第50話:引き受けた私は奴を誘き出したい。
時刻しては深夜0時。常闇が支配する空間に、電灯すら灯さず、ただそこにあるだけの建物。そんな暗闇が広がる場所に、夜に溶けてしまいそうな青い髪のメイドが1人歩いている。それは買い物の帰りか、それとも暇を持て余した夜遊びか。それは分からない。
だが総じて言えるのは、こんなところで女の子が1人でいると、危ないということだ。
「よう嬢ちゃん、暇かい?」
そう、夜の路地裏に1つ低い声が鳴り響く。
青い髪のメイドがその場で振り返る。そこにいたのは1人の傾奇者。
白い顔に赤で装飾したその表情は、暗闇で伺うことはできないが、不意に声をかけられたのだ、ナンパだと思うのは無理もない。
「暇ではありません。今からギルドホームに帰るところです」
「こんな暗い夜に女の子1人たぁ、ちょいと物騒だからねぇ。ほら聞くだろう、ゴエモンっつぅ噂のぷれいやーをよぉ」
「確かに物騒ですね。ですが、あなたの顔も変ですので、これでも警戒しているんです」
「おっと! これは1つ取られちまったなぁ、たはは!」
メイドは思ったことだろう。この男こそがゴエモンではないのかと。数少ない情報から、白い顔に赤い入れ墨をしたような顔が特徴的と言われてる。こんな奇妙奇天烈な顔をしたプレイヤーは2人といないだろう。
中世に似合わぬ、和風の格好。歌舞伎役者と言われてもおかしくないほどわざとらしい口調。
その明らかな疑惑は次の言葉で確定する。
「嬢ちゃん、れあねらっつぅぷれいやーのIPCだろう? ちょっと攫われてくれねぇか?」
「……っ!」
その大きな体格からは想像し得ないほどの速さで、青い髪のメイドの腹部に一発入れる。メイドはそのまま気を失い、床につく、予定だった。
メイドはダメージを受けると、そのままデータの破片として消えていった。
「なっ?!」
「そいつは偽物だよ!」
スキをずっと伺っていた。それはアザレアの形をしたホムンクルスを囮にして、本命である私の攻撃を通すため!
「《連槍》!」
《連槍が発動しました》
「ちぃ!」
上空からの急襲はただ一点、ゴエモンの身体を狙うもの。五連続の槍の突きは一撃目こそはヒットするが、それ以降の攻撃はまるで槍が避けていくように当たらない。これがヴァレストに聞いていたプレイヤースキルか。
「れあねらか? 随分物騒なぁ真似をするもんじゃねぇか」
「そっちこそ。うちのアザレアになんか用?」
「こちとら嬢ちゃんが嗅ぎ回っていることぐらい、とっくのとうにお見通しさ」
「そりゃどうもっ!」
不意打ちと言わんばかりに一閃、槍で貫いてみせるが、これも当たらない。元々の素早さもあるみたいだ。体格の割にパワータイプじゃなくてスピードタイプか。
「決闘モードなしで挑もうだなんて、あんたは生きが良いねぇ」
「余裕そうにしていられるのは、今だけだよ!」
スキルではない槍の連撃を繰り出すが、水と相手をするようにするりするりと避けていく。
「次はこっちから行くぜぇ?」
逆手の短刀が槍先を上に打ち上げると、今度はゴエモンの攻撃フェイズ。バランスの崩れた私を狙い撃ちすべく、正面から数度斬り裂くが、それはギリギリで構えた盾の《オートガード》で防ぐ。
打ち上がった槍先を戻すべく、叩きつけるようにゴエモンに攻撃するけど、これも横に避けて回避。その行動から盾のない場所に短刀が襲いかかる。
「こなくそ!」
「女の子がクソとか言っては、花がないぜぇ!」
脇腹に一撃。致命的な当たりが身体を斬り裂く。これ以上の追撃を許さないように槍で振り払う。予想通り距離を取ったのか逃げるように一歩引く。
正直レベル差は覚悟していたけど、まさか一撃でHPの3分の1持っていかれるとは思ってなかった。いや、これでもいい方か。ホントなら《折れぬ闘志》が発動してもおかしくない。予想より攻撃力が低くてよかった。
「大したことないみたいだね」
「言ってくれるぜぇ。本当なら死んでた、っつーことかい?」
「あなたとのレベル差だったらね」
「甘ぇなぁ。HPの3分の1を持っていっただけで十分なんだよ。あと2発当てりゃあ、メイドさんはオイラのもんってことさ」
「そんなの、させない!」
時間を稼がなきゃいけない。小声でタイマーを開くと、残り時間が表示されている。大丈夫。私でもそれくらい時間を稼げる。それに相手は計算ミスをしている。あと3回。3回以内にキャスト時間が稼げれば、一気に逆転するんだ。
「そら、行くぜぇ!」
ジグザグに走るゴエモンに槍の矛先が定まらない。仕方ない、ここは盾を構えて……。
「ぬるいぜぇ!」
走るゴエモンがジャンプをすると、私の後方を陣取る。後ろには私の背中。盾は、間に合わない。
「ほら2発目ぇ!」
背中を斬られても攻撃はなおも続く。3発目までに盾を後ろに構えて……。
いや、振り切ればいいんだ。何も倒す必要はない。ならこうやって接近されたら、引き剥がせばいいんだ。
盾で狙いを構えなくていいから、その速度は素早い。3発目の凶刃の前に刃と盾の金属音が夜の路地裏に響き渡る。運良く間に合った私の続きの攻撃は、盾で押し出す攻撃だ!
