第89話:手伝いたい私は装備を作りたい。
「ごめん、夕飯食べ終わったあとになっちゃった」
「いいっていいって! 私もちょっと用事あったし」
家事とか買い物とか色々やっていたら時刻は午後7時ぐらい。事前に連絡したとは言え、申し訳なくは感じていた。ツツジがいいって言うなら、それでいいけど。
「どうするの、これから」
「ポイントイベントは事前に特攻アイテムを作る必要があるんだけど、それはアレクに任せようかなって」
特攻アイテム。オンラインゲームみたいな世界観を初めて感じた気がする。ゲーム始めた当初からその辺とは無縁の生活してたから、私ちょっとワクワクしてるかも。
「なんかオンゲっぽいね!」
「お、おう。そんな目で見られても」
「だって、特攻アイテムといえばオンゲでしょ?」
ツツジが微妙な顔しながら、返事してる。彼女は慣れているのだろう。でも私はそんな事ないんだよ。ワクワクが止まらないんだ。
「レアって、変なところでときめいたり、へこんだりするから微妙にわからないこと多いよね」
「ディスられてます?」
「ディスってるよ」
「ツツジー!」
私の肩でツツジの肩をぶつけてみる。ちょっとだけ私も痛いけど、ツツジに仕返しできたので私は何よりです。ぶつけられた張本人はしばらくポカーンと呆けた後に、顔が緩んで笑い始める。うわ、なんか変態っぽくて気持ち悪いかも。
「ツツジってM?」
「は?! 違うし! どうしてそうなるの!」
「私に肩ぶつけられてニヤけるし」
「そ、それは……。好きな人にそうやってされたら誰だってニヤけるでしょ」
「そんなもん?」
「そんなもん! レアは子供だからなー」
自分は棚に上げといて、まったく。でも好きな人ならそんな事されても許せるって思うのは確かにそうかも知れない。というかボディタッチできたと思って喜ぶ可能性は大いにあると思う。私にはよく分からない感情だけど。
「ほら、さっさとアレクんところ行こうよ!」
「あ、うん。そうだね」
私たちはとりあえず2人で商業エリアに行くことにした。
いつもどおりの道を通って、アレクさんのお店にたどり着くと、カランカランとドアを開けて、いつものように挨拶する。
アレクさんは、なんというか暇そうにしてるなぁ。売れ行きそんなよくないのかな。
「アレクー、暇?」
「よう、ツツジにレアネラ。誰も来ないからな」
「じゃあ私たちは今日初めてのお客さんなわけだ」
「ギルメンでもあるな」
アレクさんの座っているレジの方にツツジが近づいていく。私も習ってついていくけど、ホントに誰もいない。アレクさんの武器って結構性能いいと思ったんだけど、どうしちゃったんだろう。
「じゃ、特攻アイテム作って!」
「あぁ、もうそんな時期か」
「そーだよ。だからアレクがこの時期に暇なのがちょっと意外だったの」
それで?、なんて言いながら、ウィンドウを開いて上から下にスワイプしていっている。何見てるんだろうって思って聞いてみたら、生産できる武器のリストらしい。生産職にはそういう機能があるらしく、依頼に応じて作れる武器や防具を探すらしい。
今は特攻アイテムのレシピを探しているみたいだ。私たちはそんなもの知らないからアレクさん次第だけど……。あったみたいで、ちょっとだけ表情を明るくすると、ウィンドウをこちらに向けてきた。
「金額はこんなもんで、素材がこれらが必要だな。持ってるか?」
「素材も必要なの?」
「当然だろ。ギルメンでも無償ではやらないぞ」
「…………」
しばらくの沈黙。じっとりとした視線がツツジからアレクさんに送られるけど、もしかしてツツジ、オーダーメイドをタダでやってもらうつもりだったわけじゃないよね……?
