第82話:お腹を下した私は料理が食べたい。
トントントン。まな板を心地よく包丁で叩く音が聞こえる。
この音はきっとツツジのものじゃない。だって、ツツジはもっと派手だったから。
教会でヴァレストを拾ってから、ギルドホームへと戻ってきた。
アレクさんはいつもの調子で、今度はハンマーを研磨剤で磨いている。
私も武器の手入れをしなくちゃな。そんなことを思いながら、先程の首謀者であるツツジの顔を見る。
目が合った瞬間、ひまわりの花が咲くみたいに太陽の笑顔が垣間見えたけど、すぐに雲に隠れた。やっぱり私をキルしたのが相当キているみたいだった。
「安心してよ、ゲームなんだからさ」
「でも……」
一向に元気をだしてくれない。思い詰める時はホントにとことん思い詰めるなこの子は。
仕方ない、元気を出す魔法をかけてあげようじゃないか。
私は、落ち込む彼女の背中に回って、首元に両腕を抱くように覆う。そして私の方へと引き寄せた。
「ちょ、ちょっとレア?」
「元気になった?」
下から見上げるツツジの顔がちょっと呆けていて、可愛らしい。
今の状況は俗に言うあすなろ抱き、というやつだ。前に漫画で見て、一度はやってみたいなー、なんて思ってたことの1つ。まさかこんなところでできるなんて思ってなかったけど。
「グハッ!」
「ヴァレスト?!」
一緒にいたヴァレストが何故か大げさに倒れた。そんな事されても私困るだけなんだけどなぁ。
ちょうどよい高さに合ったツツジの頭の上に、私の頭も乗せる。はぁ、ちょっと楽かも。
「元気になったって、レアちょっと近すぎ……」
「そう、友達ってこんなもんじゃない?」
「たまにレアの友達の距離感がバグるのは気のせい?」
「いや、気のせいじゃないと思うぞ」
そこで倒れているヴァレストはグッドポーズで挨拶する。なんなんだ、ホントに。
アレクさんも言ってるけど、私の距離感ってそんなに近いかな。近いんだとしたら、きっと友達という人生経験が薄いからに違いない。
ツツジの顔を見るに、結構元気になってきたのか、顔を赤らめて、プスプスと、頭から煙のようなものが噴出されている気がする。そんなに照れる距離なのかな。やっぱ近い?
「レ、レア。ちょっと離れて。身が持たない……」
「ごめん。でも元気出た?」
「まー、うん。色々と……」
元気が出たなら安心だ。ツツジは笑顔が一番だから、いつも笑ってもらわないと困る。なんで困るかは、私にもは分からないけど。
「ところでこのキッチンから聞こえる音は? 誰かいるの?」
「アザレアが軽い夕食を作ってるところだ。食べていくか?」
「ホント?! 食べる食べるー」
あ、ちょっとだけツツジの顔が曇った。最近分かりやすいなぁ。
料理のことになるとダメダメになるツツジをイジっているのもちょっと楽しい。
うりゃ、普段の仕返しだ。ほっぺたをツンツン突っついてみる。乙女のほっぺたは突っつかれても、弾力があるのですぐに跳ね返ってくる。まったく張りがあってかわいいことで。
そんなことをしていると、アザレアがキッチンからサンドイッチを手に戻ってきた。
「レアネラさん、こんばんは」
「サンドイッチ? 美味しそう」
「パンに色々詰めただけじゃん」
「藻チャーハン作る人には言われたくありません」
「うっ……」
アザレアの衝撃のファーストブリッドが炸裂。一発でツツジの精神はズタボロになったみたいだ。椅子の隅の方で丸くなっている。
その姿は珍しいから、ずっと見ていたくなるけど、今はアザレアの料理を食べることにしよう。
サンドイッチを1つ手にとって、三角形の頂角をパクリと口の中に入れる。
レタスのシャキシャキととろけたチーズがほのかな甘みを生み出している。口の中で広がる歯ざわりの良いレタスが噛んでいて楽しい。つい音を聞きたくて、何度も噛み締めてしまう。
噛み締めたそばからチーズの甘みが口の中に伝播していく。噛み心地と伝わっていく甘みが、無限ループしているみたいに永遠を感じてしまうほどだ。このまま飲み込んでしまうなんてもったいない。でも飲み込んじゃう。ゴクリ。
「美味しいよ、アザレア!」
「ありがとうございます!」
「こっちのツナサンドもなかなか……」
「これはたまごサンドか。好きなんだよなぁ、これ」
男子勢ももぐもぐ味わっているみたいで何よりだ。
1人だけ食べていないものがいるけど。さっきから拗ねたままだ。
しょうがないなぁ。私はハムサンドを手に取ると、ツツジの顔の前に近づける。
「口開けて」
「……へ?」
「だから口。あーん」
「おいおいおいおいおい」
「マジかお前」
そんなに意外だろうか。ヴァレストは胸の前で十字に切ってアーメンしてるし、アレクさんは私たちの様子を固唾を呑んで見ているようだ。大丈夫でしょ、女の子同士なんだから。
「…………あーん」
口をあんぐりと空けたツツジの口の中にハムサンドを放り込む。
もぐもぐ味わいながら、ハムスターみたいにサンドイッチを完食していった。
「……美味しい」
「でしょ?」
「だから悔しい」
「なんで?!」
突然私の手を取った後、アザレアの方を向いて一言。
「レアは私のだから!」
え。何言ってるの?
いや確かに告白はされたけど、断ってはいるし。
と、というかチョット待って。今、アレクさんもヴァレストもいるんだよ?!
私たちがどういう関係か、誤解されない?
ほら、現にアザレアが状況についていけずにフリーズしてるよ?!
「ツツジ、お前。まさか言ったのか?!」
「言った! 言いました! レアに告白しました!」
「マジか?! マジか。 ……マジか…………。小説のネタにするからもっとくれ」
「うわ、身内の恋愛をネタにするなんてきっしょ!」
「やべ、口すべらした」
あー、なんか取り返しがつかなさそうな雰囲気になってきた。
どうしよう、逃げたい。逃げて、その日のログを全部消したい。
だってそうだろう。アザレアの顔が信じられない、みたいな事になってるんだから。
「レ、レアネラさんは私の友達です。ツツジさんなんかに任せられません!」
「友達は私もだし! いや、私はそれよりも一歩上に行ってるしー!」
突如アザレアとツツジの意地の張り合いが始まってしまった。
え。ツツジは知ってるけど、アザレアはなんでそうなったの。
言い争う2人を止める手立ては知らない。だから私は、静かに目を閉じて、ことが過ぎ去るのを待つしかなかった。
あ、でも1つだけ言ってみたいことがあったんだよね。流石に心の中でつぶやくようにするけど。
私のために争わないで! なーんてね。




