第90話:周回する私はメイドの腕前を知りたい。
外に出ると、雲ひとつないということはないが、それでも突き抜ける青の高さはもう夏を通り越して、秋に差し掛かろうとしているんだなと察することができる。
木々の葉はフレッシュな緑色から赤や黄色の寂しさを感じさせるような色へと変色していた。
私たちは今草原の上に立って、フィールドに出てくるエネミーたちを探して歩きまわっているところだ。ただ、そこにはツツジだけじゃない、もうひとりがいたりして。
「なんでアザレアがここにいるのさ」
「レアネラさんがいるところ、私もありです」
「私ですら今初めて聞いたんだけど、アザレア」
人工知能でIPCでメイドのアザレアが何故か私たちについて来ていた。街でたまたますれ違ったと思えば、私たちに付いていきたいと言って勝手についてきたのだ。買い物は大丈夫なの? と聞いてみたところ、まったく問題ありません! との頼もしいお言葉だった。一安心した私だったけど、これから戦う相手に少しだけ不安が募っていく。
「これからモンスターと戦うんだけど、アザレアよかったの?」
「よい、とは?」
「ほら、負けたらリスポーンだし」
アザレアが戦っているところは見たことないけど、それでも危険なのには違いないと思う。最近はあんまり気にしてなかったけど、死んでしまったらご主人さまの元へ飛ばされてしまうわけで。それは避けたいんだけど、アザレアはどうしても私も戦いの一点張りだった。
「まぁいいんじゃない。レアの新スキルもあるんだし」
「《超加速》あってもなぁ……」
「あれ、他に手に入れたとか言ってなかったっけ?」
「《ポジションチェンジ》でしょ? あれイマイチどういう効果なのか」
「使ってみれば分かるって。それよりほら、来たよ」
私たちが話している間に敵に囲まれていたようだ。数は4。正面から突撃してくるだけだから、私が《視線集中》でターゲットを固定化させてその次に……。
「行きます」
「え、アザレア?!」
ふわりとスカートが舞うと、いつの間にか持っていたナイフを手に敵の方へと向かっていく。ツツジと目を合わせて、彼女も一緒に行くように伝えたけど、まさかあんなにアザレアが好戦的だったなんて。
近づいてくるゴブリン型の敵が近づいてくるアザレアを予測して身の丈に合わない大きな棍棒を振り下ろす。アザレアはそれを右に回転しながら、身を避けると、ナイフでゴブリンの首元を斬り裂く。赤い血液にも似たポリゴンが吹き出すと、ゴブリンはそのまま絶命する。
続く2体目のゴブリンと、うさぎ型の魔物も同様に華麗に舞うように避けてから、ナイフで急所を狙っていく。全て一撃で仕留めていく姿は、昔見た暴力が支配する世界観でめっちゃ強いメイドさんが無双する漫画を思い出す。
だけどスキは生まれるもの、4体目は横薙ぎにナタをスライドしてくる。横の移動はしていたアザレアだったけど、生じたスキに付けこまれナタによる斬撃攻撃を腹部で……。
「無茶しないほうがいいよ、まったく」
入れ替わるようにツツジが逆手の短刀を使って防ぐと、モンスターを右足で蹴り飛ばす。そこからの動きは目にも留まらぬスピードで魔物を斬りつけてゲームセット。血がついた短刀を振り払って、刀に付いた血を振り払い、アザレアに向き直る。
「すみません……」
「レアにかっこいいところ見せたいと思うなら……コショコショ」
「…………なるほど」
なんか悪巧みしてるっぽい? 遠いから会話の内容は分からないけど、ツツジのことだ、きっと私にかっこいいところを見せたいならとか言って、何かを吹き込んでいるに違いない。
出番がなかった私はそのまま歩いて近づいていく。会話に満足が言ったのか、彼女たちは満足そうに何故か私を見ていた。
