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NPCが友達の私は幸せ極振りです。  作者: 二葉ベス
第5章 あの子の感情が花開くまで
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第92話:そして私はこの開花を置いていきたい。

 今日からイベントは開催している。ツツジさんはもちろん、レアネラさんやティア様、熊野様も巻き込んでイベントに参加しているようだ。熊野様もティア様も快く許可してくれたみたいだし、2人ともいい人なんだと思う。

 私はと言えば、今日もビター様のアトリエを掃除している。イベントには参加せず、ただ黙々と汚いお部屋が綺麗になるように、と雑巾で床を拭いている。


 何故レアネラさんの側に居ずに、私はここで掃除しているのか。

 それはこの前感じた胸の不自然なまでの静けさを感じるのを避けるため。黙々と掃除をしていれば、何も感じないし、やることだけ済ませていれば、考えることをしなくてもいい。


 今の私はハッキリ言ってIPCとしては異常だと思っている。他のIPCたちは考えることはできても、自分で感情を感じたりしない。分からない胸の動きを彼ら彼女らはきっと分からないものとして、虚数に葬るだろう。

 レアネラさんと出会って、私は変わった。それがいいことなのか、悪いことなのかは分からない。でも異常になったと思っている。ご主人さまのところに居たときよりも、ずっと明るい方向に。


「……? どうした、アザレア。疲れたか?」

「え? いえ、そんなことはありません」


 いつの間にか掃除の手を止めていたみたいだ。雑巾を持ってボーッとしていたことが、彼女にとっては疲れていると判断されたみたいだ。

 そうなのか、私は疲れているんでしょうか。つい、自分で自分が分からなくなってしまって、そうやってビター様にまで迷惑をかけてしまった。でも彼女は決まって、問題ないと言って、調合の手を止める。そしたら紅茶とお菓子を用意して、椅子に座るんだ。


「うちがまた聞こうか?」

「いえ、私は。大丈夫です」


 こうでも言わないと私の想いをさらけ出してしまうようで、何か嫌だった。

 自分の心の中で芽生えた何かは、胸の異常なまでの静けさと、ざわつきが混じって、感じたことのない混沌を生み出している。色にすれば灰色。淀んだその灰色は徐々に私の心と呼ばれるものを支配して、肺に位置する器官も、心臓と思われる鼓動も、実際には存在しない空気を吸うことも苦しくて、呼吸が浅くなっていく。


 息苦しい。私は初めてそんな現象を体験した。


 今まで痛いと思っても我慢できたし、どんなに苦しいことがあっても自分が所詮は人間ではないからと誤認させてきた。


 でも、そんな苦しさなんか比じゃないぐらい、叫びたくて、伝えたくて……。


 ――何を?


 分からない。分からないから、私はそのままにしたいのに、この胸のざわつきは収まってくれない。


「いいから座れ」

「何故、でしょうか。私は大丈夫なのに」

「大丈夫って言うやつほど本当は大丈夫じゃない、ってのはネットでも常套句だぞ」

「……本当に大丈夫なんです。仕事をしていれば」


 だから掃除したいのに、でもこの胸の奥は一向にざわついたままだし、手は動こうともしない。私は壊れてしまったんだろうか。


「……キミの考えはおおかた分かったよ」

「そんな事ありません!」


 それは、なんだか嫌な気がした。ふんわりとした拒否が、徐々に明確な拒絶へと変わっていく。だから言った。それがたとえ相手を傷つける言葉だったとしても。


「っ! す、すみません……!」


 気づけば足は、その身は勝手に外へと飛び出していた。まるで逃げるように、ビター様からじゃない。きっと私の中のなにかから逃げるように。


「……行ってしまった、か」


 飛び込んだ魔法陣はいつものゴーストタウンへと繋がっている。今は誰もいない。違う、いつも誰もいない。そんな誰もいないところだったのに、どうしてレアネラさんは私を見つけられたんだろう。


「偶然。そんな一言では片付けられない、気がしてしまいますね」


 ははっと乾いた笑い声が廃墟の道に溶けていく。

 そうだ、2人が出会った場所に行けば、何か分かるだろうか。この分からないが分かるだろうか。

 例えるならあの日、レアネラさんと友達になったあの日に戻れれば、この気持ちはいったい何か分かるんだろうか。


 どれだけ問いかけても、分からないものは分からない。この胸の異様なまでの静けさと、それと相反するような何にも手がつかなくなるざわめきと、それから……。


 はっと我に返れば、そこは私が昔に倒れていた場所。そして私のはじまり。ここから私が始まって、いろいろなことを学んだ。それまでの日常が嘘だったような、非日常が私を待っていた。

