第二話 『一蓮托生』
「……………おい………ろ……………きろ…………起きろ!!」
誰かに身体が揺すぶられる感覚と共にノアクラが目を覚ますと、目の前には長身の男が居た。
「…お前は?」
ノアクラは目を擦りながら聞く。長身の男は小さく呆れながら答える。
「俺はアンタと同じようにウェイウォーの参加者さ。名前は北島。眠ってるところをわざわざ起こしてあげたんだから感謝して欲しいもんだね」
そんな北島の自己紹介を横目にノアクラは辺りを見渡す。広い部屋の中で、周りには何十人も居た。探索している人、周りの様子を見ている人など、様々な人が揃っていた。しかし眠っている人はいない。どうやら最後に起きたのはノアクラである。
「俺はウェイではノアクラって名前でやってた。起こしてくれてありがとな北島」
そうノアクラが自己紹介すると、北島は目を見開き驚いた。
「の、ノアクラって、あのウェイワールドランカーの!?」
競走ゲームで上位成績を残すとウェイポイントというものが加算される。どれほどウェイポイントを貰えるかは上位成績を残す難易度にもよるが、競走ゲームを総ナメしたノアクラはウェイポイントを荒稼ぎしており、ポイントを競う世界ランキングでTOP10の常連だ。
しかし他のワールドランカーと違い、ノアクラは全くといっていいほど個人情報を出さない。それがかえってオカルト的信仰を誘発し、ウェイでは有名なカリスマユーザーとしてノアクラは誕生していた。といっても、当の本人はその自覚がないのだが。
「そんな大したものじゃないよ。器用貧乏なだけだ」
実際のところそれがノアクラの本心である。総合ポイントではTOP10にくい込むが、競走ゲーム自体はナンバーワンを取ったことがない。上位にくい込みはするが、どのジャンルでも上がいる、それがノアクラのコンプレックスだった。
「…どうやらそろそろ始まるらしいよ」
そういいノアクラは部屋にある舞台上に目を向ける。そこにはジョーカーが立っていた。音もなく現れたジョーカーにどうして気づけたのか北島は疑問だったが、ジョーカーに集中するべきだと考えたのか、黙って舞台上を見つめる。
次第に部屋にいる人達もジョーカーに気づき、先程までザワザワしていたのが嘘であったかのように静まった。その間僅か五秒にも満たない。ジョーカーは薄ら笑いをし、ゆっくりと口を開いた。
「こんなにすぐ私に集中できるとは、やはりウェイ上位層は非常に優秀ですね。既にお気づきの方もいますが、あなた方のポケットには一枚の紙が入っています。そこにはご自身の能力が記載されているはずです、ご確認ください」
そう言われノアクラを含む何人かはポケットから紙を取り出し、中身を確認した。
「特殊能力は強力なものから微弱なもの、使いどころが限られているものなど多岐に渡ります。しかし強力なものには大きな代償や条件があったり、逆に微弱なものは代償が無かったりなど、ある程度ゲームバランスは調整してありますのでご安心ください」
「…なるほど」
ノアクラの紙には能力内容と、その能力の代償が記載されていた。しかし不思議なことに確認するまでもなく、ノアクラは腕を動かすかのように能力が分かっていた。どのような能力なのか、予め理解していたような感覚だった。発動しようと思えばすぐさま発動できる、そんな自覚があったのだ。
紙に書かれている内容を把握し終わると、ノアクラは紙をポケットにしまった。
「それでは早速最初のゲームに移りましょう。といっても、最初のゲームは人殺しがメインではありません。いわゆるチーム作りです。これから先のウェイウォーを勝ち抜くにあたって、一人だけでは心細いと思われます。決して一人では勝ち抜けないとは言いませんが、力がなければ厳しい戦いになるでしょう。そこで、最大三人までチームを組むことを許します」
ジョーカーがそういうと、参加者達は互いを見合う。品定めをしているのだ。そんな参加者達をみてジョーカーは薄ら笑いを浮かべる。
「ただしチームは一蓮托生です。チームは結託することで力を得る代わりに、メンバーの誰か一人が殺されれば、残りのメンバーも死ぬという制限が加わります。優秀な皆さんなら、このゲームの重要点は説明せずとも分かりますね?是非とも仲間を作るリスクとリターンをよく天秤にかけてください」