「《パリィ》!」
《パリィが発動しました》
正確に言えば今のがパリィと呼ばれる、相手の攻撃を受け流す防御方法だが、このゲームのパリィは盾での突撃。面での攻撃は避けきれないはず!
予想通り、先程以上に距離を取り私のスキルの終了を待っているみたいだ。
残り時間あと10秒。これなら。って――。
「《超加速》」
「速っ!」
ゴエモンはスキル終了と同時に超加速で接近。懐に入ったゴエモンは腹部に突き刺す一撃を繰り出す。深々と身体を抉るような一撃に血液のように吹き出すデータの破片。流石にこれは痛みも走るけど、そんなことより、今こそチャンスなんだ。動け、私の身体!
《折れぬ闘志が発動しました》
「ちぃ、食いしばり持ちか」
「これでも、喰らえ!」
盾を上に振り上げ、ゴエモンの頭上に叩きつける。だがゴエモンも早々に判断したようで武器を抜き取って距離を取ろうとするが、今度は逃さない。もう10秒経ったんだ!
「《マジックシールド》!」
「そんなスキルに意味なんてなぁ!」
「それは」
「どうかしら?」
突然私たちのバトルフィールドに黄金の魔法陣が展開される。大きさとしては約20メートル四方の結界が私たちを囲む。私の狙いは最初から、これが目的なの!
「食らって刻みなさい!《高等儀式魔術:カース・オブ・ブレイク》!」
「ぐぉぉおおおお!」
黄金色に光る地面がこの高等儀式魔術の効果範囲を示す。
このフィールド全体に全ステータス半減及びスタン状態となる結界が展開された呪いは容赦なくゴエモンを蝕む。
私はといえば、マジックシールドでその効果を無効化させる。
シャボン玉のようなバリアがパリンっと砕ければ、ゴエモン包囲網の完成だ。
「おのれ、決闘モードを使わないのは最初から」
「そのとおりですわ。レアネラも大した作戦を練りますわね」
「決闘に負けたんだから、もう狙わないでね? 《反逆の刃》!」
槍の刀身が鈍色に光り、もはや身動きの取れなくなったゴエモンの身体をあっさりと貫く。
HPは私の方が下。それにステータス半減で防御力も低下している。これで一撃、というわけだ。
文字通りその身を貫かれたゴエモンはデータの破片となって砕かれた。
「ふぅ。一段落」
「なんとかなりましたわね」
最初のホムンクルスもビターからの提案じゃなかったらホントにアザレアを差し出すところだった。多分守りながらなんて戦える気がしないし、ホントビター様様だ。
「これで後は見た目をクエストステーションで張り出して……」
「ところで、そいつぁ分身だったが良かったのかい?」
「「っ!?」」
突如上から降り注ぐ低い声。間違いない、先程まで戦っていたゴエモンの声だ。
声の行方を探す。すぐに見つかった。屋根の上だ。だけど、人1人を抱えたようなそんな見た目をしている。暗くて見えない。ビターからもらった明かりを灯すアイテムを使うと、その正体が分かった。
「アザレア!」
「卑怯ですのよ、分身なんて使いまして!」
「お前さんに言われたくはぁねぇなぁ」
「レアネラさん、すみません……」
アザレアを抱えたゴエモンは紙を1枚投げ捨て、それを受け取るように指示してくる。何かと思い、彼を警戒しながら紙を拾う。
「1週間後、近くの荒野で再度決闘だ。もちろん決闘モードを使わせてもらおう。また邪魔されたら溜まったもんじゃねぇからなぁ」
「ゴエモン……っ!」
「大切なものを奪われたくなかったら、その日時に来な。それまでこの嬢ちゃんは預からせてもらうぜぇ」
「……っ! 絶対。絶対取り戻してみせるから!」
「……待っています、レアネラさん」
「そういうことで、1週間後、楽しみにしてるぜぇ」
ゴエモンは夜に紛れてその姿を消していった。
残ったのは唖然とするノイヤーと、膝を落として自分の無力さを嘆く私の姿だった。




