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NPCが友達の私は幸せ極振りです。  作者: 二葉ベス
第5章 あの子の感情が花開くまで
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第93話:それでも私はあなたを想いたい。

 結論から言うと、イベントは大成功だった。

 ポイントがどっさり手に入ったし、なんだったら私の意図してないアイテムまで手に入って、嬉しいの一言に尽きる。やっぱり持つべきものは友というか、協力してくれる仲間っていうか。

 レアにも大変お世話になったので、今度報酬のワンピースを貸してあげようと思う。そしてすぐさま着ろと私はせがむだろう。だって見たいんだもん、レアのかわいいワンピース姿!


 っていうのは今抱えている問題ではなく、ただありのまま起こったことだけである。本質はそこにはなく、ただイベントをクリアした、という事実だけが残っていた。

 でも現実問題はもうちょっと複雑らしい。らしいというのは最近のアザレアの様子を見ているとなんとなく分かった。


「アザレア、料理教えてほしいんだけど」

「レアネラさんに教えられることはありませんので。ではこれで……」


 心なし、なんて些細なものではなく、明らかにアザレアはレアを避けていた。最初はなにかのジョークかとも思ったんだけど、そんなことはなく。


「私が側にいるのは相応しくありませんので」

「私よりもツツジさんと一緒にいたほうが適切だと考えます」


 それはレアにも伝わっていた。あの人間関係には特に過敏な子のことだ。きっと表では笑顔を振りまいているけど、影では落ち込んでいるに違いない。あの子はそういう人間。抱え込んで、私が言ってあげないと潰れてしまいそうなほど、脆い一面がある。それは多分私にもあるから、なんとなく共感できた。

 そして恐らくだけど、アザレアにもあると思う。


 私はアザレアが何を感じてレアを避けているのか、おおよそ分かっていた。多分彼女は恋心に目覚めたのだと思う。鍛冶屋の時は気づいてなさそうだったけど、今の行動を思えば、ただ恋心から逃げているようにしか見えなくて。

 まるで正反対の私とアザレア。好きな人に振り向いてもらいたかった私と、怖がるばかりで好きな人から遠ざかるアザレア。見た目は似てるのに、恋愛趣向はまったくの真逆って、それはそれで面白い。

 譲る気はないとは言っても、張り合いがないと腑抜けてしまうわけで。

 それに、今のアザレアは誰が見ても変だ。レアのことを慕っていた今までとは変わったみたいで、きっと周りも心配するし、レアも落ち込むと思う。

 だったら、私に何ができるだろう。答えは出ている。私が焚きつけるしかない。

 明日は確か1時間目は体育だったっけ。朝から着替えるのめんどいけど、それでも眠気は吹っ飛ぶだろうから、ちょっと夜ふかししてもいいかな。


「じゃあね、ツツジ! また明日」

「うん、またねー」


 レアがログアウトしたのを見計らって、私は台所にいるアザレアに呼びかける。


「アザレア、今暇?」

「はい、一応そうですが……」

「来て」

「え?」


 それはまるであの日、さっちーが私に向けたやったみたいに、今度は私がアザレアを連れ出す。

 場所は決めてなかったけど、今は使ってないゴエモンの隠れ家がちょうどいいか。これを話すなら、そこのほうが都合がいい。

 古めの階段をギシギシ音を立てながら、アザレアを連れて登っていく。わけもわからないと言った様子のアザレアは徐々にこの場所がどこに繋がっているか見当がついたように、表情を青ざめさせていった。


「ここは……」

「ついたよ。座って」


 月明かりだけが窓から差し込み、舞った埃が光に反射してやや幻想的とも思えるような場所に見えるだろう。でも実際はただの物置部屋だし、置いてあるのも椅子が2つだけ。ここはかつてゴエモンが使っていた隠れ家であり、アザレアを隠した際に使用した場所でもあった。


