第139話:開始した私はイベントを楽しみたい。
師走というのは忙しいから師走というのである。
なので1週間なんてあっという間に過ぎていくもの。気を抜いたら、いつの間にかクリスマスイブ。街に行けばその辺の男女がイチャイチャしていることだろう。
私? 私はネトゲです。
「結局これだけしか集まらなかったと……」
「あたしだって有給使わなかったら、職場よ」
「ティアさん、サボったんですか?」
「クリスマスなのよ! あたしだけ職場なんて嫌じゃない!」
ってことはサボったんだ、仕事。大丈夫か大丈夫じゃないかはさておいて、大変そうだな、という平凡な感想しか出てこなかった。
というわけで12月24日。エクシード・AIランドでは何をしているか。そう、ネト充たちが絶対暗黒冬将軍と戦うために先鋭を揃えているところだ!
だけど、うちのギルドにそんなネト充は少ないらしい。
まずはアレクさんと咲良さん。この2人はリアルでクリスマスを祝うらしい。こっちに来てみんなで祝おうよ、とかは思ったが、流石に夫婦水入らずのパーティに邪魔をするのはいかがなものかと言わないでおいた。
そもそも今の時間が昼だから、アレクさんは絶対参加できないんだろうなぁ。
続いてノイヤー。家にお偉い方々をたくさん呼んだパーティをするらしく、あなたも出なさい、と両親に口酸っぱく言われて渋々参加するらしい。
あの様子で参加してもいいのだろうか、とかは考えたけど、普段の様子からは多分大丈夫だろうと願わざるを得ない。
ちなみに本人曰く、それがなければ高等儀式魔術でブイブイ言わせていたところだったと、語っていた。
最後にビターとヴァレストは大学の飲み会。リア充たちに混じって、死を体験してくるとヴァレストが言っていた。ビターも出たくないの一点張りだったが、ウェイ系の強い後押しと圧力から仕方なく参加するとのこと。
ある意味この2人が一番可愛そうな目に遭っている。南無。
てことで集まったのは私とツツジ、そしてティアに熊野。最後にはアザレアだ。
「ツツジはいいの、家で家族が待ってるとか」
「いいのいいの! お姉ちゃんが帰ってこれなさそうだから……」
確か忙しいって言ってたっけ。かわいそうに。
「じゃあ絶対暗黒冬将軍を倒すってことでいいと思うけど、場所わかる?」
「位置情報は漠然と分かります。ですが敵は移動しているので逐一追わないと捕捉は難しいです」
「マジであんなでかいのにって感じ」
ツツジとアザレアは先行して絶対暗黒冬将軍を見に行ったらしいが、結果は惨敗。
アザレアが命からがら逃げてきたという話を聞いて、少しだけ不安になった。大丈夫、もう契約者は私なんだから。
あと情報通りだと、攻撃力がバカみたいに高く、さらに体力も相当あるんだとか。
「範囲攻撃とか聞いてないし」
「さすがは全プレイヤーが戦うボス、というところですね」
対人戦ならいざ知らず。広域に対して行われる避けようにも避けきれない範囲攻撃で、ただでさえ防御力の低いツツジはギリギリのところで攻撃をかすめて死んでしまったらしい。た、耐えきれるかな。
「じゃあ探しに行きましょう。掲示板を追っていれば場所なんてすぐよ」
◇
「……でっか」
「本当にすぐでしたね……」
「でしょう! あたしを褒めて!」
「あー。偉いです偉いです」
「やったー!」
「それにしても、大きいですね」
大体アレクさんが縦に3人並んだぐらいの大きさだろうか。全長6メートル前後のレイドボスは今まさに刀を奮って、プレイヤーたちを蹂躙していた。
昔の武士のような黒い鎧に兜。全身真っ黒だと思えば、兜の装飾には雪だるまのチャームが付いていて、愛らしさがそこから溢れている気がした。
足元では白い雪が冬将軍に向かって吸い取られていっている。恐らくあれが絶対暗黒冬将軍なのだろうということが分かった。
分かったには分かったんだけどぉ……。あれどうやって倒せばいいのさ。
「どうしよう。近づきたくない」
「分かります。あれと戦うんですよね……」
当然だけど、盾役は最前線で相手の攻撃を受け止めなければならない。私と熊野が怖気づく理由も何となく分かるだろう。
そう、流石にあの巨体から放たれる攻撃を受け止めるのは、めっちゃ怖いのだ。
「2人がいるならなんとかなるでしょ! 行くぞー!」
「あ、ちょっと待ってよツツジ!」
ツツジを皮切りに生半可だった気持ちを無理やり切り替えて、私も突貫する。とりあえず足元狙う感じでいいのかな。
隣の青髪戦闘狂は振り下ろされた刀にひょいっと軽々乗って、駆け上がっていった。私にあの芸当はできなさそうだから、足元狙う感じで。
「《超加速》!」
一筋の彗星が一直線に絶対暗黒冬将軍の足元へと突撃を仕掛ける。行く先々で何人か轢きかけたけど、後でごめんと謝っておくことにする。
やがて接近することでHPバーがウィンドウに出てくるんだけど、その本数は5本。予め少しだけ削られていたのか、1本目の3割程度は削られている。
いや、それにしたって。え、たったそれだけ?
