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NPCが友達の私は幸せ極振りです。  作者: 二葉ベス
第6章 みんなであの子を守るまで
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第135話:守りきった私たちはもう失わない。

 私たちはノーハーツがアカウントBANされる前にやることがあった。

 それはIPCたちの解放である。文字通り野に放つわけだけど、アザレア以外はみんな運営に任せてもいいと特例が出た。なので丸投げしようと思う。


「髪の毛です。これでも生体データとなり得るでしょう」

「私たちが勝って手に入れたものが、こんな髪の毛一本だなんてねぇ……」


 ツツジがノーハーツの髪の毛を摘みながら、眺めている。ちょっと嫌そうにばっちいものを触る仕草をしているけど、それは否定しないから別にいいか。


「まったく。私のファイアウォールをどうやって突破したんだか」

「それは企業秘密ってことでしょ、インチキさん」

「キミ、実は知っているだろう?」

「はて、何のことやら」


 ツツジは誤魔化してるけど、多分一番の功労者はツツジだろう。

 フィールド中を動き回っていたり、裏では色々手を回してくれていたり。運営と繋がって『何か』をしていたのもそうなんだと思う。でなかったら3つのデータ、なんて言わなかったと思うし。


 そんな事を考えていると、ノーハーツはウィンドウでメニューを開いてログアウトを試みようとしていた。私はそれに待ったをかけていた。


「いいの、私がアザレアの契約が解約されるところ見なくて」

「問題ありません。その義理もないですし、終わったゲームに今更興味など湧きません」

「へー、逃げるんだ」

「挑発は効きませんよ。この後正式にアカウントBANで入れなくなりますから」


 チートも対策パッチがインストールされているので、もう今さら何をすることもできないのだろう。なんというか、それはそれで潔すぎる気がする。


「よかったの、このゲームをもうプレイできなくなって」


 男は私がそう言ったら、鼻で笑ってこう返してきた。


「未練なんてあったら、そもそもチートなんてしませんよ。また別のゲームで同じことを繰り返すだけです」

「うわ、サイテー」

「……そ。じゃあもう何も言わない」


 未練なんてあったら、か。インターネット社会だからこその、飽きたら次に行けばいい理論。変わり身が早いと言うか、もうちょっと悔しがってほしかったな。ま、試合最後のあれを見れただけで十分か。


「では、会えたらまた来世で。今度会った時は、苦悶の表情を浮かべて死ね!」

「二度と会うもんか!」


 ノーハーツは正真正銘、最後のログアウトを行う。

 足元からポリゴンの光とともに、空中へと消え去っていった。ゲームから永久追放されただろう。もう二度と帰ってくることはない。帰ってくんな、このクソ野郎!


「アザレア、塩を撒いとこう!」

「えぇ、そうしましょう」

「そこまでしなくても、もう帰ってこないってば」


 ツツジ、どんだけあの人のこと嫌いだったんだろう。

 私も嫌いだったけど、ツツジは特段嫌ってたように見えた。口ではああは言っているけど、曲がりなりにも『私じゃない』親友のためだろう。

 考えたらちょっとニヤけてしまうかもしれない。くふふ。


「なーにニヤけてるのさ、気持ち悪い」

「そうですわ。念願のご主人さま撲滅なのですから、もう少し綺麗に喜んだらいかがです?」

「だねー。わーいとか、ひゃっほーいとか」

「今日日聞かないなそれ……」


 ニヤけていたのがバレたらしく、ツツジを皮切りにギルドメンバーたちがそれぞれ私のところにやってきていた。後ろには見知らぬ人が数名……。どなた様?


「私はパルよ。こっちはカツヤに、マリク」

「どうも」「マリクだ、よろしくな」

「あ、はい。どうも」


 少しばかり警戒しながらも、軽い会釈ぐらいはしておこうと、頭を下げる。ホントに誰だろう。

 疑問に思っている私に、3人の影から現れたティアと熊野が説明してくれた。


「彼女たちはハーツキングダムの傭兵よ。あたしたちと同じチームの」

「私も含めて、皆さん謝罪がしたくて」


 謝罪。謝罪とな?