下手に弱い人を味方に付けると、自分が死ぬ可能性が高まる。他ユーザーをチームに誘う際は足でまといになるかを見分ける必要があるのだ。
ノアクラを含む参加者達はこのゲームの重要性を即座に理解した。確かにこのゲーム単体では死人は出ない。しかしこれからのゲームを左右する、最も死に直結するゲームであると。
「制限時間は一時間です。制限時間終了時に手を繋いでいた三人がチームです。四人以上で手を繋いでいた場合は無効となり、一人一人のチームに分割されるので注意してください。また、チームリーダーにはメンバー表を記入していただきますので、チームリーダーも決めておいてください。因みにチーム人数が一人の方は、その一人がチームリーダーになります。それではゲームスタートです」
ジョーカーは一礼だけすると、身体を黒い霧に変え、瞬く間に消えた。舞台上にはいつの間にか大きなタイマーが設置してあり、59:57と刻まれていた。
「んー、どうしよ…」
ノアクラは考察する。チームメンバーを見定めるには、他ユーザーの能力を知ることが不可欠である。しかし自分の能力を開示するなど、弱点をあえて晒しているのと同義である。よって参加者達は互いを警戒し、話し合いは一向に始まらない。
互いに能力を教え合うこともノアクラは考えるが、即座に廃案した。片方がもう片方と相性が悪かった場合、相性がいい方は対策されるリスクがあり、相性が悪い方はカモだと思われ今後狙われるリスクがある。
また、相手の能力が気に入らないものであれば、他ユーザーと能力を見せ合うというギャンブルを続けなければならない。それも自分の能力を知っている人が増える中で。全く合理的ではない。
なにか抜け道はないものかとノアクラが模索していると、部屋の片隅から悲鳴が響いた。
「オラッ!能力使ってみろよ!」
「ぐぁっ!!くっ…やめろ!」
男同士で殴り合っている、というよりも片方が殴り続けている。しかし互いに能力を使っている様子はない。
「殴ってる方はウェイ身体能力部門のワールドランカー…ほともとだよ。凶暴ってのは聞いていたけど、ここまでとはね…」
北島はノアクラの隣で補足説明をする。若干引いている北島とは違い、ノアクラは関心するかのような表情を浮かべていた。
「なるほど、その手があったか」
能力を使わずに相手を圧倒すれば、身の危険を感じた方は自分を守る為に能力を使用せざるを得ない。そうすれば能力を使わずとも相手の能力を把握できる。チームメンバーを選ぶゲームとジョーカーは述べていたが、参加者同士で攻撃してはいけないというルールはなかった。
「だから敢えてジョーカーは"人殺しがメインではない"だなんて迂遠な言い回しをしていたのか」
メインではない、だが人殺しが起こらないとも限らない。ノアクラは考える。あくまでこのゲームは最後に手を繋いでいた人がチームメンバーなのだ。そこに合意でなければいけないというルールはない。つまり力任せに屈服させ手を繋ぐのも一つの手ではあるのだ。
「けどこの数秒で抜け道を見出す頭の回転と、即座に実行する行動力…ほともとってヤツ侮れないな」
ノアクラは静観する。ほともとの手によって殴られている側が能力を発動すれば、ノアクラは何もせずとも能力を知ることができるからだ。そして有能な人間であればほともとを退けて自分の仲間にする。そのような漁夫の利を考えついた故の静観である。
しかしそんなノアクラの目線に気づいたほともとは、ノアクラに近づき絡み始めた。
「おいオマエ、何こっち見てんだよ。好きな女子を目で追っちゃうタイプの陰キャかぁ?ギャハハハァッ!!」
ノアクラは参ったような顔をする。自分が絡まれるのはデメリットでしかないのだ。警戒心を最大にしてノアクラはほともとを睨むが、その二人の間に誰かが割って入ってきた。
「俺お前みたいなイキった人間嫌いなんだよな、それ以上暴れるなら俺が相手してやるよ」
手のひらから炎らしきものを出している男がほともとに向かって挑発する。
「…あぁ?でしゃばってんじゃねーぞ陰キャ、委員長気取りか?」
「委員長じゃないぜアスペ、俺の名前はポワだ」
ポワと名乗る男はニヤリと笑い、ほともとに向かって殴りかかる。タイマーには57:23と示されていた。