 嬉しいから始まった私の物語は、思えば何故嬉しいと感じたのか分からない。

 何故楽しいと感じたんだろう。何故悲しいと、寂しいと……。


「何故、私はこの感情から目をそらしたいのでしょうか」


 それは至極当然な疑問だったと思う。分からないなら耐えていればいい。今までそうだったはずじゃないか。

 でも、目をそらしたくない感情だった。必ず目を向けなきゃいけないと思った強い想いだった。


「レアネラさん……」


 あなたのせいです。こんなにも感情というものを揺れ動かされて、あなたのことを想うだけで、胸がざわついて、今もこの感情の正体が分からないけど、この寂しさを……。


「今、私は寂しいと感じた?」


 理解した。この胸の静けさは寂しいだ。心臓がキュッと苦しくなって、誰かに掴まれているようなそんな感情。それでいて誰か側にいてほしいっていう、ワガママで欲しがりな感情。


「私は、何を欲しがっているんでしょうか」


 自分で自分に問いかける。ついに突き止めたこの感情はきっと無駄にしてはいけないと。その先にある私の核心を見つけなくちゃいけない。下から登り始めたハシゴの頂上を目指すように、私は一歩一歩ハシゴを上がっていく。


「先日感じた何かを欲しがる想いは間違いだと思っていた」


 つい口に出てしまってレアネラさんを困らせてしまったあの言葉。今なら分かる気がする。それも寂しいという感情なんだ。でも私はそれを隠した。なんで隠した。どうして。


「さらけ出したくなかったから」


 何を?


「自分の、心を」


 何故?


「何故……」


 どうして、あれだけ信頼していたレアネラさんに隠し事をしたかったのでしょうか?


「その答えは……」


 ハシゴの先には光が見えてきた。私はそれを怖がった。何故かはわからない。でも怖がったのは他の誰でもなく自分自身。その答えは私にしかわからない。


 一歩一歩、私は上に登っていく。

 怖くてもいい。気づかなきゃいけないんだ。何故かその感情が私を突き動かす。


 目指す場所はもう少し。光はだんだん強くなっていく。

 眩しい。目も開けられないほど、とてもつらくて、目を背けたくなる。


 ――でも、私は決めた。この気持ちに嘘はつかないと。


 眩しいながらも目を薄目でも開いて、私は登る。


 登って。



 登って。




 登って。





 それでたどり着いた答えは、前にビター様が仰っていた通りのことだった。

 なんだ、至極簡単で、それでいて私はこんなにも遠回りをしてしまったみたいだ。


「……好きとは、こういうことだったんですね」


 その人のことが欲しくて欲しくて欲しくて。ずっと一緒にいたくて、特別に思っていて。1人しかいない存在を私は独占したくなる。ずっと隣りにいて、側で笑っていたくなる。そんな感情を、人はこう呼ぶんだろう。


 ――恋、と。


 私は思わずかすれる笑い声で乾いた声を鳴らす。どうして、どうして気づいてしまったんだろう。目を背けたくなる気持ちも分かる。だってそうだ。そう理解した途端、ツツジさんが気に入らない理由も、どうしてツツジさんが常にレアネラさんと一緒にいたがるかも、全て分かってしまったんだから。


「私は、愛してはいけない人を愛してしまったのかも知れない」


 ツツジさんはレアネラさんのことが好きだ。きっと、私よりもずっと前から。


「私の思いの丈は、こんなにも近くにあって、そして気づくのがこんなにも遅かった」


 ツツジさん、ごめんなさい。

 人間とAIが釣り合うわけがない。だって、私はいずれデータの海に沈む存在。だったら、同じ人間同士が愛し合ったほうが健全なはずだ。

 私は私が始まった場所を見つめる。きっとここから始まった。あの時「心の隣人」としてあの人の側にいようと決めたその日から、私はきっと……。


 でも、この想いは不毛すぎる。人間とAIなんて成立しない。

 私は思い出に向けて背を向けた。始まった場所を振り向いて、ただ戻っていく。私には荷が重い。だからこの想いはこの場所に置いていこう。


 ――そして、私はこの想いの開花を置いていった。

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