第40話:歩く私たちは迷子になりたくない。
「ん? んん?」
「どうしたの、ノイヤー」
「紐がうまく結べないんですのよ……」
荷造りをしているノイヤーが何やら怪しい声を上げながら、紐と苦戦している。こういうところがちょっとお嬢様っぽいと言うか、世間知らず感がある気がする。黙ってれば可愛らしいのに、残念だ。
「貸して」
私はそれほど手先が器用な方ではないが、こういうことは引っ越しの時の覚えたので割りかし分かってるつもりだ。紐の下を通して、結んで、ガチガチに固めて……。
「よし完成」
軽く引っ張ってみても特に解けも緩みもしない。完璧にできたと言っても過言ではないだろう。ふっふーん。
「おぉ! レアネラは不器用そうに見えましたが、まさかわたくしよりうまく結べるとは」
「不器用そうとは失礼な」
「ホントのことですのよ。あちらでツツジと喋っていたときにそんな話を」
「あいつもそう思っているのか」
人をなんだと思ってるんだ。確かに人より不器用だとは思うけど、料理だってレシピ通りなら作れるし。Co◯kDo今日の大皿には大変お世話になっています。
「そういえばさ、ノイヤーはよかったの?」
「といいますと?」
「ほら、ビターと旅をすること」
半ば強引に引っ張り出したので、割と気にしてたりする。
2人の仲が悪いのはギルドメンバーなら知ってること。だけど、本人たちは仲良くしたいのかな、って勝手に思ってるだけなんだよね。だから本人に聞いておきたかったんだ。
「まぁ、なんですの。別に邪険にしていないと言いますか」
「あれで?」
「わたくしなりにはかなり歩み寄ってますわよ」
嘘だろ。今、そんな言葉が喉から出そうになっちゃったよ。
傍から見てたら、煽り合っているか、ディスりあっているかのどっちかなのに。
「じゃあ好きなの、ビターのこと?」
「そ、そんなことある訳ありませんわ! 寝言は寝て言いなさい!」
そんな顔を真っ赤にしながら反論しても、あまり説得力がありませんわよ、ノイヤーお嬢様!
というか、二人の馴れ初めって聞いたことないんだよね。前に軽くビターに勝負を挑んだ、ぐらいしか聞いたことないし。
噛み付くとしたらノイヤーの方からだろうから、彼女は何か思ったんじゃないのかな。
「おーい、そろそろ出るぞー」
「あ、うん! ノイヤーも赤くなってないで行くよ!」
「な、なっていませんわ! ちょっとわからせますから、お待ちなさい!」
待てと言われて待つバカはいないのだ。フハハハハーン。
急ぎ足で、ビターの元に向かいながら、2人のお手伝いができればな、とか思ってたり。まぁ難しいと思うけど。
◇
「いいか。集団行動とは協調性が大事だ。旅とは言っているがこれは遠征だからな。だから……」
バッとこちらに振り向いて一言。
「キミはもっとギルマスらしくしろ!」
「へ?」
川沿いを歩いていると、怒られてしまった。
そんな怖い顔しなくたって、ギルマスらしくしますよーだ。
「てか、この辺どこ?」
「地図のとおりであれば進行方向には森があります」
「森って歩きづらくて嫌ですのよね」
「そりゃそんな格好もしてたらそうなるよな」
アレクさんが激しく微妙そうな顔をノイヤーに向ける。
華やかなドレスに高級そうなハイヒール。ここがゲームじゃなかったら、旅舐めてんのか罪で逮捕されることだろう。
私たちは出発してから、しばらく歩いて川の近くで休憩していた。
私はまだ体力があるみたいだけど、ノイヤーとアレクさんはもうバテバテらしい。アレクさんは年を感じさせるけど、ノイヤーは単純に運動不足なのだろう。ちゃんと動いて。
「お、ニジマス釣れた」
「こっちはイワナゲットー」
「私はまだですね」
「キミたち、自由だな……」
私とツツジ、アザレアは釣りを嗜んでいた。
これでも釣りレベルはそんじょそこらのプレイヤーよりもある方だ。じゃんじゃか釣れてはアイテムボックスに放流している。今夜の料理は焼き魚かな。
「さて、そろそろ休憩は終わりだ。行くぞ」
「えー」
「もっと釣りしたーい」
「もっと休んでいたいですわ」
「わがまま言うな! 今日中に街につかないと色々と面倒だぞ」
「そうなの?」
キャンプサイトとかあるんだし、大丈夫だと思ってたんだけど。
「うちの呪いが発動する前には早く着きたい……」
「呪い?」
「ほら行くぞ!」
呪い? 呪いって何。【旅の錬金術師】にはそんな呪い効果があるの? だとしたら一緒にいる私たちは超怖いんですけど。
そんな感じに地図の通り、森の中へ歩みを進めていくのだが、やっぱり森の中って同じ様な木々ばっかあるから、迷いやすいよね。
ビターはそんなことに動じず、ひたすら地図を見ながらコンパスを手に持っている。こういうときはやっぱり頼もしいな。一番の年上はもうバテバテだし。
それから数時間が経過したと思う。地図の通りなら、もう街道に出てもおかしくない頃合い。
しかし、私たちはまだ森の中にいる。流石に不安の予感が背中を走る。
ビターはやはり地図とコンパスを見ているが、どうにも顔の色が青い。ちょっと怖いけど、声をかけてみようかな。
「ビ、ビター?」
「……なんだ」
「今この辺って地図上のどこかなー、なんて」
「……」
なんで今顔そらした?! そらした先に回り込んでもう一回顔を見るけど、やっぱりそらされる。い、嫌な予感しかしない。
「はい。みんなー、ちゅうもーく」
「なんですの?」
「この中に方向音痴はいる?」
隣のビターがビクリと肩を震わせる。嫌な予感がどんどん的中していく。
「私はIPCですので」
「私も違うかな」
「俺もその辺問題ない」
「わたくしは、まぁうん」
ノイヤー、ホントに箱入り娘だったりするのだろうか。いや、今はそんな思考どうでもいい。隣の青い顔をしている少女がおずおずと手を挙げる。
「うちだ」
「は?」
「あー……」
ツツジの意外そうな顔。そりゃそうだ。だって私もさっきまでそうだったもん。勘の鋭いツツジが表情を見た途端に青い顔が伝播した。それと同じくしてみんなの顔も具合悪くなっていく。
「……すまない」
「まさか呪いって」
「短距離なら問題ないんだ。ただ、長距離になると、その。な」
「その、な。じゃありませんわよ! どうしてくれるんですの!」
「迷った」
「今更言うな!」
あんなに自信満々に地図やコンパス見てたけど、あれ無意味だったの?!
いや待って。聞いたことがある。方向音痴ほど、分からない道に自信を持っているとかいないとか。
「こんな格言を知っているか? 「迷わずいけよ」と言っても、俺にも迷う時もある。って話を」
「それなんとかの猪木さんの格言じゃないか!」
「その迷うじゃないでしょ!」
【旅の錬金術師】ってもしかして、迷子になるからたまたま色んな所を行ってて、たまたま手に入れた称号なんじゃないだろうか。
そんな事ない。そんな事ないと思いたいけど、今の状況じゃ、無理だ。
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