5 姉、参戦
「ストォオオップ!ひばりくん!」
と、何やらハンパなく懐かしい漫画のタイトルのようなセリフが、校舎入口の方から聞こえた(どうせなら、俺が月さんに叩かれる前に叫んで欲しかった)。
俺、美千、月さんは、同時にそちらに顔を向けた。
するとそこに、何やら悪巧みをしているような笑みを浮かべた、我が姉、時子が立っていた。
「時子?どうしてこんな所に?生徒会はどうしたの?」
と月さん。
月さんはウチの姉ちゃんの知り合いなんやろうか?
まあ、同学年やからそれでも不思議はないけど。
そんな月さんの質問に、姉ちゃんはこっちに歩み寄りながら答えた。
「生徒会の集まりに出るのが面倒やったから、サボってこの屋上の端っこで昼寝をしとってん」
何ちゅう姉や。
これが生徒会長やと、他の生徒会役員の人達はさぞかし苦労してハルんやろう。
そんな事をしみじみ考えていると、近くまで歩み寄って来た姉ちゃんが、
「話は一通り聞かせてもろうたで」
と言ってニヤリと笑い、こう続けた。
「つまりこれは、月の妹さんである美千ちゃんを、月とウチの弟の敬介で奪い合ってるんやな?」
「全く違う」
俺は即座に否定したが、美千はそれより何より、
「え?敬介君て、桂木会長の弟さんやったの?」
と、目を丸くした。
「そうよ」
と言ってニッコリ美千に微笑みかける姉ちゃん。
その天使の様な微笑みに、美千は照れた様子で俯いた。
ちなみに前にも言うたけど、この姉は家では悪魔の様に恐ろしい女やけど、学校では天使の様に優しくおしとやかな(演技をしている)ので、この学校では才色兼美のお嬢様で通っている。
一度ウチでの姉ちゃんの素行を動画に撮って、学校でバラ撒いてやりたいけど、それをすると俺の命がマジで危なくなるのでしません。
それはともかく、美千が姉ちゃんの微笑みに照れたのが気に入らんかったのか、月さんはムッとした表情で姉ちゃんに、
「ちょっと時子!今大事な話をしてるんだから、邪魔しないでよ!」
と強い口調で言った。
しかし姉ちゃんはそんな月さんに怯む事なくこう返す。
「まあ落ち着きぃな。この場は私が仕切ったるから」
「仕切るって何よ⁉これは私と美千と、美千をたぶらかすあなたの弟の問題よ!」
月さんは今にも姉ちゃんに掴みかからん勢いで言う。
と、その時、俯いていた美千が顔を上げ、姉ちゃんに言った。
「あ、あのっ、桂木会長!私、新しい部を創りたいんです!」
「美千!」
「あら、そうなの?何ていう部?」
声を荒げる月さんに構わず、姉ちゃんは軽い口調で美千に訊いた。
それに対して美千は、ハッキリとこう言った。
「紺高第二演劇部!」
「ええよ」
姉ちゃんは即答したが、月さんが、
「駄目よ!」とさえぎった。
「何であんたが駄目とか言うんよ?彼女が創りたいって言うてるんやから、創らしたったらええやないの」
姉ちゃんは眉を潜めて月さんに言う。それに対して月さんは眉をつり上げて言い返す。
「そういう訳にはいかないわよ!そもそもこの学校には演劇部があるのに、どうしてわざわざ新しく演劇部を創らなくちゃいけないの!」
「だからそれは、今の部やと私のやりたい事が出来へんからや!」
月さんに声を荒げる美千。
「私はそんなの認めないわよ!美千には演技の才能があるんだから、今の演劇部で才能を磨きなさい!」
と月さん。
「嫌や!」と美千。
「磨くの!」と月さん。
「嫌やって!」と美千。
「磨きなさい!」と月さん。
「もう!何で私がいちいちお姉ちゃんの言う事を聞かなあかんねん⁉」
「もう!どうしてあなたは私の言う事を聞かないのよ⁉」
月さんはそう言うと、逆上した様子で右の平手を振り上げた。そして、
ばちぃいん!
と頬を叩いた!
俺の頬を。
「ええっ⁉何でですか⁉」
思わずそう叫ぶ俺。それに対して月さん。
「あなたが美千をかばったんじゃないの!」
断言しよう。
かばってない。
どうやら俺は相当月さんに嫌われてしもうた様や。
まだ告白もしてないのに・・・・・・。
と、叩かれた頬を押さえて半泣きになっていると、
「よし、じゃあこうしよう」
と、姉ちゃんが両手をパンと叩いて言った。
「どうするんですか?」
と訊ねる美千に、姉ちゃんはニヤリと笑って続けた。
「勝負をするんよ。第一演劇部と、第二演劇部で」
「勝負って何のよ?」
「そりゃあお互い演劇部やねんから、演劇の勝負に決まってるがな」
月さんの問いかけに、姉ちゃんはさも当然のように答えた。
姉「ルールは簡単。負けた方が勝った方の言う事を聞く」
美「と言う事は、私ら第二演劇部がその演劇対決で勝てば、正式に部として認めてもらえる訳ですね⁉」
月「何馬鹿な事言ってるの。まだ人数もろくに揃ってないあなた達が、ウチの部に勝てる訳ないじゃない。そもそも演劇勝負と言っても、一体どうやって勝敗を決めるのよ?」
姉「今日から約一ヵ月後の某日、午後の授業時間を使って演劇コンクールをやるんよ。場所は体育館。審査員は紺高の全生徒。互いの演劇部がそれぞれひとつの演劇をやって、面白いと思った方に投票をしてもらう。で、票が多かった方が勝ち。というのでどない?」
美「いいですねそれ!是非やりましょう!」
月「まあ、別にやってもいいけど。どうせウチが勝つのは目に見えているし」
という感じで、何か知らんけど演劇対決をする事に決まったらしい。
当物語の主人公であるこの俺は、この物語で大きなポイントとなるであろうこのやりとりを、一人蚊帳の外でぼんやりと眺めていた。
俺ってもしかして、この物語であんまり必要ない存在なのでは?
