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NPCが友達の私は幸せ極振りです。  作者: 二葉ベス
第7章:私とあの子の想いが繋がる時まで
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第149話:決意の私はまだ泣きたくない。

 流れていく雲を見て、時間の経過を感じる。

 1分先の雲はどんな景色だろう。10分。1時間。それ以降は?

 二度も同じ雲や景色が見れないように、過去は変わらない不変なものだ。


 メールの送信ボタンを押した過去は消せないし、彼女はきっと私の元に来るだろう。私はそれが怖くてたまらない。これから告げる関係を壊しかねない一言を口に出すことが怖い。


 でも前に進むって決めたんだ。曖昧なままじゃダメ。いつか決着を付けなくちゃいけないことだから、私は口にしようと思う。


「誰にも見られない場所で、って思ったけど、私穴場とか全然知らないな」


 たまたま見つけた河川敷の草原の上で私は彼女を、ツツジを待っていた。

 案の定覚悟を決めすぎて早く来すぎてしまったので、空を見ていたり、川に石を投げ込んだり。そんなんじゃ全然緊張が解けない。


「はぁ。やっぱメール送んなきゃよかったかな」


 ほら後悔。たかがこんなことでそう思うんだから、人間の選択なんて曖昧極まりないものなんだ。

 でも一度固まった事実は動かせない。

 こうしてツツジを待つだけでこれだけ緊張するんだ。きっと本人が来たらもっとガチガチに固まっちゃうんじゃないかな。


「さっちー、リアルで用事って何ごと?」

「……ツツジ」


 私が選んだのはリアルの世界だった。ツツジと初めて出会った世界でこそ、彼女の告白に誠意を持ってお返しできると思ったから。

 ゲーム内のアバターとまんまな姿に今更ながらネットリテラシーのなさを感じる。最初は私に気付いてもらえるようにするためとか言ってたっけ。遠い昔みたいだ。


「なーにそんな深刻そうな顔してるのさ! さっちーもうすぐ誕生日でしょ? 何かあげようか? アイスとか奢るよ?」


 ツツジが必死に明るい声を出しているけど、どことなく無理している様子が見え隠れしている。

 ツツジも怖いんだ。私がこれからする返事がたまらなく不安がっているんだ。

 私がしっかりしなくちゃ。ツツジは私を焚き付けてくれた。そのためにツツジは私に再度告白したんだって思いたい。


 口を摘むんで私は首を静かに横に振る。不安そうな顔が、少しだけ胸を苦しめた。


「……で、要件は?」

「…………うん。ツツジに、聞いてほしいことがあるの」


 恐怖心を拳の中にギュッと握りつぶす。心臓の鼓動が早まる。呼吸が苦しい。浅い深呼吸をして、コンディションを整える。足が震えそうになるのを地面を強く踏んで抑える。

 これ以上踏み込むことを私の身体は拒絶している。

 これ以上何か言うことを私の心は拒んでいる。


 でも私は前に進む。例えその先が茨の道でも。全身を、心を切り刻まれる痛みだったとしても、私はちゃんと決めたんだ。


「ツツジの、さ。告白の件」

「っ! ……返事、決まったんだ」


 うん。そう言って私はゆっくり首を縦に揺らす。

 期待混じりの不安がツツジの顔を汚している。そんな顔をするのはいつぶりだろう。

 今にも消えてしまいそうなほど儚くて、壊れてしまいそうで、それでも返事を聞きたい、そんな顔。


 彼女もきっと私と同じく恐怖している。怖がっている。この返事に。愛の告白に対する返答が、はいか、いいえか。


 思えばずっと一緒にいてくれたと思う。私が1人でいることが寂しいって思うようになったのは、ツツジとアザレアのせいだ。

 他にもちゃんと寂しいって思うことはあったけど、大半の原因はこの2人。

 1人でいることが平気だった私を勝手に連れ回したり、付きまとったり。


 私はそれが楽しかった。今までの人生で最も幸せな時間だった。

 初めてのデートも、アザレアが友達だって言える勇気をくれたのも、花火を一緒に楽しんだことも、大ボスに挑んだことも、お泊り会も特訓も、告白も。

 全部が全部、私を形成していて、絶対に忘れたくない思い出になっている。

 絶対に、なくしたくない絆になっている。


 初めて友達になってくれて、ずっと離れたくないって思った大切な子。


「ツツジ、私はさ」


 でも、私の頭の中ではいつもアザレアの冬の日の木漏れ日のような笑みが浮かんでいた。

 初めての告白の時も、言えなかっただけでずっとその笑みがちらついて、離れなかった。

 なんでだろうって思ったの。

 ギルドメンバーたちにも聞いて、考えて、悩んで。


 そして、ようやく理解した。


「私は、アザレアのことが好きみたい」


 私はずっと、アザレアのことが好きだったみたいだ。


「……なんで」


 じわりと溜めた涙を見せないように、ツツジはうつむきがちで服の袖で涙をふいて誤魔化す。「違う、そうじゃない」そうやってつぶやいて。


「どうして、アザレアが好きだって思ったの? 私じゃ、ダメだった?」


 今にも崩れ落ちてしまいそうな肩を必死に両手で支えて、悲しみを押し殺す。どこがダメだったのか。どうしてイケなかったのか。それが聞きたくて、聞きたくなくて、怖がっている。


 決してツツジがダメだったわけじゃない。ずっと一緒にいてくれて、どこかが違ったらきっとツツジと付き合っていたと思う。最初に告白された時点で、「はい」って返事を出していたと思う。

