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NPCが友達の私は幸せ極振りです。  作者: 二葉ベス
第7章:私とあの子の想いが繋がる時まで
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第144話:荒らしちゃった私たちはお掃除したくない。

「さて、キミたちが何故ここに集められているのか、分かるかい?」


 目の前でチョコレートみたいな髪の色をして、雪のように真っ白な肌をした少女(大学生)が両腕を組んで、小さくふんぞり返っている。

 それだけなら私たちが正座する理由にはならないんだけど、彼女特有の声の圧力と怒ってますよっていうオーラがそれを体現していた。


 私、こんなビターを初めて見た気がする。


「えーっと、黙って冷蔵庫の中のプリン食べちゃったこと?」

「違う」

「いらないだろうと判断して、不要な素材を一括でゴミ箱に捨ててしまったことですか?」

「キミはそんなこともしていたのか」


 アザレアが黙ってそんなことをしていたというのは初耳だけど、プリンは共犯だ。何故なら実行犯が私もだから。でも言わない。言わなければツツジだけの罪になるし。


「……皆さん、流石に冗談が過ぎます」

「そうよ。ここは大人としての態度をしっかりと取って……」

「ティア、キミがこの中で一番大人じゃないか……」

「てへっ」


 目を「><」みたいな演出にしながら、舌をちろっと出す。

 ティアだから許されてるけど、これがヴァレストやアレクさんがやったときには、多分殴ってたと思う。


「12月24日。これは何を意味するか知っているか?」

「クリスマスイブだね」

「あたしとくまちゃんのカップル成立記念日ね」

「……そういうのは照れるからやめてほしいのですが」

「いいじゃない、減るものじゃあるまいしー」

「私の心はすり減ります……。あー、なんで付き合ってしまったんでしょうか」

「酷いわ! あたしを置いて他の女のところに……!」

「なんで女性限定なんですか!」

「イチャイチャしないでもらっていいかい?」


 甘ったれた空間をピシャリと断ち切る冷徹な声に、ビクリと反応する2人。あーあ。これはかなり怒ってますわ。

 私もツツジもアザレアも、この場にいるみんながある事実を誤魔化してきたことだけど、仕方ない。私が終わらせるしかなさそうだ。


「絶対暗黒冬将軍の討伐日」

「ではレアネラ、キミに聞こう。その日、うちのアイテムボックスから何を持ち出した?!」

「……バフとデバフ系アイテム一式」


 それを聞き届けると、ビターは体中のありとあらゆる負の感情を吐き出したため息を1つ長めーに繰り出した。私たちの精神にはこうかはばつぐんだ!


「中には貴重なアイテムもあった。これがあればボスの素早さを下限にまで持っていけるほどのな」

「へ、へー。そうだったんだー」

「今一度聞こうか。そのデバフ系アイテム一式は、誰に投げ込まれた」

「……絶対暗黒冬将軍」

「何やってるんだキミは!!!!!!」


 怒鳴られた。

 今まで聞いたことのないビターの……。いや、今まで聞いたことはないは嘘だ。ノイヤーとの喧嘩でたまに耳にしてた怒号が私たちの耳の中を斬り裂く。

 モンスターの咆哮とも思しき、その雷のように轟く怒りは、私たちに反省の念をもたらす。


「ごめん! だってあのままじゃ倒せなかったし!」

「だってあの時ビターいなかったし!」

「翌日謝ろうと思ったのですが、ビター様が二日酔いになっていてまともに話せる状態じゃなかったので!」

「くまちゃんとイチャイチャしてたから!」

「……右に同じく」

「キミたちなぁ…………」


 アザレアの言っていることは事実だ。翌日、ビターはログインしたものの、生気が抜けたグロッキー状態でギルドホームの机の上に横たわっていた。

 理由は飲み会のときに、珍しく調子に乗ったのか、どんどんカルーアミルクを頼んだかららしい。


 よく分からないけど、カルーアミルクという飲み物は牛乳とカルーアを合わせたカクテルで、甘くて飲みやすく、どんどん口に入っていくが、立派なお酒であることには変わらない。

 ペース配分を間違えたビターはそのままノックアウトして、次の日には記憶が吹き飛んでいたらしい。

 最後の理性から女の子に送ってもらった、というのは覚えているらしいが、その判断は正しいと思う。

 その、ビターの小さな身体でベロンベロンに酔っ払ってたなら、そういう人がどうにかなっちゃいそうだし。


 ということで翌日は二日酔い。ノイヤーにすら心配されながらログアウトした次の日が、今に至る、というわけだ。

 ちなみに私はその日、ツツジとケーキを買ってきて、自宅で密かにパーティしてました。


「持ち主に黙ってそういうことをするのは盗っ人猛々しいと言わないか? ん?」

「はい。犯罪ですね」

「だろう?! ということでキミたちには年内の間、うちの社畜になってもらう」

「え?!」

「なんか文句でも?」

「い、いや……」


 特に用事はなかったけど、そんな。そんな社畜って……。


「ツツジとアザレアとティアはモンスターの資材集め! レアネラと熊野はうちの家の掃除! いいな?!」

「「……はい」」


 ◇


「ティアと離れ離れになっちゃったね」

「あの人は嘆いてましたけど、私はそんなに」

「淡白だなぁ」


 そんなわけで、年内はビターのアトリエの掃除を継続的にやることとなった。

 恐らくティアと熊野を分けたのは、ティアがスキあらばくっつこうとして、作業効率が悪くなると思ったからだろう。

 それは多分間違いないと思うから、妥当な判断だとは思う。付き合って早々会えなくなるって結構精神的苦痛を伴いそうだけど。

 年が明けたら、ティアが熊野にいっぱいくっついて離れないだろうな。


 掃除を始めてから2日。何故か常に散らかるアトリエの中を整理しながら、私はふと思う。

 どうして熊野はティアの告白を受け取ったのだろうか。現場にいたから分かるけど、熊野も多分私と同じく、まだ恋を知らない乙女だ。そういうことは分からないと言っていたしね。