「……ケチ」
「こっちは商売なんだ」
「こっちは天下のギルマス様がいるんだよ?!」
「価格はそのために落としてる。レアネラ、見てくれ」
「え、あー。うん」
ウィンドウを横から覗いてみるけど、確かに私が【カモミールの盾】を作った時と比べて安くなっているように見える。素材もそこまで要求してないし、これなら普通に安いという部類にカテゴライズしてもおかしくない。
でもツツジはそれでも不服らしい。私が大丈夫だって答えたのにも関わらず、彼女がぷっくりと頬をふくらませる。
「だって、素材回収面倒じゃん」
「ツツジ、それが本音でしょ」
「だってー!」
ついにぼやいたなこの子。確かに素材回収は少し面倒くさいっていうかフィールドの敵をただひたすら倒す地味な作業になるけど、それがオンラインゲームでしょと言われたら、うなずくと思うな。
不機嫌そうにツツジがむくれている。アレクさんも対応には少し困っているように見えた。
「ツツジ、お前本当に戦闘狂っていうか、PVP好きだよな」
「だって対人戦はあのプライドと読み合いのピリピリとした感覚がたまらないんだもん。アレクだって似たようなもんでしょ!」
「まぁ、確かに好きでやってるけど……」
うわ、超困ってそうな顔。でもアレクさんってどうして生産職なんてやってるんだろう。ものづくりに没頭する人の気持ちは分からんでもないけど、ゲーム内でもそれをする気にはなれないから、私は気になっていた。
生産職って俗に言う脇役だから、どうしても主役になれないっていうか、それだけではゲームを楽しめているとは私は思えなかったから。
「なんでだろうな」
その疑問に不可解な反応を示すアレクさん。え、あなたもよく分かってないの?!
「このゲーム始めたのも、自分の趣味を持てって当時の彼女に勧められたからだけど、最初は乗り気じゃなかったんだよ。所詮はネットだしな」
「へー、アレクって自分から始めたんじゃないんだ」
「そうだ。だからキリが良い時にやめようと考えたこともあったな」
昔の思い出に触れるようにただ優しい、お父さんのような表情でアレクさんは語る。
「彼女もゲームをやってたんだが、俺はその姿を見るだけで十分だったんだ。身長は小さい相応に元気な振る舞いで、でも刀を振るう凛とした姿は今でも忘れられないな」
目を閉じてゆっくりと語っていく。ホントにいい人だったんだろうな。
「俺はそのサポートがしたくって、何かできることはないかって探したんだよ」
「で、鍛冶?」
「そうだ。最初は上手く行かなかったよ、へなちょこの刀ができたりな」
アレクさんはそう言うと、ウィンドウからごとっと波の模様に歪んだ刀を取り出す。これがそのへなちょこの刀の1つらしい。確かに失敗作もいいところみたいな武器だ。
「彼女に見せたら恐ろしく笑われたよ。こんなの作る人初めて見たってな」
「アレク、さては不器用だな?」
「そうみたいだな。だが一生懸命練習すれば物にできるみたいで、今は店を構えるレベルになったよ」
ははっ、と笑って店内を見渡す。
そっか。この店内にある武器防具は全てアレクさんが知恵と努力で勝ち取った汗の結晶なんだ。この【カモミールの盾】もそうだし、【雀蜂】だってそうなんだ。そう思うと感慨深い気持ちにもなるし、同時に武器を使ってて、この人が作ったんだって考えたら、誇らしい気分にもなる。
「で、その彼女さんが今はお嫁さん、と」
「まぁそうなるな。あいつは今そんなにログインしてないみたいだが」
「ノロケ話ごちそうさまです」
「や、やめろ。こういう話は本当にあんまりしたくないんだ」
アレクさんが照れたように顔を隠しながら伏せる。きっとこういう恥ずかしがり屋なところも気に入ったんだろうな、その人は。
「ってことだ。さっさと素材回収でも行ってきてくれ」
「分かったよ。そんな話聞いてたら自分で集めなきゃって気持ちになるし!」
「それなら俺の恥もよかったと言っているだろうな」
にかっとそれはもう少年らしい笑顔を向けられると、私もツツジと同じような気持ちになる。一生懸命になればきっと報われる。努力ってのはそうあるべきなんだろうな。
「じゃあレア、一緒に行こっか」
「だね。アレクさん、次は素材持ってくるね!」
「おう! 待ってるぞ」
私たちは素材を集めるべく、この努力の塊という店を後にした。
嫁さんはいずれ出てきますが、まだフレーバー的な感じで




