第2話:迷子の私はNPCっぽい子を助けたい。
ヒロイン登場
「レアネラさんね。冒険者登録をしたわ。よきAIランド生活を!」
NPCと事務的な手続きを済ませると、私、レアネラは早速街に繰り出した。
「ほー、そういう感じかー」
ファンタジーと言えば、街並みはどんな感じだろう? と考えていたが、当然ながらめちゃくちゃ高いビルも、コンクリートがガチガチに固まった家もない。
例えるなら、イギリスの街並みに似ている。
木組みの壁。石レンガで積まれた家。自然と人工物が絡まりあって出来上がった景色は、中世らしさというのを遺憾なく発揮している。
VRMMOゲーム「エクシード・AIランド」はファンタジー的なゲームである。
アイテムを売ったり買ったり、錬金したり、バトったり。
その他様々な事を楽しめるまさにリアルと忖度ないゲームだ。
ただ、それらはこのゲームのちょっとした要素に過ぎない。
このゲームの最大の特徴。それは人工知能が備わったNPC「IPC」をゲーム内通貨で購入できることにある。
自分で学び、成長。人工知能NPCと一緒に遊ぶことができる、というのがこのゲーム最大の触れ込みだ。
当然私も事前にその情報を仕入れていた。
というか、割とそれ目当てでプレイを始めたというのも理由の1つだ。
だって面白そうだし。人工知能とどんな会話するんだろうってちょっと想像した程度には気になっているのだ。
だからNPCショップに足がむくのも当然である。
ドアをカランカランと開ける。
「いらっしゃいませ」
丁寧なお辞儀とともにお出迎えしてくれたのは、執事型のNPC。
タキシードに合わせて体格を設計したと思われるほど、スマートな着こなしに、ちょっと見惚れてしまう。
「どうぞ、自由にご覧ください……」
「あ、はい」
ハッと気づいて、周りに目を移す。
マネキンのようにピクリも動かない人間が、円状の筒の中に展示されている。
ここだけ見ると、実は近未来的な世界なんじゃないかと疑ってしまうようなお店だった。
男性型に女性型はもちろん、犬に猫と人外生命体もこれに該当するらしい。
すっご。数多く取り揃えてるんだなぁと、近くで見てみる。
まぁ、それだけ近ければ値段なんかも目に入ってくるわけで。
「えーっと、一、十、百……ん?」
なにかの見間違いかもしれない。もう一度目を凝らして数えてみよう。
「一、十、百、千、万……は? え? 何この値段?!」
これは後で知ることになるんだけど、この「エクシード・AIランド」ではあまりIPCは普及されていないらしい。
というのも、この人工知能が備わったNPC「IPC」は1体買うだけで国家予算並みのゲーム内通貨が動く。
そう、国家予算並みである。億とか兆である。
そんなお金を出すことはできないわけで。
ゲーム攻略に不必要であり、べらぼうに高い金額を出せと言われても、答えは武器やアイテムに使うおうとなる。
要は物好きしか買わない嗜好品なのである。
流石に高すぎる。値段的完全敗北は私をお店から退場するには十分な決定打だった。
何しようかな。もうちょっと街を探索してみよう。
店を出て、右を見て左を見て。うーん、こっちかなー。
てくてくと歩いていくと、周りの街並みは徐々に廃れたものへと変容していく。
モンスターに襲われたゴーストタウンというべきだろう。
凝ってるなぁ、と思いながら壊れた街並みを歩いていく。
折れた鉄柱。砕けた壁。えぐれた床。崩れた天井。それから今にも抜け落ちそうな階段。壊れたものはどことなく魅力的なものだ。綺麗だったものが、見る影もなく破壊されている姿は、何故か胸の中をざわつかせる。これが俗に言う壊れの美学、とでも言うのだろう。
だからだろう。1つだけ壊されずに、違和感という形で倒れている少女を見つけることができたのは。
「え? こんなところに、人……?」
不自然な青い影に近寄ってみる。
荒れた髪の毛に、ところどころほつれたメイド服。汚れがついた身体と、ボロボロといっても差し支えないだろう。
えーっとなんだっけ。って、これNPC? じゃあステータスが見れる?
「嘘、HPがあと少ししかない?!」
どうしよどうしよ! えっとえっと、インベントリの中になにか……。
「あった! ログボのやつ!」
偶然手に入れていたログインボーナスをNPCに使うと、徐々にHPバーが回復しているのが分かった。同時に険しかった表情も穏やかになっていくので一安心だ。
「はぁ、よかった……」
やっぱり起きるまでに時間がかかるのか、すぐには目を覚まさなかった。
流石にこんなモンスターが出そうなところで放置しておく、という考えは流石に私にはない。
女の子1人をこんなところに寝かせるほど、常識知らずではないということだ。
「モンスターとか来ないでほしいんだけどなぁ」
その場に腰を下ろして足をたたみ、ふとももに少女の頭を乗せる。いわゆる膝枕というやつ。素肌を晒しているからか、ちょっと髪の毛がくすぐったい。
さわさわした感触を誤魔化すように前髪を整えたり、少女の髪の毛を撫でたり。暇つぶしなんていくらでもできる。
彼女の髪はボサボサで、手入れされていないようだ。
この深い海のような青い髪の毛をしっかりと洗ってあげたら、さぞ美しいだろうという想像をして、少しだけにやける。
そうやって太陽が沈みだした頃、彼女は目を覚ました。
「……ぅ…ん……」
「あ、起きた?」
「……ごしゅじん、さま?」
開いた琥珀色の瞳は、ご主人さまという人物を探す。
だけども、この場にいるのは私だけ。ご主人さま、というのはここにはいなかった。
「ここには私だけしかいないけど……」
「そう、ですか……」
なんだか無表情な顔の裏側に安心したようなものが見え隠れしたような気がした。
プレイヤーにしてはなんだか反応が淡白というか、機械的に見える。
NPCみたいだけど、それにしては受け答えがしっかりしてるみたいだし、もしかしたらIPCなのかもしれない。
「あの……」
「え? なに?」
琥珀色の瞳が宙に泳ぐと、目を閉じてこちらに向けて見開く。
「……匿って、いただけないですか?」
「へ?」
素っ頓狂な声を出してしまって、ちょっと恥ずかしい。
しかし匿って、と来たか。なんとなく見え隠れした感情がそれを物語っているのかもしれない。
「私、今日ゲーム始めたばっかなんだけど……」
「それでも、です。私は、あそこには戻りたくないのです」
切実なる願い。
そんな顔をされたら、無下に断れないじゃん。うぅ、卑怯だ。
「分かった。可能な範囲でなら……」
「ありがとうございます」
儚くて、雪のように溶けてしまいそうな微笑みをこちらに向けて、お礼をする彼女。
あぁ、そういえば……。
「私はレアネラ。あなたの名前は?」
「名前ですか。……アザレアとお呼びいただければ」
「うん。よろしくね、アザレア!」
私はニッコリと笑って、彼女のことを受け入れるのだった。