第31話:引っ越した私はいい加減掃除したい。
「あ~! 愛しの盾ちゃん! おかえりぃ~!」
もう頬ずりだってしちゃうもんね! スリスリ~! あーちゅっちゅ。
その様子に目の前で盾を受け渡していたアレクさんがドン引きしているように見える。というかドン引きしてる。やめて! そんな残念な子のように私を見ないで!
「で、名前はサーフィンボードにでもするか?」
「失礼な! 私だって学習しますし、名前はちゃんと決めてるよ!」
「へー。聞こうじゃないか」
盾の名前。ちゃんといいものを決めている。
私の戦い方と花言葉を文字って、
「《カモミールの盾》っていう名前」
カモミール。花の名前で、よくハーブティとかにも使われるけど、その花言葉は『逆境に耐える』『逆境で生まれる力』といった意味らしい。
私の戦い方である、自分よりも強い相手に力を発揮するレア称号【将軍殺し】は逆境に強い。それを重ねてこの盾も逆境に強い事を示したい。という想いがこもっている。
「いいんじゃないか。たくさん可愛がってやれよ」
「うん!」
《カモミールの盾》をインベントリにしまうと、早速モンスターを狩りに行こうというところで、彼女に捕まる。
「レアネラ様、いい加減ギルドホームを掃除してください」
「……アザレアがやってくれるんじゃ」
「ギルドメンバーのルームは本人が入らないと掃除できないのです。今日は掃除の日です」
アザレアの言う通りなのだ。このゲームはギルドを立ち上げると、ギルドホームという家を受け取ることができる。そのギルドホーム内にもギルドメンバーの各ルームが存在し、プレイヤーたちのプライベートスペースが保証されている。
問題はここからだ。私たち【グロー・フラワーズ】が受け取ったギルドホームはお世辞にも、いや。お世辞も言いたくないようなほど汚かった。クエストステーションのNPCに聞いてみたら、ギルドを放置して解体しない方がいらっしゃるせいで、こんなホームしかもう残っていないらしい。
ということで私たちは掃除を行うことになっていた。ツツジもアレクさんもノイヤーも自分の部屋を掃除して、もう装飾を加えたり、家具を買ったりしているらしい。そう、私が盾サーフィンしていた頃に、だ。
自白しよう。私は掃除が苦手だ。ビターのアトリエが汚いとは言ったけど、実家の自室も酷かった覚えがある。今の部屋はなんとか意識して片付けているけど、ゲーム内で掃除はしたくなかった。
「ビターだって自分の部屋掃除してないじゃん……」
「彼女は自分のアトリエをすでに持っていますので、ルームに入り次第、魔法陣でアトリエに繋いだそうです」
「あの人、ホント……」
廃墟の魔法陣と言い、ホントに面倒くさいらしい。そこまでやらなくても……。
「私も手伝うので、掃除しますよ」
「むー。アザレアが一緒なら、まぁ……」
アザレアならどんなに酷い部屋でも綺麗にしてくれることだろう。今の居間やキッチンがきちんと綺麗なのがその証拠だ。仕方ない、やりますか。
ギルドルームのドアを開けると、凄まじい埃とクモの巣。私、虫も苦手なんだけど、大丈夫かな、演出だといいんだけど。あと家具もボロボロだ。
「ではやりましょう。まずは上からです」
「はーい。虫出ませんように……」
はたきでクモの巣や埃を下に落としていく。窓も開けてるけど、埃がホントに厄介だ。マスクをしてなきゃ何らかの病気になってもおかしくないほど。
上の方が終わったら今度は雑巾で窓や壁を拭いていく。アザレアは地面に落ちたゴミを箒で掃いている。こういうときに掃除機とかあれば便利なんだけどなぁ。さすが中世の世界観。盾カタパルトはあっても、掃除機はないらしい。
拭いた辺りから壁のくすんだ色が綺麗になっていくのを感じる。ゲームだからやっぱりこの辺は簡略化されているのだろう。清潔になっていくのを感じると、ちょっと嬉しくなってしまう。
最後は雑巾で床を拭き拭き。そうやって出来上がったのは私の綺麗なお部屋。おぉ、さっきまで汚かった場所がこんなにも綺麗に……。
「終わったぁ……」
「お疲れさまでした。紅茶とクッキーを用意してるので、食べませんか?」
「食べるー! ツツジとノイヤーも呼ぼ!」
ご褒美と言わんばかりに、アザレア特製のクッキーと紅茶が食べられるなんて、今日はなんて日だ!
メッセージで二人を呼び出すと、程なくしてやってきた。
でも、ちょっとした問題がこの後起きるのだった。
「机がありませんわね」
「椅子もない」
「まさか立ち食いとは……」
キッチンで4人、立ちながらお茶を飲んだりクッキーを食べたり。大変風情がない。それもそのはず。このギルドホームの居間には大机と椅子がない。このオンボロの館には備え付けの机と椅子すらないらしい。おぉ、ガッデム。
「まずは机かなー。レア、店売りのやつってどんな感じだった?」
「覚えてないよ流石に。でもどうせならオーダーメイドしたいなぁ、アレクさんもいることだし」
「そうですわねー。せっかくのシェアホームですし、それなりのものは用意したいですわね」
「ところで、お金の方は大丈夫なのですか?」
三人とも一斉にメニュー画面を開き、自分の所持金を確認する。私のお金は、酷いぞ。
「この前、盾をオーダーメイドしたときにかなり……」
「盾をポッキリ逝った際に立て替えて、すっからかんですわ……」
「私は始めたばっかだし、そんなに持ってないかな」
ツツジが最近始めたばかりというのは置いておくとして、三人揃って金欠状態だった。後でアレクさんとビターにも聞いてみたが、机をオーダーメイドするほどのお金は持っていないとのことだった。
「現金社会は世知辛いですわね。これがリアルだったらどれほどよかったか」
「ノイヤーのそれは聞かなかったことにするから」
「でも、どこまで行ってもお金の問題は付きまとうんだね」
ため息をつくけど、それじゃあダメだ。ほっぺたを叩くと、クエストステーションへと歩き始める。
「お金、稼ごう!」
「レアが言うなら、このツツジ、一肌脱ぎますか!」
「バンバカお金を稼ぎますわ! 一攫千金ですわよ!」
「ノイヤー様、それはやや違うかと」
アザレアの冷静なツッコミに笑いながら、私たちは各々でお金を稼ぎ始めるのだった。




