第17話:採取する私は大型モンスターでも負けない。
ビターと知り合いになって、翌日。早速メールで呼び出されると、本と紙で散らかった部屋がお出迎えしてくれる。
「ねぇ、ビター。部屋片付けないの?」
「そんな事してたら生きている内にレシピが揃わないだろ」
「だからってこれは……」
足の踏む場もない、というのは言いすぎだが、今の部屋は隙間を縫うようにしていかないとページを破ったり、紙に足跡がつきかねない。
「レアネラ様。ここは私が」
「アザレア、もしかしてこれに挑むの……?」
「そこのIPC、えーっとアザレアだっけ。メイドっぽいけど、本当にメイドなの?」
「当然です。メイド業務には誇りを持っています」
ふんすと自分の胸を叩き、任せろと言わんばかりの主張をするアザレア。こんな自信満々な彼女を初めて見た気がする。なんか胸がチクリとする。なんだろうこれ。
「じゃー任せた。レアネラはこっち」
「え、私もなんかやんなきゃいけないの?」
「当然だろ。何のために呼び出したと思っているんだ?」
「うーん、口が寂しいから?」
「その口を縫い合わせてやろうか」
ひぃ! と手を広げて怯えていると、一通のメールが届く。どうやらビターからの依頼の内容みたいだ。
中身は地図と葉っぱの画像みたいだ。
「【カゲリソウ】ってのをいくつか摘んできて。山の比較的日陰にあるから」
「……ただの葉っぱにしか見えないけど」
「はぁ、これだから素人は……」
いや、素人に山菜採りさせに行こうとしてるの誰だよ! 軍手とかしないと手がかぶれちゃうかもしれないでしょ! ゲームだからかぶれるか分からないけど。
ビターが一旦調合をやめてこっちに近づくと、画面越しに葉の先を指差す。
「【カゲリソウ】はこの人が凹んだように葉の先が下に向いてるのが特徴。これだけ覚えてたらいけるから、ほらさっさと行け」
「人使い荒いなぁ。行ってきまーす」
「行ってらっしゃいませ」
いつもの魔法陣から町に出ると、地図を頼りに山の方へと向かっていく。
もうちょっとツンケンしなければ可愛らしいものを。自分の美貌に気づいてほしいものですね。あ、でもゲームだから容姿変えてるかもしれないのか。いや、それにしたって柔らかい対応をだなぁ……。
といった具合に心の中で愚痴っていると、あれまあれまと目的地の山に。
しばらく登っていると、【カゲリソウ】が見つかりそうな日陰を見つける。
えっと、この辺に草っぽいのはちょいちょい見るけど、葉先が垂れてないなぁ。というか暗い。ビターからもらった明かりを灯すアイテムを使うと、ポワッと光の玉が私の周辺に浮かびだす。これなら見分けやすいでしょ。
「あ、これかな」
そうやって見つけた葉先が垂れた植物を見ると、写真とよく見比べてみる。だいぶ似てるし、多分これかな。植物を摘み、アイテム化されたものを確認する。うん、【カゲリソウ】って書いてる。じゃあこれをどんどん集めていこう。
一度見たものなら、やっぱり効率が良くなるものだ。写真と見比べて摘み取る。写真と見比べて摘み取る。結構な重労働だけど、こうして分かるようになるとちょっと楽しくなってくる。
「ふー。結構上の方まで来たなぁ」
気づけば山頂付近。まるでバトルフィールドのように広いエリアが目の前に広がっている。……まさかモンスターとか出てこないよね? さっきまで全然出てこなかったんだし……。
でも悪い予感というのは的中するもので、上から落下してきたような、ドシンという音で振り向く。黒と赤の縞模様。いや、トラ柄と言ってもいいだろう。だって目の前にいるのトラだし! めっちゃこっちに威嚇してくるんですけど!
こっちも臨戦態勢だ。盾と槍を取り出すと戦闘開始。間髪入れずにトラ型のモンスターが猛突進を仕掛けてくる。
《オートガードが発動しました》
「ひぃ!」
レベルアップで手に入れた騎士のスキル《オートガード》で初撃を防ぐ。
そのままトラがバックステップしたと思うと、今度は猫フック。これも《オートガード》で防ぐ。
というか私、まともな戦闘するの初めてなんですけど! 熊戦だって、半分自爆特攻気味だったし、最後は突っついてただけだし。この敵をどうしろと!
牙を突き立てた攻撃も盾で防御するけど、これじゃあ埒が明かないし、もし盾が破壊されたら、それこそおしまいだ。どうするどうする私。えーっと、こういうときは冷静になんて自分のステータスを見て……。
「……なにこれ」
あれ、私の攻撃力、こんな高かったっけ? 覚えがない。百も超えてなかった気がする攻撃力が今は三百前後。おかしい、絶対におかしい。でもこれならワンチャン倒せる?
素早い動きには、こっちも高い敏捷力で対抗する。トラが噛み付いてきたところを、盾で防ぎ、素早く槍を突き立てる。
突き刺さった槍から赤いデータのかけらが吹き出す。それに伴って、モンスターも悲鳴を上げる。うわ、すごい威力。
この怯んだスキを狙って、さらにもう一撃。
「おりゃー! 《反逆の刃》!」
《反逆の刃が発動しました》
自分の中で最も攻撃力の高いスキル。内容はと言えば「自分のHPが相手よりも少ない場合、威力アップ」というもの。倍率は分からないけど、きっと私の弱小HPよりはるかに相手の方がHPは高いはず。
肉をえぐるようにねじ込められた矛先が首元に直撃する。あまりの衝撃だったのか、全身を貫く痛みとなったようでビクンと全身を震わせると、モンスターはそのまま息を引き取った。
「はっ! 勝った!」
一人山の奥でガッツポーズを取っていると、急に力がなくなったような感覚に陥る。やっぱり攻撃力も元に戻ってる。何らかのスキルの影響?
メニュー画面から自分のスキルを確認すると、納得した。
「なるほど。これが噂に聞く、力……!」
言ってみたかっただけである。
でも周りには誰もいないだろうし、私の右手がー! とか叫んでおいた。ちょっとスッキリした。
それはともかく、これって熊倒したときに手に入れた称号だったはず。ちょっとビターに相談してみようかな。
目的の【カゲリソウ】も採ったし、トラの素材も剥ぎ取ったし、私はそのまま山を下山しようっと。