と、主人公としていささか自信を失いかけている中、それでもやりとりは続いた。
姉「じゃあとりあえず、お互い負けたらどうするかっていうのを決めとこか?まずは月から」
月「そんなの決まってるわ。私達が勝てば第二演劇部はその場で解散。そして美千はウチの演劇部に復帰する事」
姉「まあそんな所やろうな。で、美千ちゃんはどうする?第二演劇部が勝ったとしたら」
月「そんな事ありえないけどね」
美「姉ちゃんは黙っといて。そうですねぇ、私らが勝ったら、第二演劇部を正式な部として認めてもらう」
姉「それだけ?」
美「え?まあ、私はそれさえ出来れば満足ですけど」
姉「もっとこう、罰ゲーム的なモンはないの?第一演劇部を解散させるとか」
月「ちょっと時子!それ本気で言ってるの⁉」
姉「冗談冗談。でももうひとつ何かないと、月が勝った時の条件と割が合わへんで?」
美「う~ん、そう言われても・・・・・・」
月「ああもう分かったわよ!もし万が一美千の部にウチの部が負けるような事になれば、今年一杯私は、美千が夜寝る時の抱き枕になってあげるわよ!これで満足でしょ⁉」
美「何でやねん⁉それやとむしろ私の方が罰ゲームやないの!」
月「何でよ⁉」
姉「月は相変わらずの超シスコンやな。ファンの男子生徒が知ったら泣くで?」
美「もうええわ、お姉ちゃんに考えさしたらろくな事にならへん。もし私らの部がお姉ちゃんの部に勝ったら、お姉ちゃんは私らの言う事を何かひとつ聞く。これでどう?」
月「何かって何よ?どうせ無茶な事を言うつもりなんでしょう?」
美「お姉ちゃんが出来る範囲の事を言うがな。それにひとつだけやし、これなら構わへんやろ?」
月「まあ、それなら別に構わないけど。そもそも負ける訳がないし」
姉「よっしゃ決まりやな。じゃあ今日から約一ヵ月後、紺高の体育館にて、第一と第二の演劇部で演劇対決を行う。そしてこの対決で第一演劇部が勝てば、美千ちゃんはその場で第二演劇部を解散させ、第一演劇部の方に戻らなければならない。これでええね?美千ちゃん」
美「はい、いいです」
姉「んで、逆に第二演劇部が勝った場合、月はこの部を正式なものとして認め、尚且つ何かひとつ彼女達の言う事を聞かなければならない。これでええな?月」
月「いいわよ」
そう言って月さんは頷いた。
と、その時やった。
全く唐突に、俺の心臓がドクンと高鳴った。
それは今、月さんが今認めた事への反応やった。
つまり、『来月の演劇対決で月さんの演劇部に勝てば、月さんは俺らの言う事をひとつ聞いてくれる』という事に対しての胸の高鳴り!
と、言う事はすなわち、俺が月さんに、
『俺と、デートしてください!』
と申し込んで、それを聞き入れてもらうというのもアリなんやなかろうか⁉
そう悟った瞬間俺は、
「うぉおおおおっ!」
と、かつてない声量で叫び声を上げた!
そのいきなりの叫びに、美千と月さんがビクッと身を縮めた。
月「何なのよ⁉いきなりびっくりするじゃない!」
美「どうしたん敬介君?いつもの便秘?」
俺「ちゃうわい!いつも便秘なんかなってないし!それより美千!」
美「へ?あ、はい」
俺「何としても一ヵ月後の演劇対決には勝つぞ!」
美「え⁉ホンマに⁉という事は、敬介君はウチの部に入ってくれるって事やね⁉」
俺「おうよ!俺はやるで!絶対に第一演劇部に勝つ!」
月「ちょっと!いきなり喋り出したと思ったら、何勝手な事まくし立ててるのよ⁉そう簡単にウチの部に勝てると思ったら大間違いよ⁉」
俺「月さん!」
月「な、何よ?」
俺「来月の対決で勝ったら、必ず俺の言う事を聞いてもらいますからね!」
月「んなっ⁉私から美千を奪う事を認めさせる気ね⁉絶対に負けないんだから!」
俺「全然違いますけど俺らだって負けるつもりはありませんよ!」
そう言って睨み合う俺と月さん。
その間に、激しい火花が飛んだ。
その様子を呆れた様子で眺める姉ちゃんと美千をヨソに、俺のハートは熱く燃えたぎっていた!
俺は何としても来月の演劇対決で勝つ!
そしてかならず月さんとデートしてもらうんや!
当物語の主人公、桂木敬介の片思いを賭けた真剣勝負が、始まろうとしていた!