第77話:夏休みの終わりでも私は宿題をしたくない。
5章開幕!
学生はそろそろ夏休みの宿題が忙しくなる時期です
「はぁー……」
私はいま、2つの事柄で悩んでいた。
1つは先日、ついにツツジから告白された件だ。
あの時、私は確かにそこにいたはずなのに、何故だかフワフワとした感触が今も残っている。
まるで夢のようだった、なんてありきたりかもしれないけど、それだけ現実感がなかった。
「好きって言葉って、こんなに分からないものだったんだ」
私だって恋愛ぐらいするもんだと思ってた。だから、というわけではないが、少女漫画とかも読んだことはあったし、その時の登場人物を自分に例えたりもした。
でも今の考えを言葉にしようとしても、出てくるのはありきたりなもので、ホントにそれでいいのか。それを悶々と考える。
あの日以来、会ってないということはない。でもちょっとだけツツジとの距離が怖くなったのは確かだ。
どこまで触れていいのか、どこまで近づいていいのか。それがちょっと分からなくなった。ただそれだけ。
なのに今胸にあるのは、ポッカリと空いた穴。アザレアを失ったときみたいな、人一人分がいなくなってしまったくらいの、小さくて存在感のある穴。
いなくなったわけではない。消えたわけでもない。なのに、こうやって私を苦しめる。
「そんな子に、宿題を一緒にやろうなんて言えないよ……」
そしてもう1つの悩み。それは夏休みの宿題だ。
侮るな。高校生の宿題は内申点にも関わるものだ。もし出し忘れでもしたら……。
ふるる……。恐ろしい考えはよそう。今はどうやって効率よく宿題を片付けられるかが問題だ。
幸いツツジも宿題が終わってない、みたいなことを昨日ちらりと聞いたのだ。だからワンチャンスあるかなって思ったの。でも告られた手前、そんな事言えるわけもなく。
「でも宿題がなー」
そう、宿題が終わらないのである。
元々勉強ができる方ではなく、テストは大体中間点ぐらい。この前も赤点はないにしろ、ちょっと危なかった教科もあったレベル。この辺で先生の評価を上げとかなきゃいけないのに。
「でも、うーん……」
悩む。悩むけど、背に腹は代えられない。
私はメッセージで自分の家にこないかと、ツツジに誘ってみる。
しばらくの沈黙。数十秒後、返事はすぐ返ってきた。
◇
「ここがさっちーの家かぁ。マジで一人暮らしなんだ」
「まーね。今麦茶入れるから待ってて」
ツツジをリビング中央のちゃぶ台に誘導すると、私はキッチンで麦茶を用意する。
せっかくだからお菓子とか買ってくればよかったかな、とかも思ったけど、あいにく今月はそんなに余裕はない。貧乏学生の生活はいつの世も厳しいのだ。
そうやってお菓子も用意できないことを謝罪するため、ちらりと居間の方を見る。
めっちゃキョロキョロしてる。
初めて都会を経験したみたいな、田舎の学生みたいなノリ。相手に察されないように周りを見てるけど、結局その様子がもう田舎者っぽい挙動をしていて、ちょっとキモい。
「……何見てるの」
「え?! いや、見てないけど?」
「嘘だ」
「う……。ごめん」
「ううん、ちょっとキモかっただけだから大丈夫」
「私そんなにキモかったの?!」
あははと笑いながら、コトっと麦茶の入ったコップを差し入れる。
ツツジはそのまま手にとって、一口お茶を口に含む。喉乾いてたのかな。
「じゃあやろうか」
「ちなみにさっちーはどのぐらい出来てる?」
「……4割」
「私は3割半」
周りにドヨンとしたお葬式ムード全開の雰囲気が漂う。
い、いや! まだいける。まだ10時ぐらいだし、なんとかすれば夜までには終わる、はず!
