ちゃうやろ⁉何でもずく部にスカウトしとんねん⁉お前が創った部は演劇部やろ⁉」
ベ「分かりました。もずく部でしたら、入部します」
俺「もずく部なら入部するんかい⁉お前はどんだけもずくが好きやねん⁉」
美「よっしゃ!これでもずく部員は四人になったで!」
俺「待て待て待て!もずく部とちゃうやろ!演劇部やろ!」
美「あ、そうやった。発音が似てたから、つい」
俺「えんげき・・・・・・もずく・・・・・・。一文字たりとも似てないわボケ!」
ベ「まあまあ敬介さん、そうモズモズしないで」
俺「してないわい!っていうかそれどんな動作⁉」
美「敬介君、このもずくを食べて機嫌を直して?」
俺「余計に悪くなるわ!しかも何でお前はもずくを持ち合わせとんねん⁉もぉおおおっ!」
ベ「ああっ、敬介さんがお怒りに・・・・・・一体誰のせいでこんな事に・・・・・・」
俺「完全にお前のせいやろうが!殺すぞゴルァ!」
ベ「ええっ⁉本職の殺し屋でもいきなりそんな事言いませんよ⁉」
俺「やかましいわ!殺されたくなかったらウチの部に入れ!」
美「大学のサークルでもこんなに激しい勧誘はせぇへんで?」
俺「お前は黙っとれ!さあベロベロどないやねん⁉殺されたいんか⁉殺されたくないんか⁉」
ベ「もはや入部するしないの話じゃなくなってますね。わ、分かりました。私はまだ殺されたくないので、その第二演劇部に入部させて頂きます」
という訳で、第二演劇部に四人目の部員、ミスターベロベロが入部する事となった。
残る部員はあと一人。
美千が最後にスカウトする人物は一体どんな奴なのか?
っていうか俺はこの時点で、かなりこの部を辞めたくなっていた。
もう何か、しんどいッス・・・・・・。