第145話:影響された私は挑戦状を叩きつけたい。
年が明けた。明けたには明けたんだけど、この前からずっとレアの様子が少しおかしい。
何故だか私とアザレアにだけ、妙によそよそしいというか、少しだけ距離を取られている気がするのだ。
理由は分からない。分からないけど、件の様子がおかしくなった日、というのがちょうど私たちがビターにこってり怒られた日に近いことだ。
ビターか熊野か。どちらかになにか言われたのかな。
聞いてみるのもやぶさかではないけど、多分レアはきっと誤魔化す。絶対誤魔化す。100%誤魔化す。
だから私も距離感を詰められずにいるんだよなぁ。
私たちと話すのを嫌がっている、という素振りでもない。現に今目の前でログインしていて、読書している。
ブックカバーで隠れてタイトルは読めないけど、大きさ的には自己啓発書みたいな、そういう大きさだ。
「レア、何読んでるの?」
「別にー? ツツジも本読んだら?」
「正月はお餅食べたい」
「じゃあお餅をお持ちになって」
「5点」
「ひっど」
こうして見る分には特に様子は変わらないけど、ちょっとだけ冷たい気がする。
何故だかわからないけど、私の中のレアセンサーがそう言っているんだから仕方ない。
「餅といえば、昔空耳ネタで『もちっとした餃子ァ!』ってネタがあったな」
「あー、あれでしょ。前アレクがハマってた感染拡大4」
「あれこの前FPS視点になって、VR入りしたよ」
「マジか! 4はやり込んだんだよなぁ」
アレク咲良夫妻が懐かしのレトロゲーの話をしていたので便乗した。
あれも確か10年ぐらい前だった気がするから、私が大体小学校上がりたてか、幼稚園の頃かな。いずれにしても、あれR18とかだったからいつかやろうリストに入れたままだった気がする。
ログアウトしたら、お姉ちゃんに借りてやってみようかな。冬休みだし、流石のお姉ちゃんもお正月休みを堪能しているし。ずっとゴロゴロしてるけど。
「レアもやったら、感染拡大4」
「ホラー無理ってこの前言わなかったっけ」
「私がレアの悲鳴を楽しみたい」
「絶対イヤだし」
「VR版もあるみたいですよ。中身も銃撃戦がメインみたいですし」
「そうそう。アザレアの言うとおり、銃撃戦メインだから。怖いのはゾンビとか気味悪いチミっ子だよ」
「それがイヤなんじゃん」
ごもっともである。
ビターはホラー体験しているレアを見たって話してくれたけど、羨ましいな。私も見てみたい。この様子じゃ今生中は無理そうだけど。
さっきから様子は探っているけど、やっぱりちょっとだけ塩対応な気がする。
もっと、こう大げさに反応するもんだと思ってたけど、結果はあまりノッてこないような態度。
ビターに叱られた周辺で何かあったと思えば、ティアと熊野の公開告白劇。ちょうど熊野が側にいたし、予想はどんどん限られてくるんだ。
でもまとまらない。熊野が自分から「私彼女出来たんですよ、いいでしょう!」って自慢してくるタイプには見えないし、あったとすればレアの中で何かが変わったということ。
あぁ見えてレアも思い詰めるタイプだしな。
アザレアと友達になったときのことを思えば、それは容易に想像できる。
ちょっとだけ踏み込んで探ってみよう。
「そういえばティアと熊野は?」
「あの2人なら初詣に行ったそうよ。リアルで」
「リアルで?!」
「ティアちゃんが遥々熊野ちゃんの地元にやってきて、お泊りだって。行動力あるよね」
その話は少し驚いたけど、それよりもレアの反応は、っと。
「……そっか。仲良さそうだね」
何かを思いつめたような眉毛と目、それに反比例した器用に口角を上げて、笑みを浮かべる姿は間違いなく何かあったと言わざるを得ない表情だった。
ビンゴだ。熊野と何かあったみたい。あの後もちゃんと熊野と仲良さそうに話してたみたいだし、一方的に何かを考えているような様子だ。
その内容さえ分かれば、私も対処できるのに。
これ以上踏み込めるか踏み込めないか。そこの判断が非常に難しくてもどかしい。
考え事をするためにレアから目を離したら、今度はアザレアと目が合った。
彼女は静かに首を縦に振った。あぁ、なるほど。アザレアも何か思ってるってことか。次に攻撃を仕掛けるのは彼女からみたい。
「そういえば」
「うん、どうしたのアザレア」
「私の告白の返事を聞いてません」
「はぁ?!」
「げっほげほ」
一息つくために飲んだお茶を口からスプレーみたいに吐き出すところだった。なんとか飲み干すべく口に含んだお茶を一気に喉の奥へと流し込んで事なきを得たけど、代わりに喉が痛い。いくらか咳をしてから、1つ息を吐いた。
ま、まさかその話を今聞くとは思ってもみなかった。なんで今聞いたの! どうみても丁寧に外堀を埋めていくところでしょ、ここは!