「ツツジ、得意な科目は」
「体育」
「……教えるね、ちゃんと」
「ごめん」
そうして私たちの宿題戦争が始まった。
最初は面倒そうな数学から取り組むことに。
カリカリとシャーペンを走らせながら、次々に、時にはつまずきながらも問題を解いていった。
「ここは?」
「多分ここをこうして、こうすれば……答えは4かな」
「じゃー4っと」
「間違ってるかもよ?」
「さっちーだから大丈夫!」
「ホントかなぁ」
その大丈夫はいったいどの意味で使っているんだろうか。私が頭いいからと言う理由なのか、それとも私が答えたから大丈夫なのか。できれば前者がいいなー。
次は英語。英語はホントにダメ。日本は日本語なんだから、日本語以外勉強する理由ないじゃん、とか本気で思ってるタイプです。
なのでほとんどをツツジに任せることに。後はその、グーグル翻訳とかエキサイトな翻訳とか、そういうのを使って。
「ちなみにここの発音分かる?」
「あいはぶあぺん」
「これは?」
「あいあむあっぷる」
「……奥義の時はちゃんとかっこよく発音できるのになぁ」
「あいあむあすくーるばす」
続いて社会、理科と処理していくが、やっぱり集中力が途切れてくるわけで。
そろそろお昼ごはんにしようかな。
「一旦休憩ね」
「ふぃー。さっちー、今日のシェフのおすすめは?」
「そうめんかな」
「茹でるだけじゃん」
「じゃあ手伝ってよ、なんでそんな頑なな身固めしてるの」
「ダメなんだよ、私はさ」
しばらく疑問に思いながらも、黙って立ってても仕方ないからそうめんを作ることに。
と言っても水に塩入れて、沸騰したお湯にそうめん2人前を入れるだけだから、大して料理らしいことはしていない。
そもそも料理ってどんなことを言うんだろうね。
私がいつもやってるクックなドゥのタレを使った料理でも、料理っていうんだろうか。
でもあれ便利だからいっつも作り置きしてるんだよね。面倒な一人暮らしの最高の味方だよ。
と、そんな事を考えていれば、麺がふやけていた。急いで火を止めて、ザルに麺を流し込み、後は冷水でしめるだけ。簡単だし、夏場とかとりあえず胃に入れたいときとか便利。鍋の底にちょっとだけ麺がくっつくのを除けば、毎日でも食べたいところ。
お皿に盛って、めんつゆに練りわさびを加えて、ハイ完成。
「おまたせー」
「待ってましたー」
先に宿題の山を濡れないように片付けていたようだ。よくやってくれた、褒めて使わす。
テーブルにお皿とめんつゆの入った食器を置く。後は箸を渡して、いただきますの準備は完了だ。
手を合わせて、いただきます。
「いただきます」
箸でひとつまみの麺を取って、めんつゆにくぐらせる。そしたら口の中に入れるために麺をすする。
んー、めんつゆのしょっぱさとわさびのツーンと来る辛さがしみる。麺も程よく粉が取れてるし、これは美味しい。
「美味しい!」
「それはよかった」
「ん?! さっちーの初めての手料理じゃない?」
「それでいいのかツツジ」
確かに手料理だけど、麺茹でてつゆ作っただけだぞ。その程度で手料理って言うなら、インスタントラーメンでも手料理って言えるよ。
「手料理は心がこもっていればいいって、お母さん言ってたよ?」
「それでいいのか石原母」
「まー、いいんじゃない。私より上手いよ」
「どんだけできないのさ、ツツジは」
そんなにできないのだよ、とさも偉そうに言ってるけど、それを偉ぶれる権利はどこにもない。今度の機会にツツジに料理を食べてみようかな。どんなだろう、楽しみ。
食べ終わったら、後回しにしていた宿題を始める。
残りは国語だし、読書感想文も最初のうちに終わらせた。いける、いけるよ!
そして数時間後。夜を迎えて大体18時ぐらいのことだろう。
「終わったー!」
「疲れた……」
疲弊と達成感を織り交ぜた声をため息まじりに吐き出す。
お、終わった。終わったよ、疲れた。
「さっちー、なんか甘いもん食べたい」
「財布的には1個ぐらいなら」
「じゃあなんかコンビニスイーツでも!」
「いいねぇ!」
早速財布を持って、準備をする私。というか、よくよく見たらツツジの荷物がなんか多い気がする。気のせいかな、リュックとエナメルバッグって、どこの中学生の部活だよ。
「じゃあ行こ!」
「まぁいっか」
私はその思考を空中に放り投げて、ツツジのお誘いを受けることにした。
後から思えば、やっぱ聞いとけばよかったと、少し後悔はしてる。