 ティアと熊野は分かるけど、3人もだなんて、どういう心変わりがあったんだろう。

 別にここで断ってもいいんだけど、それじゃ目の前の敵だった人たちの気持ちが浮かばれないだろう。でも体裁として断り入れておこうっと。


「いいよそんなの。ティアと熊野以外は」

「あたしたち以外は?!」

「ティアと熊野は私を容赦なく攻撃したしなー」

「そうだったんだ……」


 その瞬間、ノイヤーとビターが少し顔をそらした気がした。高等儀式魔術で容赦なくフィフティ・フィフティしたのは知ってるけど、もしかして巻き込まれた人って……。


 熊野は改まって私の方に顔を向けて、深々と頭を下げた。それに習う形でティアも謝罪の仕草を取る。


「その。アザレアさんの事情を知らずに、勝手な行動をしてすみません」

「あたしももっと聞いておけばよかったわ。それならこんなことにはならなかったのに」

「いやー、必死だったなぁ。ティアの鬼気迫るセリフの数々」

「ちょ、ツツジちゃん?!」

「ツツジさん、それは言わない約束ですよ!」

「大丈夫よ。生中継されていたから、私も見たわ!」

「俺も見たな」「ごちそうさまでした」

「……もうお嫁にいけない…………」


 Oh、何ということだ。ツツジとパルさんたちの追い打ちのせいで、ティアが顔を両手で隠してうずくまった。これは、謝られるより面倒なことになった。

 ギロリと隣のツツジに目を向けて、なんとかしてとアイコンタクトを取ってみる。

 ツツジもそれを分かっているのだろう。親指を上に突き立ててグッドサイン。うん、不安しかない。


 ツツジはティアの耳元で何かをつぶやくと、顔を真赤にしてツツジをポコポコ叩いている。な、何を言ったんだろう……。


「何故でしょう。悪寒が走っています」


 熊野の、その言葉が妙に印象に残った。多分あなた関連だよね、うん。


 ◇


「じゃあ、行くよ」

「はい、お願いいたします」


 ツツジがノーハーツの髪の毛を《犬猿のハサミ》にかざす。すると、髪の毛はデータの塊となって、ハサミに吸い込まれていった。

 その様子に目を奪われていると、ウィンドウが現れる。内容はノーハーツとアザレアの契約を解除するかしないか、という選択肢だ。


「……ここまで、長かったな」

「2人はいつからの関係なのかしら?」

「確か春頃からの仲でしたわね。わたくしが聞いた話では、レアネラがゲームを初めてすぐに見つけたんだとか」

「それが今までずっと主従の関係ではなかった、ということか」


 長かった。ホントに長かった。

 出会ってから約半年以上、アザレアはずっと怯えていたんだと思う。ノーハーツの影に、恐怖の象徴に。

 私はそれをただ誤魔化してあげることしかできなくて、悔しい想いをずっとしてきた。


 いつになったらこの恐怖を解放してあげられるだろうか。

 いつか彼女は自由を手にできるのだろうか。

 それはいつなのか。


 でも、もう終わるんだよ。もうずっといられる。ずっとそばに居てあげられるんだ。


「レアネラさん」

「ん?」

「いろんな事がありましたね」

「……そうだね」


 思い返すだけで、色んな思い出が光のように溢れていく。喜びも悲しみも、楽しさも怒りも。

 その全ては、アザレアが作ってきた思い出であり、かけがえのない絆の証。シンギュラリティの獲得、なのだと思う。


「アザレア、行くよ」

「はい。お願いします」


 ハサミを持つ手に力がこもる。こもった意志に応じて、目の前に赤い糸のようなものが現れた。恐らく、これを切ったらアザレアは自由になれるんだと思う。

 いっぱい笑って、怒って、楽しんで、悲しくなって、嬉しくなって。

 その繰り返しがアザレアを成長させて、ここまでやってきた。ここまでやれてこれた。

 想いに震える手で、ゆっくりとハサミを閉じていく。


 アザレア。今度は、もっと先の未来のことも考えていこうね。2人で一緒に。


 チャキン。赤い糸を断ち切る音はアザレアから何かを奪っていく。

 それは主従としての絆。絶対に抗えなかった足枷のようなもの。


 でも、その足枷は今、天へと登る光と共に浄化されたように見えた。


「綺麗……」


 アザレアから溢れ出てくる光の粒たちは、まるで何か憑き物が晴れていくように、ゆっくりとふわふわ舞いながら、空へと上がっていき、徐々に消えていった。


《プレイヤー:ノーハーツと、IPC:アザレアの主従の関係が消滅しました》


 そのウィンドウを見た瞬間、ゆっくりと体の力が抜けていくのを感じた。

 きっと大仕事が終わったから気が抜けたんだと思う。後ろに倒れそうな身体をツツジがちゃんと両手で受け止めてくれたから、一安心だ。


「疲れた」

「お疲れ様」


 たったそれだけなのに、いろんな疲れが取れていくようだった。

 それでも身体の疲れは取れてないみたいだから、休息は必要みたいだ。

 でも最後に、ログアウトする前に、アザレアの顔が見たい。

 疲れてうつむいていた顔を上げる。


 アザレアは、今にも泣き出しそうだ。でも必死に私の好きな笑みを浮かべて、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 私の隣に来ると、ツツジと一緒に私を押さえてくれた。


「ありがとうございます」

「ううん。これが、私のやりたいことだっただけ」

「本当に。ありがとう、ございます……」


 その顔は初めて見た。笑ってるところも、恥ずかしがっているところも、うつむいてるところも、怒っているところも、全部見たと思ったのに。


「アザレア、泣いてる」

「え?」


 アザレアはペタペタと自分の頬を触る。

 人工知能は泣かない、なんて誰が決めたんだろう。それは機械だから、血が通わない機械の体だから。涙を流す機能がないから。

 でも、私たちは今、アザレアが泣いているところを見ている。

 VRはそれを表現している。それはつまり、アザレアが涙を流したいと思ったからに他ならない。


 ホントに、成長したなぁ。


 やがて自分の涙を認識したアザレアはゆっくりと目を閉じて、開く。

 まるで何かを決意したように。私の好きな冬の日の太陽みたいな、寒い身体に染み渡るような木漏れ日の笑みで、彼女はこう告げる。


「好きです、レアネラさん」


 アザレアの世界で一番の笑顔は、一番大切で、最も好きな私へと向けられていた。

第6章も終わりです。

第7章は本作品最後の章となる予定です。

よければ最後までお付き合いください。

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[良い点] 言った…ついに言ったぞ!ここから人間とAIという越えられない壁をどうするのか…楽しみにしてます!
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