4 屋上決戦
てな訳で放課後、俺は校舎の屋上へとやって来た。
屋上に月さんはまだ来ていなかった。
他に人影もなく、屋上には俺一人だけ。
太陽は地平線に近づき、空を照らす光が紅く染まり始めている。
優しい風が吹き、空に浮かぶ雲が緩やかに流れる。
校庭では運動部の連中が、元気な声を張り上げていた。
告白をするには絶好のシチュエーション。
でも、月さんはそういうつもりで俺をここに呼び出した訳ではないんやろうなぁ・・・・・・。
一体何の用やろうか?
全く以て見当がつかん。
そもそも俺はこの学校に入学してからこっち、月さんとまともに会話をした事がない。
月さんは俺の事なんか全然知らんやろう。
俺が何でこの高校に入学したのかも。
それがまさか、こういう展開になろうとは。
しかし考えようによっては、これは月さんとお近づきになる大きなチャンスとちゃうやろうか?
そしてあわよくば、この場で告白してしまうというのもアリなのかも知らん。
月さんはそんな俺の突然の告白に驚き、思わずOKをしてしまうとか・・・・・・。
流石にそれは都合が良過ぎるか。
でも万が一という事もあるから、一応告白のシミュレーションとかをしといた方がええかな。
という訳で、告白のシミュレーション。
俺「好きです!」
月「私も!」
ヒシッ!(二人で抱き合う音)
ムチュウッ!(チュウする音)
よっしゃ!我ながら完璧なシミュレーションや。
これなら確実に俺の気持ちが伝わるやろう。
ただし、受け止めてもらえるかどうかは分からんけど。
(著者注※私もシミュレートしてみました)
敬介 「すきです!」
月 「焼きです!」
敬・月「二人合わせて、すき焼きです!」
シャカシャカシャカッ!(お椀の生卵をかき混ぜる音)
何やねん今のは⁉俺の幻聴か⁉
・・・・・・それはさておき、そうこうしていると、校舎入口の扉がガチャリと開く音がした。
そちらに目をやると、あの月さんが現れ、俺の方へと歩み寄って来た。
そして俺はその瞬間から心臓の心拍数が跳ね上がり、体全体が熱くなった!
うぉおおっ!ホンマモンの月さんやっ!
偽モンの月さんが居る訳はないんやけど、とにかく俺の気持ちは激しく高ぶっていた!
しかもあの人はこの俺に用があって来たんや!
一体どんな用かは知らんけど、俺は今マンモスウレピー!
等と一人でイカレポンチ(著者注※イカレポンチ、順番を替えると、カレイチンポ)になっていると、月さんが、俺の目の前三メートルくらいの所まで来て止まった。
背中まで伸びた濃い赤色の髪、雪の様に白い肌、どこまでも透き通る澄んだ瞳。
俺が中三の時に心を奪われたこの月さんの美しさは、あの時よりも一層洗練されているように見えた。
が、しかし、今の月さんの瞳の中には、少なからぬ怒りが宿っている様やった。
それに何か、全身から穏やかではないオーラが放たれているような・・・・・・。
そんな月さんは、やや低いトーンの声で、正面に立つ俺に言った。
「一年の、桂木敬介君」
おおぅっ!
まさか月さんに俺のフルネームを呼んでもらえるなんて!
それに何と美しい声!
ビューティフルボイス!
俺が心の中で感動する中、月さんは変わらぬ口調で続けた。
「あなたが、原因なのね」
「え?何がですか?」
突然の切り出しに、何の事か分からなかった俺はそう聞き返す。
すると月さんは、刺を刺す様な口調でこう言った。
「美千が演劇部を辞めて、新しい部を創るなんて言い出したのは、あなたが原因なんでしょ?」
それを聞いた俺はぶったまげた。
「えええっ⁉何の事ですか⁉俺、そんな事知りませんよ⁉」
俺はそう言ったが、即座に月さんに、
「嘘言わないで!」
と一喝されてしまった。
どうやら俺は、月さんにとんでもない誤解をされてしまっているみたいやった。
このままでは話がえらくややこしくなってしまうので、俺は慌てて弁解した。
「ご、誤解ですよ!俺が美千さんを辞めさせたんやなくて、彼女は自分で演劇部を辞めたんですよ!そんでもってこれから自分で創ろうとしている部に、俺を無理矢理入部させようとしてるんですって!」
しかし月さんはそんな俺の言葉を信じる様子もなく、
「あくまでシラを切るつもりなのね」
と仰る。
一体どうすれば信じてもらえるんやろう?
