第30話:調子に乗った私はとにかく滑りたい。
「ふぅん、キミたちようやく来たか」
「う、うん……」
数時間後、2人で街中をぶらついていると、やや興奮気味にビターにメールで呼び出された。メールの文面は、彼女の尊厳のために秘密にしておこう。
アトリエにやってきた私とノイヤーは待ってましたと言わんばかりのビターを見つける。もう興奮でどうにかなってしまいそう、みたいな顔をしてるけど、彼女もあんな顔をするんだなって、少し安心しました。はい。
「聞いて驚け! 最高のエンターテインメントゲーム、盾サーフィンに新たな革命をもたらすNEWアイテムの誕生だ!」
いやいや、何がNEWアイテムだよ。ビター、前にすでにあるレシピからアイテムを錬金するんだーって、割とキリッとした顔で言ってたじゃん。それがワクワクを禁じ得ない子供みたいな顔を。見た目相応でとても可愛いから良しとしよう。
「豪語したからには、楽しませてくれるんでしょうね?」
「キミごときじゃ、うちの発想に跪き、靴を舐めることだろうな」
それでもいつもの喧嘩は欠かさない。この人達ホントいつも楽しそう。
「さてぇ? 諸君、この盾サーフィンで最も面倒くさいこととはなんだ?」
「砂が思いっきり服にかかること」
「坂を登ること」
「レアネラ、正解だ。ノイヤーは砂利でも舐めているがいいさ」
この人、舐めるの好きなのかな。多分後からこれ思い出したら苦しみ悶えるんだろうな。私はそんな鬼畜じゃないから盗撮とかしてないけど、このお嬢様はどうだろう。
「長年、坂を登ること、というのをせずに盾サーフィンをすることを考えてきた。だが未だにその答えは出ていない」
「え、答えでてないn」
「しかーし! うちは一つの発想をひらめいた。これは全ての盾サーフィンを過去にする発明と言っても過言ではない。ノーベル盾サーフィン賞受賞ものだよ」
なんだろ、ノーベル盾サーフィン賞って。局地的すぎない?
「盾を、飛ばすんだよ」
「はひ?」
「盾を、ビューっと、ね」
◇
さてやってまいりました数時間ぶりの砂漠エリア! どうやらまだ遊んでいる人達はいるみたいだけど、昨日やさっきほどではないみたいだ。流石にみんな飽きたのかな。ま、私は飽きないんだけどね!
「見るがいい! うちの血と汗の結晶、盾カタパルト~」
まるで某ネコえもんが何かを取り出してるかのような声真似とともに現れたのは、移動するためのキャタピラと大盾がちょうどすっぽり入りそうな発射用カタパルトが装備されたなんとも無骨な機械。こういうのも錬金術で作れるんだ、意外。
「このカタパルトに、キミの持ってる大盾をガシャンとはめるんだ。さぁ早く!」
「分かったから。えーっと、こんな感じ?」
「音がなるまで押し込むんだ」
カタパルトに恐る恐る盾をはめていく。ガシャンとホントになることを確認すると、次のステップへと移行するようだ。
「そしたら盾の持ち手に掴まるんだ。危ないから一人ずつの方がいいな」
「今危ないって言った?」
「言ってない。さ、早く掴まれ!」
うぅ、分かったよ。と若干ビターの勢いに気圧されながら、カタパルトに装着された盾に掴まる。正座になりながら、座っている感じだ。
「そしたら、このボタンを押して」
ポチッと言う不穏な音を聞き逃さずにいると、ついにカウントダウンが始まる。スリー、ツー、ワンと不気味なカウントダウンとともに、私は持ち手を必死に掴んだ。
次の瞬間、重力が一気に私の方へと押し込まれる。一点に集中したその重力の正体が加速であることに私はまだ気づかない。激しい加速の中、目をつぶっていると、徐々に速度が落ちてきたのか、勢いがいいぐらいになってきた頃に目を開く。
