第33話:いいから私はお金を稼ぎたい。
「どっちがいいかなぁ?」
目の前には件の女性。名前は知らないけど、便宜上クエ子と名付けておこう。
そのクエ子が手に持つもの。それはシンプルな白いワンピースと、ゴシックでちょっとハード目の衣服。確かに彼女なら白いワンピースの方が似合うだろう。というか間違いなく似合う。でも、ここの選択肢は左のゴシックでハードな衣装で……。
「こっち」
「やっぱり? レアネラくんありがとう!」
深いため息を一つついた。これで四度目の挑戦だ。分かっている。どうやら彼女のお好みは大人っぽい服装で、少女のような可愛らしいものではないと。
でもね。お姉さんから一つ言わせてほしいの。
「絶対ワンピの方が似合うでしょ!」
更衣室で着替える彼女にも、同じ店内で買い物する女性たちにも申し訳ないけど、それを叫ばずにはいられなかった。
「頑張ったね」
「はい、ありがとうございます……」
店員さんが肩をポンと叩いて慰めてくれた。ありがとう。その言葉だけで私は救われた気分です。
「おまたせ、綺麗?」
「あー、綺麗綺麗」
ホントに綺麗なんだけど、まだ少女らしさが残る顔故に、あまり似合ってない。
やっぱりワンピースの方が私は好みだなぁ。
「次に行こ!」
そのままの衣装で、彼女はまた腕を組み、町中を歩き始める。
もう四度目なのだ。周りの視線などあまり痛くはない。むしろ憐れみの視線が増えた気がする。
そうして歩いていると、次にたどり着いたのはレストランだった。何故だろうか。首の後ろがピリピリとしたのを感じるのは。
「素敵なレストランだね、レアネラくんが選んでくれたの?」
確かに洋風で中世とはいかないけど、静かで落ち着いた場所だ。樽とか天井の回るプロペラとかあったりして。
でも違う。あなたが選んでくれたんだよ、クエ子。
「レアネラくんは何がいい? 私はねぇ」
目の前に彼女の動きが止まり、現れたのは2つの選択肢。
一つはパフェ。こういうところに来たら真っ先に食べたくなるような、そんな甘味の暴力。
そしてもう一つはしっかりとした主食。ナポリタンだ。確かにこっちも食べて美味しいものだ。特に味が濃いと、なんとなく嬉しくなってしまうのはなんでだろうね。
でも問題はそこじゃない。この選択肢はレストランに来たときから、ある程度予想していた。いたんだけどー、彼女の好みが分からないのだ。さっきまで服屋で躓いていた私にとって、これは死活問題。今、彼女がどっちを食べたいのか。この場合どっちが正解なのか、要するに分からないのである。
パフェにしたい。私だってパフェ食べたい。ちょうど糖分が欲しいところだし。
でももしナポリタンだったりしたら……。ガッツリ食べたい系女子だったりしたら、これ以上にないほど恐ろしい。
考える。考え出すと思考のるつぼにハマってしまう。甘いものか、それとも主食か。さっきの選択肢から考えるんだ。彼女は大人っぽいものが好きだ。どっちが大人っぽいかって? 分かんないよ……。うわー、頭痛い。もういいや、脳死パフェで。
「もう! 私はナポリタンが食べたかったのに! レアネラくんのバカ!」
《クエストに失敗しました》
クエ子はそのままデータの破片となり、目の前から姿を消した。
そっかー、ガッツリ食べたい系女子だったかー。
「お客様、ご注文は?」
「あー、ミルクお願いします……」
こんなところでお金は使いたくなかったけど、心が折れた私には、ミルクを飲んで気持ちを整えることしかできなかった。
◇
「女子と付き合うってこんな感じなんだね」
「あのクエストでしょ? 町中で話題になってたよ?」
精神が摩耗しきったので一旦ギルドホームに戻ってくると、たまたまツツジが座っていたので、彼女と会話して体力をリチャージすることにした。
「世の中の男子諸君はデートであんなに体力使ってたのか」
「男子に優しくする気になった?」
「うち、女子校でしょ? 男子って言っても先生しかいないじゃん」
床にぐったりと座り込みながら会話する姿は、割と死霊の類と言われても間違いはないかもしれない。
「じゃあ女子と付き合っちゃう?」
「クエ子みたいな子は勘弁」
「あはは。じゃあさ、NPCの相手をIPCにさせるのはどう?」
「どうって、どういうこと?」
要するにNPC同士で会話させるってこと? そんな事をしてもあまり意味はないのでは。
「IPCって人の顔色を伺うらしいから、そのクエ子との対策にアザレアを持っていくのはありかなって」
「なるほど。ちょっと試してみる!」
「うん、いってらー」
アザレアに事情を説明すると、二つ返事でOKが出てきた。アザレアの手をつないで、クエストステーションに侵攻する。これが5度目の正直であることを願おう。慣れた手付きでクエストを依頼すると、クエ子がいる場所へと向かう。ここまではいつもどおりだ。
「アザレア、頼んだよ!」
「できる限りで良ければですが……」
彼女はあまり自信がないみたいだけど、そんな事ないと願いたい。
なんせあのIPCなんだから! なんでこんなこと言ったか分からないけど、多分頼りになるから問題ないはず!