「だったら初手奥義! 《エンチャント:【雷電】》《アンブレイカブル・リベリオン》!」
超加速状態に加えて、雷のエンチャントをつけると、私の奥義が起動する。
槍の先端から赤と黒のエネルギーが螺旋のように渦を巻く。巨大な槍のエネルギー体と雷のエンチャントが混ざりあい、それはもうバリバリにかっこいいエフェクトになっている。
その状態で突撃を仕掛けているんだから、それなりにダメージは入る、はず!
絶対暗黒冬将軍のくるぶしに打ち込まれた私の奥義は2回刺す。1度目は突撃した際の物理的衝撃ダメージ。そして続く本命は2度目。矛先から注ぎ込まれたエネルギーが体内へと移動し、一気に炸裂する。
「おおー!」
「すげー!」
「これがあのノーハーツを倒した攻撃か!」
「でもあんま削れてなくね?」
周囲の人達が私の登場にちょっとだけ浮足立っているみたいだ。
いやでも、この攻撃でHPのたった1割も削れてないって、それは本気で言ってる?
「レアネラさん、前です!」
「うげっ!」
絶対暗黒冬将軍の反撃が始まった。その大きな巨体を生かして、ゆっくりと攻撃した足を後ろに浮かび上がらせると、サッカーボールを蹴るみたいに勢いよく前方に蹴り上げる。
とっさの判断で盾を構えて、最低限のダメージへと書き換えるようにはした。けど、盾で防ぎきれないようなダメージが私への衝撃という形で襲いかかった。
空中に打ち上げられた私はしばらく宙を舞いながら、地面へと背中から不時着する。HPは3割削られているみたいだ。
「何あれ、超痛い!!」
「大丈夫か?!」
「まずいわね、ヘイトがレアネラちゃんの方に行ったわ」
その発言に少し絶望した。というか誰? なんか聞き覚えある声だけど。
「嬢ちゃん捕まってろよ。《超加速》!」
「熊野ちゃん、ヘイト管理任せたわ。《メテオストライク》!」
「任されました。《視線集中》!」
私の身体が抱きかかえられたと思うと、急激な加速に頭が揺れる。方向は戦闘からの離脱方向。どうやら誰かに戦線離脱させられているみたいだ。
やがて停止したらしく、少々雑に地面へと降ろされた。いてて、と口走りながらも抱きかかえられた本人を見てみる。
灰色の髪の毛が風の抵抗を受けないような流線型のように形作られていて、まるで1つの生命体にも見える。それに即してだろう。装備も割と軽い革でできていて、相手の攻撃を避ける、ということにとことん強化されたフォルムだろう。
そして何故か背中には金色の鳥みたいな柄が刻まれている。
見たことある。この人、マリクさんだ。
「久々だな」
「久しぶり。ってことはあっちの術士は」
「パルの姉さんだ。どうやら俺たちは同じくネト充みたいだな」
いや、私はツツジがいるからリア充だし。と言いそうになったけど、やめました。
遠くに見えるカツヤさんも戦いに参加しているみたいで、大きな大剣を振るっている。
「立てるか?」
「はい。大丈夫です」
お腹を擦った後にちょっとした痛みを伴いながら立ち上がる。いや、あの不意打ちは卑怯でしょ。ボールは友達とは言うけど、蹴られている友達の気分になったのは初めてだ。
「さてと。どうする?」
「もちろん、突撃あるのみ!」
「ふっ。いいぜ、付き合ってやる!」
「死んだらホネは拾っておいてあげるわね」
「死ぬ時はみんな一緒だろうな!」
そう言ってマリクさんは絶対暗黒冬将軍へと走り始めた。私もポーションを飲んだ後に走り始めた。