「な、なに?」
「今度はレアネラさんに守ってもらいたいです」
「……ホントにどうしたのさ」
「いや、ホント。アザレアって忠犬だなって話」
ホントにどういうことなのさ。確かに私の後ろにいてもらったほうが守りやすいけど、それにしたってツツジがそんなアドバイスをするはずがない。だって彼女は真っ先に前に出て、敵の攻撃を避けながらゼロダメージで戦っていくんだから。正直私いらないよねってレベル。
「ねね、私は? 私何犬?」
「ツツジもどうしたのさ」
「気になるじゃん!」
それまで行っていた思考を一旦かき消す。何犬ねぇ。うーん、今このツツジを見ていると、すごくしっぽを振っていて、なおかつ口を開いて舌を出し、荒い息遣いでも吐いているようにも見える。ならやっぱり……。
「アホ犬かな」
「アホ?!」
「なんかアホっぽい」
アザレアがちょっと吹き出した。え、だってぽくない? 誰にでも尻尾振ってるし、特に私にはすり寄ってくるタイプだし。やっぱりツツジはアホっぽい、気がする。
「じゃあレアだってアホ犬じゃん! この前の英語の成績いくつだったと思ってるの?!」
「英語は! ……ほら。私日本人」
「もっとグローバルに目を向けるべきかと」
「うー! 私だけ寄ってたかってー! 前から敵3体! 私が戦うし!」
「あー、ちょっと待ってよー!」
その後私たちはそのまま戦いに明け暮れた。私が防いで2人で斬り裂いて。その中でもアザレアの戦い方が新鮮だけど、それでも見た目がツツジに似ているからなのか、戦い方までそっくりだとは思わなかった。避けて急所を突く攻撃の仕方は彼女ならではと言っても過言ではないから。
人工知能はどんどん学習していく。最初は避けきれなかった攻撃も徐々に当たらなくなっていき、今ではツツジより少し劣るけど、それでも私の攻撃なんか当たらないんじゃないかってレベルまで学んでいた。
「2人ともなんでそんなに避けるの」
「前にも言ったでしょ、スキルなんて覚えゲーなの!」
「私はその領域にはたどり着けないわ。無理無理」
「レアネラさんはタンクですからね」
着実にキル数と素材数を確保していく。数はもうそろそろ揃いそうなぐらいだった。
「もうちょっとだよ!」
「じゃあ残りはさっさとぶっ飛ばす!」
「ですね」
2人の持っている刀身が光り始めると、正面へと向けて斬撃波による攻撃である《月影》を放つ。なんだかんだ言って、あの2人コンビネーションバッチリじゃん。アザレアが解放された暁には2人でダンジョン攻略とかさせてみたいかも。
なんて言っていると、素材が溜まったみたいだ。2人に合図を送ると、走って戻ってきてくれた。
「どうだった、私たちの活躍!」
「2人ともコンビネーションバッチリだなーって」
「えー」
「なんでツツジもアザレアもそんな顔してるのさ」
「ツツジさんと一緒というのは少し不愉快というか……」
なんでこの2人は微妙に仲が悪いんだろう。基本人間には忠実なIPCがここまで露骨に嫌悪感を示すって、ツツジなにかしたの? してたわ、ゴエモンの時に。
「ですが、ありがとうございます。……その、最初の攻撃の時は」
「ん? あれは大したことじゃないし。それより、さっさとアレクんところに戻ろ!」
「走らないでよ! 置いてくなー!」
先に突っ走るツツジは私たちを置いて先に行ってしまった。どんだけ楽しみだったんだか。
振り返ればアザレアが何か考え事をしているようだった。
「…………ツツジさんを見ていれば、とは思いましたけど、やっぱり真似できませんね」
「どうしたのアザレア、行くよ?」
「あ、はい」
半歩後ろを歩くアザレアの姿に少しだけ疑問を覚えながら、私はアレクさんの工房へと戻っていくのだった。




