第69話:壺を割る私は勇者の真似事がしたい。
「ねぇビター」
「なんだ」
「宝箱ってどこにあるの?」
私を見上げる雪菓子のような女の子は、信じられないと言った表情を臆面もなく出す。
いや分かってます。私だって分かってますよ。それを探すのが今回のイベントであり、今から宝箱を探そうとしていることぐらいは。
でもね、サベージタウンより小さいとは言えども、こんな広いエリアからたった3つの宝箱をどうやって探せばいいんだ。
この宝探しイベントは宝箱が3つ存在する。その全てを開き、中のアイテムを使ってボスを召喚。その後にそいつを倒す事ができれば、イベントクリアということになっている。
だから3組に別れて、一つ一つ探していく、という寸法だった。
「実際うちはイベントを素材回収ぐらいにしか見てなかったからな。アザレアは何かアドバイスとかあるか?」
アザレアも首を横に振る。相変わらずゲームの知識に疎い。ホントにこの子はAIなんだろうか。ちょっとだけ疑問に思った。
だがアザレアは「ですが」と言葉を置き、それらしいアドバイスを出してくれた。
「検索をかけてみると、それらしいことをすればいいらしいです」
「何だそのふわっとしたアドバイス」
「他には宝の地図を探したり、ダウジングマシンを使って探す方法など」
「それを総称してそれっぽいこと、ってわけね」
おおよそアザレアからは出ないであろう曖昧な表現をなんとか翻訳する。とは言っても、何かそれらしい、というアイディアがあるはずもなく。
こんな時宝箱のあるゲームだとどうやって探すんだっけ。例えばRPGとかだよね。勇者はダンジョンに行って、虱潰しに探すと宝箱が見つかるんだ。けどこのエリアだけでも結構な広さ。そんなことをしてしまえば、制限時間をオーバーしてしまう。
なら地図とかダウジングマシンを探す? それはなんか面倒くさい。ならどうしよう。やっぱ勇者の真似事をしてみるのが一番かな。虱潰しじゃなく、壺を割ったり、草刈りしたり、タンスを物色したり。
「アザレア、1つ聞きたいんだけど」
「なんでしょう?」
「このゲームってカルマ値あったっけ?」
その言葉を聞いた瞬間、ビターの顔がひきつった。口元はピクピクしてるし、目元はお前正気か? と言わんばかりのつり方をしている。でも何をするか分からないからか、ちょっとだけ疑問の表情を浮かべている。
「その辺はないかと。あまり過度なことをすればセンシティブ機能に引っかかりますが」
「じゃあタンスは無理かな」
「キミは何する気だ」
何ってそりゃあ……。
「私は今から勇者になる!」
◇
私はただひたすら地面においてある壺を見つけ、それを両手で持ち上げる。頭の上まで持ち上げた壺を、思いっきり地面に叩きつける。もちろん壺の外側も内側も地面に散らばる。割れた壺はデータの破片となり消滅。中身はあることがあったりなかったりもする。今手に入れたのは薬草。まぁないよりはマシかな。
そうやって、私は壺を拾い上げて、地面に叩きつける、という作業だけを繰り返す。私の後ろには直立不動で縦に並んだアザレアとビター。まるで学校の集会などで背の順で並んで歩くように、ピッタリくっついてくる。ちなみに順番は私、アザレア、ビターの順番だ。
「ちぇ、しけてるなぁ」
「おい、レアネラ。後ろを見てみろ」
ビターの声に振り返ってみると、私の後ろで顔を両手で覆って、必死に私の愚行を見ないように目をつぶるアザレアの姿がそこに。うっ、良心の呵責が稲妻のように私の心にダイレクトアタックしてくる。超痛い。
「ア、アザレアは、こういうのダメ?」
「あああ、当たり前です! なんで無意味に壺を割っているんですか!」
人工知能でなくてもこの行動は一見意味不明な行動だろう。だがこの行動にはとてつもない意味が存在する。
癇癪を起こす子供をあやすように、憤怒するアザレアの肩をポンと叩く。そう優しくね。決して騙そうとか、言いくるめようとか、そんな事考えてないよ。
「今、私は勇者見習いなの。勇者になれば宝箱が分かるようになる。私はそう信じている」
「そんな保証はどこにも存在いたしません」
図星である。私がただただやりたかったからである。
でもこのまま言われっぱなしは、私の中のワルが嫌だと言っている。違った、勇者がダメだって叫んでいる。私の中の勇者は、アザレアなら言いくるめられると告げている。そうだ、理詰めすればいい。そうすればアザレアだってきっと分かってくれる。
「アザレア、さっき言ったよね。それらしいことをすればいいと」
「え、えぇ。まぁ……」
「宝箱といえばRPG。RPGと言えばドラゴンを倒すファンタジー。ファンタジーと言えば勇者。相場は決まっているんだ。つまり勇者は宝箱と直結している。勇者らしい行動をすれば、自ずと宝箱の在り処が分かるんだよ!」
立て続けに言い訳を続けた私。その成果あってか、アザレアに変化がもたらされる。先程まで怒っていた表情から、怒りが抜けているのを感じる。口元は漢字の一みたいに棒状。目は焦点が定まらず、ただ空中をさまよっている。眉も大した変化はなく、その顔には生がこもっていない。
そして最も特徴的な反応は頭だ。端的に言おう。頭から煙が吹き出ている。プシューという音とともに、他の人に助けを求めるべく狼煙を上げるように煙が打ち上がる。
うん、考えなくても分かる。 " アザレア は こんらん している! "
「ど、どうしよ……」
「どうしようもない。現実は非情だ」
「嘘だぁ! なんかあるでしょ!」
「あるとすれば、キミがこの状況に陥れたことだ」
ぐうの音も出ない。とりあえずこんな路地で3人固まっていると迷惑だろう。私は放心と混乱状態のアザレアを背中に背負い、ちょっとした広場にやってくる。
背負っていたアザレアをベンチに座らせる。こうしているとちょこんとした人形にも見えなくもないが、それはそれとしての状況なんだよこれは。
とりあえず目の前で手を振ってみる。視線で手を追っているみたいで、目がキョロキョロと動く。1つまばたきをして、ハッと我に返ったように左右を見る。どうやら正気に戻ったようだった。
「ここは……。私は路地裏にいたんじゃ」
「ごめんアザレア。私が混乱魔法かけちゃった」
「レアネラさんが、魔法を……?!」
「違うからな、アザレア」
ビターが一通りのことを説明すると、ようやく理解したのか私に怒りの視線を向けてくる。ホントにごめんってば。
「でも勇者の真似事ってなんだろう。タンスの中身を見るのと、壺を割ったりするだけだよね」
「キミの勇者の価値観は偏っているな」
偏ってなんかないよ。ドラゴンを倒すファンタジーシリーズをやったことあるだけだよ。それ以外は? と言われると特に何も思いつかないけど。あ、でも便座の蓋に回復アイテムが置いてあるゲームもやったことある。あれ面白かったなぁ。
「勇者らしい行動というのであれば、1つ思い当たるフシが」
アザレアが珍しく提案してくる。あんまり自分から何かを提案するってことを聞かなかったから、ちょっと新鮮だけど、勇者らしい行動の思い当たるフシってなんだろう。
「鎌かナタを買いましょう。話はそれからです」
「鎌?」
「ナタ?」
何か、嫌な予感しかしない。主に重労働的な予感が……。