 それぐらい、ツツジのことも好きだ。でも……。


「私、ずっと考えてたの。お互いに影響を与えあう、って関係に」


 ツツジは黙って返事をする。

 咲良さんに言われたことがずっと心の中に引っかかっていた。釣り針みたいに刺さって返しで取れないみたいに。


「ツツジと一緒にいると、それだけで幸せだったし、とっても嬉しかった。アザレアだって同じ」

「そうだね。私も、楽しかった」

「でも、アザレアに感情を知っていくごとに、私も同じく知らない感情をもらってたの」


 それは決していいものだけじゃない。嫉妬に失意に、恐怖と不安。

 アザレアが感情豊かになっていくごとに、私もいろんなことを教えてもらっていた。

 ツツジは優しい。優しいから、心を許せるし、許せている存在だと思う。

 でも私はそれだけじゃ満足できなかった。酸いも甘いも全部全部噛み締めて、恋を知りたいって思った。好きを感じたいって考えた。


「ツツジも大切。でも、それ以上にアザレアはもっと大切だって、気付いたの」

「……言いたくないけど、相手はAIだよ? 血の通わない機械の塊だよ。それは、後悔するかもしれないんだよ」

「それは……」


 そのとおりだ。人種。いや、生命体そのものが違う。

 人間とAI。きっとどこかで齟齬が生まれて、変に何かがこじれてしまうかもしれない。よく分かってないけど、多分そうなんだと思う。

 でも、私はそうは思わない。相手がAIだからって、血の通わない機械の塊だって。そこに心に近いものがあって、それを肯定してくれる人がいてくれれば、人間と大差ない存在になるんじゃないだろうか。


「確かにゲーム内でしか会えないし、言われてみれば無茶苦茶な関係だね。それでも、私は彼女の心を好きになった。感情を好きになった。見た目とかAIだとか除いたら、そこにいるのはもう、1つの生き物なんじゃないかな」

「……茨の道だよ」

「それでも、好きになっちゃたんだもん」

「そっか」


 鼻声混じりの声にハッとする。もしかしたらじゃない。私は、ツツジを傷つけてしまった。

 じんわり、私の目にも涙が溜まっていく。頬の筋がピクピクと痙攣しながら、それを必死に抑えるべく、力いっぱい目を閉じて、泣くのを我慢する。

 私が泣くのは違うんだ。泣きたくない。今泣いたら、きっとツツジは後悔する。今までの接し方全部に。それだけはさせたくない。

 ツツジは、ちゃんとツツジだったから好きになれたのに。私がツツジを否定するような真似をしちゃいけないんだ。


「幸歩」


 珍しくあだ名じゃない普通に私の名前を呼んだツツジは、今にも泣き出してしまいそうな笑顔を浮かべて、こう告げる。


「幸歩の、好きを。いっぱい聞かせて。そしたら、諦められるから」

「ツツジ……?」

「幸歩が他の子を好きって言う度に、心が苦しくて、痛くて、辛くなる。でも! 私がちゃんと前を向くためには必要なんだ! 私が幸歩を諦められるぐらいの、好きを言って!」


 ………………うん。


「私、アザレアが好き……」

「うんっ」


 頬に一筋の涙が溢れる。


「アザレアが好き……っ!」

「う、ん……っ」


 ぽたり、と地面にしずくが落ちる。


「私は、アザレアが好き! 大好き!」

「……ぅん…………っ!」


 膝から崩れ落ちたツツジは、拭いても拭いても溢れ出してくる涙を必死に拭う。それでも想いは溢れてくる。好きだった想い。今までの思い出。諦めなきゃいけない悔しさ。

 その全てがコンクリートの冷たい地面を濡らしていく。


「ツツジっ!」


 たまらなくなって、崩れ落ちたツツジを抱きしめた。こんなことをしちゃいけないと思うのに、それでも慰めなくちゃいけない気がして。

 でも私がこうさせたのに、何が慰めなきゃいけないだよ。私だってこんな思いしたくなかったよ。

 2人の想いをちゃんと答えるにはこうするしかなかったんだ。だから、本当にごめん。そして、ありがとう。


「さっちー、卑怯だよ。フッた後に抱きしめるとかぁ!」

「だってぇ! ツツジが見てられないんだもん!」

「さっちーは優しすぎるんだよ、ばかぁ!」


 1月の冷たい風が吹く寒い河川敷。2人でわんわん泣く私と親友は、確かに好きを伝えたあった。

 それが例えすれ違いの一方通行だったとしても。目の前に別の子がいたとしても。


 私は、ツツジが好きなんだと再確認した。


「ありがとう、ツツジ」

「何がありがとうだよ、ばかさっちー!」

「だって、ツツジがちゃんとフラせてくれたから!」

「好きでフラれたわけじゃないもん!!」


 私たちはそれから小一時間ずっと一緒にいた。ツツジに悪態をつかれながら。いっぱい罵倒の言葉をもらいながら。


 でも、それでも。ツツジの口から「嫌い」という言葉だけは嘘でも出てこなかった。

 ホント、お互いに優しすぎるんだよ、親友。

後日、活動報告でこの辺の裏話をしようと思ってます。

最初の初期案とか、告白周りの話とか。

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― 新着の感想 ―
[一言] いかんせんフラれるシーンを見るのが久々なもので、思わず涙ぐんでしまいました。 そしてここから人とAI、決して相容れないはずだったお付き合いが始まるんですね…果たしてこの壁をどう乗り越えるの…
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