第34話:嫉妬する私は頼られたい。
今回からしばらくの間、百合姫と言う名のシリアスが続きます。
「なんか、アザレアのことを考えるとざわつくんだけど」
「は?」
ツツジが持っていたペンが手からすり抜け、地面にカシャンという音とともに落ちる。まぁ、確かに突然こんな相談受けたらそうもなるか。
「ど、どういうこと? とりあえず座りなよ」
「うん、今から話すね」
ツツジの部屋に突然やってきて、こんな図々しいとは思うけど、許して私の友達。椅子に座ると、ツツジはキッチンから適当な茶菓子を持ってきて机に置く。その表情は真剣そのものだった。
「大丈夫。大丈夫だよ。とりあえずこの高級すぎて誰も手を付けないお菓子をどうぞ」
「ちょっとそこまでじゃないから! あとそんな気まずくなるもの食べさせないで」
困り顔の私にため息を一つつき、対面になるように座る。
「で、どういうことなの。ざわつくって」
「なんていうのかな。最初にこんな出来事があったよってところを説明させて」
「ういうい」
「あれはね……」
件のギャルゲ、じゃなかった会話式クエストをクリアした後、それでもお金が足りなかったので、おつかいクエストを受けたんだ。アザレアって土地勘がいいのか、どんどんクエストクリアしていってさ。私が1件クリアする頃には3件クリアしてるんだよ? もう、なんかその時に心がザワッとしちゃって、それ以来まともにアザレアと顔を合わせられないっていうか。
「はぁ、なんだそんなことか」
「そんなことって何さ!」
「いや、てっきり私は恋愛的なことかと」
「え? ないない。だって相手は女の子だよ?」
「そ、そっかー……」
なんかツツジのやつ、すっごい悔しそうな顔をしている気がする。なんでだろう、めっちゃ掘り下げたいけど、今はそのタイミングじゃないからスルーしよ。
「で、ツツジはなんか思いついたの?」
「当たり前じゃん。私はレアのなんだと思ってるの?」
「んーっと、と、友達……?」
「そこ! しおれないで、自信持って!」
「だってー!」
最近自分でも分かってきたけど、ぼっち生活が長かったせいで、対人関係への自信が皆無らしい。みんなにはもうちょっと自信を持てと言われるけど、どうも断られたらと思うと、あはは。
「まぁ、要するに嫉妬でしょ。自分より優秀な従者を持っている身からしての」
「そうなの?」
「そうでしょ。よく考えてみてね?」
私は一つ頷いてみる。よく考えるったって、私よりも優秀で、クエストも私よりずっと早く処理できて、おまけに人をよく見ていて私ができなかったことができる。
「あ、嫉妬だ!」
「ほらね。相手はIPCなんだから、だいたい自分よりできると思わなきゃ」
「でも頼られたい!」
「頼られたいって、あなた……」
だってそうじゃないか。私がちゃんとしていないと、もしアザレアがリスポーンなんてしようものなら、その時点で今の逃避行は終わりだ。だから私がアザレアに頼られるようにならないといけない気がする。
「流石にそこまで分からないっていうか、今でもアザレアはレアのこと頼ってるでしょ」
「そう?」
「というかアザレアとレアの関係ってなんなの? 主従の関係じゃないよね?」
「あれ、ツツジには言ってなかったっけ?」
彼女は首を横に2,3度振ってその言葉を否定する。聞いてないって大声で言われても、そんなに気にすることかな。
「アザレアは今のご主人さまから逃げてきた、って感じ。私はそれを匿ってるの」
「ワオ、逃避行ファンタジー」
「そんなわけで、私は頼られたいの」
「じゃあなおさらじゃない? 頼られてるの」
そうなの? と口に出してみると、ツツジは縦に首を1回振る。
「そういうのはそばにいるだけで安心するものなんだよ」
「そうなのかなぁ」
「なら直接聞けばいいよ。友達だったら」
「う、うん……」
友達、か。アザレアとは友達になりたいとは思っている。でも実際の関係は『心の隣人』。そばにいるだけであって、友達ではないと思うんだ。いや、そんなことはないと、ううん? 私の中でなんかごっちゃになりつつあるな。
ま、まぁとりあえず聞けばいいか。
アザレアは基本的に私のルームに居るので、一度自分のルームに戻る。
そこには当然のように青い髪が美しい少女、アザレアがいた。
「おかえりなさいませ」
「う、うん。ただいま」
なに緊張してるんだ私。ちょっとさらっと聞くだけだよ? それができなきゃ、友達なんて。……友達だなんて言えない。
「アザレア、ちょっといい?」
「なんでしょうか」
アザレアは今の作業の手を止めると、私の方を見る。
よし、言うぞ! 言うんだ私!
「私って、頼りないかな?」
って、なんでネガティブな言葉になってるの! 頼りある? とかそういう事を言うべきなのに。
「なんか、最近私よりアザレアの方が優秀だなって思うことが多くって。そんな私が嫉妬を抱いてるって思ったら、居ても立っても居られなくて。あはは、ごめんね。変なこと言っちゃって」
そうだ、変なことだ。どうやら私は思ったよりもこじらせているみたいだ。私は彼女と自分を比べてしまっている。比べても仕方ないのに。人工知能と人間。比べる対象が違う。それなのに、私はなんでこんな嫉妬なんかしてるんだろう。
――私は、なんで彼女と対等でありたいって思ってるんだろう。
「そんな事ないです! 私はいつもあなたを頼りにしています」
「アザレア……」
「だって、心の隣人なのですから」
チクリ。その言葉を聞くだけで、胸の奥に刺さる痛みが体中に響く。
理由は、なんとなく分かっているはずなんだ。
なんで彼女と比べて嫉妬しているのか。
なんで彼女と対等でありたいと願っているのか。
なんで、「心の隣人」という言葉が刺さるのか。
全ては一つに直結している。でもそれを言い出せないのは、私の自信不足のせいで。
「うん。ありがと、アザレア」
曖昧な返事で誤魔化してみるけど、アザレアならお見通しなのかもしれない。
それでも、今はなんとなく一人になりたかった。
「ちょっと買い物行ってくるね」
「でしたら私も」
「大丈夫だよ!」
わざと大きな声を出してアザレアのことをひるませる。
「1人で行けるから」
笑顔らしい表情を相手に向けると、そのまま背を向けてその場を去った。
あぁ、なんてバカなんだろう私は。なんで自信がないんだろう私は。
私はただ……。
――アザレアを友達って言いたいだけなのに。