風の音、砂をかき分ける音。空の移り変わり。そして私。今までの盾サーフィンが全て過去になったように、盾はぐんぐんと距離を伸ばしていく。それと同時に周りの景色が全て前から後ろに吸い込まれていくように通り過ぎる。坂を下るだけの盾サーフィンでは体感できないエモーショナルとセンセーショナル。快感と感情。まさしくこれが、気持ちいいということか。
徐々に速度が落ちていき、砂漠エリアの端の方まで来ると、透明な壁にぶつかり、盾は完全に停止した。
「すごい、すごいよこれ!」
振り向いても誰もいないことにちょっとした寂しさを覚える。仕方ないのでメッセージを送り、しばらくすると、盾カタパルトごと二人がこっちまでやってきた。約5分程度だった。
「まさかあんなに飛ぶなんて思いもしませんでしたわ……」
「これが、ドリームって奴さ……」
ちょっといけ好かない感じの言い方だけど、私はドリームを掴んだので問題はない。次はノイヤーに滑らせるとしよう。
「じゃあ次はノイヤーかな」
「当然でしてよ! さ、早くいたしまして!」
「そう焦るな。まず準備があるからな。ほら、盾をセットするんだ」
さっきの私のように盾をカタパルトにセットして、ノイヤーが持ち手にしがみつく。そして、ポチッと押して発射すると、目の前からノイヤーが射出された。
「私、あんな感じで飛んでたんだ」
「どうだった。快感だっただろう?」
「さいっっっっっこーだった! また乗りたい!」
「そうだろうそうだろう。うちはまだ乗れてないから次ということになるかな。はは」
「そうだねー。絶対気にいると思うよ!」
発射してから約1分。そろそろ砂漠エリアのコリジョンにたどり着く頃だろう。この盾カタパルトは移動も兼ねている。カタカタとキャタピラを動かしながら、着地地点まで走っていく。
「そういえばここでもモンスターが出るんだよな」
「え、そうなの?」
「当たることはないと思うが、もしもぶつかったら……っと、メッセージだ」
「あ、私も」
ということはギルドのグループチャットの方だろう。あっちはツツジもアレクさんも見てるからやめてほしいんだけどな。と思いながら、メッセージを確認するとノイヤーから一件。
『たすけて』
二人とも顔を見合わせる。まさか、そんなはずはない。そう思っていたが、事実はそうじゃない。
「《アイテム:神速の頂》! 走れ、レアネラ!」
「うおーーーーー!」
アイテムの速度上昇と、限界まで足を酷使する。しばらくして黄色い髪の毛が見えたので徐々に速度を落としていく。どうやらモンスターは倒せたみたい、だが。
「シクシク……」
「あ、あの。ノイヤーさん?」
「盾、折れた」
「折れた」
「折れた」
「折れちゃった……。ごめんなさい、レアネラさぁーーーん!」
泣きつくノイヤーと折れた盾。あー、また出費がかさんじゃうなー、あはは。
「分かった。大丈夫だから」
「お金出すからぁー!」
「うんうん。ありがとうありがとう」
あやすこと数分。なんとかいつものノイヤーを取り戻したけど、ビターはめっちゃ笑ってた。失礼なほど笑ってた。
◇
「それで、盾直してほしいんだけど……」
「……マジか」
「マジです」
結論から言うと、盾カタパルトは盾の耐久値を大幅に削るらしい。ノイヤーがモンスターとぶつかって、盾が壊れたことから、もうちょっと丁寧に扱ったほうが身のためらしい。これがボス戦とかじゃなくてホントに良かった。
「レアネラ様」
「はい……」
そして私はギルドホームのど真ん中で正座させられていた。まさか、アザレアがそんなに怒っているとは、思わなかったんだ。
「盾とは、皆様の命を預かり、主人の身を守る壁です。いわば武器と言っても過言ではありません。ですが、レアネラ様はそれをおもちゃのように遊んで……」
「すみません……」
「これからは盾サーフィンは禁止です」
「そんなー! アザレア様、それだけは、それだけは~!」
その後、なんとか盾サーフィンの権利は得たが、予備の盾を用意しないとダメ、と言う制約になった。今度適当な盾を買って遊ぼっと。