「もちろん覚えてるよね、アザレア」

「どうして、ツツジさんがここを……?」


 私は自分がゴエモンであったということを軽く説明した。私が勝ったとしても、アザレアをどうこうするつもりはなかったということを添えて。


「なるほど、だからあの時……。でも何故それを私に」

「それが本題。私さ、昔から人の顔を伺うのが得意なんだよね。レアにはあんなだけど、いつもはちゃんと冷静に見てると思ってる」


 アザレアはメイド服の裾を握って、こわばる顔でじっと私のことを見つめる。まぁ分かったでしょう。私が今から何を言いたいのかを。


「アザレアってさ、レアに隠し事してるでしょ」

「っ!」

「言わなくていいよ、おおよそ見当はついてるから」


 背もたれを前にし、私は椅子をまたぐようにして腰掛ける。背もたれを顎おきにして、私は自発的にアザレアがなにか言うのを待つことにした。

 でもアザレアの返答は、至ってシンプルな拒絶だった。


「私を脅しているんですか?」

「そんな事ないよ。ただ気になっただけ」

「見当がついてるのにですか?」

「そ。こういうのって自分の口で言わないとダメだから」


 私は知っている。まるで同じ状況だった自分がレアによって、吉田幸歩によって救われたことを。

 私は知っている。そんな抱えきれない想いを胸に秘めたまま歩き続けると、そのうち破綻するし、誰かに打ち明けなければ、消えてなかったことになってしまうことを。


「私の知人の受け売りなんだけど、私は聖人でもなければ大人でもない。だから問題を解決することもできないし、何かアドバイスすることもできないんだと思う。でもね、アザレアの抱えている問題を吐き出せば、少しは気が紛れると思うから」

「気が、紛れるですか」

「そ。私は口硬いほうだよー?」


 それでも彼女は黙ったまま俯いて、そこから動こうとはしない。話す気がないんだ。きっとこの恋心に戸惑っているし、解決させずに目をそらそうとしている。そんなの、私が許さない。他の誰でもない、私だけがその感情に逃げようとすることだけは許せない。


「好きなんでしょ、レアのこと」

「っ! そんな事ありません!」


 図星を突かれた彼女は突然立ち上がって激しい反論をぶつける。この反応は間違いなく黒だ。やっぱり、とため息を付く。


「嘘つくときってさ、無意識に何か癖を起こすらしいんだよね」

「何の話ですか」

「アザレアは嘘を付く時、裾を握る。ほらそれ」

「っ!」


 握っていた裾を離そうとしても、手が上手に剥がれようとしない。しばらく握った裾を見つめた後、おとなしくアザレアは椅子に座る。


「なんで、分かったんですか?」

「日頃の経験と、最近の態度を見てればなんとなくね。結構丸わかりだと思うよ」

「でしたら、レアネラさんにも……」

「かもね。あの子意外と鋭い所あるから」


 好きな人の事を思い浮かべて笑ってみる。依然として彼女の顔は沈んだままで、そのまま海にでも入って心中してしまうんじゃないかってほどに、落ち込んでいた。


「私もレアのこと好きだからさ、何でも言ってよ」

「なんでもって、なんですか」

「辛いんでしょ、その胸の痛みが」

「っ! ……はい。初めてだったんです」


 恐らく生まれてはじめての感情だったんだろう。AIが初めて恋した相手は人間で、それも女の子で。後者は関係ないと思うけど、それでも前者の壁は大きい。


「初めてで、分からないことだらけだったこの想いが好きだって、恋の感情だったと知って、後悔しました」

「後悔?」

「好きにならなければよかった。レアネラさんに恋しなければそのままでいられたのに、って」


 後悔。なんとも人間臭くて、なんともAIらしい言葉。戻れるなら戻りたいなんて欲求、人間にしか味わえなくて、同時に学習したAIなら分かってしまうことなんだ。


「だから私は遠ざかろうと思ったんです。人は人同士で恋愛すべきだと思ったから」

「それで私に遠慮したと」

「…………」


 無言は了承と解釈した。なるほど、私の予想はおおよそ正しかったけど、最後の部分はきっとこうだろう。


「人間同士で愛するべきとか、ツツジこそがふさわしいとか考えて、アザレアは逃げたと」

「っ! ……そうです。逃げました」


 未知の感情を理解したとしても、それが正しい方向に向くとは限らない。だから恋心を置いて逃げ出した。アザレアが行き着いた答えというか、なんともAIらしい判断だというか、自分を大事にしないというか。

 でもそれが聞きたかった。私の相談の方向性はだいたい決まった。あとは、炊きつけるだけ。


「アザレアは、それでいいの?」

「……どういうことでしょうか」

「恋心ってさ、いわば呪いみたいなもんなんだよね。人を想わずにはいられない、一緒にいたいって思う気持ちはもう病気みたいなもんだよ。だからそれは一生付きまとう。逃げたいと思っても、一生後悔する」

