第140話:激戦中の私はなんだか相手が強い。
「間に合った?!」
「間に合ってませんよ! 死んでしまいます!」
超加速状態がちょうど切れたタイミングで、最前線へと舞い戻ってきた。大盾を構えて必死に熊野を見て、恐らくずっとあんな感じだったんだろうなとかわいそうになってしまった。
「後ろで回復して! 《ポジションチェンジ》!」
熊野と私のアバターが入れ替わると、真っ先に目に入るのは絶対暗黒冬将軍の刀。振り下ろされたそれを受け止めるけど、これ一撃が重たっ!
「潰れるー!」
「レアから」「離れてください!」
両脇から現れたツツジとアザレアの斬撃攻撃が絶対暗黒冬将軍の腕を斬り裂く。多少はダメージが入っているみたいだけど、それでもミリレベル。加えてヘイトがツツジの方にいったみたいだ。
「でかい相手苦手なんだってば!」
大きな刀を持ち上げた絶対暗黒冬将軍は野球のバッティングのようなフォームを取り、そして思いっきり振りかぶった。
こっちからでも風圧がヤバいっていうのに、目標がツツジだ。当たったら明らかに死んでしまうだろう。彼女と目と目があった。今は防御のタイミングみたいだ。
「《ポジションチェンジ》! 《ブロック》!」
もう一度位置替えを行い、衝撃に備えるべくブロックのスキルを放つ。両手で受け止めたにもかかわらず、強い衝撃に今まさに手がビリビリしびれてる。
でも、ブロックは物理攻撃1回無効! これなら止まってくれると信じたい!
「今度はこっちよ! 《剣舞:情熱の舞い》!」
「動き大雑把すぎて剣の舞全然たまんないしぃ!」
「手数で押せ! こいつマジでヤバいぞ!」
「やってるってば! 《スラッシュ》!」
「こちらも《スラッシュ》!」
二重に重ねられたスラッシュも大したダメージは入ってない。あのツツジの異常な攻撃力は攻撃を避けなければいけない。
でも相手の攻撃速度はいつまで経っても遅いまま。しかも攻撃範囲はバカみたいに広い。確かにツツジが苦戦するわけだ。
他のプレイヤーたちも魔法に斬撃、弓矢の嵐など、いっぱい攻撃しているのにも関わらず、ゲージ1本目を4割削れたか削れてないかぐらいだ。
そして今一番ダメージを稼いでいるのは、剣舞の連携を加えているティア。今まさに剣先が踊り子の方に向いた。これは、まずい!
「ティア!」
「私が行きます!」
「俺も行くぞ!」
ティアを守るために熊野を含めて何人かの騎士が、彼女の目の前に立ち、盾を構える。
隕石が降り注ぐほどのインパクトが熊野たちの盾に衝撃を与える。今は拮抗しているけど、絶対暗黒冬将軍が握る刀の力が強まる。あのまま押しつぶす気だ。
ギリギリと盾ごとぺしゃんこにしようと握る力が強まる絶対暗黒冬将軍。ど、どうすれば……っ!
「レア、殴ってヘイトをそらすよ!」
「う、うん!」
天から降り注ぐメテオストームが冬将軍の頭上に落ちる。続けてツツジとアザレアの連続攻撃。こちらも反逆の刃で攻撃して、ようやくヘイトがこちらを向いたみたいだ。強まる刀をそこそこに、刃を上に振り上げる。いわゆる上段の構えというやつなのだと思うけど、その刀身が赤く光り始める。
「騎士全員であの攻撃を耐えて! あれどう見てもヤバいわよ!」
私と熊野含めて全員の騎士が冬将軍の前に立ち、盾を構える。みんなブロックのスキルを唱えているみたいだ。でも赤く光り始めた刀身に炎が灯り始めてる気がする。
しばらくして、理解した。あれは、エンチャント系の攻撃だ!
