第9話:勝ち取った私は鍋を囲みたい。
実際に熊肉を提供するお店があるらしいです。
いつか行ってみたいですね
「えーっと、あ。いたいた。アレクさーん!」
そういえばフレンドとか連絡先を一切手に入れてなかったな、と思いながらクエストステーションに行ってみたけど、意外と暇なのかな。
「お、この間の嬢ちゃんたちか。そういや名前聞いてなかったな」
「あ、忘れてた。えへへ、すみません。私がレアネラで、こっちがアザレアです」
「よろしくお願いいたします」
「改めてよろしくな! で、なんか用か?」
不敵に笑う私にやや引いたのか、ちょっと嫌そうな顔をするアレクさん。
いやだなーもう。私が言ってるのはこれのことなのに。アイテム欄から食材を1つ取り出すと、ドンッ! と机の上に置く。
アレクさんもようやく思い出したかのように、まじまじとその食材を見つめる。
「お前、まさか……」
「へへっ! そうですよ。熊肉料理、食べたくないですか?」
「やるなぁお前! すごいぞ!」
手を差し出されたので、そのままガッチリと握手し合う。
「いやぁ、長く苦しい戦いでしたよ」
「だろうな……。よっしゃ! 熊肉以外の食材は奢ってやる!」
「ホントですか?!」
「嬢ちゃんが食欲のために戦ったんだ! 俺だってなにかしてやりたいさ!」
「ありがとうございます、アレクさん!」
妙に気前がいいアレクさんにキラキラと尊敬の眼差しを送ったところで、アザレアが熊鍋の材料をラインナップしてくれた。結構色んなものが書いてるけど、こんなにいるのかな。アザレア、これを機にいろいろ試したいだけなんじゃ……。
「では行きましょう、レアネラ様、アレク様」
「どんな味なんだろうな。やっぱ野生溢れる味か? それとも……」
「ね、アザレア」
先行するアレクさんをよそに、私はアザレアの肩を指で叩いて呼ぶ。
「もしかして、自分が試したいものも入ってる?」
「アレク様が熊肉以外は奢ると仰ったので」
「もうちょっと遠慮を覚えなよ……」
呆れ混じりにため息をつく。どうやら意味がわかっていないらしく、アザレアは首を傾げている。この辺はやっぱりまだ人工知能って感じなのかな。
「お金には限度があるの。あんまり高いものを要求したらアレクさんが嫌な顔しかねないし、こういうのは熊鍋とご飯、あと付け合せぐらいでいいと思うよ」
「……そういうものですか?」
「そういうもの」
アザレアがしばらくボーッとすると、頭の中からシュルシュルという音が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。何かを覚えたのかもしれない。
「おーい、先に行っちまうぞー!」
「あーわかりましたー! ほら行くよ、アザレア!」
私はアザレアの手を引いて、歩き始めた。熊鍋が私を呼んでるぜ。
◇
「ほー! これが熊鍋か!」
濁った汁はおそらく味噌ベースか、醤油ベースか。それにしたってグツグツ煮えているこの見た目と匂いだけでお腹の中枢神経が刺激される! 要するにお腹減った!
「アザレア、まだー?」
「そろそろ良いかと」
「じゃあ皆さん、手を揃えて……」
「「いただきまーす!」」
待ちに待った待望の一品。まずは汁を一口。
ん! 何だこの旨味は! 味噌ベースの優しくもガツンと味のある舌触りに、甘い味わいが溶け出している。なんだこれ、熊肉パワー?
改めて、熊肉を手に取る。溶き卵につけて、一口パクっと……。
ん! これだ! 柔らかくて、口溶けがいい。なんだろう、肉の風味は牛肉に似てるのかな。噛みしめるたびに旨味がじんわりと広がっていって、美味しい!
「美味いなこれ!」
「はい! これは何杯でもいける気がする!」
お豆腐にネギにしらたきに。鍋の王道食材を経由しながら時折熊肉を口に運んで美味しいと叫ぶ。なんという贅沢。倒したかいがあったなぁ……。
「鍋のシメはチーズにうどんを入れます。更にマイルドな味わいになります」
なるほど、そういうのもあるのか。
投下されたたっぷりのチーズとうどんを鍋の中に放り込むと、徐々にチーズが溶け出していき、ドロドロになった汁とチーズがうどんに絡みつく。この見た目は、暴力的だ。リアルで食べたら絶対痩せなきゃとか思うレベルだ。
ズズズッと鈍い音を立てながら口の中に麺を入れていく。
熊のだし汁と、チーズのマイルドさ。先ほどまでの独特な風味も違和感なく消えていて、これはもうスルスルいける。
「んー! んん!」
「喜んでいただけたようで何よりです」
ちらりと横目でアザレアを見ると、まるで母親のような優しい顔になっていた。確かにこの様子じゃ、私たちがアザレアの子供みたいだと言ってもおかしくない見た目かもしれない。
「……これも、嬉しいという感情なんですね」
「ん? なんか言った?」
「なんでもありません」
私も、そんな満ちたアザレアの表情が見るのが嬉しい。なんというか、たった2日なのに昔から一緒にいたような気がしてならない。もちろんそんなわけないんだけど、でもいつかはそんな関係にもなれたらいいな、なんてね。
「「ごちそうさまでした!」」
「お粗末さまでした」
それぞれが熊鍋の感想を口走っていると、アザレアの頭の中がまたシュルシュルと音を立てて回転するような錯覚を得る。なんだろう? と思っていると、アザレアがウトウトとし始めてくる。あれ、眠い?
「アザレア、どうしたの?」
「……いえ。ちょっとだけ浮遊感が身体の中に満ちていて、少しだけ眠たいだけです」
「帰ろっか?」
「はい、横になりたいかもしれません」
手伝うか? とアレクさんが声をかけてくれたが、流石にそこまでしてもらうのは気が引ける。
帰り際にフレンド登録を交わすと、私はアザレアを背負って、宿屋へと歩き始める。
なんというか気が狂ってしまう。こうしてみるとただの人間なのに、実際は人工知能で、現実世界には存在しないNPCなわけで。
――それに。
「『かも』だなんて、アザレア今まで使ってなかった気がする」
彼女が曖昧な表現をすることはあまりない。言ったとしても不安定な未来に対しては言うと思うけど、こうやって自分のことを曖昧に表現したのは初めてかもしれない。
「いや、そうでもないかな」
嬉しいという感情を手に入れた時はそれらしい反応だったと思う。心の隣人なんてかなり曖昧なことを言ってしまったけど、今はそれでいい気がする。
多分彼女と友達になるにはもうちょっと時間が必要だ。少なくとも、人間と同じ様な反応ができるぐらいに成長させるまでは。
「それまでは私がマスターだぞー。なんてね」
私の背中ですやすや眠っている彼女はとても可愛らしい。こんな幸せそうな顔しやがって。
宿屋に着くと、部屋を借りアザレアをベッドに寝かせる。現実時間もそろそろいい時間だしログアウトしないとな。
ふっと、こういうときほっぺや額にキスするというよくある愛情表現を思い出したけど、頭を横に振って忘れる。恋人じゃないんだから。
「おやすみ、アザレア」
部屋の電気を消すと、私はそのままログアウトするのだった。