第21話:絡まれた私はこの人とは戦いたくない。
《マジックシールド》など、防御系スキルを入手、セットして、いざコロシアムに向かう。
コロシアムの周りには人はあんまりいないけど、この程度だったらむしろ好都合。私の称号がバレずに済みそうだ。
「頑張ってください」
「勝ったらなんか食べたい!」
「でしたら魚料理をご用意いたします」
「よし、頑張る!」
アザレアとちょっとした会話をして、だらけた思考を一気に研ぎ澄ませる。
私は戦士なんかじゃないし、PVPなんて初めてだけど、相手の一挙手一投足に集中すればなんとかなるって、ツツジも言ってたし、それで行くしかない。
暗い廊下からゆっくりと闘技場へと歩く。時間は20時ちょうど。約束の時間だ。
負けても特にないとは思うけど、言いふらされたら面倒だし、ここで勝ってレア称号のことは秘密のままにしてもらおう。
入場口をくぐると、周りは夜の暗闇とコロシアムのライトが混じり合って真昼のように照らされている。そして闘技場の真ん中で仁王立ちしているのは、金髪碧眼のドレスを着こなした小さな少女が1人。
「待ちわびましたわ! さっさとお死にあそばす5秒前ですわ!」
「なにそのお死にあそばす5秒前って」
「知りませんの? お金持ちの間で流行っている流行語というやつですわ!」
初めて知ったわ! というかお嬢様絶対にそんな口調しないでしょ! どっちかというと最近流行りのゲーミングお嬢様とか、そういった類の次元だよ。
「さて、ルールはHPを0にさせた方が勝ちのシンプルな決闘です。外部からの干渉はもちろんNG。勝った方は、負けた方になんでも好きなことを1つさせる権利を得られますわ」
「ちょっと待って! そんな事約束したことないじゃん!」
「わたくしのいつものルールにケチを付けるのはやめてくださいまし!」
そんなことを言われても困るんだけど。あーあー、ホントにそれで申請出してきちゃってるし。もうどうにでもなれだ。要するに勝てばいいんだから!
「では良き決闘を」
「絶対勝つから!」
お互いに所定の位置に立つと、決闘申請のウィンドウが立ち上がる。しょうがないなと思いながらも、イエスのボタンを押して、待機する。
向こうもイエスを押したのか、目の前に戦闘開始のエフェクトが表示され、戦いの火蓋が切って落とされた。
開始の合図とともに私は盾と槍を持って接近を試みる。
「跪きなさい、《ファイヤエフェクト》!」
ノイヤーが手をかざすと、私に向かって炎の玉が数個発射される。
まっすぐこちらに向かってくるのなら、こっちだって避けようぐらいある!
身体を捻らせて炎の玉の直進を回避する。私のいたところには炎が広がっていた。ヒィ怖い。
「思いの外速度がありますのね。ではこれでよくってよ! 《サンダーブラスト》!」
今度も直線に3本。雷が私の方へ飛びかかる。これも直線なら迂回して避ければ!
「そう簡単に行くと思っていますの?」
4本目の雷が私の正面を射抜く。迂回じゃ間に合わない、被弾するっ!
咄嗟に盾を構えたことで《オートガード》が起動したが、そのまま足が止まってしまった。走り出そうにも加速が足りない。
「臓物を晒しあそばせ! 《キラーズスピアー》!」
降りかかる槍のエフェクトをこれも《オートガード》で防ぐが、これじゃあダメだ。近づくことすらできない。
「レアネラの奴、未だに近づけないのはまずいぞ」
「頑張ってください、レアネラ様……」
どうする。近づかなければ攻撃を当てることができないが、魔法の弾幕で接近できない。相手は偏差撃ちもできる。真っ直ぐな動き方はきっと補足され、迎撃される。何か、何か方法は……。
「もうお分かりでしょう。わたくしの方が強いということを!」
イラッ。
「所詮はまぐれ。わたくしがゲームを始めた序盤で手こずりに手こずったあの【ビャッコーン】をあなたは二撃で仕留めたなど、あってはならないこと!」
イライラッ。
「さっさと終わりにして、今日のごちそうはステーキを頂きますわ!」
「さっきから……」
「なにか言いたいことがあって?」
この子、さっきから黙っていれば、言いたいこと言っちゃって……。
「そりゃあなたの方が強いでしょうよ! 私は初めてもうすぐ2週間!」
「2週間でしたの?!」
「それをあなたは自分が強いだの何だのと……。どうでもいいんだよそんなこと!」
「ど、どうでも?!」
そうだ。昨日から思ってたけど、この戦いは心底どうでもいいのだ。
「でも、こんだけボロクソに言われたら、勝ちたくなるじゃない!」
「フ、フーッハッハ! だからそれを諦めるがいいですわ! 《サンダーブラスト》!」
また直線の雷が3本。今度はまっすぐ私の方へ向かってくる。
確かスキル自体の対象は自身とか相手とかを選んで発動だったはずだ。だったらこんな重たい盾持ってたって意味がない。盾を地面に突き立てると、そのまま雷を受け止める。
「レアネラ様ッ!」
「まともに入ったわね!」
土煙が上がった盾周辺に向かって、更に炎の玉の襲撃が襲いかかる。
炎弾が命中し、空中に舞い上がる盾。だがその先には……。
「いないっ?!」
そこに私はいない。
土煙を上げながら、武器である槍を両手に持ち、まっすぐに一直線にノイヤーの喉元を穿つべく駆ける私がそこにいる。
「近づけさせませんわ! 《サンダーブラスト》!」
今度は6本の雷が私を襲う。でもこの収束した動きなら、あれが使える!