「どっちがいい?」
今度は最初に戻ってフリルの可愛い服と大人っぽいセクシーな服。一応正解は分かっているけど、アザレアに聞いてみた。
「アザレアはどっちだと思う?」
「そうですね……」
アザレアは相手を値踏みするようにクエ子を見ると、迷わずセクシーな服を選んだ。
「目線がわずかにこちらへ向いていました。間違いありません、気があるのはこちらの服です」
「すごい、正解してる……」
そこで判別するとは、さすがとしか言いようがない。実際に正解を引き当てると、次のステージレストランエリアに移動する。
今度はエクレアとカレーライス。多分カレーライスだと思うけど、アザレアの采配は……?
「カレーライスですね。先ほどまでの言葉から、彼女はお腹が空いていると判断できます」
ここまでの会話は伏線だったのか! 実際にカレーを選択すると、正解していたようだ。
「ここまで全問正解だよ! いける、いけるよアザレア!」
「いえ、ここまではレアネラ様が通った道。次が問題です」
そうだろう。恐らくこのクエスト最大の難関は3問目だ。何故かって? 私も知らないからだよ。無知は罪というように、これまで一度間違ってから再度挑戦してクリアしてきた。でも、3問目は私ですら足を踏み入れることができなかった領域。ここからはホントにアザレアが頼りなのだ。
町中を通り過ぎると、辺りは緑生い茂る風景が開けていく。そして目の前には丘があり、桜の木がそこに立っていた。すごいなぁ。ホントに年中咲いてる桜だなんて。いや、ゲームなんだし当然なのかな?
それはともかく、桜の木の下にたどり着くと、クエ子がもじもじと、手で緊張を紛らわすようにいじり始めた。
あ、これもう告白イベントだ。
「レアネラくん、クイズ、しよっか」
「へ?」
クイズ? なんのクイズ? パンはパンでも食べられないパンは? みたいなイジワルクイズだったりしないよね。
「右と左、どっちがいいかな?」
クエ子が止まった。目の前に出てくる選択肢は右と左。ど、どうしろと。こんなところで意味もわからないクイズを仕掛けられるとは。
どうしよう、ホントにノーヒントだ。私にも分からない。アザレアの方をちらりと見ると、真剣にクエ子の様子を見ている。私も習って様子を見ているけど、目をつぶっているから目線も分からない。会話も聞いていたけど、突拍子もないクイズだったため、会話が意味のないものと分かってしまった。
どっちだ。どっちなんだ!
「レアネラ様、左を選択してください」
「左? その根拠は?」
「予想です」
「予想って、そんな」
「根拠はありません。ですが今までのパターンから推察すると、そうなのかもしれない、と言う程度です」
アザレアがそんなに曖昧なことを言うとは思ってなかった。でも、アザレアの厚意を無駄にはできない。だから私は左を選択する!
「ど、どう……?」
緊張の瞬間が桜の花びらとともに駆け巡る。クエ子が目を開き、ニッコリと笑う。これは……?!
「えへへ、レアネラくんの勝ちだよ! よく分かったね、今まで左しか選択してこなかったの」
えー?! え、だって左? え?
確かに1問目も2問目も左の選択肢だったけど、まさか3問全て左が正解だったなんて……。
「好きだよ、レアネラくん!」
あー、はい。そうですか。私はそこまでではないです。むしろ嫌いかもしれない。散々振り回してきた相手がよもや左しか選択しないガールだったことが。
それに、アザレアに負けたと思うと、なんか胸の奥がモヤモヤとするというか、人工知能なんだし当たり前なんだけど、私にも推察できたんじゃないかなって思ったら、悔しいんだ。
「よかったですね、お金をたくさん入手しました」
「う、うん」
確かに苦労に似合った金額だ。でも、やっぱ釈然としないや。




