第88話:リアルの私はイベント告知を知らない。
今回はちょっと短めです
「始まっちゃったなぁ……」
「それ始業式から言ってるよね」
「長期休暇明けなんてみんなそんなもんだよ!」
9月に入って、始業式が始まる、というのは自然だろう。
もう学校が始まってしばらく経つというのに、私は一向に夏休みに想いを寄せている。
やっぱり夏季休暇の何してもいいって空気感はホントに最高だと思う。最高すぎて、宿題に手を付け忘れてたレベルだし、大学生になってもこの辺はもっとずさんになるんだろうなぁ。
「てか、この時期からもう進路調査ってありえなくない?」
「あー、確かに。普通は2年ぐらいからだと思ってたよ」
ツツジがしゃがみながら、私の机の上で鎮座する進路調査書とにらめっこしている。私も正直困ってるから睨んでみているんだけど、特に思いつかないからそのまま何も書かれていない。
「ツツジも思いつかない感じ?」
「私なー。お嫁さんとかは?」
「寝言は寝ていってほしいかな」
「ジョーダンだってば。通じないなぁもう」
プンスカと、机に肘をついて怒っているように頬を膨らませてくる。かわいい。かわいいんだけど、さっきの冗談は割と本気の目をしていたから、ちょっとだけ悪寒が走って怖かったんだ。
「真面目な話、プログラム系かなぁ。お姉ちゃんに教えて貰ってたことあったし」
「へー、いいなー」
「どっちかって言うとゲームよりだと思うけどね。Java全然分からん」
HTMLがどうこうとか、覚えるタグがとか言ってて、結構大変そう。私英語苦手だし、もっと別のことかなぁ。とりあえず進学って書いておこうかな。
「それより! さっちー次のイベント告知見た?」
「なにそれ」
ガクッと頭落としているご様子。そーですよ、私は情弱ですとも。
「さっちー、本当にゲームのお知らせ見ないよね」
「見なくてもゲームできるし」
「そんな事言ってたら絶対後悔するよ」
そうかなぁ。私、お知らせって説明書みたいなものだと思ってるんだけど、説明書自体読まないんだから、お知らせだって読まないよ。ツツジは見るようだけど、お知らせ見たってそんな価値は……。イベントの告知があったわ。
どんなイベント? なんてちょっと甘え気味な上ずり声を出しながら聞いてみる。その声に聞き惚れていたのか、ツツジの顔が少しだけ赤い。照れてる照れてる。かーわい。
「そんな事言ったって教えてあげないし」
「えー、今私最大級の萌え声出したと思ったんだけど」
「じゃあ改めてもう1回お願いしてよ。録音させてもらうから」
嫌です、ときっぱり断った。録音されたら、後日弱みとして握られるに違いないし、何に使われるか分からないから、絶対にさせてあげないし。
「ま、冗談は置いておいて、イベントは栗拾いイベントだって。ポイントを集めて限定アイテムと交換! って感じ」
「へー。ツツジ、なんかテンション高いね」
「お、気づいた? 私、これを本気で回そうと思ってさ!」
ツツジがそんな事を思うなんて珍しい。だいたいPVPとか戦闘とかにしか興味ないと思ってたから、こういう素直なポイント集めに全力で取り組むなんて思わなかったな。
「えーっと、ちょっと待ってて」
彼女はポケットからスマホを取り出し、画面を操作し始めた。スイッスイッと画面をスクロールしたり、画面をタップしたりを繰り返していたら、私にスマホの画面を見せてきた。
「この秋っぽい雰囲気の服が可愛くってさぁ。私これ欲しくて」
「重ね着?」
「そそ。私の好みにどストライクでね……。さっちー、着てみない?」
「うわ、ホントに可愛い。確かにちょっと着てみたいかも……」
秋らしいちょっと儚げで寂しそうな色合いを感じるチェックの薄茶色のスリーブレスワンピース。膝上まで伸びたスカートはミニスカートみたいでかわいらしい。下には黒目のセーターだろうか。色合いと相まってシックな印象を受ける。
「さっちーも似合うと思うんだよね、赤毛だし」
「単純に私に着てほしいだけでしょ」
「そうともいう」
自慢気に言ってのける彼女がちょっとだけ憎らしい。でもこれだったらツツジも似合いそうだけどなぁ。というか彼女は何着てもだいたい似合うし様になる。すらっとした身体は今風で言うところの映えるということだろう。
「私は着るより、さっちーに着てもらうほうが嬉しいの」
「そんなもん?」
「好きな人だったらそう思うよ」
ニッコリと笑う彼女はたくましいなと感じる。
だから欲しいといばる姿も、思い悩んでいたような以前までと比べたら自然体に思えて、告られてよかったのかなって考えてみる。私が結果を保留にしちゃったから、それでもまた悩んでるんじゃないかって思うけど、その辺はどうなんだろう。
聞きたいけど、聞けるわけないか。
「分かった。私も手伝うよ」
「え、ホント?! さっちー大好き!」
「抱きつくのは禁止!」
両手を広げて抱きつこうとするツツジを片手で顔の目の前を止める。プクーっとまたほっぺたが膨れてるけど、恋人でもないのに抱きつくのは違うと思うんだよ。
というかクラスメイトもいるんだし、もうちょっと自重して。
前にも抱きつかれたり、胸揉まれたりしてたけど。
「まぁいっか。今日帰ったら早速準備しよ! えっとね、このポイントイベントは……」
こんなに嬉しそうなツツジを見たのは初めてかも知れない。すごい胸が弾んで、動きからワクワク感がにじみ出ていて子供らしくてかわいい。意地でも直接口には出さないけど、そんな一面が見れて私もちょっと嬉しいかも。
「ちょっと聞いてる?」
「聞いてる聞いてる。ツツジ楽しそうだなって」
「聞いてないじゃん! ポイントイベントは効率だからね、セオリーを叩き込むよ!」
私の情けない悲鳴を教室に響かせながら、今日も昼休みが過ぎていった。