「《マジックシールド》!」
「なっ?!」
《マジックシールドが発動しました》
槍先に魔力の盾を繰り出すと、そこに雷が吸い込まれていく。確実に致命傷だった一撃は《マジックシールド》によってその場で消滅したのだ。
その間も真っ直ぐに接近した私と彼女との差はごく僅か。もはや私の槍の間合い!
「くっ! もうすぐ、あとちょっと……っ!」
距離を取ろうとバックステップしようとしても、私の方が速い!
ここが勝負の分かれ目。思いっきり地面を蹴り出し、目標にロックオンする。
「まだですわ! 《高等儀式魔術カース・オブ》……」
「遅いッ! 《反逆の刃》!」
《反逆の刃が発動しました》
自分のHPが相手よりも少なければ、威力アップのこの技。当然レベルの低い私の方がHPは低い。ならば必然的にこの攻撃は絶大な威力だ!
私の槍先は彼女の小さい腹部を貫くと、赤いデータの破片が周囲に散らばる。相手のHPはみるみるうちに削られていき、緑だったゲージが黄色に。黄色だったゲージが赤に。そして、赤いバーがそのまま無くなって、目の前の少女が戦闘不能になった。
槍を抜き取ると、そのまま天にかざして勝利のポーズを取る。
《勝者、レアネラ!》
「うぉおおおおおおおおおおお!」
コロシアムに広がるのは勝者の雄叫びと、観客たちの歓声だった。
◇
「ありえません……ふ◯っくです……」
対戦後、彼女が何をしているかと言うと、部屋の隅で膝を抱えて丸くなっている。見た目が小さいから若干ただのボールのようにも見えるが、流石にそれを言ったら失礼に値するだろう。
「お疲れさまです、レアネラ様」
「お疲れ。序盤はヒヤヒヤしたぞ」
「……IPC? それに、旅の錬金術師じゃないの」
「ビターだ。いい加減名前覚えてくれ」
「私はアザレアと申します」
2人とも適当に挨拶すると、ノイヤーが声を出す。
「それで。わたくしに何をさせるつもりですの? まさか18歳超えも真っ青なことを……っ!」
「させないって。なに想像してるのさ……」
「……こほん。では勝ったあなたはわたしに何をさせるつもりですの?」
何にしよう。全然考えてなかった。まー、秘密を公言しないぐらいでいいかな。
「称号の秘密を誰にも言わないってことで」
「称号? 何のことですの?」
「ん?」
「どうかなさいましたか?」
あれ、なんか微妙に会話が噛み合ってない気がする。
私、変なこと口走ってないよね?
「ノイヤーが言ってた秘密だよ秘密!」
「あー、あの山の出来事ですわね」
「……ん?」
「今見ても納得がいきませんが、あなたの攻撃を受けて確信しましたわ。あれは【ビャッコーン】ぐらいなら余裕で倒せますわね」
自分で勝手に納得したように首を縦に振っているけど、今はそんな話をしているんじゃない! てか、秘密ってそんな程度のこと?!
「ノイヤーさぁ、あのスキルの正体とか気にならなかったわけ?」
「そういう攻撃スキルですわよね? 代わりにリキャストがクソほど長いっていう」
この人、抜けてるとかそういう次元じゃない。ただのアホの子だ……。
「こいつがバカで良かった」
「バ、バカとはなんですの、旅の錬金術師?!」
「バカだからバカといったんだ。このバカ!」
「なんなんですの?! 最近行商が捗ってるからって、調子に乗っておりませんこと?! 勝負ですわ勝負! 今度こそ魔法の方が優秀であることを認めさせてあげますわ!」
「なんだと? アイテムの方が優秀に決まってるだろ! 表に出ろ。キミとは完膚なきまでに決着を付けなくちゃいけないようだね!」
なんというか、元気だなー、この人。
「レアネラ様、止めて差し上げなくてもよろしいのですか?」
「あー、多分あの2人仲良しだから気にしなくていいよ」
「なるほど。そういう仲もあるのですね」
「アザレア、そんな事断じてありえない」
「同感ですわ。こんなのと仲良くなんて、ありえませんわね!」
「あはは。アザレア、帰ろっか」
「え。あ。はい」
とりあえず落ちこんでたことは忘れたようで何よりだ。私も早々にこの出来事を忘れよう。今日は疲れたし、魚料理でも食べてログアウトしよっと。
ノイヤーとビターは後のカップリングです