「あぁ、やっぱりあれ告白だったんだな」
「青春ねー」
のんきな夫妻はともかく、レアの様子は……。
うん、完全に動揺している。その動揺の仕方もかなり私の考えの的を射ている。
明らかに強張った表情と、引きつった顔を無理やり顔を笑顔に戻そうとして、非常に乙女の顔とは思えない。
そしてアザレアの「告白」という単語で思い出した。
――レアは私と彼女の「告白」について、まともな返事を出していない。
そっか。そういうことか。私たちの返事を迷っているんだ。
前に言っていた、レアが「恋」を知らないことを。言った側はそんなに気にしてなかったけど、言われた方からすれば、大切な2人の内から1人を選ばなきゃいけないもんね。そりゃ悩むよ。
助け舟出さなきゃダメかな、こりゃ。
レアが傷つかないように、それでいて私の考えを伝えるような、そんな。そんな感じのいいセリフは……。
「アザレア、抜け駆けはずるいんじゃない?」
「それを言うならツツジさんもじゃないですか」
「私が告ったのはアザレアがぼーっとしてたからですー!」
「なんですかその言い方は!」
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて」
流石にそんな都合のいいセリフは思いつかないので、せめて意識をこちらに向けるようにした。結果的にはちょっと喧嘩腰になっちゃったけど。
レアの様子は……。やっぱさっきより悪化してる。2人とも私のせいで争わないでって感じの責任に淀んだ顔だ。
この関係はもう限界なのかもしれない。三角関係というのはどうあがいてもどこかで歪みが生じる。歪んだら最後、何もしなければ壊れて動かなくなってしまう。
私も、アザレアも、レアも。それは望んでいない。都合がいいことは分かっている。でも幸せでいたい。こんな暖かい空間を、私自身の手で壊したくない。
覚悟、決めなくちゃな。
「よし分かった。アザレアがそう言うならこうしよう! 私が咲良に負けたら、告白を撤回してあげる」
「え?」「ツツジさん?!」
「ツツジ、それはどういう……」
「……ふーん。そういうこと」
この場にいる1人を除いた全員がキョトンとする。
でも察しのいい咲良だけが1人だけ目を閉じて、話し始めた。
「つまり、ツツジちゃんは私と勝負がしたいと。それも負けたら告白を撤回するアンティルールで」
「な、なんでそういうことに……」
「そういう事。私も負けっぱなしじゃ嫌だったし」
なんで、そういうことになるのさ。と1人で聞こえないぐらいの音量でつぶやいたレアには本当に申し訳ない。
確かに咲良に負けたままじゃいられない、という気持ちもある。
でも本当の目的はきっと勇気の前借りなんだと思う。ティアがそうしたように、私も何かをきっかけにもう一度告白がしたい。
少し荒療治になりそうだけど、レアの背中を押せるなら。その先が谷底だったとしても、今の関係を終わらせたくないんだ。
「1週間後。例の森で待ってる」
「分かったよ。ただし、本気で行くからね」
「そのつもり」
ナイフのような鋭い眼光が私の身を突き刺す。そういうことでいいんだよね。という確認の意も込めて。
私は同意する。半ば巻き込み事故で申し訳ないけど、いつかは戦いたかった相手だ。絶対、負けたくない。
次回、ツツジVS咲良 リベンジマッチ




