第66話:受注者の私はおつかいを頼まれたい。
さぁ、前回のおさらいをしよう。
ヴェネチードの街にやってきた私たち。イベントの下見のために来たとはいえ、やっていることはただの観光だったりする。楽しいから別にいいんだけども。
アザレアの提案から教会に行くこととなったんだけど、そこで私たちの軽いいざこざを助けてくれたダンサーのお姉さん、ティアと騎士の少女熊野と出会う。
どうせだから一緒に、と教会に来た私たち。そこで神官からクエストを受けることに。内容はただのおつかいだけどねー。
そんな感じで前回までのあらすじ、おしまい!
さて、おつかいと言っても2種類のアイテムを持っていかなくちゃいけなかった。なので2組になって分散することに。私は熊野と一緒にロウソクを探しに、ツツジとアザレアはティアと海水を取りに行くことになった。正直今の2人を一緒にするのはちょっとだけ怖いけど、ティアが大丈夫、お姉さんに任せなさいと、豪語したので多分大丈夫だろう。
そんなこんなで騎士同士で水入らず、といきたいんだけど……。
「…………」
「…………」
き、気まずい……。いつも私の周りには親しい人がいて、それはツツジとかノイヤーなので忘れていたが、あの2人って基本的に自分から話しかけに来るから、対応しやすかったりするんだ。
そう、私はいわば受け身の人間。基本的には話しかけられるのが常の私にとって、初対面であるこの人と一緒に活動するのは、とてつもなく苦痛なのである。
忘れてたけど、私、根がコミュ障なんだよね……。
とはいえ、黙って歩いてもいいことはない。ただただ空気が悪い2人が並んで歩いているだけ。周りのプレイヤーから見れば、やや恐怖めいたものになってしまうだろう。
どうしたら初対面の人と話が弾むだろう。まずは何から……。
「えっと、いい天気だよね」
「いえ、曇りに見えるかと」
「そ、そうだよねー」
会話終わり!
弾まない。やはり会話の話題としては天気デッキはありえない。このデッキは捨てよう。さよなら天気さん。君のことは3歩したら忘れるよ。
とはいえ、会話の話題らしいことって言われても、何があるだろうか。料理のこと、今までのこと、2人のこと……。あ、ティアと熊野のことが気になってきたかも。話しかけるのは勇気がいるけど、大丈夫。このくらいじゃ怒らない、だろう。
「ねぇ熊野」
「なんですか?」
「ティアとはどういう関係なの?」
「っ! げっほげほ!」
盛大にむせた。大丈夫だろうかと、背中を擦ってあげる。鎧の上からでも効果があるかは別として、気持ちはなんとなく伝わることだろう。
なんとか息を整え終わったところで、再度問いかけてみると、むせたからか、それとも恥ずかしいからなのか、少し赤い頬を見せてきた。
「どういうも、何もないです!」
「ホント?」
「本当です。あまりからかわないでください!」
からかった覚えはないけど、まぁ熊野がそういうならそうなんだろう。
とはいえ、ホントになにもないような関係にも見えないけど。今度は2人はどういうことをしてきたのか聞いてみることにした。
「別にありません。たまたま2人で会って、それであの人のバカバカしいところを見て、仕方ないのであの人と一緒に各地を転々としていただけです」
「その話気になるなー。出会いはどんなだったの?」
その言葉を聞いた途端、表情に陰りが出たと思えば、深々とため息を1つつく熊野。どちらかというと思い出したくない、みたいな表情に見えなくもない。
「最悪でした。何故かナンパされて、嫌だって言ったんですけど、それでも付いてくるので、仕方なく。そのまま2人で行動するように」
「てことは向こうからのアプローチ?」
「そうなりますね。私は大変結構です、とお断りしたのに」
「ヒューヒュー!」
「じゃありませんよ、まったく」
熊野の眉間にシワが出来上がっていたので、指摘する。額をクニクニと必死に伸ばそうとしているところは可愛いけど、結局伸びないから諦めたみたいだ。
「でも意気投合したんでしょ?」
「というよりも、あの人やたらと私の前に出るんです。私を傷つけさせないーって。私、タンクなんですが」