 でもティアの告白を受け入れた。正式にお付き合いを始めたんだ。それが嬉しく思う反面、少しだけ憎くて。

 どうして私は2人に曖昧な返事を出してしまったのだろうと、感じてしまった。


 私だってアザレアからもツツジからも告白された。

 恋の感情を目の前で叩きつけられた。

 それでも動かない私の心はいったい何なのだろうか。誰にもなびかない私の恋心はどこを向いているのだろうか。それが分からなくて、アザレアとツツジに向き合えなくて辛かった。


 だから聞いてみたかった。ティアに告白されて、どう思ったのかを。


「ねぇ熊野。ティアに告られてどう思ったの?」

「へ?!」


 そういうことに免疫がないのか、いつものクールな姿勢は崩壊した状態で返事をしていた。可愛らしいというか初心というか。


「どうだったの? ねーえー」

「し、しつこいですよ、レアネラさん」

「気になるんだよ、私だって」

「……分かりました。ここだけの秘密ですからね」


 しぶしぶ納得した熊野の様子は頬を赤らめていて、そのほっぺたは少しだけりんごみたいでかわいいな、って思ったのは内緒だ。


「そもそも私はティアさんに恋していた、というわけじゃないです」

「あ、言ってたね。でもあんなに好き好き言われてたら気付かない?」

「気付きませんよ! 友達だと思ってた人から急に告白してくるんですから。びっくりしましたよまったく」

「あー、確かに……」


 ツツジの時もそんな感じだったと思う。私の場合は予め彼女が私を好きって分かってはいたけど、それでも告白された瞬間は驚いたものだ。

 熊野はその予備動作もなく、いきなり告白されたんだ。そりゃ驚くよね。


 でも、私と熊野はどこか似ている。環境とか、恋への考え方とか、そういうのが。

 でも決定的に違ったのはそういうことではない。なんで告白を受け入れたのか。その一点だった。


「なんというんでしょうね。私の中には確かに戸惑いはあったんです。頭の中でこの先どうやってティアさんと接すればいいんだろうとか、断ってしまってもいいんだろうかとか。そんな色々を」

「でも、受け入れたんでしょ?」

「ティアさんの気持ちに触れて、嬉しかったんです。普段はああですけど、自分が何を思っているかを遠慮して言ってくれない人でしたから。まぁツツジさんには相談してたみたいですけど」


 あ、そこ気にしてたんだ。


「好きになった理由もきっとちゃんと考えてくれたんだなって思ったら、胸の底から喜びが溢れ出したのを感じたんです。戸惑いを押しのけて、嬉しさが勝って。それでOKしました」


 喜びと戸惑い。熊野はそんな感情の中にいた。でも最後は喜びが勝って、熊野はOKサインを出した。

 私にも少し分かる気がした。ツツジに告白された時はちゃんと嬉しかった。アザレアに告白された時も、ちょっとだけ淀んだけど、それでも嬉しくて。

 でも私はその返事をまともにできていない。愛の答えを出せなかった。


「言った後に曖昧かなって思ったんです、恋を知らないから。でもティアさんと付き合って、ゆっくりとでも私の好きを確立していけたらなって」

「……ちゃんと、考えてたんだね」

「私が考えないなんてことはしません。相手の誠意にちゃんと向き合うべきだと思ったから」


 誠意、か。私はそれにちゃんと向き合えてないんだもんな。

 私だってそれでも良かったかもしれない。ツツジの時に告白を受け入れていればよかったのかもしれない。でも私の頭の中でちらつくんだ、アザレアの笑みが。

 まるで私がYESと答えてしまったら、その笑顔が曇ってしまうみたいで。

 同じくアザレアの告白を受けた時も、ツツジのひまわりみたいな笑顔が頭の中に浮かんだ。


 ……あ、そっか。そういうことか。

 私がアザレアの時に抱いた黒いシミ。黒い感情の中にある強い強迫観念。それの正体が。


 ――私は、ツツジとアザレア、どちらかを選ばなくてはならない。


 ホントは理解していたんだ。アザレアの時も、ツツジの時も答えが出せなかった理由が。

 2人の想いを裏切りたくない。大切な2人の顔を、心を曇らせたくない。

 でもその愛に報いるためには、どちらか一方を選ばなくちゃいけない、ということを。


 その後のことはあまり覚えていない。多分適当に返事をして、適当に掃除して、年内のやることを終わらせたんだと思う。


 分からなくなってしまった。恋を知るためには、2人のどちらかの想いを踏みにじらなければならないことが。

 どうしたらいいんだ。1人を選ぶなんて、私にはできない。

 大切な2人の顔を涙で濡らしてまで手に入れた好きに、価値はあるんだろうか。


 気づけば年が明けていた。何もわからないまま。何も、理解できないまま。

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