「熊野!」
「分かってます! 《牙城のガーディアン》!」
熊野の目の前に亀の甲羅みたいなエフェクトが発生する。こちらもその影に隠れるために後ろに移動する。
同時に冬将軍が野太い「メェエエエエエエエエエエエエン」という雄叫びとともに炎の刀がついに振り下ろされた。
一撃一撃が重たい冬将軍のこのスキルは恐らく必殺技に近い攻撃なのだろう。現に足元や背中は隙だらけで、攻撃がバンバン当たっている。
だからといってこの攻撃を受け止められるのは熊野ぐらいなもので。
炎のエンチャントが付与された振り下ろしは数々のプレイヤーの盾を叩き割り、データの海へと沈ませた。残ったのは熊野の近くにいたプレイヤーたちだけ。
どうしようと、不安な顔を出した瞬間冬将軍がまたもやホームランを目指すべく刀を振りかぶる。今度は分かる。騎士中心の範囲攻撃だあれ。
「どうしましょう。《牙城のガーディアン》で動けません」
「マジかよ! でもよ、このまま突っ立ってたら」
「あと10秒ぐらいで効果が切れます」
「避けきれないし、盾を超えて衝撃がこっちまで襲いかかってくる」
「詰んだくせー」
周囲にいた騎士プレイヤーたちが頭を抱えたり、諦めて天を見上げたり、それはそれは諦めムードがすごかった。
普段だったら私も諦めてたまるかー! って抗うところだ。でも、世の中には理不尽極まりない自体というのが存在する。
要するに。
「ツツジ、アザレア。先に行って待ってるね!」
「レアネラさん?!」
「あー。いってら」
次の瞬間、暴風と見間違うほどの風圧とともに巨大な刀が私たちを叩き切り、最近にしては珍しいリスポーンを果たした。
◇
「……負けたわ」
「無理ですよ、あんなの」
「戦ってて楽しいけど、巨大ボスは苦手なんだってば」
私たちが教会でリスポーンを果たした数分後、パルさんたちを含めてあの場にいた全員がこちらにやってきた。ある意味教会内は飽和状態だ。
「私たち結構ダメージ与えたと思うんだけど、まだゲージ1本分なのよね」
「ホントよね。あたしもできる限りの剣舞連携を使ったんだけど……」
「なんとかカウンター決めたけど、HP多すぎ問題」
ツツジたちは戦い方に間違いはなかったと思っているみたいだ。教会のベンチに座りながら、あれじゃないこれじゃないと、話し合っているみたいだ。
「大型ボスというものは初めて戦いましたが、まさかあれだけ強いとは」
「…………そっか」
「どうかしました?」
そういえば、アザレアがリスポーンしたのを始めて見た気がした。それもそうか。今まで死んだらノーハーツのところに行くって思って戦いにも参加してなかったんだから。
だから私の顔を覗き込んでくるアザレアがなんともないような表情をしていて、少しだけ嬉しくなった。
「なんでもないよ」
「何かあった顔です」
「ホントだってば。疑り深いなー」
ポンポンと頭を数回叩くと、それ以上聞いても実りがないと思ったのか、顔を少し赤らめてアザレアはそのまま質問することはなかった。
「にしてもノイヤーが欲しい」
「確かにそうね。あの子や旅の錬金術師のアイテムがあればステータスを下げられるのに」
そういえば術士たちも私たち近接部隊も、みんなバフ効果しか付けてなかった気がする。聞くところによるとデバフよりもバフを盛った方が打点が上がるから、という理由でみんなあまりデバフ効果のあるアイテムや魔法を使わなかったらしい。
「じゃあデバフもバフも盛って、冬将軍のステータスに対抗すればいいんじゃ」
「……結局それしかないわよね。みんなもそれでいいでしょ?」
何故かリーダーシップを取っていたパルさんを筆頭に周りのみんなが納得したみたいだ。
だけど、と言葉を続けるパルさんの顔はやや重苦しいように見えた。
「こういう時に限ってデスペナあるのよね」
「え、このゲームデスペナあったの?!」
それ、初耳なんだけど。
「レイド系は基本デスペナありよ。6時間のステータス半減と経験値の獲得不可」
「し、知らなかった……」
前に死にまくったのなんて最初期のクマ戦ぐらいなので、だいぶ前だったはず。
言われてみればあれからあんまり死んでなかったと思う。というよりもあんまり戦ってこなかったからな、私。
そんなことを頭の中で考えていたら、ツツジが突然何かを思いついたようにスッキリとした表情を出したあと、その唇を歪ませた。
「その6時間を有効に活用する方法があるんだけど、聞く?」
「ツツジ、なんか企んでるでしょ」
「へっへっへ」
ツツジのこういういい考えがある、はたいてい悪い考えだと思ってるけど、今に関してはこれほど頼もしいものはないと信じたい。
だ、大丈夫だよね? なにもないよね? 私のこの背中に走る嫌な予感は気のせいだよね?