「あ、それは分かるかも。ツツジもすぐ前に出ちゃうから」
後者の「私を傷つけさせないー」っていうのは、全然、これっぽっちも分からないが、前者の前に出てしまうことは私にも覚えがある。
前にパーティを組んで出撃したときに、私がタンク役を演じていたのにも関わらず、ツツジが勝手に前に出て、ボスとタイマンを張り始めた。本人曰く、タンクに頼るより、自分の回避力の方が信用できるし。とのことだった。確かにツツジの回避力は尋常ではないけど、それとこれとは話が違う。もっと私を頼ってくれてもいいのに、なんて思うことは常々感じているのだ。多分それと似たようなことを熊野も抱いているんだろう。
「でもタンクがいない剣士なんてすぐやられてしまいますから、クエストも失敗続きで。ある時聞いたんです。どうして前に出るのかって」
ツツジが異常なだけで、やっぱり普通の剣士はボスの攻撃に耐えることは出来ないのだろう。それでも前に出続けた理由。それは何なのか。
「かっこいいところを見せたかった、ですって。本当にどうでもいい理由です」
「ティアが?」
「あの人、ああ見えて抜けてるところが多いんです。そのせいでなんとかって人にこっ酷くフラれたみたいで」
ティアにそんな過去があったなんて。いや、それよりも見た目しっかりそうにしてるのに、結構抜けてるって、それは熊野目線から見て、何じゃなかろうか。
「それで、惚れた女の子にはかっこいいところを見せたいでしょ? って。冗談だと思ったんですが、本気らしく。だって女性同士なんてありえませんよ!」
「ソ、ソダネ」
今、絶賛好意を向けられている女性がいるんだけど、それはどうやって説明すればいいんだろうか。
「でも一緒に行動してるんだね」
「仕方なくです。そんなバカバカしい態度を見てたら、私が更正させなくては、と」
「あはは、正義感が強いことで」
「一向に改善される見通しが立ちませんがね。あそこです」
熊野の愚痴を聞きながら、私たちはロウソクが売っているショップにたどり着いた。
予め持たされていたお金でロウソクを購入する。どんなもんかと思ってみると、結構普通でそういった神聖なものなどを感じなくて残念だった。
残りの帰り道は2人でタンクならではのテクニックや、あるある話などを話していた。
「いやぁ、参考になるなー」
「タンクは硬いだけが取り柄ですから。やはりそれ相応のテクニックはありませんと」
「…………」
でも私が引っかかっていたのはそういうことじゃなくて。
女の子同士の恋愛はありえないと、バッサリ切り捨てた熊野が少し羨ましくも、寂しい気持ちになった。なんでだろう、私が誰かに好意を抱かれているからか、それともそんな可能性を否定したのが苛立たのか分からない。
「やっぱ、女の子同士の恋愛ってありえないかな」
気づけば口に出していた。ややうつむきがちに放った言葉が果たして熊野の耳に届いているかは分からない。でもちょっと悔しくなったんだ。
「……ありえないことはないと思います」
「え? でもさっき否定したじゃん」
「私とティアでは、ということです。私から見ても綺麗なのに、私が好きとかそういうのはティアのためにならないと思ったのです」
意外な言葉だった。あれだろう、一個人の人間としては認めているけど、恋愛対象としては見られない、というやつ。ティアもこんな委員長タイプの面倒な相手を好きになったもんだ、と同情せざるを得なかった。
「もしレアネラさんが女性に好意を抱いても、私は否定しません。それが人間ですから」
「熊野……」
「さて、恥ずかしい話はおしまいです。早く戻りましょう」
そうやって急かす熊野の顔は、りんごみたいに赤く染まっていた。
「熊野、赤いよ? 照れてる?」
「て、照れてません! なんなんですかあなたは!」
「だって、クールなこと言っても、案外恥ずかしそうにするんだなーって」
「う、うるさいです。行きますよ!」
「はーい!」
ニヤニヤと恥ずかしそうなところを見ていると、こっちは楽しくなってしまった。反省反省。
私たちは残りの道で雑談しながら、ロウソクを教会まで運ぶのだった。




