第134話:走る私はこの戦いに決着をつけたい。
GVGでは誰々が生きている、という表記はされないが、誰かが脱落した、という数字の上では表記されている。
今は8対7。戦闘中に誰かが消滅したらしいが、それがノーハーツではないことはなんとなく分かった。あんな生き意地汚さそうなやつがそう簡単にやられるなんてこと、ありえない気がして。
「くそっ! どこに行った」
ノーハーツが吹き飛ばされたであろう着地地点には防具の残骸と彼の武器である銀色の剣だけが落ちている。それだけなんだ。本体の情報は何一つ落ちていない。
「ノーハーツが行きそうな場所……。って、1つしかないじゃん!」
「どこ?!」
「アザレアのところ! この戦いを勝利で終わらせる、唯一の方法はそれしかないんだよ!」
そっか。はっと気付いたときには足が動いていた。
アザレアが危ない。それが分かった瞬間、私は彼女を守らなくてはという感情が、私を突き動かす。確かに、私でもやりそうなことだ。尻尾を巻いて逃げて、最後は自分が勝利するためにアザレアにタッチすればいい。それだけで、終わりなんだから。
「レア、ヴァレスト! 急ぐよ!」
「悪い。それは難しそうだ」
ヴァレストがそう言い終わると、ガサゴソと男の2人組が木々の隙間から現れる。その様子は血気盛んな蛮族などではなく、ただただ意気消沈した1人の小人のような雰囲気を醸し出していた。
「一部始終は見させてもらった」
「まさか雇い主が本当にチーターだったとはな」
男たちはそれを詫びるように頭を下げる。「だが」と、男たちは下げた頭を返して、それぞれの武器を取る。この人達、やる気だ。
「俺だって傭兵でゲーマーだ。受けた仕事は必ずやり遂げるし、負けるのは嫌なんだよ」
「だそうだ。ま、俺もなんだがな!」
男が鎖の先に刺々した鉄球を頭上で回転させて、鉄球を投げつけてくる。対象は私みたいだ。目掛けて飛んできた鉄球をギリギリのタイミングで避ける。地面にはボッコリと大きく凹んだ穴が生まれていた。これ当たったら即死だったんじゃ……。
「こいつらは俺が倒す! 俗に言う俺に任せて先に行けってやつだな!」
「なんで楽しそうなのさ!」
「だってそうだろ。憎きあいつを追い詰めてるんだから!」
まぁ、そうなんだけど。てかツツジはもう先に行っちゃったみたいだ。彼女には最後の奥の手があると、事前に言われてたし多分なんとかしてくれるでしょう。
私も超加速を使ってこの場を離脱する。頼んだよ、ヴァレスト。無事にノーハーツを倒して、行けたら行くから。
……って、それはだいたい無理っぽいやつだっけ。
◇
人が苦悶する表情が好きだった。
きっかけなんてものがいつかは知らない。それはいつかの記憶。子供が怪我した時に涙をこらえながら、痛みと恥ずかしさで泣きそうになっているのを見た時、俺は少しだけ心が浮ついたのを覚えている。
子供の頃から根っからのいじめっ子だったし、恨まれた数は幾度と数えたことはなかった。
ガキ大将でいたあの頃は楽しかった。カーストの低い弱虫や雑魚を大いにいじめることができたんだから。「助けてくれ」だとか「許してください」だとか。そんな事を言ってくる相手の顔を蹴り飛ばしている時は最高に生きているって感じがした。
でも、時代は変わる物でそんな生活をしていれば怒られる機会も増えたし、徐々にうまく行かなくなって、不良になったりもした。
力なきものは淘汰される世界で、俺は必死に生きた。それは偉ぶれるものでもなく、誇りを持つことのできる立派なものではない。
だけど、俺の歪んだ趣味だった人が苦悶する表情を見たいがために、俺は色々手を尽くしたんだと思う。
結果はボコボコにされたり、泣かされたり、そんなことばかりだった気がする。もう覚えてない暗黒時代。
大学生に上がった頃には、流石にまともな人間にならなくてはと、プログラムの勉強を始めた。幸い俺は理解度が高い方だったからか、スイスイ覚えていって楽しかった。このままで居続ければよかった。
俺のその時の心残りは、人が苦しむ姿を見たいという欲求をどうすればいいかということだけだった。
大学を卒業して、そこそこいいゲーム会社に採用された。
最初はプログラムの勉強を生かせる場があって、とても嬉しかったし、やりがいも感じた。
ある日、俺の同僚が苦悶の表情で残業があると、飲み会を断ってきた時があった。仕方ないな。そう思ったのに、思い出すのは過去に置いてきたはずの欲求だった。
その日飲んだお酒の味は今でも覚えている。人の不幸を肴にするお酒は、本当に美味しかった。
俺は、その時から人が苦悶する表情を見るためにどうすればいいか考え始めていた。
そして見つけた。とあるゲームを。エクシード・AIランドを。
虚構の存在だっていい。データの塊でもいい。犯罪に及ばないIPCならば、どんな事をしてもいいと、そう思っていた。
結果は大成功だった。生を懇願しながら死に至るその姿を見るのは、とても快感が走ったし、まるで人間のような表情に心が躍った。
今日も国家予算もの大金をはたいてIPCを購入する。名前は、そうだな。「アザレア」とでもつけておくか。花言葉に「あなたに愛されて幸せ」という意味がこもっていたはずだ。
俺は愛しているんだ、痛み、苦しみ、苦悶。そんな恐怖にも似た感情を俺に与えてくれる美しい花を。その蜜を啜って、俺は生という渇望を得る。今日もそれを得るために、自慢のプログラムを実行に移したのに。
「どうしてだ。どうしてうまく行かない!」
俺は走っている。コードを使えば《超加速》を無限に使用することもできただろう。だが、そのチートコードはすでに解析されていて、対策パッチをインストールされていた。
俺が慢心している間に、開発陣は俺の上を行っていたのだ。何故だ。どこが悪かった。どこを直せばいい。そんな後悔ばかりが燃え広がっていく。
もうやり直すことなんてできない。対策されているなら、いずれ俺のアカウントは消滅するだろう。この世界にログインすることはできない。心残りがあるとすれば、それは俺の邪魔をしたレアネラ率いるグロー・フラワーズ。こいつらが苦悶する表情をこの目で見ておきたいことだ。
やり直すことはできない。なら、今現状で最高の恐怖を与えるしかない。それが、アザレアに触れることで達成される。痛む身体を必死に繋ぎ止めながら俺は走る。
ほら、あの青い髪のメイドの姿が見えてきた。自然と俺の口角も歪んでいく。待ってろ。俺が今、その顔を歪ませてやる……!
