第35話:ぼっちの私は彼女を友達と言いたい。
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「ゲーム内でも、雨って降るんだ」
ぽたり、ぽたりと雨粒たちが私の身体を濡らしていく。
空を見上げて、額に雨の一粒が当たって、少しだけ気持ちが楽になった気がした。
「そんな事ないのにね」
あはは、と笑う空元気が外気に溶けていく。
――アザレアを友達って言いたい。
それはいつも思ってることで、あやふやに誤魔化した呪い。
私の勇気が出なくて、結局出会った頃から友達と言えないまま、ズルズルと引きずっている。ホントは言いたい。言いたいって喉元まで来てるのに、私が自信がないばかりに最後の一言が口にできずにいる。
「どーしよ。今さらギルドホームに戻れないし、今日はもうログアウトしよっかな」
メニュー画面を開いて、ログアウトのボタンを押そうと思ったタイミングで脳内でメールが届いた旨の効果音が鳴り響く。誰からだろう。
メール画面を開くと、ツツジからメッセージが届いたようだ。
「察されてるし。はぁ、行きますよー」
内容は単純。何かあった? の一言。アザレア経由で知ったのかな。あの2人そんなに喋っているところ見たことないけど、そういうところはちゃんと相談するんだね。
約束の場所は喫茶店か。雨も降ってるし、急いでいこう。
雨が降り注ぐ街の中、私は目的地へと走り始めた。
◇
「やっほー」
やってきたのは街の喫茶店。ギャルゲクエストのときの喫茶店もすごくよかったけど、ここも雰囲気が出ていて、好きかもしれない。ただ、今はそんな事をあまりよく考えられないんだけどさ。
声を出すツツジを見つけると、彼女に見えないようにため息をついて、その席へと座る。
「元気ないね」
「そんなことないよ。元気元気!」
マッスルポーズで元気をアピールしてみるけど、彼女は急に真剣な表情になって話し始めた。
「アザレアに相談されたよ。レアに嫌われたんじゃないかって」
「それこそないって!」
「でも大きな声で彼女に当たったそうじゃん。よくないよ、そういうの」
「うぅ、ごめん……」
私だってあれはよくないと思った。自分の自信のなさに対する苛立ちを、よりにもよってアザレアにぶつけるだなんて。でもあの時はそうするのが正解だと思ったんだ。
「謝るなら私じゃなくてアザレアでしょ」
「そうだけど……」
「ふぅん……」
うまく目を合わせられない。なんというか、今のツツジには人を見透かすような、そんな目を感じる。鋭くて、尖っていて。目を合わせたらきっと全て見抜かれてしまうんじゃないかってほど鋭利なもの。その視線に私はいたたまれなくて顔を下に俯けている。
「相談、乗ってあげようか?」
願ってもない言葉だ。多分彼女は私が最も欲しかったと思う言葉を言っているんだ。でもこれ以上誰かに迷惑はかけられない。かけたくない。
「……ううん、いい」
「ホントに?」
「うん」
ホントじゃない。今だって私の抱えてるこの想いを誰かにぶつけたい。私のワガママを誰かに相談したい。でもそれで誰かを傷つけたら意味がないんだ。これは私自身で解決しなくちゃいけないことなんだ。
「……はー、めんどくさい」
「へ?」
ツツジ、今なんて言った?
「レア、めんどい。めんどくさい子!」
「え?!」
え、私そんなに面倒くさい子なの?! そ、そんなんじゃないでしょ。ねぇ?
「めっっっっっっちゃ相談に乗ってほしそうな顔してるのに、すっぱり断るってどうなの」
「……そんな顔してた?」
「してました。超悩んでる顔。私でなくても、勘の悪そうなノイヤーですら相談に乗るって顔」
そ、そんなに? 顔をグネグネして、誤魔化そうとしても、もう遅い気がする。
「心の隣人、でしょ?」
「それ、アザレアから?」
「うん。彼女が口にした瞬間、レアの顔が酷く強張ったって、酷く怯えてたよ。……友達って言ってなかったんだね」
ぐさり、という擬音にふさわしいほど、その言葉が胸に突き刺さる。呼吸がつい浅くなってしまう。
違う、と言いたい。私とアザレアは友達だって言いたい。でも、言い出せない。ヘタレな自分のせいで友達にすらなれていない。
「レア。私、今からあなたに嫌われかねないこと言うよ」
「う、うん……」
胸がキュッとなって、握る拳に力が入る。緊張している。ツツジがこんなにも踏み込んでくるとは思ってなかったんだ。ゴクリと唾を飲み込んで、その言葉を待つ。
「心の隣人って、逃げだよね」
「っ!」
「レアはアザレアと友達になりたい。でも勇気が出せなくて言えなかった。その象徴が心の隣人。自分が寄り添えればそれでいいと思ってる」
全部当たりだ。勇気が出せなくて、咄嗟に出た言葉のせいで、今アザレアを傷つけている。
「心の隣人、ってなんなの?」
「……それはっ」
全て見透かされている。私の想いも、何もかも。
「……ごめん」
もう耐えきることなんてできなかった。
私は席から立ち上がると、そのまま店の外へと走り出していた。どうしてもその場から逃げたかった。
「やりすぎちゃったかなぁ……。もっとうまくやれよ私」
そんな声が後ろから聞こえたような気がしたけど、ツツジは悪くない。私のせいなんだから。
外はなおも雨が降っていて、どんよりとした薄暗い空はまるで私の心と同じみたいだった。
雨と涙で濡らしていく身体と心は、どこまでも冷たく感じた。