と途方に暮れていると、月さんは一転して静かな口調でこう言った。
「あなたもしかして、美千の事が好きなんじゃないの?」
「どぇえええっ⁉」
予想だにしなかったその言葉に、俺はメチャメチャ驚いた!
そして考えるより先にこう口が動いた。
「そ、そんな訳ないじゃないですか!どうして俺があんな変な女の事を好きにならなくちゃいけないんですか!」
「変な女ですって⁉」
一層声を荒げる月さん。
「あ、いや、月さんの妹さんが変な女な訳ないですよね?でも、あの、俺が美千さんの事を好きっていうのは、これ以上ない誤解ですよ!」
「じゃあどうしてあなたはあの子をたぶらかしたりしたのよ?」
「たぶらかしてませんよ!」
「美千は純粋で素直な子だから、人に騙されやすいのよ」
どの辺りが?
「そこにあなたは付け込んで」
「だから誤解ですって!それに俺は、他に好きな人が居るんです!」
「な⁉二股をかけているの⁉」
「違いますよ!俺の好きな人は美千さんじゃなくて、他に居るんですよ!」
「そんな訳ないでしょ!」
「ええっ⁉何で月さんが俺の気持ちを完全否定するんですか⁉」
「美千よりもその子の方が魅力的だって言うの⁉」
「何で俺の好きな人候補に美千さんを入れようとするんですか⁉誰を好きになろうと俺の勝手じゃないですか!」
「どうして⁉」
「そのセリフをそのままお返しします!」
「美千の方が断然素敵じゃないの!」
「え⁉な、何を言い出すんですかいきなり⁉」
「顔は可愛いし!性格だって素直だし!演技は上手だし!」
「あの、月さん?」
「美千はね!私の自慢の妹なのよ!」
「何故にこのタイミングでその宣言を⁉」
「その美千をあなたは私から奪い去った!」
「あの、今までの俺の話、聞いてくれてました?」
「この、泥棒箱!」
「泥棒猫でしょう⁉」
「猫泥棒!」
「それやと猫を盗む泥棒ですから!」
「返して!」
「ええっ⁉何をです⁉」
「私の美千を、返して!」
「彼女は月さんのモノなんですか⁉ていうか盗ってませんて!」
「うわぁああん!」
「えええっ⁉」
何と月さんはここでいきなり、その場にペタンと座り込んで泣き出してしまった。
何やこれどういう事⁉
あの清楚で気品があってしっかり者やと思っていた月さんが、俺の目の前で、まるで小さい女の子が駄々をこねる様に泣きじゃくっている。
全く予想していなかった展開に、俺は頭がパニックになりそうやった。
まさか、月さんにこんな一面があったとは。
しかも超が付く程のシスコン(・・・・)(著者注※シスコンとは、シス(・・)ターコン(・・)プレックスの略で、マザコンの親戚みたいなもの。この他にもラジコン(ラジオのコンプレックス)、平方根(平方の根プレックス)、オスマンサンコン(オスマンサンのコンプレックス)等がある。著者の脳内百科事典より抜粋)。
あの美千が、これ程までに月さんに愛されていたとは。
俺の知る限りでは、あいつは月さんが言うような褒められた女ではないと思うんやけど・・・・・・。
でもまあ、月さんがこんな風になってしまう程やから、月さんにとって美千は、それはそれは愛おしい存在なんやろう。
そして月さんはその美千を、俺に奪われたと勘違いしている。
でもそれは全くの誤解で、俺がホンマに好きなのは、月さん、あなたなんですよ。
と、心の中で激しく思っていると、やにわに月さんが俺に飛び掛り、俺の胸ぐらを掴んできた!