その時だった。もうひとりの青い髪の戦士が、俺の前に現れたのは。
◇
《超加速》
それは元々芸人のスキルだったのだが、スキルチケットなどで手に入れることができるエクシード・AIランドでは最もポピュラーなスキルの一つと言っても過言ではない。
一定時間自身の行動力を飛躍的に上昇させ、素早い動きで敵を翻弄する。これを自分のものにした人は初めて上級者と名乗れるぐらい難しいものだ。
でも、その奥義の名はあまり知られていない。
Wikiにだって書いてある。でもパッと出てくるものではない。何故なら攻撃スキルの倍率が異常なほど高く、防御系もかなり強化されている。
でも《超加速》の奥義は便利なものの、あまり活用されているタイミングを見たことがないのだ。
確かに有用な効果をしている。だがこれに奥義の一枠を使うぐらいなら別のスキルにする、と言った評価を受けていた。
逆に言ってしまえば、局地的に強力で不意をつくことができる奥義なのだ。
「だから、あなたは追いつけないと思った」
《超加速》の奥義名は《神速》
一定距離内の場所に瞬間移動することができる奥義。
《超加速》が線で移動するスキルだと言えば、《神速》は点と点を移動するワープのようなもの。
予め展開していたビターのドローンによって場所は突き止めていた。だから後は《神速》の射程に入って、そして……。
「レアァアアアアアアアアアア!!!!!」
ツツジと、私が入れ替わるだけだ!
「《ポジションチェンジ》!」
瞬間的に私とツツジの場所が入れ替わる。次の瞬間私の前にいるのは、アザレアを不幸にした男、ノーハーツ。憎い。憎くて憎くてたまらない。だけど、それはもうすぐ終わる。
手をグーにして、自分の憎しみを右手にすべて乗せる。こいつを倒せればすべてが終わる。すべてを終わらせて、笑顔のアザレアに会いに行く。それが、私の決意であり、最後の攻撃だ。
「どけぇっ!!」
「うるさい、このッ! 変態ヤローーーーーー!!! 《反逆の刃》!!!!」
右手の拳が唸りを上げ黒炎の光を灯す。ノーハーツの顔に向かって思いっきり、力いっぱい拳を振り抜く。
全ての憎しみと、全ての悲しみに決着をつけるために。
私たちとあの子の笑顔のために、ここで倒す!
「ブハッ!!」
醜い音ともに顔面にクリティカルヒットされたノーハーツは地面に転がっていく。何度かバウンドしながら、転がっていって、静止する頃にはノーハーツのHPはもうすぐ消滅するところになっていた。
私は近づいていって、最後の姿を見届けるべく歩いていく。
「…………データの塊、だぞ」
「言いたいことはそれだけ?」
「ワンクリックで消滅する命をどうしてそこまで庇う。所詮は道具だぞ」
確かに、ボタン一つで消滅するような命にそこまでして愛する必要はない。庇う必要はない。かもしれない。
「好きだって想いは、きっとワンクリックなんかじゃ消えたりしない。それを私はアザレアたちから教わったの」
すぐに消せたらどんなに楽だろうって思ったことはたくさんあった。
アザレアと友達になりたいって思った時に抱いた嫉妬心は今でも覚えている。
ツツジに告白された時、彼女が抱いた好きを今でも感じ取れる。
私は、そういう好きを守りたい人なんだよ。たぶんね。
「……虫酸が走るな」
「でも私たちの勝ちだよ」
「だが俺は負けた。それは認めてやるよ、狂った奴め」
「お互い様でしょ」
男はニヤリと笑い、直後に憎しみを込めた表情に変わって地面に拳を叩きつけた。
そして男は、この事件の元凶であるノーハーツはポリゴンの破片となって消滅していった。
「お、終わった…………」
軽い達成感と、まだ終わってないと頭の中で警告が鳴り響いている。
でももう無理だ。ドカッと地面に腰が落ちて、それから立とうにもうまく立てないんだもん。
緊張の糸が解けたように動けなくなった私は、後ろにいるアザレアに顔を向ける。大変だ、アザレアがとても笑顔だ。可愛らしい。でも良かった、ちゃんとアザレアを守れて。
しばらくして、バトルフィールド全体にブザーが鳴り響いた。
7対0。ハーツキングダムが敗北して、私たちグロー・フラワーズが勝利した瞬間だ。
ノーハーツは同情できないクズをイメージして書きました。
アザレアの花言葉はできれば覚えて帰ってください。
6章はあと掲示板の幕間2つと事後処理話が1つでおしまいです。長かった……。
あと明日は幕間2つを投稿予定です。




