第76話:好きな私はあなたと恋がしたい。
私、石原ツツジはとっても悩んでいた。
夜の街。最も美しいとされる海岸。海辺の道。
そのどれもが、なんというか告白にぴったりだよねって思って。
考えだしたら止まらないのが人間というもの。どうやって告白しようか、とか。どうやって二人っきりになろうか。とか告白のセリフは? やっぱり好きってストレートに言う? それとももっと変化球で「月が綺麗ですね」とかだったり。
そんな悶々とした中、打ち上げに入ってしまったわけでして。相談できる相手は1人だけ。とりあえずメールでメッセージを送ろう。
『ティア、私今日告白しようと思うんだけど、どうかな?』
ガシャン! ティアがメッセージを受け取ったのか、持っていたフォークを落とした。
「どうした、ティア」
「な、なんでもないわ。おほほ~」
アレクの追撃を振り払い、彼女はメッセージを送信したみたいだ。
『唐突すぎない? 告白の練習は? したの?』
もちろんしていない。だって今さっき決めたことだし。思い立ったが吉日という言葉もあるじゃない。つまりはそういうことよ。
『無策だわ。日を改めて、デートした時に言うべきよ』
『そんなこと言っても、今日かっこいいところ見せたし』
『そうは言ってもあなた……』
何故だかメッセージが途中送信で止まった。そしたらティアがちょいちょいと、小さく手を動かして、こっちに来て欲しい、みたいな仕草をする。仕方ないから近づくけど、メールでいいじゃんか。
「あたしタイピング遅いのよ、若者と違って」
「ティアも十分若いじゃん」
「でもあなたより年上よ」
「色気ムンムンだからね」
てしっと頭を叩かれた。どうやらこれは禁句だったらしい。以降は反省しよう。
「それで、告白、だったわね」
「そう。私、どうしても告白したくて」
「若いっていいわね、そういうことにも全力で」
「だって告りたいって思ったんだもん。心の底から感じたんだもん」
紛れもない真実だった。前から告白したいとは思ってたけど、彼女に自分の想いが気づかれてると思って以来、もうどうしようも止まらなくなった気がする。好きで好きでたまらなくて、どうしても自分の彼女にしたくて。
またそんな薄汚い独占欲ばかり膨らんで、今回は枠をはちきれそうなほど想いが止まらなくなってしまったんだ。どうすればいいだろう。どうしたらいいんだろう。そんな事ばかり考えて、どうしようもない私の考えがずっとループしてた。
だから今日告白したいっていうのは、多分その意思の整理だと思う。こんなどうしようもないほど独占欲に満ちたこの心をさらけ出したい。あわよくば付き合いたい。そう思ってしまったんだ。
「ならシチュエーションとタイミングよ。ロケーションはバッチリなんだから」
「やっぱりそうだよね。緊張してきた」
「あなたの一生懸命を伝えるのよ。ダメかもとか、諦めたらダメ。自分の想いを相手にぶつけるの」
「……そんな身勝手でいいのかな」
なんとなく、相手に気遣った方がいいんじゃないかって思ってしまった。相手はレアだし、そんな事しなくても。なんてことも考えてしまう。でも自分の好きを押し付けるのはきっと身勝手だし、自己満足甚だしいし、ぶつける、なんて言われても……。
「あのね。これはあたしの経験則だけど、好きはぶつけるしかないの。ぶつけなきゃ、分かり合うことなんてできないし、伝わることだってない。だから好きに遠慮なんかしないで。あなたが思う一番の好きを、伝えてきなさい」
「……ティア。フラれた人は強いね」
そうよ。なんて誇らしげに笑った。そっか。好きに遠慮なんかしない、か。うん、勇気出たよ、ティア。
「ありがとう。勇気づけてくれて」
「あたしがくまちゃんに告白するときも手伝ってくれると嬉しいわ」
「もちろん。だって私たちは仲間なんだから!」
お互いの恋を応援する。そんな仲間を見捨てたりなんかしない。私がそうであるように、ティアだって好きな人がいて、全力でその子のことを愛しているんだから。
◇
「ねぇ、レア。ちょっと散歩しない?」
「食後の運動? 付き合うよ」
私は打ち上げの途中でレアを連れて抜け出した。今頃主役がいない、なんて騒いでるかもしれないけど、そこはティアが場繋ぎしてくれているからきっと大丈夫だろう。アザレアは、きっと抜け駆けされて困惑してるかもしれない。それかまだ自分の想いに気づいてないだけかもしれないけど。
私たちは今、道からそれた海の砂浜を歩いている。
遠くでは街灯の明かりがポツリ、ポツリとホタルみたいに揺らめいている。
でも私たちの周りは、とっても暗くて、お互いの顔が薄暗くて見えない。
今はそれが少しだけ自分の緊張を誤魔化すことができた気がして、とてもホッとしている。
海はどこまでも紺色。太陽があれば、きっと水底まで見えたであろう透明な海は今では見る影もない。それでもなおも海はザザーンと小さく波を打ちながら、砂浜を叩いている。
「綺麗だね、海」
「戦ってる時は全然見えなかったけど、改めて見たら、本当に綺麗」
まるでレアみたい。そう口に出そうとして、やめた。
もっといい言葉があるはずって思ったんだ。
私は、ちょっと思い出話をしようと思った。自分の好きを形にできる最も素敵な言葉を探して。
「レアと出会って、まだ3ヶ月だっけ」
「え、まだそんな?」
「うん。だって目があったの5月でしょ?」
「そんな事覚えてないよー。あ、でも私が机にガクンってやっちゃったのって」
「うん、そのとき」