「うえぇっ⁉ちょ、月さん何を⁉」
大胆不敵な行動に出た月さんを前に、俺の思考回路はショート寸前になった!
しかし月さんはそんな俺の心中等知らず、掴んだ俺の胸ぐらをガックンガックン揺らしながら叫んだ。
「返して!私の美千を返して!」
「ちょっと!落ち着いてください月さん!」
俺はそう訴えるが、月さんはその手を止めてくれる気配が全くない。
俺は頭を激しく前後に揺すられ、何だか気持ち悪くなってきた。
と、その時やった。
「ちょっと待ったコォオオオル!」
校舎入口の方から、えらく古いテレビ番組で流行ったようなセリフが聞こえてきた。
その声に、月さんの手がピタッと止まった。
そして校舎入口の方へ顔を向ける月さん。
俺もそちらへ顔を向けた。
するとそこに、微笑を浮かべた美千が立っていた。
何で微笑を浮かべてんのかは知らんけど、美千はこちらに歩み寄って来た。
「美千・・・・・・」
月さんはそう呟き、俺の胸ぐらを離した。
やがて美千は俺と月さんのすぐ近くまで来て止まった。
そして俺と月さんを交互に見やり、開口一番に言った言葉がこれやった。
「話は最初から一部始終聞かせてもろうたで!」
「それやったらもっと早よ出て来いや!」
俺は考えるより先にそう叫んでいた。
しかし美千は何ら悪びれる事もなく、
「だって、何か面白そうやったから」
と言ってニヤリと笑った。
月さんはさっきこいつは性格が良いとか言うとったけど、一体何処がどう良いのか、かなり詳しく説明して欲しかった。
しかし月さんはそんな俺の疑問には答えず、美千に対してこう言った。
「美千、どうしてここへ?」
それに対して美千。
「何か敬介君がルンルン気分で屋上に行くから、これは何か面白そうな事があるんやなと思うて、後をつけてその様子を見とってん」
要するに覗き見しとったっちゅう事やな。
しかしそういう事なら話は早いので、俺は美千に言った。
「おい美千、今の話を聞いてたんやったら、月さんにちゃんと事の真相を説明してくれや。俺の力ではどうする事も出来へんのや」
「分かった、任しといて」
そう言ってニッと笑う美千。
ホンマに大丈夫なんかという俺の心配をヨソに、美千は月さんの方に向き直り、真剣な口調で言った。
「お姉ちゃん」
「な、何?」
改まった美千の口調に、ちょっとたじろぐ月さん。
美千は構わず続ける。
「ホンマの事を言うわな」
「な、何よ?本当の事って?」
「実は―─────」
「ええ」
「私が演劇部を辞めたのは──────」
「う、うん」
固唾を飲む月さん。
そんなに緊張する場面でもないと思うんやけど。
まあとにかくこれで、月さんの誤解も解けて一件落着。
そう思ってホッとする俺の目の前で、美千は変わらぬ真剣な口調でこう言った。
「敬介君に、無理矢理勧誘されたからです」
「うぉおおおおいっ⁉」
そう叫んだのは俺。
「やっぱりそうだったんじゃないのぉっ!」
そう叫んだのは月さん。
もおお!美千はホンマにもおお!
