第五節 イタミ
ドサッと嫌な音がし、目を開ける。
すぐに見えたのは床だった。
「生きてる?」
困惑しながら身を起こす。
「槍で刺された筈なのに……」
そう呟いた後、あれは夢の中での出来事だったと思い出した。ボクは、自分を落ち着けるためにも、ゆっくりと周囲を確認した。
ボクの後ろには大きなソファーがあり、どうやらボクはそこで横になって寝ていたらしい。いつから寝ていたのか覚えはないが、ボクは床で目が覚めたのはソファーから落下したからのようだった。
「大丈夫?」
後ろから女に声をかけられ、ボクは頷いた。
この女は、たしか《こちらの世界》でボクに「それ以上行くな」と、手を引いていた気がする。
《あちらの世界》で刺された脇腹がズキズキと鈍い痛みを放っていた。が、それはソファーから落ちた痛みなのだろうと思い直す。恐ろしくて傷こそ見られないが、怖々腹に触れても血で手が濡れるようなことはなかった。
「あの場所で……ボクの家で一体何が起きたんだい? どうしてあのテープが……。いや、それよりどうして警察なんかが?」
ボクは立ち上がり、よれた服を正す。
女はボクの様子を見ながら、その場にしゃがんだ。
傷がないか確認してくれているのか、その献身的な姿を見てボクは考えを改める。女と言っては失礼か、彼女はボクの妻なのだから。
「いい? あなたが見たのは一刻も早く忘れて頂戴。その話をしてはいけないの」
「なぜ? 大事なケイリーの話だろう?」
ボクの問いに、妻はギョッとしてボクの方を見た。
「そうね、そう。だからこそ忘れてほしいの」
「ケイリーを忘れろって言うのかい? 彼がまだ死んだか分からないのに!」
妻がしゃがんだままの姿勢で肩に手を乗せようとしたので、ボクはそれを振り払った。妻の目には恐怖と懇願が伺い知れた。そして、同情の色も見せている。
「いいえ、忘れるのはケイリーじゃない。スティーブ、あなたのお父さんのことよ」
ガツンと頭を殴られたような感覚に陥った。
鼻の奥がツンと痛みを放ったし、突如湧き出てきた意味不明な会話に面食らって言葉が出ない。
「さっきから、一体何を言っているんだ……? 君は疲れているんじゃないか? ボクがスティーブだろう?」
「ママの目をしっかり見てお話をして」
ボクは再度彼女に両肩を強く捕まれ、強制的に向き合わされた。
彼女の瞳にはしっかりと誰かが映っている。
両肩を捕まれ、困惑の表情を浮かべた――……。