「そんなの……」


 恋心は人を狂わせる。私だってそうだったんだから、みんなそうだと思う。大なり小なり、きっと変なことはしている。それが好きという厄介さであり、恋という病なんだと思う。でもそんな病気に打ち勝つすべはいつだって1つだ。


「アザレアはさ、どうしたい?」

「……どう、とは?」

「このまま逃げ出して一生消えない呪いを背負っていくか、それとも呪いと向き合い、前を向いて歩くか」

「私は…………」


 怖い。確かに彼女はそういった。自分に持ち得ない感情が、じゃない。今まで何も欲しがらなかった自分が手に入れた邪な感情が怖い、と。


「私はワガママで欲張りで身勝手になりました。今でもレアネラさんとずっといたいと思いますし、レアネラさんを欲しいと思いました。それが私にはない欲望で、欲しがるだなんておこがましくて……」

「おこがましいなんて思うな! 自分から生まれたものを、自分で否定しないで!」

「……ツツジさん」


 なんだってそうだ。自分から生まれたものには必ず意味があるはずだ。じゃなきゃ私のこの想いまで否定したようで、私はたまらなくなって怒った。


「それは紛れもなく自分の気持ち! 一緒にいたい。好きになりたいっていうアザレアの気持ちなんだ! それを否定させたりしない。他の誰でもない。彼女を好きな私が否定させない」

「じゃあどうすればいいんですか! この気持ちの行き場を教えて下さい!」


 そんなの、簡単だ。私もレアに教わった大切なことだ。


「自分の気持ちに正直になること。自分の好きを否定しないこと。それが唯一の方法なんだと思う」

「正直に……」

「私はレアが好きだよ」


 好きという言葉は呪いにもなるけど、同時に魔法みたいだ。

 口に出せば相手を赤くさせられるし、伝えれば相手の気持ちは弾む。


「アザレア、あなたはどう?」

「………………私だって。私だって好きです! レアネラさんのことが大好きです! ずっとずっと! 多分心の隣人って呼ばれたときからずっと!」

「うん……」

「身勝手でもワガママでもいい! 私はレアネラさんが大好きなんです! それが私の初めて抱いた欲望なんです! それを否定しちゃいけない、させちゃいけない! 誰にも、自分でさえも奪わせない! それが私の抱いた好きという感情なんです!」


 息を切らしながら、好きを暴露したアザレアは今のセリフを思い返したのか、キューッと表情が赤くなっていく。どうやら吹っ切れたようで何よりだ。


「不思議です。気持ちが軽くなった気がします」

「言葉って怖いよね。発すれば現実のものになるんだから」

「私は自覚しました。レアネラさんのことが好きだったみたいです」

「うん、知ってる」


 どちらともなく、私たちは笑い始めた。私たちは見た目も似てれば向けている感情も似ている。でも敵同士でライバル。そんな関係は、今は心地がいい。


「でもレアは渡さないよ」

「私こそ、渡しません!」


 あーあ。ライバル増えちゃったなぁ。それもレアが気にかけてる張本人だなんて。でも負けたくない。だって私が好きなのはレアたった1人だし、他の誰にも譲る気はない。

 好きっていうのは身勝手で、ワガママで、どうしようもなく1人が嫌な寂しがり屋なんだ。

 だから構ってあげなくちゃ。私は、レアが好き。それは誰にも否定させたりしない。もちろん、他の誰でもない自分自身だったとしても。

5章もあと1話でおしまいです。

長かったアザレアの恋のお話はこの辺で一段落。


余談ですが、元々レアネラとツツジは4章の終わりで付き合う想定はありました。

ですが、それではあまりにもメインヒロインであるアザレアが報われないので、

結果的にはレアネラがフった形となりました。


ツツジとのイチャラブもそれはそれで書きたかったですが、

こいつならどうせ付き合っても付き合わなくてもアタックするに違いない、という結論に。

別の理由もありますが、こうやってツツジとアザレア、レアネラの三角関係が出来上がったので、それはそれで満足が行ってます。


さて、事前に言っておきますが、6章はついにあのクソ野郎が出てきます。

幸せ極振りの物語もいよいよ佳境が迫ってきました。

良ければ終わりまで見ていただければ幸いです。

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