俺「おい美千!何事実と正反対の事を言うとんねん⁉そうやなくてお前が俺を無理矢理勧誘しとるんやろがい!」
月「ちょっとあなた!自分の悪巧みを美千のせいにしないでくれる⁉」
俺「だからそれは誤解ですって!」
美「嫌がる私を敬介君が無理矢理・・・・・・」
月「何ですってぇえええっ⁉」
俺「違うやろ!嫌がってんのは俺の方じゃ!」
美「ちなみに私はもう、敬介君に『アレ』も奪われました」
俺「何を言うとんねんオイ⁉」
月「あ、アレ?アレって何なの美千?」
美「腕毛」
俺「そんなモン奪うかぁっ!」
美「『へっへっへ、大人しくしやがれ』って言うて、剃刀で私の腕の毛をチョリチョリと・・・・・・」
月「剃毛プレイ⁉」
俺「そんな所の毛を剃っても何も興奮しませんよ⁉」
月「何てハレンチな!」
俺「今日びの女子高生がハレンチって!」
美「ハレンチレストラン!」
俺「それを言うならフレンチレストランやろ!」
美「まあそういう訳やから、私は敬介君と一緒に新しい部を創る事にしたんよ。分かってくれた?お姉ちゃん」
俺「全然分かれへんと思う。しかも俺はお前と一緒に部を創るとは一言も言うてない」
月「隈なく分かったわ」
俺「隈なく分かったんですか⁉という事は、全く誤解が解けてないって事じゃないですか!」
月「美千、あなたはそれでもいいの?実の姉である私より、手籠めにされた彼を選ぶと言うの?」
俺「手籠めになんかしてないッスよ!しかも選ぶって何の話ですか⁉」
美「私は、敬介君を選ぶ」
俺「え?ちょっと、何かおかしな話になってない?」
月「本気、なのね?」
俺「いやいや、ちょっと」
美「うん、モンキー」
俺「お前絶対本気とちゃうやろ⁉」
月「ウキーッ!」
俺「月さんがモンキーになってるし!」
月「そんな男にたぶらかされてないで、私の所に戻ってきてよ!」
俺「いや、だからたぶらかしてない・・・・・・」
美「もうええ加減にしてよお姉ちゃん!いつまでも私に構わんとって!」
月「どうしてそんな事言うの⁉私は美千をこんなにも愛しているのに!」
美「愛していらん!私は敬介君に愛してもらえたらそれで充分や!」
俺「はい?何を言うてハルんですか?ちょいと?」
月「ムキョーッ!結局あなたが私と美千の間を引き裂くのね⁉」
俺「えええっ⁉だから誤解ですって!」
月「こうなったら決闘よ!」
俺「どええぇっ⁉何でそんな事になるんですか⁉」
月「このカッターナイフで刺し殺してやる!」
俺「それは決闘やのうて殺人ですがな!落ち着いてください月さん!」
美「あわわわ、一体誰のせいでこんな事になってしもうたんやろう?」
俺「全てお前のせいじゃあっ!この状況を何とかせぇや!」
えらい事になった!
月さんがスカートのポケットから取り出したカッターナイフを右手に持ち、殺意に満ちた目で俺の事を睨みつけている!
彼女は本気や!
直感でそう悟った!
このままでは冗談抜きで殺されてしまう!
しかもムチャクチャ理不尽な理由で!
そんなの嫌や!
「うわぁああっ!」
俺は無我夢中でそう叫びながら、月さんの右手首に手刀を打ち込んだ!
「くっ⁉」
すると月さんの手からカッターナイフが離れ、それが地面に落下した!
そしてそれを月さんが拾うより早く、
「そりゃ!」
と美千が手を伸ばして掴んだ!
ナイス美千(こうなったのは全てお前のせいやが)!
そして美千はすかさずそのカッターナイフを手渡した!
「はいどうぞ!」
月さんに!
「何でやねんコルァアアアッ!」
俺はブチ切れた。
それに対して美千。
美「あれ?違った?」
俺「違うに決まっとるやろ!月さんはそのカッターナイフで俺を刺そうとしてるんやぞ⁉それを防ぐ為に月さんの手からカッターを叩き落としたのに、何でまたそれを返すねん⁉」
美「キャッチアンドリリースの精神」
俺「そういう精神は釣りに出掛けた時に発揮せぇや!」
月「こらぁ!私を無視しないでよ!」
俺「す、すみません!ていうか、まだ続けるんですか?」
月「当たり前じゃないの!覚悟なさい!」
そう叫んで月さんはカッターナイフを地面に投げ捨て(結局使わんのかい⁉)、一直線に俺に突進してきて、
ぶゎちこぉおん!
という、物凄く強烈なビンタを、俺の左の頬に炸裂させた!
痛いっ!
と、その時。