多分あれを一目惚れっていうんだと思う。
1ヶ月間ずっとクラスメイトだったのに、眼中に入れてなかったのは私の方だった。我ながら酷い女だ。私を見てたからって安い理由で、好きになってしまったなんて口が裂けても言えない。
それからレアと色んな話をした。私がレアと初めてゲームをした日のこと。まだ覚えているし、あの時もらったヘアピンは今も身に付けている。ギルドに入ってほしいって言ってくれたときもとっても嬉しかった。自分を必要としてくれたんだって。
「ゴエモンの時はホントショックだったんだからね!」
「あの後許してくれたじゃん!」
ゴエモン騒ぎのときも、私のワガママだったのにそれに付き合ってくれて。
あの時本気で感情をぶつけたからこそ、私はもっとレアのことが好きになれた。
私の好きな人は、こんなにも優しくて、私のことを愛してくれているんだって思ったら、とても嬉しかった。
だけど、その好きは友達としての好き。私が求めているのはそんなんじゃない。
想いは固まった。レアにどうしても言いたいこと。言わなきゃいけないこと。
それはきっと複雑な殺し文句とかじゃなくて、ただただ純粋で、私の想いがむき出しな……。
「好き」
「え……?」
むき出しで、純粋なまでの欲望。
それでいて真っ白な想いの塊。
「私は、レアが大好き。友達してなんかじゃない。1人の女の子として、愛してる」
静かな海と、騒がしい街の間の曖昧な砂浜で私は愛を告げたかった。
揺らめく街灯も、海から流れる潮風も、絶え間なく聞こえる波の音も、全部全部レアと分かち合いたい。恋人として、色んなものを触れ合いたい。
レアには私がどう映っているだろう。友達としてのツツジ。それともギルドメンバーの。はたまたただ迷惑なゴエモン。私はどれでもないものになりたい。恋人としての石原ツツジになりたい。
返事はまだだろうか。いや、簡単に決められないのは分かっている。
でもドキドキ鼓動する心臓が止まらない。1秒に何万回も動いているような気がするのに、時の流れは一向に進んでくれない気がする。私の内側と外側でとんでもない時差が発生している。
レアは少し口をパクパクさせて、何かを言葉にしようとしているみたい。
それがもどかしくて、早く聞きたくて。
恋って、どうしようもなくせっかちなんだなって、なんとなく理解してしまった。
だから期待したい。彼女の想いを。答えを。
「……あのね、ツツジ」
胸がトクンと大きく脈打った。いつもはこんなにレアの声に反応しないのに。その時はとても激しく鼓動した。胸の上あたりを握りしめて、続きの言葉を待つ。
「私、恋が分からないの」
「分からないって?」
「私って、なんというか人を好きになる前に引っ越してばっかでさ、どういうのが好きって分からないんだ。でもアザレアとツツジのことを考えると、胸が苦しくなって。気づいてた想いに答えなきゃいけないのかなって思ったりしてた。怖かった」
それは、きっと好きって感覚なんだと思う。
彼女はそんな想いに答えたかった。胸のモヤモヤに、正面から立ち向かってったんだ。そりゃ怖いよね。未知の感情に支配されて、それでも立ち向かわなくちゃいけなくて、私よりずっと怖かっただろう。
「恋人がわからない。好きがわからない。愛してるがわからない。友達じゃダメなの?」
「…………うん。ダメみたい」
私の好きはもう止まらない。口に出したからには、声に出したからには、もう伝えるしかなかった。
「私も怖いよ。友達から恋人に進展したいけど、関係が変わってしまうんだもん。でも私は、レアとなら一緒に変えられるって思ったの。レアとなら、2人で一緒に変われるって思った」
「ツツジ…………」
「もう一度言うよ。私はレアが大好き。世界中で、この世で一番好き」
それが、私の伝えたかった想い。口に出したかった好き。
「…………すー、はぁ……」
レアは深く息を吸って吐く。そして、おもむろに口を開く。
「ごめん、今は。今はその気持ちに答えられない。もっと恋を知ってから考えたい。もっと私に好きを教えて。ぁ……。ごめん、身勝手だよね」
「………………ううん……。それが、レアの答えなんでしょ? わた、しは……わたしは……っ!」
ダメだ、泣いちゃダメだ。こんな決断をさせた上で、私が泣いたらきっとレアは選択に後悔する。優しい子だから。私を友達として好きな子だから。奥歯を噛み締めて、顔が歪まないように力を入れて、私は笑う。涙が出てもいい。でも笑顔で、泣き顔だけは見せないように。
「なら、絶対振り向かせてみせるよ! だって、私が大好きなのは、レアだけなんだから!」
「……ん、待ってる」
私は後悔してない。だって好きな想いをこうやって言葉にして相手に伝えられたんだから。だから諦めない。好きって気持ちを遠慮せずに、大好きなあの子を振り向かせたいから。
――だから、明日もあなたに好きって伝えたい。この想いが続く限り。ずっと。
第4章もこれで終わりです。
ツツジがついに告白して、レアネラがまだ待ってほしいと願う話でした。
ある意味ではこの話が作品の大きな節目の1つとも言えますね。
なので、まだまだ続けるつもりですが、ここで一言。
皆さま、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
この先、6章ぐらいでヘビィな話が連発すると思いますが、
これから先も、最終話まで読んでいただければ幸いです。
私のワガママで恐縮ですが、よろしくおねがいします。




